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電流で脳をブーストして認知能力を上昇させる自作「脳ブーストヘッドセット」の功罪


脳に微弱な電流を流すことで認知能力をアップさせるという手法が医学的に注目を集めていますが、同様の効果を得ようと世界中の人が「脳ブーストヘッドセット」を自作しています。はたして「脳をブーストさせることは可能なのか」「安全に行うことができるのか」について、専門家からさまざまな見解が出されています。

Neurostimulation: Hacking your brain | The Economist
http://www.economist.com/news/technology-quarterly/21645509-diy-bundle-electronics-or-ready-made-device-it-possible-stimulate

1980年代以降、脳に与える磁場を変化させることで脳の神経細胞を活性化させる経頭蓋磁気刺激法(TMS)という医学的療法が注目を集め始め、近年では脳に2mA以下という弱い電流を加えることで鎮痛作用を引き出したりや認知能力をアップさせたりできるとするTranscranial direct-current stimulation(tDCS)という手法の研究が進められています。

脳に微弱電流を与えて記憶力と注意力アップ&痛みの除去が可能と判明 - GIGAZINE


tDCSは抑うつ状態を緩和したり、薬物やアルコール依存症患者の欲求をコントロールしたりできるという効果があるという研究報告があり、さらには自閉症やパーキンソン病の患者の治療への応用が研究されています。しかし、9Vの乾電池を使ってDIYでtDCSヘッドセットを自作することも容易であることから、特別な医学的知識を持たない人の間でも、記憶力を高めたり、学習速度をアップさせたり、瞑想状態を作り出したりするという目的でtDCSを自作して試す人も多く、欧米にはtDCS愛好家が集う専用フォーラムも立ち上がるなど、一部の愛好家の間でひそかなブームとなっています。

ベトナム在住のクリストファー・ゾブリストさんは緑内障患者がtDCS治療によって失っていた視野の一部を回復したというドイツの医学論文を読んだことをきっかけに、タブレットを使った自作のトレーニングプログラムにtDCSを取り入れたところ、すぐに距離感覚やコントラストの認知能力が向上したことに気づいたとのこと。ゾブリストさんは6ヶ月間tDCSプログラムを継続した結果、「道路を行き交う自動車を以前に比べて2倍から3倍は認識できるようになりました」とその絶大な効果を明らかにしています。このようなtDCS療法による能力開発の報告例は珍しいものではなく、tDCSフォーラムにあふれているのが現状です。

By Tony Harrison

tDCSフォーラムでは、劇的な効果を言い立てる書き込みに対して否定的な意見はまれとのこと。tDCS療法の後に頭痛や吐き気を覚えたり、不眠状態になったりしたというごくわずかな報告があるだけで、重症を負ったり死亡したりという深刻な内容の報告はまだないそうです。このような現状に苦言を呈する専門家も少なくありません。ブリティッシュコロンビア大学のピーター・ライナー博士は、DIYユーザーが脳の間違った部位を刺激したり、電極配置を誤って不適切な電流を流すことで脳を損傷する危険があると問題視しています。ライナー博士は「tDCSによって数日間、場合によっては数カ月間という非常に長い時間効力が持続するという報告がありますが、裏を返せば長期間、副作用が残ってしまう危険性もあるということです」と述べ、特に子どもや若者によるtDCSの使用に伴う神経発達への影響を指摘しています。

このようなtDCSの誤用・乱用による健康被害の危険性が指摘されている中で、tDCS用に出力する電流値を制御するツールも市販されています。例えば、Foc.us V2というポケットサイズの電流コントローラーや専用ヘッドセットfoc.us EDGE headsetはその代表例とのこと。しかし、これらのツールが医学的な見地から安全性を確保できるという保証はどこにもありません。むしろ、アメリカ食品医薬局(FDA)欧州医療機器指令(MDD)の安全性基準を満たさない可能性が十分あるとのこと。さらに、このような「専用」ツールは価格が数万円と高いため、DIYユーザーに実際にはそれほど活用されていないという状況もありそうです。


このような状況の中、「医学的知識を持たない人がtDCSツールを自作することを安全性の見地から規制すべき」という声も一部で上がりつつあります。また、正しい情報を提供するメーカーのみ装置の作成・販売を認める許可制にすべきだという意見もあります。しかし、ライナー博士は、許可制にして安全性を満たした製品のみの販売を認めたとしても、研究開発費用が製品価格に上乗せされることから、DIYでtDCSを作ろうとするユーザーには支持されないだろうと予想しています。むしろ、20ドル(約2400円)そこそこからtDCSキットを自作できることから、DIYユーザーがアングラな世界に潜るだけだと自作tDCSの規制に反対しています。

しかし、そもそもtDCSの万能性や劇的な効果に疑問符をつける見解も現れ始めています。ハーバードメディカルスクールのフェリペ・フレグニ博士はtDCSによって学習速度が高まるという研究を発表しましたが、若者に大人のような効果がみられなかったケースや場合によっては有害な影響を与えるケースがあるなど、tDCSによる効力が個々人によって大きく異なることを明らかにしています。さらにメルボルン大学のジャレッド・ホーバス博士が、これまでのtDCSに関する神経応答速度、酸素レベル、脳の電気活動を含む30種類の論文について、恣意的な研究の抽出を避けて分析するメタアナリシスを行ったところ、tDCSによる信頼性の高い効果があったのはわずかに1例だけだったとこと。

By Yandle

効果が疑問視される場合さえあるtDCS治療ですが、実用性や実効性が疑わしいという理由だけで切り捨てるには惜しい側面もあると述べるのはホーバス博士。それは、tDCSは医学的理由や宗教上の理由でカフェインやアルコールの摂取が許されない人に対しても使えることや、人間が常に勉強や仕事のために認知能力を高めたいという欲求を持つのは当然だからとのこと。また、従来の伝統的な療法では有効性が発見できていない疾患を持つ人の「希望」にもなりえるからだとのこと。「仮にtDCSが完全なるプラセボ(偽薬)だったとしても、10%でも効果的だと感じる人がいるならば、誰が意味がないと言えるでしょうか?」とホーバス博士は述べています。

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in メモ,   サイエンス, Posted by darkhorse_log

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