「3人の両親」の遺伝子から赤ちゃんを作り出す「ミトコンドリア置換」とは?
By Lisa Rosario Photography
「ミトコンドリア置換」と呼ばれる、3人の遺伝子から赤ん坊を作り出す実験が、アメリカで承認に向けて動き始めています。
US takes first steps toward approving babies with three genetic parents | Ars Technica
http://arstechnica.com/science/2016/02/us-takes-first-steps-toward-approving-babies-with-three-genetic-parents/
ある科学者が「アメリカ食品医薬品局(FDA)が、危険な遺伝子疾患を防ぐことが可能になるかもしれない新しい医療処置として知られる『ミトコンドリア置換』の実験を承認すること」を推奨する報告書を公開しました。ミトコンドリア置換の医学的実験は既にイギリスでは承認されていますが、アメリカでは最終的な承認を得られるまでは、まだまだ多くの障害があります。この障害を少しでも減らすため、科学者がレポートを公開したというわけ。
ミトコンドリア置換は遺伝子を自在に設計して生物の特性を変えてしまう技術「ゲノム編集」と深い関わりがある技術で、「ミトコンドリア置換を伴わないゲノム編集はない」とも言われています。
批評家の中には、アメリカでの実験承認の動きは「『ゲノム編集』という名の危険な坂道へ我々を送り出すような行為だ」と、ミトコンドリア置換を危険視しているケースもあり、「肉眼で見えない臓器移植のようなもの」とコメントする人物もいるほどです。
By Stuart Caie
ミトコンドリアは「細胞器官」と呼ばれる物質で、その名前の由来は人間にとっての器官のような役割を細胞内で果たすからです。例えば、小型の胃のように全身にエネルギーを運ぶために分子を分解します。また、ミトコンドリアは細胞核とは別の独自のDNAであるミトコンドリアDNA(mtDNA)を含む物質でもあります。一部の生物学者はミトコンドリアがmtDNAを持つ理由を、ミトコンドリアは元々は別の細胞であり、細胞進化の初期の段階で「内部共生」と呼ばれるプロセスで他の細胞に吸収されてしまいそのままDNAが細胞内に残ったため、と考えています。
受精卵のミトコンドリアはすべて卵母細胞に由来するので、赤ん坊は母親からミトコンドリアを受け継ぎます。そして、母親のmtDNAの変異も同じように子どもに受け継がれます。このmtDNAの変異がさまざまな疾患の原因となるため、遺伝子疾患は血縁者の中で脈々と受け継がれていきます。なお、mtDNAの変異は5000分の1の確率で起き、それらが原因の遺伝子疾患は心不全から痴呆症までさまざまです。そして、このmtDNAの変異が原因となっている遺伝子疾患を治療するための既知の方法は、現在のところありません。
By NIH Image Gallery
「ミトコンドリア置換」というのは、そんな変異したり損傷を受けたりしているミトコンドリアを、ドナーから提供してもらった健康なものと置き換える、という治療法です。置き換えるのはmtDNAであり、ドナーから得たmtDNAと母親の核DNAを使用した卵子を作り出すとのこと。健康なドナーから得たミトコンドリアを使用することで、遺伝子疾患の原因となるようなmtDNAを受け継がない卵子ができあがり、これが受精すれば「遺伝子的には3人の親がいる子ども」が誕生することとなります。
生命倫理学者のニタ・ファラハニ氏はミトコンドリアが占めるDNAの割合はとても少量なので、「遺伝子的には3人の親がいる子ども」というのは少し飛躍した表現、とコメント。それよりは「細胞器官を移植してもらった赤ん坊」という方が正しい表現だ、としています。
FDAはレポートを受け、アメリカ科学アカデミーなどから多くの識者を集め、ミトコンドリア置換の臨床試験承認に向けた是非を審議中です。なお、ミトコンドリア置換は既に動物実験をクリアしており、多くの識者は「倫理的に安全」と考えているそうです。
◆2016/09/28 追記
アメリカの研究者が、世界で初めて「3人のDNAを持つ赤ちゃん」を誕生させていたことが明らかになりました。
First 'three person baby' born using new method - BBC News
http://www.bbc.com/news/health-37485263
ニュー・ホープ不妊治療センターのジョン・ザン医師らは、遺伝子障害を持ち4度の流産経験があるヨルダン人女性が健康な赤ちゃんを産めるようにと、母親の卵子から核を抽出して卵子提供者に移植することで、「3人のDNAを持つ赤ちゃん」を誕生させることに成功しました。不妊治療の一環として行われた今回のケースでは、規制のあるアメリカではなくメキシコで行われたとのこと。ミトコンドリアDNAの置換法を利用して3人のDNAを持つ赤ちゃんが初めて誕生したわけですが、未解明な部分の多い研究による安全性を危惧する意見や、誰を子の親とするのかなどの社会制度の不備を懸念する声などが挙がっています。
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