未臨界量のプルトニウムの塊「デーモン・コア(悪魔のコア)」


「ちょっと手が滑っただけで大惨事となったり、科学者が素手でこねくり回していた物体が数ヵ月後に世界を死の恐怖に陥れたりするセカイ系テイストとか、世界の人々が数万人単位で死んだり、自分も死んだりする可能性があることを何とも思っていないマッドサイエンティストぶりとか、あとこの「デーモン・コア」と言うネーミングとか、この記事を書いた人は嫌すぎる」ということで、日本語版Wikipediaに先月末に新しく登場した「デーモン・コア」の項目がなかなか秀逸です。

その名の通り、各種エピソードが「デーモン・コア(悪魔のコア)」という名にふさわしいくらいにぶっ飛んでおり、再現写真もあるのでその実験内容の恐ろしさが実感できます。

中身は以下から。
「デーモン・コア」という物がある - ymitsu の日記

デーモン・コア - Wikipedia

まずは全体の説明。これだけでも相当の破壊力のある概要となっています。

デーモン・コア(Demon core)とは、アメリカのロスアラモス研究所にて各種の実験に使われ、後に原子爆弾に組み込まれてクロスロード作戦にて使用された約14ポンド(6.2kg)の未臨界量のプルトニウムの塊。不注意な取り扱いのために1945年と1946年にそれぞれ臨界に達する事故を起こし、二人の科学者の命を奪ったことから「デーモン・コア(悪魔のコア)」のあだ名がつけられた。


ということで、まずは第一の事象から。ちなみに原発関連では昔から、安全面で問題があるかのような印象を与えるという理由から事故が起きても「事故」とは言わずに「事象」と称してごまかすことが多いことが知られています。

1945年8月21日、ロスアラモス研究所で働いていた物理学者のハリー・ダリアンは、後にデーモン・コアと呼ばれるプルトニウムの塊を用いて中性子反射体の働きを見る実験を行っていた。プルトニウムの塊の周囲に中性子反射体である炭化タングステンのブロックを積み重ねることで徐々に臨界に近づける、と言う要旨の実験であった。ブロックをコアに近づけ過ぎると即座に臨界が始まり、大量の中性子線が放たれるため危険である。しかしダリアンは手が滑り、ブロックを誤ってプルトニウムの塊の上に落下させてしまった。プルトニウムの塊は即座に臨界に達し、そこから放たれた中性子線はダリアンを直撃した。ダリアンはあわててブロックをプルトニウムの塊の上からどかせたものの、彼はすでに致死量の放射線(5.1シーベルト)を浴びていた。ダリアンは25日後に急性放射線障害のために死亡した。


この再現写真がこれ


これのどこが「事象」なのかよくわかりませんが、この研究者以外に犠牲者が出なかったのでなんとかぎりぎり事象レベルかもしれません。しかし次なる「第二の事象」によってこのプルトニウムの塊は「デーモン・コア」の名にふさわしいものとなります。

1946年5月21日、カナダ出身の物理学者ルイス・スローティンと同僚らはロスアラモス研究所にて、臨界前の核分裂性物質に中性子反射体をどの程度近づければ臨界に達するか、の正確な位置を調べる実験を行っていた。今回使われた中性子反射体はベリリウム、臨界前の核分裂性物質として使われたのは昨年ダリアンの命を奪ったデーモン・コアである。スローティンらは球体状にしたベリリウムを分割して二つの半球状にしたものを用意し、その中央にデーモン・コアを組み込んだ。そして、ベリリウムの半球の上半分と下半分との間にマイナスドライバーを挟み込み、手に持ったマイナスドライバーをぐらぐらさせて上半分の半球をコアに近づけたり離したりしながらシンチレーション検出器で相対的な比放射能を測る、と言う実験を行った。挟みこんだドライバーが外れて二つの半球を完全にくっつけてしまうと、デーモン・コアは即座に臨界に達し、大量の中性子線が放たれるため危険である。この実験はたった一つの小さなミスも許されない危険性から、ロスアラモスの人望高い研究者リチャード・ファインマンが「ドラゴンの尻尾を撫でるようなものだ」("tickling the dragon's tail")と批判し、他のほとんどの研究者も参加を拒否した悪名高い実験であったが、功名心の強い若き科学者であったスローティンは皆の先頭に立って何度かこの手の実験に参加しており、ロスアラモスのノーベル賞物理学者エンリコ・フェルミも「そんな調子では年内に死ぬぞ」と忠告していたと言われる。


現場再現写真がこれ、見ているだけでも戦慄しそうな実験です。


もちろん「事象」が起きるわけですが……。

そしてついにこの日、スローティンの手が滑り、挟みこんだドライバーが外れて二つの半球が完全にくっついてしまった。即座にデーモン・コアから青い光が放たれ、スローティンの体を熱波が貫いた。コアが臨界に達し、大量の中性子線が放出されたことに気づいたスローティンはあわてて半球の上半分を叩きのけ、連鎖反応をストップさせ他の研究者たちの命を守ろうとした。彼は文字通り皆の先頭に立って実験を行っていたため、他の研究者たちへの放射線をさえぎる形で大量の放射線をもろに浴びてしまった。彼はわずか1秒の間に致死量(21シーベルト)の中性子線とガンマ線を浴び、放射線障害のために9日後に死亡した。

スローティンの間近にいた同僚のアルバン・グレイブスも中性子線の直撃を受けたが、彼はスローティンの肩越しにデーモン・コアを見ていたため、中性子線がいくらかスローティンの体によってさえぎられ、数週間の入院の後に無事退院できた。とはいえその吸収線量は少なくなく、慢性の神経障害と視覚障害の後遺症が残り、放射線障害に生涯苦しみぬいた末に20年後に心臓発作で死亡した。

その他の研究者たちは臨界を起こしたデーモン・コアからの距離が十分離れていたため、幸い身体的な影響は出ずに無事であった


この際の位置関係を図示したのがこれです。


今回の福島第一原発関連の会見で頻繁に出てきた「直ちに健康に影響があるわけではない」の「直ちに」というのは「今すぐ死ぬわけではないがそのうち死ぬことがあるかもしれないけれど、どこがしきい値なのかは人によって違うし、追跡する方法もない」ぐらいの意味なのですが、このデーモン・コアはまさに「直ちに健康に影響がある」レベル。おそらくこれぐらいのレベルの「事象」が起きない限り、「直ちに健康に影響がある」ことにはならないのでしょう……。

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in サイエンス, Posted by darkhorse