世界最小のV12気筒エンジンを作った男性が語るエンジニアリングへの情熱
等間隔爆発が生む澄んだサウンドと低振動性を持ち、以前はF1マシンにも搭載されていたV型12気筒エンジンは理想のエンジンレイアウトの1つとも言われています。一方で高い精密度とパーツの品質管理が求められるために手のかかるV12気筒エンジンですが、スペインのある男性は「手のひらサイズ」と呼べるサイズのV12気筒エンジンを自作で再現していることが知られており、さらにエンジニアリングに対する熱い思いを語っています。
El motor V-12 más pequeño del mundo.(Smallest V-12 engine of the world)
手のひらほどの大きさしかないカムシャフト。
エンジンの最も重要な部品であるピストンまわりは指先ほどの大きさしかありません。
エンジン内部で回転するクランクシャフトの長さは15cmほど。
ずらりと並べられたパーツ。
組み立てを開始。その作業は非常に緻密なものです。
コンロッドのキャップを締め付けるボルトはピンセットを使う必要があるレベル。
このエンジンはロッドを介してバルブを駆動するOHV方式を採用。クランクケースからシリンダヘッドに伸びるプッシュロッドは、つまようじ程度の大きさしかありません。
小さな六角ボルトで締め付けているのは、排気用のエグゾーストパイプまわりだそうです。
円筒状のサイレンサーを取り付ければ……
世界最小のV型12気筒エンジンの完成。
クランクシャフトに取り付けるフライホイールももちろん再現。本体はステンレスとアルミ、ブロンズ(青銅)でできており、ボルトを除く全てのパーツは削り出しで作られています。
長さ1cmほどのロッカーアームが正確にリズムを刻む様子は一見の価値あり。なおこのエンジンはホースから送り込まれる圧搾空気によって駆動されています。
シリンダーの内径と行程は11.3×10mmで、ボアストローク比は1を下回る0.88というショートストローク型。これはニッサンGT-Rの約0.93よりも小さく、フェラーリ・F12ベルリネッタの0.8に近づく値となっています。
想像を絶するミニチュアV12気筒エンジンを作成したのは、スペイン在住の「Patelo」ことJosé Manuel Hermo Barreiroさん。エンジニアリングへの情熱を形にすべくこのエンジンの作成に取り組んだBarreiroさんがその情熱について語る様子は以下のムービーから。
The man behind the smallest V-12 engine in the world (English subtitles)
「私が作る一つ一つの部品は、私の子どものようなものです」と語るBarreiroさん。以前は海軍の技師として任務にあたっていました。
Barreiroさんがこれまでに作成したエンジンが並べられています。これまでに1万5000時間以上の手間をかけて作り上げてきた作品の数々。
これまでに作成したエンジンは全部で11基。「これが最も新しいものだ」と指さすBarreiroさん。
最新作は、飛行機用に用いられる星形複列10気筒エンジンとみられるもの。その部品数は660個という大作になっているそうです。
さらに特殊なW16気筒エンジン。V8エンジンを2つ並べたタイプのものとみられます。
「うまく使うことができれば、とてつもなくパワフルなエンジンになるんだよ」と語るBarreiroさん。
こちらは船舶用のエンジン。2基のエンジンが連結され、中間から出力を取り出すタイプのエンジンのようです。
そしてこれが上記のムービーにも登場した「世界最小」とうたうV12エンジン。
「インターネットは見ないのでわからないけど、他にこのようなものを作った人は見たことがないからね」とBarreiroさんは笑顔で語ります。
製作に要した時間は1200時間。「学校などで使ってもらえたらいいね」とその狙いを語っています。
カメラマンに向かって「君のような人が私を訪ねてきたり、このエンジンが世界中に知れ渡るようになるなんて思いもしなかったよ」と、驚きを語るBarreiroさん。
「コインを1個貸してごらん」とBarreiroさんは動いているエンジンの上にコインを置きますが、驚くことにコインは倒れるどころか微動だにしません。理論的には、きちんと作られたV12気筒エンジンは回転による振動がゼロになることが知られているのですが、このサイズで再現されているのは驚きとしか言いようがありません。
海には子どものころから関わりがあるというBarreiroさん。まだ5歳の頃ですが、天候の荒れた日の午前2時にお気に入りの船に乗ってスペイン北西部の街ア・コルーニャを出航したところ、ブリザードに遭遇したそうです。
電話は通じないし、みんなが「遭難した」と思って恐ろしい思いをしたことが、海と関わりを持つきっかけだったそうです。
エンジンを作る時は、まずカムシャフトやシリンダーブロックから作り始めるというBarreiroさん。それらをもとに、次々とパーツを作っては組み立てていくそうで、その様子を「トランプの家を建てるように」と語っています。
「だって、1つ作ってしまうと、動いているところを見たくなるからね」
「けれども、それが問題の始まりさ。うまく行かない時は、大変な思いをしてでもなんとかやり遂げなくちゃならない。だから完成した時の満足感はとてつもないね」と製作にかける情熱を語ります。
たとえば、小さなカムシャフトを作る時間だけでも4~5時間という作業を要します。旋盤に材料となる棒をセットし、細かい作業で削って徐々に完成形へと近づけていき……
そしてさらに研磨して細部の仕上げを行います。この作業だけでも30時間を要するとのこと。
「今じゃ、何かを作るにしても自分でできる人は少なくなった」
「全て工場で作られた部品を仕入れてきて、メカニックはそれを交換するだけだ」とエンジニアリングの喪失を心配するBarreiroさん。日本でも、部品を交換するだけのエンジニアを意味する「チェンジニア」という言葉が生まれているように、世界でも同じようなことを憂慮する流れは存在しているようです。
「みんな部品を買ってきて交換するだけ。『どうして壊れたのか?』なんてことは気にしないんだよ」
Barreiroさんは「エンジンは私にとって息子のようなもの。本当にそう思っているよ」と機械にかける熱い情熱を語ります。
浜辺で廃虚となった建物を訪れながら過去を思い出すBarreiroさん。「16歳の頃、ここで働き始めたんだ。ここには工場があって、次々とメカニックが生まれては育っていった」
「みんな、13歳から20歳ぐらいの若者ばかりだった。私が抱いている夢の90%は、今でも船に関係のあるものばかりだよ」
「いまも夢見ているのは大西洋を横断する巨大な船のエンジンルームを設計することだ」
「4基のエンジンがトランスミッションで1つに結ばれ……プロペラシャフトに取り付けられた2枚の可変ピッチ式スクリューを回して航海に出る……しかし、私はもう72歳。もうすでに遅いのかもしれないね」
できればBarreiroさんの情熱の行方を最後まで見てみたい気もします。これ以外のBarreiroさんによるエンジンも、以下のYouTubeチャンネルで紹介されていました。
Yesus Wilder - YouTube
https://www.youtube.com/user/yesuswilder10/videos
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