100年以上研究されてもアルツハイマー病の治療法が見つからない理由とは?

アルツハイマー病は1906年に正式に記録されてから100年以上研究されてきたのに加え、アメリカ国立衛生研究所(NIH)はアルツハイマー病と認知症の研究に年間約40億ドル(約6379億円)を投じているにも関わらず、認知機能の低下を止めたり元に戻したりする治療法はいまだに見つかっていません。経済学系ポッドキャストのFreakonomics Radioは、科学誌「Science」の調査報道記者であるチャールズ・ピラー氏と、ヴァンダービルト大学医療センターの神経学者であるマシュー・シュラグ氏への取材をもとに、なぜ有効な治療法の開発が難航しているのかを掘り下げています。
Why Has There Been So Little Progress on Alzheimer’s Disease? - Freakonomics
https://freakonomics.com/podcast/why-has-there-been-so-little-progress-on-alzheimers-disease/

◆100年以上研究されても治療法はまだない
アルツハイマー病は記憶障害などの症状が出るかなり前から脳の中で進行する可能性があり、Freakonomics Radioによると症状が出る20年前から脳内の変化が始まっている場合もあるとのこと。アメリカでは700万人以上がアルツハイマー病の影響を受けており、記憶障害のほか、認知機能、生理機能、行動面の問題が現れます。
アルツハイマー病が病気として正式に記録されたのは1906年。ドイツの医師であるアロイス・アルツハイマー氏が記憶喪失や幻覚のあった女性の脳を死後に調べた結果、脳が縮んでいること、神経線維が絡まったような「もつれ」があること、「奇妙な沈着物」があることが分かりました。
それ以来、研究者はこの「沈着物」や「もつれ」が何なのか、アルツハイマー病とどう関係しているのかを調べ続けており、NIHがアルツハイマー病と認知症の研究に投じる資金は約10年間で年間約10億ドル(約1595億円)から年間約40億ドル(約6379億円)に増え、研究費の規模はがんに次ぐものになっています。
しかし、ピラー氏はがんや糖尿病、心疾患などでは治療法の開発が進んだ一方で、アルツハイマー病研究においては認知機能の低下を止めたり元に戻したりする治療法がいまだ発見されていないことを指摘しています。

◆研究の中心にあったアミロイドカスケード仮説
こうした治療法開発の停滞を考える上で、Freakonomics Radioはアルツハイマー病研究が長年どういった仮説をもとに進められてきたのかに注目しています。
シュラグ氏によると、アルツハイマー病では脳内にタンパク質の塊が蓄積します。特に重要なのが脳細胞の外側に固まるアミロイドβと、神経細胞の内側で固まるタウタンパク質です。タウタンパク質が異常に固まると神経細胞の働きが損なわれ、脳の萎縮や記憶障害につながると考えられています。
1990年頃からアルツハイマー病研究の中心になってきたのはアミロイドβです。アミロイドβの塊が病気の「最初のドミノ」になり、その後に複雑な連鎖が起きて神経細胞が死ぬという仮説は「アミロイドカスケード仮説」と呼ばれ、この仮説に沿って研究や薬の開発が進められてきました。
シュラグ氏はこのアミロイドカスケード仮説の問題点について、「第一にこの考えが正しくないかもしれないこと、第二に生物学はもっと複雑である可能性が高いこと」と述べています。ただし、シュラグ氏はアミロイドβがアルツハイマー病に関係していないと考えているわけではなく、「アミロイドβだけを病気の原因とみなして治療の対象にしても、アルツハイマー病全体を十分に抑えられない可能性がある」と説明しています。

◆重要論文に浮上した画像データへの疑い
アミロイドカスケード仮説は一度大きく揺らいだことがありました。アミロイドβをワクチンで取り除く臨床試験が失敗し、研究者の間では「アミロイドβが本当にアルツハイマー病の主な原因なのか?」という疑問が出ていたためです。そして、巨大なアミロイド斑ではなく、より小さなアミロイドβの塊である「オリゴマー」が神経細胞に悪影響を与えているのではないかという説明が注目されるようになりました。
こうした中で、アミロイドカスケード仮説を支える重要な研究の一つとして注目されたのが、2006年にNatureに掲載された論文「A specific beta-amyloid protein assembly in the brain impairs memory」です。この論文を執筆した研究チームは、アミロイドタンパク質を過剰に作るよう遺伝子操作したマウスの脳からタンパク質を取り出しラットの脳に注入したところ、ラットに認知機能が低下したような兆候が見られたと報告しています。
この論文の共著者であるシルヴァン・レスネ氏は、オリゴマーの中でも特定の種類のアミロイドβが集まった塊こそがアルツハイマー病の主な原因だと主張しました。この研究によってアルツハイマー病研究の分野でアミロイドカスケード仮説に再び注目が集まり、2022年までアルツハイマー病研究の歴史の中でも特に多く引用された実験の一つになったとピラー氏は述べています。
しかし後に、シュラグ氏はこの論文で証拠として使われた画像に問題があると考えました。特に問題になったのが、タンパク質の種類や量を調べる「ウェスタンブロッティング」の画像です。ウェスタンブロッティングでは画像に写る線や染みの濃さを見てタンパク質を分析するため、画像の濃淡が変わると実験結果の解釈にも影響します。

シュラグ氏が見つけた問題は、ピラー氏によって他の画像鑑定専門家やアルツハイマー病研究の専門家にも確認されました。その結果、ピラー氏は「画像が実際のデータでは支持されない仮説を支える方向に操作されていたように見えた」と述べています。
この2006年のNature論文は共著者であるカレン・アッシュ氏の要請によって最終的に撤回されました。アッシュ氏は別途公開したメモの中でデータに問題があったことを認めつつ、「問題が指摘されるまで自分は知らなかった」と説明しています。
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◆研究不正を調べる仕組みへの批判
論文に疑いが出た後、問題になったのは画像データだけではありません。研究不正の疑いを誰がどのように調べるのかという仕組みにも問題があるとピラー氏は考えています。
NIHは2006年のNature論文に問題がある可能性を認め、アメリカ保健福祉省の研究公正局に対応を委ねました。しかし、研究公正局は小規模な組織で、すべての研究不正疑惑を自ら調べるだけの人員はありません。そのため、この件の調査は最終的に疑惑の対象になった研究が行われたミネソタ大学へ戻されました。
ピラー氏はこの調査の流れを批判しています。疑惑が起きた大学に調査を任せると、大学は自分たちの研究や評判に関わる問題を自分たちで調べることになります。ピラー氏は「徹底的で公開された調査を行うことで最も失うものが大きいのはその大学自身だ」と指摘しています。ミネソタ大学の調査の詳細は公開されていませんが、大学はレスネ氏の他の論文について撤回を検討するよう学術誌に求めたとのことです。

◆研究資金に影響力を持つ人物の論文にも画像の問題
ピラー氏は、個別の論文だけでなくアルツハイマー病研究の方向性に影響を与える立場にいた研究者の論文にも注目しました。ピラー氏が特に重要な人物として挙げたのが、アメリカ国立老化研究所の神経科学部門を率いていたエリエザー・マスリア氏です。
マスリア氏は年間約27億ドルの研究予算を監督する立場にあり、神経科学研究の方向性に大きな影響を及ぼしうる人物でした。ピラー氏は、シュラグ氏、コロンビア大学のムー・ヤン氏、独立研究者のケビン・パトリック氏、科学画像分析の専門家であるエリザベス・ビック氏らと共にマスリア氏の論文を調べました。
その結果、調査対象になった論文のうち132本で、画像の不自然さや不適切な使い回しが疑われる箇所が見つかったとのことです。具体的には、画像に不自然な部分があるもの、加工されたように見えるもの、同じ画像を不適切に使い回したように見えるもの、別々の論文で異なる主張を支えるために同じ画像を使ったように見えるものがありました。ピラー氏らはマスリア氏の論文800本すべてを調べたわけではありませんが、見つかった懸念点を300ページの資料にまとめました。
ピラー氏はマスリア氏に資料を送り指摘への反論を求めましたが、マスリア氏から回答はなかったとのことです。NIHはその後、マスリア氏が職を離れたと発表しました。
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◆アミロイドを標的にする薬はどう評価されているのか?
アミロイドカスケード仮説に沿った研究は実際の薬の開発や承認にもつながってきました。ピラー氏が例として挙げているのが、アミロイドβを標的にした抗体薬「Aduhelm」です。AduhelmはFDAに承認されましたが、その後、市場から撤退しました。
ピラー氏はAduhelmについて「危険で効果が乏しかった」と厳しく批判しており、さらに、Aduhelmの承認を巡っては薬を審査するFDAと薬を開発する製薬企業の関係が近すぎることも問題視しています。ピラー氏によると、Aduhelmの承認に関わったFDAのビリー・ダン氏については、承認を目指していた企業側と密接に連携していたことが指摘されたとのことです。
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ピラー氏はアミロイドβを標的にした抗体薬に効果が全くないと主張しているわけではなく、FDAが承認した抗体薬について「認知機能の低下を非常にわずかに遅らせる証拠はある」と述べています。一方で、その効果は臨床医、患者、家族が実感できないほど小さい場合があり、患者の症状そのものが改善するわけではないと説明しています。
◆これからの研究はどこに向かうのか?
こうした批判は、アミロイドβがアルツハイマー病と無関係だという意味ではありません。シュラグ氏は、アルツハイマー病や神経変性疾患を「脳に老廃物がたまり、それをうまく排出できなくなる病気」として捉え直すべきだと述べています。アミロイドβ斑やタウタンパク質のもつれも老廃物の一部であり、アミロイドβだけでなく、老廃物を脳から排出する経路にも注目する必要があるとのことです。
シュラグ氏は老廃物を脳から排出する経路の一つである血管の健康や血圧管理に注目することが、アルツハイマー病の予防や治療につながる手がかりになるかもしれないと主張しています。
また、ピラー氏は科学そのものを否定しているわけではなく、誤ったデータや腐敗によって科学に関する知識がゆがめられないよう、大学や学術誌・NIH・FDAのように研究成果の評価や資金、承認に関わる組織がより慎重に責任を果たすべきだと述べています。
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in サイエンス, Posted by log1b_ok
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