メモ

ジョブズのメールが示すハードな交渉のやり方と勝ち方

by skynetcusco's photostream

米司法省が2012年4月に電子書籍の価格について「Appleが中心となって価格操作を行った」として、AppleおよびAppleと協定を結び電子書籍の小売価格をつり上げた疑いがある出版大手5社を提訴しました。この件についてAppleの元CEOスティーブ・ジョブズと出版社がやりとりしたメールが公開されており、契約に消極的な出版社をジョブズがどのようにして説得したのかがわかるようになっています。

Steve Jobs E-Book Email to James Murdoch - John Paczkowski - News - AllThingsD
http://allthingsd.com/20130515/heres-that-steve-jobs-e-book-email-to-james-murdoch/

The Steve Jobs emails that show how to win a hard-nosed negotiation – Quartz
http://qz.com/87184/the-steve-jobs-emails-that-show-how-to-win-a-hard-nosed-negotiation/

ことの発端は2007年にAmazonがKindleを発売、新刊やベストセラーといった売れ筋の書籍を卸値を下回る9.99ドル(約1000円)という価格で販売したことでした。これは電子書籍の販売で利益が出なくとも、とにかくKindleを普及させることを目的としたAmazonの戦略で、事実Amazonは狙い通り急速に電子書籍市場を拡大することに成功しました。


しかし、小売価格が卸値を下回る低価格戦略では利益を生み出せないことは明らかであり、電子書籍でマイナスを出しても他の売上でカバーできるAmazonとは違い、商品が書籍のみである出版社はこの事態を深刻視。Amazonの低価格戦略に対抗するため、小売業者側に価格決定権がある「卸売り方式」から自社書籍の小売価格設定の主導権を握る「エージェンシー方式」に切り替えることを目指し出します。

そして、Amazonに対抗する出版社の動向に目をつけたのがApple。2010年の1月22日、Appleは長らくうわさされてきた新たなタブレット型デバイス「iPad」をリリースすべく準備中でしたが、その中で出版社ハーパーコリンズとAppleはiTunes Storeで電子書籍を販売するという契約についてやり取りしていました。Appleの上級副社長エディー・キューはハーパーコリンズとその親会社であるニューズ・コーポレーションの重役の元を何度か訪れていたのですが、ハーパーコリンズのCEOブライアン・マーレーは契約書にサインすることに抵抗し続けていました。

問題は、Appleが契約においてAmazonの販売価格9.99ドル(約1000円)という価格よりも3ドル(約300円)も高い12.99ドル(約1300円)という価格で電子書籍を販売しようとしていること、そして売上1冊につき30%の手数料を取ることでした。ハーパーコリンズは出版側が自由に小売価格の決定ができることを望んでおり、また1300円という価格での販売がセールスに影響するのではないかという心配もあったようです。30%という手数料についても不満があり、世界的なメディア・コングロマリットでありハーパーコリンズの親会社であるニューズ・コーポレーションの元COOジェームズ・マードックは、出版社ハーパーコリンズを後援するため、直接スティーブ・ジョブズにメールを送りました。

◆ジェームズ・マードックからスティーブ・ジョブズへのメール

by IAB UK

「スティーブ

先週、そして今朝は早くからの電話をありがとう。

ブライアン・マーレーとジョン・ミラーと話しをしました。ブライアンはエディに今日メールを送っているはずです。私たちはAppleと何かを成し遂げることに積極的ですが、いくつか法的な懸念があります。

経済面についてはシンプルです。Amazonは9.99ドル(1000円)での書籍売上に対して私たちに12.99ドル(1300円)を支払っています。そして書籍の作者はハードカバーを売り上げた時には4.2ドル(約420円)、Kindleで売り上げた時には売上のうち3.3ドル(約330円)を得ます。

<裁判所によるメールの一部編集>

要するに、流通コストや原料費なしの本を売り上げた時の利益は出版社やクリエイターではなくAppleに生じます。

もう一つの大きな問題は支配力に関することです。もし私たちが本の公正価格に賛成しなければ、あなた方の提案は、例えそれが高額な書籍であっても、私たちの出版を制限することとなります。これは私たちの手に余る事実です。

また、多くの電子書籍が1000円で販売されている中で、価格を高額に設定することにも心配があります。

スティーブ、過ちを犯さないで下さい。私たちはむしろAppleと共に仕事を行いたいのです。しかし、私たちや作家、編集者たちは公正な価格を考えており、自由な未来に関心があるのです。私たちは方法を考え出すことを望んでおり、今すぐではなくとも、将来的にそうなればと思っています」

◆スティーブ・ジョブズからジェームズ・マードックへのメール

by LeStudio1 Bernard Bujold

「ジェームズ

考えるべきいくつかの点があります。

1:現在Amazonが行っているような原価を下回る電子書籍のビジネスモデルは利益を生み出さず、長くは続きません。電子書籍が大きなビジネスになるにつれて、小売業者たちは少なくとも多少の利益を必要とするし、彼らがマーケティングやインフラストラクチャーなどを含めたビジネスの未来に投資するためには、あなたもそれを望むでしょう。

2:多くの出版社は「Amazonがリリースする新刊1冊9.99ドル(約1000円)という価格はカスタマーの持つ商品の価値に対する考えをむしばんでいる」と言っており、彼らはこのようなリリースが続くことを望んでいません。

3:AppleはApple自身ではなく、カスタマーに対して新たな素材や流通、特価販売、資本コスト、貸倒れなどなしに利益を与える方法を提案しています。これが、なぜ新商品が16.99ドル(約1700円)ではなく12.99ドル(約1300円)という値段がつけられるのか、という理由です。Appleは必要以上の利ざやを取ることを望んでおらず、それが音楽やムービーの配信を可能にします。

4:出版社たちにとって、新商品1つにつき9ドル(約900円)の利益はニュートラルなビジネスモデルであり、我々はそれ以下の金額を依頼していません。出版社に利益を残しながら、アーティストたちに現在と同じ印税を与えるには、彼らに「電子書籍のためにより高い利率を支払っている」という手紙を送ればいいだけです。

5:公開はされていませんが、分析の結果、この18カ月あまりでAmazonは100万台以上のKindleを売り上げていることが明らかになりました。しかし我々が新たにリリースするデバイスは発売から数週間で、これまでKindleが売り上げたよりも多くのデバイスを売り上げる見込みです。もしあなたがAmazonやソニーから離れないのならば、あなたは電子書籍のメインストリームから外れてしまうでしょう。

6:カスタマーはオンライン書店からクレジットカードで支払いをし、スムーズに電子書籍がデバイスにやってくるという、一体化したソリューションを要求するでしょう。これまでオンラインストアで大規模な商取引が可能であるということを示した事例はたった2つしかありません。AppleとAmazonです。AppleのiTunes StoreやApp Storeにはクレジットカードを用いて120億以上の商品をダウンロードするカスタマーが1億2000万人以上おり、これは電子書籍ビジネスを拡大したい出版社にとって強みとなり得ます。

1冊につき9ドルという手数料は現在Amazonが支払っている金額よりも少ないのは確かです。しかし現在の状態は長くは続かないし、電子書籍ビジネスのいしずえとしては強くありません。

<裁判所によるメールの一部編集>

Appleは重大なインパクトを作ることができる残り一つの会社であり、すでに4~6の大手出版社が契約書にサインしています。一旦出版社の次の扉を開くことができれば、我々は多くの書籍を提供できるでしょう」

◆再びジェームズ・マードックからスティーブ・ジョブズへ


スティーブ・ジョブズのメールに対してジェームズ・マードックが返信を行ったのはiPadの発表まで残り4日を控えた2010年1月23日土曜日の午後でした。ジョブズはAppleが意見を変えないことを示しており、マードックはそれに対して妥協案を提案しています。

「私がこの件について問題に思うことは、私たちがあなたの嫌いなプライス・ポイントで商品を提供する自由を望んでいるとうことです。もし私たちがあなたの提案する方法で売上の一定割合を提供できたとして、あなたはそれで十分満足なのですか?私たちは実際の価格についてというよりは、商品が完全に支配され、価格決定権をAppleに譲り渡してしまうことを心配しているのです。

しかしもしあなたに不利でない価格で、出版側が他の手段を利用できるのであれば、私たちは喜んで受け入れます。これはハーパーコリンズと話しあったわけではないので仮定なのですが、そうなれば私たちはハーパーコリンズを通じて共に働くことができるでしょう。

もう一つ質問があります。私たちは本、アメリカのビデオ、国際ビデオ、そして新聞という、商品に関係した4つのエリアで話しあいを行っています。これらのディスカッションの話題はすべて商品を広く入手可能にすることや、商品をより魅力的にすることに集中しています。しかしこれらの大部分において私たちは「選ぶのも辞めるのも自由」であり、当然ながら物事を前に進めるパートナーシップに頭を悩ますような失敗とは縁がありませんでした。

これはあらゆる面で何週間・何カ月と熟考する価値のあることなのでしょうか?Appleが私たちのカスタマーの多くにとって魅力的であることは明らかです。私たちのコアにあるクリエイティブな会社として、ニューズ・コーポレーションはAppleともっと理解し合うべきです。そして思うに、Appleは今日の私たちよりもニューズ・コーポレーションを理解することができるでしょう」

◆スティーブ・ジョブズからジェームズ・マードックへの最終通告

by skynetcusco's photostream

ハーパーコリンズが歩み寄ってくるのを感じて、ジョブズは交渉の仕上げに掛かります。1月24日土曜日の朝、「見たところハーパーコリンズには3つの選択がある」としてメールに書きます。

「我々はそれぞれのハードカバーの価格をベースに電子書籍の小売価格に上限をもうけるつもりです。なぜなら、これまでさまざまなコンテンツを販売してきた経験から12.99ドル(約1300円)や14.99ドル(約1500円)以上の価格の電子書籍マーケットは成功しないと思っているからです。この事実はAmazonも知るところであり、だからこそ彼らは9.99ドル(約1000円)という価格で売っていおり、それは多分正しい。12.99(約1300円)ドルでさえ我々は失敗する可能性がある。しかし、我々は喜んでこの提案に挑戦する。これ以上高額にすれば我々の失敗は間違いないのですが。

見たところ、ハーパーコリンズには3つの選択肢があります。

1:Appleと身を投じて12.99ドル(約1300円)や14.99ドル(約1500円)の電子書籍がメインストリームとなったマーケットを作り出すこと。

2:このままAmazonと9.99ドル(約1000円)の関係を続けて、短期間の間に少しのお金を作り出すこと。しかし、Amazonはしばらくすると9.99ドルの70%しか支払わないとあなたに伝えるでしょう。

3:Amazonから自分たちの本を隠すこと。カスタマーは電子書籍を買えないとなると、今度は盗み出します。これは海賊版が広がりだすスタートとなり、一度始まってしまうと、二度と止めることはできないでしょう。信じて下さい。私は自分の目でそれが起こるのを見たのです。

きっと私は何かを見落としているでしょうが、この他の選択肢は思い浮かびません。あなたはどうですか?

それではよろしく

スティーブ」

そしてiPadが発表される前日である火曜日、ハーパーコリンズはAppleの条件をのみます。そして、現在では1億台以上の売上を記録しているタブレットが、iBookstoreでの販売を含めた電子書籍と共に発表されたのです。

by Quique Marzo

ジョブズは自身の伝記の中で出版社に「消費者が支払う金額は多少増えるが、いずれにせよあなたたちの望むところだろう」と発言したとされており、非常に物議を醸しているのですが、実際にメールを読んでみると、ジョブズは値上げについて「電子書籍が大きなビジネスになるにつれて、小売業者たちは少なくとも多少の利益を必要とするし、彼らがマーケティングやインフラストラクチャーなどを含めたビジネスの未来に投資するためには、あなたもそれを望むでしょう」と表現しており、思わず納得してしまうような言い回しになっています。ジョブズは商標権を侵害しているとしてAppleからアプリの名称を変えるように警告を受けた企業が丁重に「救いの手を差し伸べてくれませんか?」と連絡したメールに対し、「アプリの名前変えればいいじゃん。そんなに大変でもないでしょ」と短い返信をしたとされていますが、本気でメールを送るとかなりすごいことになるようです。

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in メモ, Posted by darkhorse_log

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