乗り物

「なぜ自転車が発明される時期はこんなにも遅かったのか」をエンジニアが考察

by Jordan Sanchez

乗り物の歴史において現代の自転車は1800年代後半、蒸気自動車の発明後に生まれました。「自動車に比べて単純な仕組みの自転車は、もっと早い時期に生まれていてもよかったのでは?」という疑問についてエンジニアのJason Crawfordさんが考察しています。

Why did we wait so long for the bicycle?
https://rootsofprogress.org/why-did-we-wait-so-long-for-the-bicycle

Crawfordさんは上記の疑問をTwitterにつぶやいたところ、周囲の人々からさまざまな仮説を受け取ることになりました。


Crawfordさんが受け取った仮説は大きく分けて以下の通りです。


・チェーン、ギア、玉軸受といったパーツは作り出すのに高度な技術とコストを必要とするものであり、技術が追いついていなかった。

・最初に作られた自転車はペダルさえないものであり、車輪の大きさが大きく異なるデザインも存在する。自転車が最終的なデザインにたどり着くためにはトライ&エラーが必要だった。

・1800年代以前の道路はゴミや馬車からの落下物であふれており、雨が降れば泥だらけになり、舗装道路とはほど遠い状態だったため、自転車に向かなかった。

・重い荷物を運ぶことができる「馬」が一般的な移動・運送手段だったので、自転車が必要とされなかった。食糧危機が起き、人間だけでなく馬が飢餓状態になったことで自転車の需要が生まれた。

・自転車を必要とするのはいわば「中流階級」であり、裕福な貴族と貧しい農民だけでは自転車の市場はほとんど生まれない。経済の成長とともに自転車を必要とする人々が生まれ、娯楽として使われるようになることによって、さらにニーズが大きくなった。

・歴史のある時点までは「役立つ発明」自体への関心があまりなかった。

自転車の発明が遅くなった理由を見いだすため、Crawfordさんは自転車の歴史を掘り下げました。

Crawfordさんが調べたところ「人力で動く乗り物」というアイデアは1400年代にヴェネチアのエンジニアであるGiovanni Fontana氏が発表しています。これは四輪駆動の乗り物で、ロープを使ってギアを動かし、タイヤを回転させて進むというものでした。


また17世紀に活躍した数学者のJacques Ozana氏も「馬なしの人力で動く乗り物」が風や蒸気のようなリソースを必要とせず、どこにでも行け、かつ運動もできて健康的だとつづっています。実際に馬車をモデルとして人力駆動の乗り物を作ろうとした人も存在し、1774年のロンドンジャーナルには時速6マイル(約10km)の乗り物が作られた記録があるほか、フランス人発明家のJean-Pierre Blanchard氏もパリからベルサイユまでの数十kmを走る乗り物について記録しています。

自転車発明の歴史が大きく動いたのは、Karl von Drais氏が「馬車をまねる」というこれまでの方向性を大きく変えた時です。Drais氏は貴族であり、森林の管理人という地位を持った人物であり、発明に情熱を注ぐだけの十分な時間を持っていました。1813年までDrais氏はそれまでの発明者と同じく四輪駆動の乗り物を作っていましたが、1817年に鉄のタイヤと木のフレームでできた「Laufmaschine(ドライジーネ)」という自転車の原型を作りだします。

by Gun Powder Ma

ドライジーネはペダルやギアがないので、現代の自転車のようなスピードや効率性を達成することができません。どちらかというと現代のスクーターのような感じの使い方で、時速20kmまで出すことが可能だったことが人々に受け、1818~1819年のヨーロッパで大流行しました。ただし、ケガが多数発生したことと歩行者の邪魔になったことから、すぐに姿を消していきました。

1860年代までに複数の発明家が自転車にペダルをつけたことで自転車は大きく効率性を上げます。ただし、この時点ではギアやチェーンがなかったので、前に進むには足を多く動かす必要がありました。この問題を解決するため1870年代に前輪が異様に大きい自転車が開発されましたが、バランスを取るのが難しいことと、停止時にケガをしがちという問題を抱えていました。

その後、ホイールとペダルを分離させ、チェーンやクランクをつけたデザインの自転車がジョン・ケンプ・スターレー氏によって1885年に発明されます。また、ダンロップの創始者であるジョン・ボイド・ダンロップ氏が空気入りのチューブタイヤを発明したことで、1888年にようやく現代自転車が完成したわけです。


この歴史から、Crawfordさんはまず、「ゴールとなる『自転車の正しいデザイン』自体がわかっていなかった」ことを自転車発明が遅れた理由の1つとして結論付けています。自転車発明の歴史において、当初の人々は「四輪駆動の乗り物」を作ろうとしていたために進歩が止まってしまったとのこと。

なぜ馬車だけを乗り物のモデルにしてしまったのか、という理由についてCrawfordさんは「当時の人々は数学的エンジニアリングの経験がなく、『人力駆動の四輪車』という発想の非現実性に気づかなかったのだろう」と考えを述べています。またDrais氏が二輪の自転車を生み出してから、効率性や快適さ、安全性を実現するのに何十年ものトライ&エラーを繰り返す必要があったのも、自転車の発明が遅れた理由の1つです。

さらに、最終的な自転車のデザインを実現するには、新しい素材や技術の発展が必要不可欠でした。空気入りタイヤ、小型で軽量なチェーン、高品質な歯車を低コストで作成するには、製造技術の進歩が必要でした。

by Markus Spiske

そしてもう1つ、Crawfordさんが強調している事実は、「1400年代まで誰も人力車について誰も考えなかったのはなぜなのか?」という点について。1300年代には既に時計職人が存在し、古代ローマ人は水車や収穫マシンを作り出しました。古代ギリシア人はアンティキティラ島の機械という歯車式機械を作っており、タイヤやチェーンがないにしても、なぜ誰も自転車の実験にすら至らなかったのか?というのがCrawfordさんの投げかける疑問です。

これに関し、Crawfordさんは「発明における経済的要因と文化的要因」について述べています。つまり、発明を生み出すには、発明を生み出すための研究開発に対する文化全体の支援が必要であるということ。自転車の原型を作り出したKarl von Drais氏は余暇を持つ男爵でした。また当時の研究者の多くは、貴族か、貴族でなくとも裕福な人々でした。このように経済的・時間的な余裕のある人々が余暇として情熱を注ぐことによって、発明は生まれたわけです。

また、Crawfordさんは経済歴史学者のAnton Howes氏の「イノベーションは本質的に人間が持っていないものであり、人々がイノベーションを起こそうとしない限り、イノベーションは起きない」という言葉を引用し、イノベーションを求めない文化ではイノベーションが起こらないのだろうと「文化的要因」について語っています。

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in 乗り物, Posted by logq_fa

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