最低賃金を設定するよりベーシックインカムの方が優れている理由
by MattysFlicks
政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという「ベーシックインカム構想」が、世界中で注目を浴びています。アメリカやイギリスなど、多くの国で最低賃金の引き上げが行われていますが、ベーシックインカムの導入は最低賃金の設定よりも優れている可能性があるとして、ニュースサイトのBloombergが論じています。
A Basic Income Is Smarter Than a Minimum Wage - Bloomberg View
http://www.bloombergview.com/articles/2016-04-01/a-basic-income-is-smarter-than-minimum-wages
アメリカのニューヨーク市では最低賃金が引き上げられており、イギリスでも同様の動きが起こっています。しかし、福祉国家と言われるスウェーデンにはデンマークやノルウェー、スイスなどと同様に、実は法的に決められた最低賃金というものが存在しません。その代わり、年単位で団体交渉が行われ、現在では平均賃金の64%にあたる2万クローナ(約27万円)という金額が1カ月あたりの最低賃金として認められています。この額はアメリカの最低賃金の2倍以上となっていますが、スウェーデンの野党が3つ国外から流れてくる技術力の低い移民たちに備えて、より低い額の最低賃金を法定しようという動きがあります。
スウェーデンの失業率は全体的に見ると7.6%と、さして高くはないのですが、もともとスウェーデンで生まれた国民と外国から入ってきた移民との貧富の差が大きいという問題を抱えています。雇うべき自国民が十分に存在するにもかかわらず、スキルが低くコミュニケーションもおぼつかない移民を高い最低賃金で雇うという人はほとんど存在せず、結果、若年層の失業のうち70%以上は移民であると言われています。「最低賃金が高いこと」が少数民族によるスラム街や暴動を生み出し、テロリストによるリクルートの温床を生み出しかねないという事態を見て、野党は「最低賃金を引き下げることで民族間の緊張を解くと共に、中東からの労働力を自国に適正に引き入れる」という施策を提案しているわけです。
by 401(K) 2012
この点、国際通貨基金(IMF)は「証拠は不十分ですが、現在の研究が示すところには、移民の雇用率や移民の仕事の質が高いのは、最低賃金が低く、雇用の保護が薄く、二重労働市場が存在しない場所である傾向があります」と説明しており、スウェーデン野党の施策は理屈的には当を得ていると言えます。
同様の取り組みを行っている国として、ドイツが挙げられます。ドイツは2015年に移民に対応するため1時間8.50ユーロ(約1070円)という最低賃金をもうけましたが、このような施策は二重労働市場を生み出しやすいという点に注意する必要があります。つまり、最低賃金の低下が進むと労働市場が相対的に高賃金・良好な労働条件や、恵まれた昇進機会などがある一次労働市場と、そうでない市場に分断されてしまう可能性があるわけです。
そして、上記のような事態を避けるために検討されているのが「ベーシックインカム」です。
ベーシックインカムとは政府が国民に対して「最低限の生活に必要な資金」を定期的に無条件で支給するというもの。現在は構想の段階で、世界中の国や機関によってその有用性が調査されたり実験されたりしています。ベーシックインカムの詳細については以下の記事を読むとよくわかります。
働かなくても最低限のお金がもらえる「ベーシックインカム」構想が実現すると何が起きるか現実の都市でテスト - GIGAZINE
フィンランド政府は2017年から2年間にわたり、フィンランド国民1万人を対象に、月550ユーロ(約6万9000円)の金銭を与えるベーシックインカムの大規模な実験を行うことを検討中です。経済的には苦しいものの、現在の収益システムを切り詰めれば実験が可能であると政府は試算しています。また、カナダのオンタリオ州政府はベーシックインカムの試験的支給について法案の提出準備を開始しており、ニュージーランドでも労働党党首が次の総選挙でベーシックインカムの導入を政権公約として掲げるかどうかについて検討を始めています。さらに、スイスでは2016年6月にベーシックインカム導入の是非について国民投票が行われる予定。
働かなくても毎月30万円もらえる所得保障制度導入の是非を決める国民投票がスイスで行われることに - GIGAZINE
ベーシックインカムのアイデアは急進的で共産主義的にも見えますが、実際のところはややリバタリアニズムの雰囲気をまとっています。ベーシックインカムを実行すれば政府は人々に食べるものと着る物を国民に提供する必要がありますが、一方で、いったん必要なものを提供してしまえば、その後に労働市場を規制する必要がなくなります。「人々に食べ物を与え、着る物を提供すること」という労働市場の目的は既に達成されているからです。フィンランド政府はベーシックインカム構想によって、現在の失業者らが何も失うことなくパートタイムの仕事につけると考えているとのこと。ただし、専門家らはベーシックインカムによって国民の労働意欲がそがれることや、税金が高くなることなどを指摘しています。
by Justin Kern
一方で、移民とベーシックインカムの関係で起こりうる問題として、ベーシックインカムを導入した国は移民にとっても魅力的であるため、移民の数が増えることが挙げられます。しかし、ベーシックインカムの存在がなくても近年のヨーロッパは移民の増加にあわせて移民手続きを整備する必要に迫られており、既に混乱を避けるために多くの取り組みを行っています。もしかすると、いったんベーシックインカムが導入されれば、労働市場に規制がなくなり活発化するため、今よりも移民が受け入れられやすくなる可能性も考えられます。
政府の仕事は、民間企業に「従業員にどのくらい給料を支払うべきか」を命令することではなく、国民1人1人の生活を安定させ、安心感を与えることです。これから来るべき社会に向けて、企業や裕福な人々は、ベーシックインカムを機能させるために税額が上がることと、労働市場の規制が取り払われることを頭に入れておく必要があるとBloombergは述べています。
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