サイエンス

成長ホルモン抑制が予防の鍵か、小人症の人々は糖尿病と癌の発生率が極端に低い


成長ホルモン受容体の異常による遺伝性の小人症(こびとしょう)の一種「ラロン型低身長症(成長ホルモン不応症)」の家系を対象とした22年間にわたる調査により、成長ホルモンが機能せず背が伸びなかった低身長の人々では、平均的な身長の血縁者と比べ、糖尿病(がん)の発生率が極端に低いことが明らかになりました。

将来的には薬物や食事法により成長ホルモンを抑制することで癌と糖尿病を予防できるようになるのでは、と期待されています。


詳細は以下から。Dwarfism Gene Linked to Protection From Cancer and Diabetes - USC News

Severely short Ecuadorians resistant to diabetes, cancer, study says - CNN.com

アンデス山脈中腹、エクアドル・ロハ県のある村に住む人々は、スペインから南米へ渡りキリスト教に改宗したセファルディム(スペイン系ユダヤ人)の子孫が多く、ラロン型低身長症の家系が集中していることが知られています。

ラロン型低身長症患者では成長ホルモンは正常に分泌されるものの、成長ホルモン受容体遺伝子の変異により受容体が機能を果たさず、成長ホルモンにより分泌が促されるインスリン様成長因子1IGF-1)が欠乏するため、身長が4フィート(120cm)程度にまでにしか伸びず、7歳児くらいの身長で一生を過ごすことになります。

成長ホルモン(左)を分泌する側の異常ではなく、成長ホルモンと結合する受容体(右)の側の異常により、成長ホルモンが分泌されたことに気付くことができず、「増えろ、伸びろ」という指令を受け取ることができないのです。



ラロン型低身長症は常染色体劣性遺伝であるため、両親ともに小人症であれば小人症の子どもしか生まれず、両親ともに普通の身長であっても2人とも「キャリア」(1対の遺伝子の片方にのみ異常がある)の場合は、子どもは4人に1人の確率で小人症となります。


南カリフォルニア大学の細胞生物学者Valter Longo博士と、キト在住のエクアドル人の内分泌学者Jaime Guevara-Aguirre博士らは、このアンデスの村のラロン型低身長症患者99名と、その血縁者で普通の身長の1600名(キャリア含む)を対象とした22年間にわたる調査で、低身長症患者では糖尿病や癌になる人が劇的に少ないことを発見しました。論文はScience Translational Medicine誌に発表されています。

Jaime Guevara-Aguirre博士と調査対象となったラロン型低身長症の人々。


同じ村に暮らし似たような生活習慣を送り、遺伝的条件も近いはずの血縁者のグループですが、小人症でない1600名では22年間の調査期間中に17%が癌と診断されたのに対し、小人症の99名のうち22年間で発癌したのは1名のみでした。この女性は2008年に卵巣癌の治療を受けたのちは再発せず予後は良好とのこと。

糖尿病については小人症でない1600名ではエクアドルの人口全体での発症率と同じ5%程度だったのですが、小人症の99名では22年間で1人も糖尿病にはならなかったそうです。小人症の人々の多くは貧しい食生活を送っていて5人に1人が肥満なのですが、小人症でない血縁者と比べインスリン感受性が高く、空腹時血糖値は1/3ほどであることが明らかになっています。

また、調査協力者の99人とは別に、小人症の人々53名の詳細な死因の記録を調査した結果、癌と糖尿病に結びつけられる死は1件もなかったそうです。99名の協力者のうち調査期間中に亡くなったのは9名で、この合計62名の死因を総合すると、普通の身長の血縁者と比べ、事故や飲酒関連の死因、けいれん性疾患が多かったそうです。小人症の人々は糖尿病と癌に加え、脳卒中の頻度も血縁者より低かったのですが、脳卒中については母数が少ないので有意な差であるかはわからないとのこと。

アメリカ国立老化研究所と共同で行われた実験では、ラロン型低身長症の被験者の血清に触れさせたヒト乳房上皮細胞ではDNA鎖の切断が減少しアポトーシス(細胞自然死)が増えることがわかっています。つまり、DNAが酸化的ダメージから守られるとともに、すでにダメージを受けてボロボロのDNAは進んで自殺するようになるのです。この機序は判明していないのですが、「細胞が大きくなったり分裂したりしないかわりに、その分のエネルギーを防御的なメカニズムのために使っている、と説明できるかもしれません」とLongo博士は語っています。


成長ホルモンと癌を結びつける研究結果は、これが初めてではありません。動物実験ではこれまでに、南イリノイ大学オハイオ大学の科学者たちによって1996年と2000年に行われた2つの研究で、成長因子を欠損させたマウスでは40%寿命が延びることが確認され、成長因子欠損と腫瘍リスクの低下が結びつけられています。

今回の研究にはかかわっていないジョンズ・ホプキンス大学医学部の内分泌学の准教授Roberto Salvatori博士は、以前ブラジルでラロン型低身長症とは別のタイプの小人症の患者65名を対象に同様の研究(2010年にThe Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism誌に発表)を行ったのですが、そのときは癌による死亡者は65名中1名だったとのこと。

「現在、成人の成長ホルモン分泌障害の患者に対し成長ホルモンを投与する治療が行われていますが、今回のエクアドルのもののような研究結果は、この治療法に疑問を投げかけるものかもしれません。シワのない若々しい肌や脂肪が少なく筋肉質な体形を求めて、違法に成長ホルモンの投与を受ける人々もいますが、これらの人々は若々しさを得る一方で、糖尿病や腫瘍のリスクを高めているかもしれないのです」とSalvatori博士は語っています。


ただし、成長ホルモン分泌障害にはさまざまな度合いがあるなかでも、生まれたときから成長ホルモンが機能していないラロン型低身長症の人々のケースは極端な例で、人類一般について「成長ホルモンが少ないと癌にならない」と言えるとは限らないそうです。

なお、糖尿病と癌の発生率の圧倒的な差にもかかわらず、小人症の人々に多い事故や薬物乱用などの死因により相殺され、総合的に見ると小人症の人々の寿命は小人症でない血縁者のグループと変わらなかったそうです。研究では心理学的アセスメントは行われていないのですが、Longo博士は「我々が会った成長ホルモン障害の人々は比較的『幸福』な『普通』の人々のようで、認知機能も正常であったのですが、なぜか奇妙な死因、特にアルコール関連の死因が多かったのです」と語っています。

「都市部に住む小人症患者の多くは、差別に直面しています」とGuevara-Aguirre博士は語っています。「今回の発見は、調査に協力してくれた人々のおかげで、その献身的な科学への貢献は、大いに称賛されるべきです。22年間にわたって調査に協力してきた患者たちがいることを、世界中の人に知ってもらいたい。彼らの尽力、彼らの血、彼らの血清、彼らの細胞が、癌や糖尿病を理解するための手助けとなっているのです」


「もし、コレステロールが心疾患のリスクファクターであるのと同様に、成長因子が癌のリスクファクターとなれば、成長因子を抑制する薬は、第2のスタチン(80年代に登場しコレステロール低下作用により救世主的な扱いを受けた薬)となるかもしれません」とLongo博士は語っています。

将来的には成長ホルモン抑制剤が「癌予防薬」として使われる可能性もあるわけですが、予防的な投与は始めは癌と糖尿病の発生率が特に高い家系に限るべきだとLongo博士は述べ、成長ホルモンの量は加齢とともに減少するので、もともと成長ホルモンがほとんど分泌されない高齢者では予防効果は得られないとも指摘しています。

なお、癌や糖尿病に対する予防的な成長ホルモン抑制はあくまで「予防」であるため、すでに発症している病気の「治療」のための薬と比べ、副作用に対する評価はずっとシビアなものになるとのこと。予防的な成長ホルモン抑制は、成長ホルモン活性が高い成人を平均的なレベルにまで下げる範囲にとどめるべきで、平均的なレベルから小人症患者並に下げることは行われるべきではないともLongo博士は付け加えています。

現在、成長ホルモンの過剰分泌による先端巨大症の治療に使われるPegvisomant(成長ホルモン受容体と結合して成長ホルモンをブロックする拮抗剤)など複数の成長ホルモン抑制剤が、すでにアメリカ食品医薬品局により認可されていて、先端巨大症患者に関して言えば副作用は許容できる範囲であることがわかっています。

成長ホルモン分泌障害のマウスやヒトの細胞は、化学損傷を受けにくいことがすでに研究により明らかになっているため、Longo博士らはまずは、化学療法を受けている患者に対するこれらの薬の防御的投与の臨床試験の承認を得たいと考えているそうです。


成長ホルモンを抑制する手段は薬物だけではありません。カロリー制限や、タンパク質など特定の栄養の摂取を抑えることにより、ホルモン拮抗剤と同様の効果が得られることがわかっています。しかし、長期間にわたる食事制限には摂食障害や血圧の低下、免疫抑制などさまざまな危険がつきまとい、特定の遺伝子変異のある人々にとっては短期間の食事制限でも命にかかわる場合があるため、予防医療としての成長ホルモン抑制のための食事制限の実施にはさらなる研究が必要で、必ず医師の監督のもと慎重に行う必要があるともLongo博士は強調しています。

不老長寿の霊薬は人類の永久のテーマ。50年で死ぬよりは80年生きたい、80年のうち最後の30年間を病に苦しみながら生きるよりは、80年間大病なく過ごし、ぎりぎりまで苦しまずにポックリ死にたい、と思うのが人間というものです。薬物による成長ホルモン抑制に少々の副作用があると判明した場合でも、糖尿病や癌に長期間苦しまずに済むことと引き替えなら、社会や政府の大部分は進んでその代償を払うのではないかと予想されています。


成長ホルモン抑制により今日明日にでも人類全体の発癌リスクを大幅にカットできる、という夢のような話ではないのですが、癌や糖尿病が多い家系でかつ大学生になっても身長が伸び続けていたというような人々は、成長ホルモン抑制による予防医療が確立されればその利益を享受できることになりそうです。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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