ヒト受精卵へのゲノム編集による遺伝子改変にアメリカの研究チームが成功、一体何を実現できるのか?


ゲノム編集でヒト受精卵に遺伝子改変を加える実験をアメリカの研究チームが行ったことが分かりました。倫理的な問題が避けられない人間への遺伝子改変技術の適用については、これまで中国の研究が3例あるだけでしたが、アメリカがこれに加わることになり、あらためて遺伝子編集の倫理的な妥当性の議論が世界的に噴出しそうです。

Correction of a pathogenic gene mutation in human embryos : Nature : Nature Research
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature23305.html

Brave New World? Not Even Close - Scientific American Blog Network
https://blogs.scientificamerican.com/observations/brave-new-world-not-even-close/

In Breakthrough, Scientists Edit a Dangerous Mutation From Genes in Human Embryos - The New York Times
https://www.nytimes.com/2017/08/02/science/gene-editing-human-embryos.html

アメリカのオレゴン保健科学大学のShoukhrat Mitalipov博士たちの研究グループがヒトの受精卵を用いた遺伝子改変実験を行ったことを、2017年7月26日にMIT Technology Reviewが報じました。アメリカ国内では全米科学委員会がヒトの胚の改変に関するガイドラインを定め、ヒトの胚の編集を制限する規則がある通り、ヒトの受精卵を使った遺伝子改変に対しては慎重な意見が多いため、研究について報じられると倫理的な問題を指摘する声が上がりました。ちなみに、Mitalipov博士は3人の親の遺伝子を引き継ぐ赤ちゃんを生み出す技術「ミトコンドリア置換」の研究でも知られる遺伝子改変研究の第一人者です。

「3人の両親」の遺伝子から赤ちゃんを作り出す「ミトコンドリア置換」とは? - GIGAZINE


そんな中、2017年8月2日に科学誌NatureでMitalipov博士らの本研究が発表されました。アメリカ・韓国・中国の共同研究グループは、肥大型心筋症の原因遺伝子を持つ精子と遺伝的問題のない健康な卵子を体外受精させるときに、精子にのみ存在する肥大型心筋症を誘発する遺伝子変異を持つDNAをCRISPR/Cas9で切り落として、切り落とした部分の遺伝子を卵子から補うことを試みました。


実験の結果、58の胚のうち42の胚が遺伝子変異のない受精卵であることが確認され、成功率は約72%とゲノム編集を行わない場合の理論値50%を上回ることに成功しました。なお、受精卵は3日後に廃棄されましたが、廃棄までは正常に成長したそうです。


これまでのヒトの胚に対するゲノム編集実験では、受精後の卵にゲノム編集を加えており、遺伝子変異を修復できた細胞と修復できなかった細胞が混ざり合う「モザイク」になるという問題が生じていました。


しかし、今回の研究では、ゲノム編集を精子の挿入と同時に行うことでモザイクの発生を抑制することに成功したことも報告されています。


MITのガン研究者のリチャード・ハインズ博士は「過去には遺伝子編集を安全に行うことができなかったため、ほとんど行われていませんでした。しかし、もはや安全にできるのは時間の問題だと思います」と述べ、技術的な課題が乗り越えられる段階に来つつあると指摘してます。

ゲノム編集技術を使って受精卵の遺伝子を改変する技術は、究極的には子どもの知能指数や運動能力、さらには寿命などの特性を事前に設計してしまう「デザイナーベビー」の技術への傾倒をまねきかねないという懸念の声は根強いとのこと。今回行われた実験では、精子に存在する肥大型心筋症を誘発するMYBPC3遺伝子の変異した部分をCRISPR/Cas9で切り落とし、正常な遺伝子を持つ卵子から切断した部分の配列をコピーして補うという試みであり、DNAに何かを加えるような「編集」作業を行ってはいないと言えます。このため、研究者からは倫理的な問題が避けられないデザイナーベビーのような技術でないという反論もあります。

しかし、「遺伝子変異を除外する」という今回の研究の目的については、すでに技術的に確立された着床前診断(PGD)によって達成できるという指摘もあり、ゲノム編集技術を適用するメリットが乏しい以上、ヒトの胚に対するゲノム編集の是非についての倫理的な問題を避けることは不可能だという否定的な意見もあります。

アメリカではヒトの胚を使った遺伝子編集に制限が課せられていますが、もちろん制限のない国もあります。Mitalipov博士は「もしもゲノム編集技術をアメリカ国内で実施するのが許可されない場合、技術を他の国に移すことを支持するでしょう」と、臨床試験をアメリカで開始できるよう強く望んでいます。

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