サイエンス

eスポーツ選手はプロアスリートと同種のストレスを抱えている

by Mark Cruz

対戦型のコンピューターゲームをスポーツ競技として捉える「eスポーツ」は年々世界中で広まりを見せており、日本でも普及に向けたさまざまな施策が行われています。そんなeスポーツのプロとして活躍する選手たちは、プロアスリートと同じ種類のストレスに直面していることが最新の研究から明らかになりました。

Identifying Stressors and Coping Strategies of Elite Esports Competitors
https://www.researchgate.net/publication/336080393_Identifying_Stressors_and_Coping_Strategies_of_Elite_Esports_Competitors

Esports gamers experience same stressors as pro athletes, study finds | Ars Technica
https://arstechnica.com/science/2019/11/esports-gamers-experience-same-stressors-as-pro-athletes-study-finds/

サッカーや野球、ラグビー、テニス、陸上など世界にはさまざまなプロスポーツ選手が存在しますが、そんなプロのアスリートたちは「ライバルチームや選手との激しい競争」や「自身のパフォーマンスに対する不安」「失敗への恐怖」、チームスポーツの場合は「コミュニケーション不足による緊張」など、さまざまなストレス要因を抱えています。International Journal of Gaming and Computer-Mediated Simulationsに掲載された最新の心理学研究によると、大規模なeスポーツ大会に出場するプロのeスポーツ選手も、プロアスリートと同じ種類のストレス要因を経験していることが明らかになっています。

by Nikita Kachanovsky

スポーツ心理学は長らく人気の分野でしたが、そこにeスポーツの側面を加えた研究は比較的研究事例の少ない新しい分野です。また、イギリスのチチェスター大学で新しくeスポーツ関連の学位が設けられるなど、学術分野でもeスポーツは徐々に広がりをみせています。

そんな中、eスポーツ選手のストレス要因について調査したのは、運動パフォーマンス心理学を専門とするチチェスター大学の研究者であるフィリップ・バーチ氏。同氏は栄養・コーチング・戦略など、eスポーツに関する身体的・心理的な影響を多方面から分析するという研究を行っており、今回発表された論文は一連の研究における最初の論文となるものだそうです。

バーチ氏はeスポーツ選手が受けるストレス要因を明確にするために、サッカーやラグビーのようなチームスポーツとよく似た側面を持つ「Counter-Strike: Global Offensive(CSGO)」に着目。CSGOはテロリストと反テロリストという2つのチームに分かれて互いに戦うマルチプレイヤー型のファーストパーソン・シューティングゲーム(FPS)です。


CSGOのゲームシーンにはプロ選手もおり、優勝すれば大金を得られる大会も複数開催されています。CSGOの大会の賞金総額は大会によりまちまちではあるものの、およそ7万5000ドル(約810万円)から100万ドル(約1億1000万円)程度。

eスポーツ選手の心理面のサポートは既に現場レベルで行われており、2016年にはCSGOのプロチームのひとつであるAstralisが、所属メンバーが直面する心理的プレッシャーに対処するためにスポーツ心理学者を雇っています。Astralisは2017年1月にCSGOの大会であるELEAGUE Major 2017で優勝し、所属選手たちがスポーツ心理学者のサポートにより「競争的圧力に対処する能力が向上した」と述べました。このように、プロのeスポーツチームがスポーツ心理学者を雇い入れるケースが今後より一般的になる可能性が高かったため、バーチ氏ら研究チームはeスポーツ選手のストレス要因について調査することを決めたそうです。

by Banter Snaps

バーチ氏はテクノロジー系メディアのArs Technicaに対して、「今回の調査はeスポーツ選手が大会などで観客の前でゲームをプレイする際に、プレッシャーにどのように対処し、チームとしてどのようにコミュニケーションを図るのかをチェックする良い機会だと感じた」と語っています。

調査によると、多くのプロチームは「まるで家族のよう」だそうです。プロの選手であっても多くの場合、同じ部屋でCSGOのトレーニングや競争を一緒に行っているとのこと。バーチ氏は「時には家族のようにとても仲の良い場合もあれば、うまくいっていない場合もある」と語っており、チーム内の関係性にヒビが入っている場合は、チーム全体のパフォーマンスに影響をおよぼす可能性もあるそうです。

バーチ氏らの研究はeスポーツ選手の抱えるストレス要因について調査した最初の研究であり、調査では定量的なアプローチではなく定性的なアプローチが採用されています。バーチ氏はその理由について、「eスポーツ選手に共通するさまざまなストレス要因とその対処メカニズムについての初期調査としては、定性的なアプローチがより適していました」と語っています。なお、今後の研究ではより多くの被験者を募り、定量的なアプローチが採用される可能性があるそうです。

by Anthony Brolin

今回の調査のサンプルサイズは非常に小さく、ESL PremiershipのCSGO部門のファイナリストとなった7人のeスポーツ選手を調査対象としています。なお、調査対象となった選手たちはプロ選手として2~6年のキャリアを積んだ人物でした。調査はインタビュー形式で行われているのですが、研究チームはインタビューでの質問内容をより正しく構築するために、eスポーツの大会に参加するなどして知識を広めたそうです。なお、インタビューは大会が終了してから3週間以内にSkypeで行われています。

インタビューを分析したのち、バーチ氏ら研究チームはeスポーツ選手が51種類の異なるストレス要因に直面していると結論付けています。最も顕著なストレス要因は「チーム内のコミュニケーション問題」と「観客の前で実際にゲームをプレイする際に受けるプレッシャー」の2つで、これらはプロアスリートが経験するストレス要因と同じものです。なお、チーム内のコミュニケーション問題は、ゲーム中の「指示に従わない」「チームリーダーを否定するような言葉、批判」につながるとバーチ氏らは記しています。


そのほかのストレス要因としては、「プレッシャー下での感情のコントロール方法」や「チームメイトの自信の欠如」などが挙げられており、ここから「チームを失望させることを恐れた過度のリスク回避」などが取られるケースも確認できたそうです。また、インタビュー対象となったeスポーツ選手の中には、チーム全体のパフォーンマンスを向上させるより、自身のスコアを上げることに集中しているプレイヤーもいたそうです。さらに、一部のチームメンバーが練習時に真剣に取り組んでいなかったことで、「チーム内に緊張が走った」という意見もあったそうです。

チーム外からのストレス要因としては、「ライバルチームからのトラッシュ・トーク」「ソーシャルメディアからの(批判的な)声」「大勢の観客の前でプレイすることのプレッシャー」などが挙げられており、被験者の中には「カメラが自分の頭上にあるかどうかはわからないものの、頭の中では多くの人に見られているという意識が働き、それによりパフォーマンスが悪化するケースがある」と語った選手もいるそうです。さらには、メディアによるインタビューを受けることがストレスとなっていると語る選手や、チームとのコミュニケーションやメディア対応などで母国語以外の言語(主に英語)を話さなければいけないことにストレスを感じてる選手もいる模様。

by Florian Olivo

バーチ氏ら研究チームはeスポーツ選手たちが採用している「ストレス対処法」についてもまとめており、例えば「試合間に十分な休息をとる」や「精神的にカメラをブロックして『ゾーン』に入る」などが挙げられています。その他の対処法の中で「問題を解決する方向性のもの」としては、例えばチームメイトの自信を高めるよう努力したり、試合後にチームで話し合いの場を設けて何が上手くいって何がダメだったかを確認したりする、といったコミュニケーションベースの方法が挙げられています。さらには、ストレスとなるメディアインタビューを辞退したり、ソーシャルメディアを止めることで外部の声をシャットアウトするといった、「ストレスを回避する形での対処法」も挙げられています。

研究対象となった選手の中には女性がいなかったため、今後の研究ではサンプルサイズの拡大と共に、女性ゲーマーのストレス要因に対しての調査も進められる予定です。そのほか、バーチ氏らはチームのリーダーを務める人物にかかる余分なストレス要因についてもより詳しく調査したいと考えているそうです。また、神経症ナルシシズム・外向性などの性格特性などが、高ストレスの競技環境下でeスポーツ選手のパフォーマンスにどのような影響をおよぼすかについても調査を行っていく予定とのこと。

なお、エレクトロニック・スポーツ・リーグの最高執行責任者であるロブ・ブラック氏は、同研究に対して「トップレベルのプレイヤーにかかるストレスがパフォーマンスに悪影響をおよぼす可能性があることは、長らく知られてきました。今回の研究はそれを証明し、長年我々が主張してきたことを補強するものです。この分野はさらなる進歩を必要としており、それにより世界中のプロ選手の数が増え続けることを支えてくれるようになるはずです」と述べ、バーチ氏らの研究を支持しています。

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in サイエンス,   ゲーム, Posted by logu_ii

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