取材

これがプロフェッショナルの仕事と生き様、マクロスの河森正治監督が語る「アニメーション監督という職業」



「アニメーション監督」という職業について、実際にはどういうことをしているのか?どういう仕事をこれまでしてきたのか?どういう経緯で監督になったのか?監督としてのオリジナリティとは何か?『マクロス』や『アクエリオン』などの各作品ができるまでどういった紆余曲折を経てきたのか?どういうようにして企画が完成していくのか?といった感じで非常に濃密だった2時間にわたる講演「河森正治 with 氷川竜介『アニメーション監督という職業』」の詳細レポートです。

超弩級の分量なのですが、これまであまり知られてこなかった数々の事実が明らかになっており、アニメに興味のある人はもちろん、アニメ以外のあらゆるエキスパート・プロフェッショナルに関する共通の心構えや考え方が多々含まれており、「やはりすごいことをやり遂げるためにはこれぐらいのことをする必要があるのだなぁ」と実感させられます。

◆目次
・監督とプロデューサーの違い
・絵コンテの描き方について
・河森監督がアニメに興味を持ったきっかけ
・メカデザイナーから監督になるまで
・マクロスができるまで
・実際に絵コンテを描き始めてわかったこと
・作品を作るときにはどのような取材が必要なのか?
・演出の第一歩、普通のアニメの作り方では経験できなかったこと
・アニメにおける音楽の役割
・監督として心がけていること
・現場の力を信じるという作り方
・「イーハトーブ幻想~KENjIの春」を作ることになった経緯
・「創聖のアクエリオン」について、「合体」をテーマにした理由
・アニメーション監督に求められるもの

講演が行われたのは2010年10月10日、徳島で行われたマチアソビvol.4。会場はこのあわぎんホール


5階小ホールへ移動。


会場に到着。


段々と人だらけになってきました。


河森監督たちが入場。監督の挨拶のあと、速攻で話が始まりました。

◆監督とプロデューサーの違い


氷川竜介さん(以下、氷川):
監督とプロデューサーの違いって一般の人たちにとってわかりにくいですよね。

河森正治さん(以下、河森):
日本とアメリカでも全然違いますしね。アメリカだったらプロデューサーって監督より全然権限が強いんですよね。

氷川:
そう、ハリウッドの場合は作品の編集権っていうのがプロデューサーにあるんです。

河森:
監督にないケースが多い。編集権っていうのは作ったフィルムをどういう風に編集して並べるか、時間を長くするか短くするか。そういう最終ディレクションの権限をプロデューサーが持っている。監督が編集権を持ちたかったらプロデューサーになるしかないんですよね。

氷川:
ディレクターズカット版とかね。まあ二回買わせるって意味もあるんですけど(笑)

河森:
日本の場合だと、監督というのはアメリカの監督とプロデューサーの間ぐらいなんですよね、おそらく。そんな感じが強いんです。だからスケジュール管理もやんなきゃいけない。

氷川:
監督って英語だと「ディレクター」って言ってますけど、じゃあ何のディレクションをするの?

河森:
例えば、戦闘シーンがあって主人公がいたとして、ここで生きるのか死ぬのか。これだってディレクション。また、この会場を描いたとしたら、部屋の紫の壁を赤にするとか。天井はどうするか?とか。これ全部ディレクションですよね。極端なことを言うと、「ディレクトさえすればいい」のであって、本人は仕事できなくてもいいんです。よく実写映画とかだと、監督畑じゃない人が初めてやって来て監督とかできるのは、ディレクターだからできるわけです。スタッフが優秀であれば、指示さえすればできちゃう。ただ、オーケストラの指揮者みたいなもので、いくら演奏者が上手くても指揮者が良くないとガタガタになってしまう。それに近いですよね。

◆絵コンテの描き方について


氷川:
例えば同じ絵コンテでも演出家が違うと、違うものができてしまう?

河森:
できます。シナリオからカット割りを決めていって、一番大事なのは秒数なんですけどね。「何秒」で収めるかっていう。例えば「ここから上がってきてここに座る」っていうのが6秒間あるとすると、「2秒で駆け足でやって来て、座って4秒足す」のか「5秒かけて歩いてきて、サッと座る」のか、全部それは自由にできちゃうんですよね。もちろん、コンテの中で指示はしているんですけれども、そこの指示をアレンジすることもできる。だから同じ秒数の中でどうやって撮るかによって全然別のものになってしまう。そういうところで何を選択するのかっていうのが仕事ですよね。実際、絵コンテ読むのってすごく難しくて。実際それはシナリオもそうで、小説とか文学と違うのは「見たこともないような激しい戦い」って書かれても、それどうすりゃいいんだってなる。僕は燃える方なんでいいんですけども、他の人は困っちゃうケースも多い。

氷川:
挑戦状だと思うからね(笑)

河森:
そう思える人ならいいんですけど、そうじゃないと「見たことないってどうすればいいんでしょう」なんて。どうすればいいかなんて好きに考えればいいじゃないかって話なんですけれど。ただそういう風にこう、ト書きの文章は作家性があって、文体が上手いと騙されるんですよ。

氷川:
そこに引っ張られちゃうのね。

河森:
上手い倉本聰さんなんかを読むと、すごいのはセリフと曲。「いま雨が降ってきた」とか、「ここで音楽」としか書いてないんですけどカット割りが読めるんですよ。見ているだけで、「これはもうアップでここから撮るしかない」となる。何にも書いてないんですよ。でも書いてないけど読める。行間から読めるっていう。そういうのがすごくいいんですよ。作り手側がどれだけビジョンを持っているか。それを最小限の言葉でどう伝達するかっていうのが、監督とかいろんな仕事に生かせるんじゃないかな。

氷川:
シナリオの文章と映像が違うみたいな話ですけれど、やっぱり最終的に映像がイメージするものっていうのは小説とかとは違いますか?

河森:
全然違いますね。一見してすごく違うのは、マンガとアニメーションって非常によく似てそうに見えてまったく違いますよね。片方は時間を自由に扱える。マンガの場合だと本人が読みたいスピードで読めるんで、じっくり読みたけりゃそこで間をとれるし、早く読み飛ばしたければどんどんめくっていける。アニメーションの場合は秒数が規定されてるんで。マンガだったら100人が読んで100人の読み方ができますよね。その100人が読み方の速度を変えられるのを、100人が大体見てて同じような感情を持てるか、見た時の心理状態によって見え方が変わるように秒数を置くかとか、そういう作り方を考えるんですよね。

氷川:
映像が時間と空間を並べた際に、並べ方の意味ができる。

河森:
そうです。はるか昔のモンタージュ理論から始まって。不思議ですよね。同じ画の順番を入れ替えちゃうだけで全然違う意味になるし。フィクションとノンフィクションって言い方してますけど、ドキュメンタリーも嘘だらけですからね。

氷川:
ハサミを入れた段階で。

河森:
例えば戦場に行って、いつも悲しい顔してるかっていったら、人間てタフだから笑ってる時は笑ってる。笑ってる顔だけでドキュメンタリーを作れば、全然戦争でも皆平気で生きてるってなるし、今誰か亡くなって悲しんでいる人だけを集めれば、非常に悲惨な戦場になる。事実を切り取ったら、それは事実じゃなくなるんですよね。すごい意味を持ってくる。自分はドキュメンタリーとか好きなんですけど、嘘だと思って見てると楽しいですよね。

氷川:
それは、誰かがハサミを入れて意図が切ってあると。

河森:
意図的に誰かを騙すって気持ちが全然なくてもフレームで切り取ってしまえばそうですよ。同じ場所でありながらも切り取り方だけで意味が変わってしまう。そこがすごい面白い場所でもあるし、そこをやらないとディレクターになりにくいですよね。監督の仕事ってのも「どこを切り取るのか」ってことがすごく大きいです。

◆河森監督がアニメに興味を持ったきっかけ


氷川:
河森さんが映像に興味を覚えたきっかけは何です?学生のころですか?

河森:
意識して見始めたのは古いほうのルパン三世。テレビシリーズの。第一シリーズの最初の数話。それがすごくインパクトがあって。今までのアニメと全然スタイルが違ってた。その時に初めて作り手を意識したみたいな。

氷川:
大人が作っているからすごいですよね。

河森:
あれ以降はないです。残念ながら。

氷川:
チョイ悪親父がなんか、酒飲みながらみたいな。

河森:
その辺が最初かなあ。

氷川:
アニメの現場に興味を持ったきっかけっていうのは?

河森:
ちょっと意識して見るようになって「宇宙戦艦ヤマト」の辺りからです。

氷川:
やっぱりそうですよね。74年。

河森:
それまではメカをあんなに丁寧に描くアニメはなかったわけで。あれでどれだけ皆大変な思いをしたか(笑)

氷川:
見てる感じ、伝わってきましたよね。明らかに違うっていう。

河森:
世界中のアニメの中で日本のアニメがガラパゴス的といわれる進化を遂げ始めるアレですよね(笑)

氷川:
きっかけですよね。戦争もあれば18歳のちょっとした恋物語があったりと、色んな要素があると思うんですけど。やっぱりメカが中心ですか?

河森:
自分にとってすごくインパクトがあったのは「宇宙戦艦ヤマト」が放送される前に流れた予告編がすごくカッコよくて。赤い星と船とオーケストラだけみたいな。それがすごいカッコよくて。

氷川:
30秒ぐらいでね。あれは現存してない?

河森:
してないと思いますね。戦闘シーンの中で悲しい音楽っていうインパクト。

氷川:
やっぱ音楽がそこで大事になってくるんですね。

河森:
そうなんです。組み合わせによってここまでムード変わるんだなあって。旧ルパンもそうですよね。音楽の使い方がそれまでと全然違っていて。変な言い方をすると、ハリウッドの場合とかって説明音楽じゃないですか。勇壮なシーンには勇壮な音楽。見りゃあわかるだろみたいなね。そういうのって極力避けたいなって。

◆メカデザイナーから監督になるまで


氷川:
ヤマトをご覧になって、スタジオへと行かれたと思うんですけど。

河森:
中学三年生の頃で、まだアニメ雑誌ってものが存在してなかった時代ですね。テレビランドでヤマトの見開きを見て驚いてた時。(アニメの情報が)幼児向け雑誌にしか載ってなかった時代ですよ。そうしたら、中学で付き合ってた友達の一人が「スタジオぬえ」って名前から会社を見つけてきてくれて。

氷川:
エンディングテロップから?

河森:
そう。中学三年が終わった春休みに数人で押し掛けて。それで衝撃を受けた。すごい宇宙SFを作っているわけだから「どんなスタジオだろう」って行ったら、松本零士さんの「男おいどん」の世界(笑) 開けたとたんに木造でバラックに近いような。全て荷物で埋まっていて。せまーい机の下に布団が敷いてあって。ダンボールのラックがあったり。ホラー映画の世界ですよ(笑) 「ここで作れるのか!?」みたいな。そのギャップがすごい衝撃でした。

氷川:
環境はさることながら、そこで作られてるものに衝撃を受けたと。

河森:
手で描いてくだけでSF作品が作れちゃう。特撮映画で役者さんを使ってとかだとものすごい予算がかかるはずのところが、一応量産型のアニメで作れちゃうってことがすごいインパクトがありましたよね。

氷川:
特にヤマトの場合、「ぬえ」だったりデザイン面で松本さんのラフボードをちゃんとアニメで描くっていう……。

河森:
と、言われているんですけれど、実は逆で。「ぬえ」が描いてるラフに松本さんがちょっと描き足して、それをもう一回ぬえで清書してるっていう。世間で言われてるのとはちょっと違う制作現場。

氷川:
ちょうど僕も同じぐらいの時に、友達といっしょに桜台にあったオフィス・アカデミーに行きました。

河森:
僕もアカデミー行きました。桜台の方じゃなくてウエストケープ。すいませんねこんなマニアックな話して(笑) 西崎大プロデューサーが、僕らが行った時「えっ!ヤマトのファンの子!来てくれたんだ!」とか言いながら「設定書見たいでしょ?僕が持ってきてあげるよ」って全部コピーしてくれたんです(笑)すごい懐かしい時代なんですけど。

氷川:
僕も棚にドっと積んであるものすごい量の設定書の原版を見て、テレビであっという間に流れていっちゃう背景の元ってこういう風になってるんだっていうのと、それそのものがもう、一つの作品。細かい指示とか書いてあったりして。それでまずメカデザイナー目指すことに?

河森:
もともと中学の頃からデザイン関係に興味があったので、それで月に一回ヤマトのファンの集まりがあったので作品を持っていって。スタジオぬえのメンバーがいて、もうボロクソに言われるっていう。持っていくとケチョンケチョンに言われるんですよね。今の人だったら5秒持たないサンドバック状態で(笑)

氷川:
宮武さんとかすごいこと言いますよね。

河森:
言います。だけど宮武さんならまだいいんですよ。「狂ってる」とか「頭おかしい」とか色々言うんですけどね。加藤さんはただフッと振り返って「ばーか」って一言だけで。もう終わりなんだと(笑)

氷川:
でも、めげない?

河森:
一人で行ってたらめげてたね。僕は5、6人で行ってたんで、その数の力でなんとかなった。

氷川:
その流れで「描かない?」みたいな流れで描かせてもらったんですか?

河森:
高校の1年・2年・3年と行ってて、3年目くらいからアシスタントで使ってくれるみたいな形で仕事がありました。

氷川:
それが闘将ダイモス

河森:
その前に本の挿絵とかやったり、SFマガジンとか。ほんとにちっちゃくカット描きとか。

氷川:
1977年ごろの話ですね。今日の主題はメカデザイナーから監督になるということで、デザイナーとしての河森さんの仕事は、「闘将ダイモス」の敵側のメカの内部図解を描かれてて。宮武さんに「これ全部若い人が描いてんだよ」って見せられたのが、僕が最初に河森さんを知ったことです。そこからずっとメカデザイナーとして認識していたのですがマクロスでコンテを描かれて演出もされるんだと。そこに少しギャップがありました。どうして絵コンテを描くようになったんでしょうか?

河森:
17歳ぐらいの時にカットとか始まって、大学1年ぐらいで一回「ぬえに入らないか」と誘われたんですけれど、まだ学校があるからということで行かず、結局2年の時くらいから入り浸り始めるんですよ。で、19歳くらいの時かな。企画を立て始めて。ちょうどガンダムが放送され始めようとしてる頃かな。ガンダムが放送される前に企画書とか読んでたんで。「こんなのやっていいんだ」と。

氷川:
背中を押された。

河森:
ちょうどみんなが忙しかったから、「なら自分で書くから企画書」と。自主的にストーリーを。「書いて」って言われてから書くと手が遅いんで。プロになりたい方は言われる前に書くっていうのが一つの作戦です。先手必勝です。奇襲作戦じゃないですけど。これこれこういうの書いてって言われる前に持っていくっていうのが大きいですよね。最初は煙たがれるかもしれないけど、何回か持っていくうちに「便利だから使ってやるか」って思われるケースも多いんで。

氷川:
ガンダムもそうだったんですよね。安彦さんの証言によると、わりと皆でワイワイと企画書書いてやってたんですけど、ある日富野さんがいきなりコクヨの原稿用紙でもの凄い細かい設定書と物語を書いてきて。それがあったんで、あるならこれでいいやって感じで進んだらしいという。

河森:
その証言、おそらく正しいと思いますね。いまでもそんなに根本は変わっていないと思いますから。とにかく大体忙しいし。書くのにためらう人が多いから、それよりも先に踏み込んだ方がいい。

氷川:
慢性人手不足とかって言いますから。書ける人がいるならもうそれでいいやってとこありますよね。

◆マクロスができるまで


河森:
そのガンダムの企画書みて暴走が始まって。あれが79年ですか。そのころには企画、立て始めてるんです。「ジェノサイダス」というやつ。それが、二足歩行式人型ロボットに替わる主役メカを作ろうってコンセプトで、先輩の宮武さんと競争試作に入るわけですよ。どんなにがんばってもなかなか主役メカのデザインができなくて。一年半ぐらいかけて二人ともできないでいた。あんまりできないんで自分はキャラクターデザインの美樹本とかとスキーに行っちゃった。斜面を滑るときは膝を曲げる。その膝を曲げた姿勢が何か使えるなあと思って。それで曲がった姿勢が基本となるメカとして「ガウォーク」を考えたんですね。それで「ぬえ」に戻ってから宮武さんに会って「ついにできたぞ!」「おれもできた!」「わかったぜ、いっせいのせで見せよう!」「いっせいのせ!」で見せたら両方とも逆関節系を描いてきた(笑) 僕は二本足の逆関節系だったんだけど、向こうは四本足だったんで。四本足がアニメで出来るわけないだろって話。

氷川:
四本だと大変だね(笑)

河森:
それで僕が競争で一応勝ったというありがたい話です。でも勝ったんですけど企画が通らないんですよ。僕は当初のコンセプト通りの良いものができたと思ってるんですけれど、持っていく先々で断られるんですよね。人型メカじゃないから駄目だと。

氷川:
それだけが理由なんだ。

河森:
しょうがないんで一本ダミーの企画をぶちあげようと。まずそっちで食いついてもらってから、「こっちが本命なんですけど」と企画を出そうという話で。一晩スタジオでメインメンバーが集まった。自分と宮武さんと松崎さん、あとシナリオライターの森田。それでワイワイ話してできたのがマクロスの原型ですよね。

氷川:
題名は?

河森:
その時は「メガロード」って題名でした。大きなロボットが出てくる理由としては、巨人が出たらいいんじゃないかとか。そんなに人型がいいんだったらデッカイものを変形させようってことで戦艦を変形させて。でも宇宙戦艦はヤマトにあるから嫌だな、空母にしようか、空母だけでもどっかであるな、だったら人型になればいいし、人型のスーパーロボットなんて誰でも思いつくな、と。

その時にフランスと合作でやっていた「ユリシーズ31」の中で宇宙船のデザインをやっていたところで、ただの宇宙船じゃつまらないからビルをいっぱい生やして街ごと飛んでるってやったら却下された。悔しかったので、「巨大ロボットの中に街がある」ってのはまず誰もやらないだろうと。ここまできてやっと初めてオリジナリティと言えるということで考えたのがマクロスの原型になってます。街が入ったおかげで一般市民を入れることができると。そこで街の生活があればガンダムと被らないだろうな、と。ヤマトともガンダムとも被らない、そうすれば別のタイトルを付けてもいいなあってね。そういう風に思えたんですね。

氷川:
そのときは結構ラブコメっぽい……。

河森:
そうですね、ラブコメ要素ももっと大きかったし、まだでっちあげたばっかなので通ってもらっちゃ困る。通らないような工夫はいっぱいしてあったんですけれども、だんだんそれが一人歩きっていうか、ウケていくんですよね。このままじゃまずい、これ通っちゃうよ(笑)みたいな。これ通っちゃうとまずいよみたいな話で、いろんな要素を加えてちょっとパロディ要素が残っているのはそのせいですよね。

氷川:
それを、実際に通ったほうの作品に寄せていくんですね。

河森:
そう。寄せてくときにせっかく空母だから艦載機が変形してロボになろうと思って。そのときははまだオモチャっぽいものだったので、いろいろいじってるうちにF14の本物の戦闘機の形からバルキリーを思いついて。それまでに一年半くらいかかってるんですよデザインに。思いついてからは一週間でできた。

氷川:
やっぱ最後は早いんだ。

河森:
そこからの変形機構も一週間でできた。

氷川:
でもアイデアってそういうものみたいですね。ずっと寝かしてると最後にっていう。

河森:
そうそうそう。多くの人がクリエイターになる前に挫折するのは、最後の一週間になる前にあきらめちゃうケースだったりする。

氷川:
脱落しちゃう。

河森:
その寸前が一番悪夢で、もう何もできないじゃないかとか全然だめじゃないかって思う時期がちょっと続くんですよね。その時期が続くとその後に大抵突破するんですけども。その前に諦める。もうだいぶ慣れてるんで、ドツボにハマるときたきた!とか。ドツボきたけど長いぞ今回はって(笑)、そういう風に思う。

氷川:
ドラマツルギーに似てますね。

河森:
似てますね。非常に似てる。

氷川:
下がって下がって下がって最後にドカン!みたいな。

河森:
たとえば生物の進化によく似てたりするんでしょうね。成長だったり。一回まゆを作ってサナギになるときとかって、一旦活動が鈍るんですよ。鈍る時期があって、そこから蝶になるみたいな。そういうことって恐らくあるんでしょうね。

氷川:
それは脳みその中で何かイメージがギュっと圧縮してるから、一時的に止まったように見えるのかな。

河森:
それでこのままじゃだめなんじゃないかと思う時期が来る。だめじゃないかって思うとこまで考えなきゃまずいですけどね。

氷川:
逆にそういう風になることは最後に逆転するんだみたいな。

河森:
そのときに前のアイデアを潔く捨てられるかですよね。こだわっちゃだめ。芋虫が葉っぱを食べることにこだわってたら絶対蝶になれないわけで。芋虫は足で歩くわけだけど歩行形態にこだわってたら空は飛べないっていうね。そこで以前一番よかったものを捨てられるかどうか。自分の中で企画たてるときに心がけていることは最初に企画書を作って一旦プレゼンするんですけれど、そのときに出したアイデアが全部入れ替わるとき。これがよしと思ったアイデアがだいたいそれ以上のものに入れ替わったときに、「この企画いけるんだな」と思うんですよね。だいたい誰でも思いつくんですよ。こんだけ人口いるわけだし。

氷川:
きっと世界のどこかで誰かがと。

河森:
もともとぬえで企画を立てていて、ヤマトの繋がりがあったので石黒さんのスタジオでやろうって話になった。美樹本くんの方も当時学生だったから、修行だってことで一年くらい前からブラっと行っていろんな作品をずーっと見て。鉄腕アトムとか。それでスタートすることになるんですけども。アートランドさんだけでテレビシリーズ全話だとすごく大変だってことでタツノコさんとかが入ってやることになったんですね。

◆実際に絵コンテを描き始めてわかったこと


氷川:
演出家としては石黒さんだけれど、そこで河森さんの今の企画の話を聞いていて思ったのは、コンテは描いてくれって言われたんですか?それとも自分から描こうと?

河森:
説明されてもよくわかんないから描いてみたいな形ですよね。細かいとこをどう動かしていいかわかんないからとか。じゃあ描いちゃったほうが早いですよねとかそんな。

氷川:
でもスタジオぬえ自身は前から、いわゆるワンダバって言われてる発進の時のね。イスがこうやって動いて下に降りてくとか。コンテっぽいやつは描いてたんですよね。

河森:
そうですね。たまたまなんですけど、自分がメカデザインを始めた時ってだいたい4シリーズぐらい掛け持ちだったんで。毎週コンテを4本読むわけですよ。いろんなテレビシリーズを毎週。毎週こんなに読んでたら大体わかるんですよね。こんな感じなんじゃないの?みたいな。なんか描けそうな気がしたから描くと。

氷川:
じゃあもう用語とかも全部そうか。

河森:
そうですね。いろんな絵コンテから拾って。ただその頃って自分も天の邪鬼な性格で、人に聞いちゃいけないと思ってたから。詳しく聞かないでやってたもんだから。カメラワークのシーンも、これ1カメと2カメがこう動いてたよなとか、そういうとこでやってて。それで何個か間違えて。その指示だと大変になっちゃうようなこと描いてたりするんですよ。同じこと別の手でもできるんだけど。気を利かして、初心者が描いてるから違うように撮ってくれればいいけどまじめにそれを再現しようとしてるもんだから、あとで怒られたりしましたよね。

あの当時は自分が極端にこう、人と同じことをやるのが嫌いな時期だったんで。ほかの作品でうまくいってる演出はやらないっていうのを絵コンテ上でも課してたんです。マクロストータルでいえば他の方も演出してるんで。そうではないんですけども。少なくとも自分が関わった回に関してはやらないっていう。軍隊のサイズでいったら主人公が毎日ブリッジにいくなんてまずないですよね。そういうことあんまりやらないとか。戦闘中に敵味方でお話しないとか。

氷川:
だんだん一人の監督の(笑)

河森:
戦闘中に敵とお話って「これギャグ?」と思ってた。

氷川:
最初話してなかったんですよね。

河森:
だんだんお話増えていきますね。何でお話が増えるかっていうと、お話をするとね、尺が楽なんですよ。

氷川:
そこが尺を持っちゃう(笑)ドラマがそこで発生するから。

河森:
それをやらないわけですよ。やらないで何とか作る。失敗してもいいやってひどい言い方なんですけども。他の作品でうまくいったやり方すると、自分がうまくいったわけじゃあないじゃないですか。

氷川:
のっかってる気がすると。

河森:
他でうまくいった方法を使えばうまくいって当たり前なんだよって。なにがうまくいったかわからないんですよね。

氷川:
達成感がないと?

河森:
というよりも元々理系の出のせいかもしれないんですけど、ロジックさえわかれば何とかなるんで。ロジックが知りたかったんですよね。自分で考えたロジックで演出したり、指示してみて失敗すれば何が失敗したのかわかるじゃないですか。でも他の作品でうまくいった方法をしてうまくいっても自分の考えがうまくいったのか、ベーシックにそれがあるからうまくいったのかわかんないんですよね。なのでやってみて、あ、これはうまくいかないとか。これは大変だからやらなかったんだとかね(笑)

氷川:
初めてそこでわかる衝撃の事実。

河森:
そうだ、確かに。こんなのダサいと思ってたけど、これじゃないと生産できないんだみたいな。そういうのがすごくわかってくるんですよね。

氷川:
でもそういうのって石黒さんがチェックとかはしないんですか?

河森:
しないんですよこれが。

氷川:
野放しなんだ(笑)

河森:
野放しなんです。「いいんじゃない」とかって。「そのままでいいんじゃない」って。もっとすごいのは、終わってから失敗してるとお前のせいだって言われる(笑)

氷川:
河森君がこんなこと言うから大変だったよとかって。

河森:
自分は心がけてそうしないようにしています(笑)

氷川:
石黒さんは独特で若い子にやらせるっていうね。作画のこととかも。

河森:
そうですね。例えば板野さんだったら、板野サーカスで有名なミサイルとか飛ばすわけですけど、ほんと前の作品とかだとタイミングを全部変えられちゃうと。せっかくこう手間かけて1コマ打って、1秒間に24コマとか細かく描いたのに3秒に伸ばされたりとか、シート描き換えられてね。そうすると動きがだるくなる。あんまりにも怒った板野さんは道具倉庫に忍び込んで全部シート描き直したっていう(笑) 勝手に描き直したやつが動いてるの見て「これ誰が描いたんだ!」って(笑) 好きにやってくれとなって。でもまた他の作品に行くとまた描き直されたりね。

氷川:
僕が聞いたのは某作品で、さすがに名前出せないけど(笑)フレームに入ってない絵を描くってのがそのときの演出とぶつかったみたいで。

河森:
そうそう。板野さんの書いた原画とかってほんとおもしろいのは、最初のマクロスって巨大なメカがやってきて通過するカットがあるんですけども、前の絵と次の絵でパーツが全部違うんですよね。ぜんぜん繋がってないのに、パラパラとちゃんと動くっていう。それはやっぱ見えてないところが見えてるんですよね。さっき言ったようにこのフレームで切り取ったときに、このフレームの中で起きてる出来事ってのは、やっぱり嘘になっちゃうわけで。映ってないとこ映すために、ここになにかを感じながら描いているというか。多くの人っていうのは、仕上がったフィルムを見て真似して描いちゃうと、この中で描いちゃうんですよね。すると臨場感が出てこないと。

板野さんと僕が初めて出会った時に盛り上がったのはロケット花火の……(笑) 至近距離で爆発を受けたらどうなるかみたいな。痛い思いしたかどうかって話ですよね。痛い思いして描いてるから、こうすると痛いってところ通っていくわけです。すごい綺麗に真似する人のは痛くないんですよね。見えてないものを見て描いているかどうかってのがすごく大きいですよね。

氷川:
だからほんとに板野サーカスで衝撃的だったのは、たまにフレームアウトして戻ってきたりするじゃないですか。アニメって要するに人が描いてるものなんで、全部フレームに入れようと思えば入れられちゃうんですけど。

河森:
空間が狭いんですよね。

氷川:
逆にアニメーター的に入れないといけないって強迫観念がもう。ちゃんと仕事してないんじゃないかってあれがあって。

河森:
それはほんと強迫観念に過ぎないですよね。実際に実写のカメラだったら、カメラマンが追いつかなくてフレームから出て行くってこれ当たり前なんだけども、その記録映像をみて描いたカットだけがそうなってて。想像すると、いきなり入ってきちゃうとかね。そういうのがすごく多くて。そうしたくないんでなるべく取材に行って、実際にそのフレームの外で何が起きてるのかを見ておかないとほんとのことは描けないですよね。

◆作品を作るときにはどのような取材が必要なのか?
氷川:
いま取材って話がでましたけど、今日監督になるために何が必要かっていうこともあったんで、ちょっとそっちのほう聞きますけど、さっきのマクロスの時って取材ってされたんですか?

河森:
まあ元々好きなネタをやってるからやりやすいってこともあったし。それこそね、ミスマクロスのために東大アイドルコンテストを見に行くとかね(笑)普通にカメラ持って、まだミスコン始まって間もない頃の……。それからエアショーも当然観に行きましたしね。

氷川:
やっぱそれは、行かないとわからない部分もあるってこと?

河森:
行かなくても描けないことはないんだけども、行かないとさっき言ったようなことが起きるんですよね。描くには描けるんですけど、整ったものは描けるんですけど、はみ出したものは描きにくいですよね。ただ逆に取材するから描きにくいこともあるんですけどね。わかってなければオーバーな嘘がつけるけど、わかってると嘘がつきにくい。どういう作品が作りたいかにもよりますよね。リアリティとか関係なくナンセンスなものを作りたければ頭の中で妄想をかきたてればいいですし。ある程度リアリティがあるものが作りたいのであれば取材したほうがいいし。例えば飛行機の絵を描くから飛行場行って描いてくるっていうのは当たり前すぎておもしろくないんですよ。実際は。ぜんぜん違うことがヒントになったりするんですよね。まったく意外なものがエピソードの根幹になったりもして。

氷川:
なんかあります?

河森:
見てる方がどれだけいるかわからないんでアレですけども、「KENjIの春」って作品を作るときに、宮沢賢治さんのやつなんですけども、その中心になるセリフで、宮沢賢治さんのものには書いてないんですけど「冷たくてあったかい」って言葉があるんです。それとかはその作品を作るころから、ちょうど米軍の空母に3日間乗れるっていう機会があって、アメリカ軍少佐がアニメファンでしてね。特別招待クルーズっていうのがあるからそこで乗らないか?ってことになって。普通は日帰りなんですけれども、その日はたまたま3日間っていう洋上航海で、3泊3日で深夜0時に乗艦して。

氷川:
かっこいいですね。

河森:
かっこいいですよ。夜明けとともに出航して。何でこんなに適当でいいの?っていうぐらい野放し。危険区域以外どこに行ってもいいですって。発着してるときの甲板以外どこでも良いと。もうマストの上に登ろうが全部OKで。そこでいろいろ見てたときに、天気が悪くて雨だったんですね。しかも真冬。1月に乗ったんで。真冬の雨の日にカタパルト発進するのを甲板の横で見ているわけですよ。そうするともう30ノットだから時速50キロ近く。最大速度で前進しながら風を受けて飛行機発進させるんですよ。暴風雨なんです。もう雨でミゾレみたいな感じで。もう寒いとかじゃないですよ。そのときにジェット機が上がってカタパルト発進するときに、熱湯で殴られるんですよね。「冷たい冷たい冷たい……あったかい!冷たい冷たい冷たい……あったかい!」(笑)そういう風に何がヒントになるかわからないんで。

氷川:
マクロスゼロのときですか?実際のGを体験されたのは。

河森:
マクロスプラスの時です。最初のマクロスのときもたまたま知り合いがセスナ持ってたんで「セスナ乗らないか?」と言われて。まだ企画だから二十歳のころですよ。トランスフォーマー初期型のデザインをしていたタカラの専務さんが飛行機持ってるんで乗りに行って。乗ってるときに茨城の空港から上がって新宿上空へ。ほんとは1000m制限があるんですけど、もっと降りてきてた(笑) 高層ビルが4本ぐらいしかなかったときに。操縦桿渡されて「操縦していいよ」って言われて(笑)「すっげー!」とか思いながら見てました。操縦桿、持ってるだけでわずかに引いちゃうんですよね。ほんのちょっと力むともうすぐに機体が上昇し始めたりとか。そこから今度、東京上空を飛んで東京湾に出ると、その人が「いやーほんとは1000m制限があるんだけどね……行こうか。よおし!」ってダイブするっていう(笑) 貨物船の中に突っ込むような気持ち(笑) あれはすごい刺激になりましたよ。

最後着陸するときも、600m滑走路のある空港なんですけども、それがあんなに小さく見えるのかと。その半分しかない空母に降りるってとんでもないことだよなと。あれは大したもんですよね。あれはジェット機よりもっと遅い速度でターンするのにも関わらず。これはすごい仕事をしてる人たちだなあと思ったし。その経験があったのでマクロスプラスの時はテレビシリーズじゃないし、飛行機ものをちゃんとやりたいなって話を板尾さんとしてたんで。それでアメリカに行きました。教官が横に乗るんですけども先に操縦を習って、自分で操縦して空中戦をやるっていう。2機で飛んで、お互いすれ違ったら戦い始めて後ろ取り合ってって。ほんとにちゃんとやるやつをやってきた。それがすごい面白かったです。

氷川:
そのときは当然、カメラは持ってないですよね?

河森:
カメラ持ってないですね。すでにカメラはセットされてて、その映像は後でもらえるんです。あとはやっぱ、理屈ではわかったつもりでいてもあまりにもゲームセンターと違う。ゲームセンターってこのフレームですよね。これ、さっきから言ってる話ってのは、そこでも思ったんですけど、このフレームの中で操縦するもんだから。どうしてもここをみて操縦する。でも実際の飛行機ってのは専門的な話になるんですけど、こう羽がついてますよね。こういう風に羽の揚力で飛んでるんで。揚力を使って回る。縦に回ることに長けてるんですよ。車と違って左右には動かない。だから右に行こうとしたらば機体をこうひねって止めて、こう行くんですよ。全部上昇なんですよ。全部上昇旋回。基本はこういう旋回するんで。マクロスプラスは全部ちゃんとやってるんですよ。

氷川:
もっかい見てみよ、ちゃんと(笑)

河森:
6G以上でてるせいで首が回んないんですよ。やってるときはなんかこうハイになってて脳内麻薬が出ているのか全然キツイとは思わないんです。思わないんだけど、首が動かないなあみたいな。

氷川:
けっこう血が偏っちゃったりするみたいですね。

河森:
しますします。板野さんはブラックアウトしたみたいで(笑)、後で、降りてきた板野さんにブラックアウトする感じをちゃんと聞いて絵コンテ描かせて(笑)

氷川:
それ映像化したらどうなるの(笑)

河森:
マクロスプラスのイサムのシューってなるあれ。

氷川:
リアル表現(笑)

河森:
視界がフッと消える。実際の取材で板野さんが気を失った瞬間に何を思ったかというと、寝てるような夢のような中で自分の名前を呼ぶ人がいると。「イチロー……イチロー……」とかって(笑) はっと目を開けると「ここはどこ私は誰」、操縦してたことも忘れてるので、パニックになってそこから逃げ出そうとしたり、それ全部映像残ってるんですけど(笑)

氷川:
本人は大変だけど(笑)、さすがにそこまでやれば一味変わるの?

河森:
一味変わるのと、まあここまでやればオリジナルだって言っていいでしょ(笑) 人のものパクったわけじゃないですし。

◆演出の第一歩、普通のアニメの作り方では経験できなかったこと
氷川:
主題に戻しますと、例の総集編を作った話。あれが結構、本格的な演出の第一歩ですかね?

河森:
そうですね、テレビシリーズのマクロスはそういう実験的なことをやって、他でうまくいってることはやらないとかって言ってた。大変なことばかりやることになって、1話と2話とを同時放送するっていうすばらしい企画が通ってしまって(笑)、それが次の週で始めてくれよって、前の週の繰上げで始まった。

氷川:
レインボーマンが落ちたからですよね(笑)第一話で落ちたから。

河森:
それが大変な目にあったんです。そこから地獄の日々が始まり、ただでさえスケジュールがないのにどんどんなくなった。あんまりにもスケジュールがなくなったんで総集編入れなければいけなくなって。まずは1本、石黒が。回想シーンにナレーション入れてやったにも関わらずまたやんなきゃいけなくなったり。

氷川:
3週後か4週後ですね。たしか。

河森:
2~3週後ですね。たった2、3週後にまた一本総集編やらなきゃいけなくなった。同じことやるわけにはいかないし。でも期間は2週間しかないと。その2週間っていうのは、総集編を作らなきゃいけないって言ったところから放送まで2週間。じゃあ、しょうがないからやりますって話をして。で、どうやったかっていうと、同じようにやるんじゃなくて一本の作品として作ろうと。なので新しいストーリーを作った。でも全部簡単に作るわけにいかない。その前に主人公、撃墜されてるんで、病室で見た夢って形にして。

氷川:
悪夢ですね。

河森:
そうすればいろんな絵がもう一回繰り返されてもなんとかなるんじゃないかと。その当時、自分がベータマックスっていう昔のビデオの機材を3台持ってたので、それを全部持ってきてビデオで編集。それで仮編集を作って。ちゃんと仮編集してると作画が間に合わないから、新作は15カットでいいっていわれたんで。

氷川:
たった15カット(笑)一般的には大体一話あたり300から350ですよね。

河森:
そうですね。15カットだけで新しい話に見せるためにはというところがあった。そうだ!病室で寝てれば1カットで作れるな、何回も使えるなと(笑)、それでまず絵コンテ描くわけですよ。病室で寝ているような作品を作ろうってことでそのカットだけのコンテをまず作って。コンテを作って作打ち。作打ちしたところから編集を始めるので。もう時間がないから。だいたいこんなことで作れるんじゃないかなと思ったところから編集を始めた。その当時のビデオ編集機って後で口パクを直したりとかあんまりできないんですよ。フィルムで撮影しなきゃいけないから。なので、前に撮った映像をもう一回、再度撮影する時間もないと。だからフィルムそのものを使ってその時の口パクに合わせて全部セリフを変えるんですよ。

氷川:
逆算したってことですね。

河森:
逆算。全部言葉を変えた。それでそのカットを並べながら、こう並べればなんとかなるってところで大体並べて。それを発注出しておいて、並べたやつに対して台詞を作ってシナリオ考えるっていう、普通と全部逆の順番を辿った(笑) 最後にシナリオを考えるっていうね。

氷川:
でもあれは衝撃的な回でおもしろかったです。

河森:
あれだけピンチなことないですよね。ゼロから2週間でっていう。

氷川:
それが結構おもしろかったんですよね?

河森:
作業は最高におもしろかったですね。何がおもしろいって、せっかく描いてもらってるから、普通はなかなか編集してるときに切れないんですよね。こんなにがんばって描いてるからよう切れないってのが。もうふんだんに使いましたね。十何話分余裕があるから。もう容赦なく切れる(笑)好き勝手に編集できるし、編集の並び替えだけでこれだけ物語って変えられるんだとか。それがすごい……アニメーション作ってる方だとなかなか体験できないですよ。

氷川:
そうなんです。アニメーションって基本的に上がっちゃったやつにハサミ入れるってなかなかやれないですよ。

河森:
やれないですよね。やった途端にもうアニメーターの人から「二度と仕事しない」とか(笑)そういう世界の中でやってると。実写だとね、何時間もフィルム回してるから。特にドキュメンタリー系とか。それに近い体験をさせてもらえたっていうのが大きかったですよね。

氷川:
映像ってやっぱそういう化かし方がおもしろいんじゃないですか。

河森:
あれがすごいやってて楽しい。

氷川:
初代マクロスで「愛は流れる」っていう27話の……実質最終回で。

河森:
実際あそこで「終われ」って言われたんです。終わらせなきゃいけなくて作ったんですけど。相手が巨大な宇宙人だったと。ただ巨大な宇宙人てだけだったら他にもあるだろうから、文化を知らない戦闘人種っていうのをつければちょっと新しくなるなって話もあるよね。街があって、市街地には美樹本君が描くかわいい女の子がいて。その中に歌ってる絵があったから、この子をアイドルデビューさせちゃおうっていうところから歌詞が出てきた。それで歌と戦闘を組み合わせるってとこまでは当時から考えてたんですけど、それで結局進んでいっても結論に至らなかったんですよね。最初は、最終回も普通に戦争で終わってたんですよ。それだといくらでも他にあるじゃない。せっかく歌を持ち出しておきながらそれを使わないで決着するのはつまんないなあってことで。それで歌で決着をつける話を作りたいと話したら、周囲すべての人に反対されて(笑) そんなのうまくいくわけないって話。じゃあやりますってことで、その回は自分で。だから申し訳ないんですけどシナリオ読んでないっていう。

氷川:
あっそうなんだ(笑) シナリオは別で?

河森:
別にやってたんです。

氷川:
じゃあシナリオは送り返す感じですか。セリフも全部自分でやったんですか?

河森:
それは本当に追い込まれてたんですよ。さっきのやつとあんまり変わらない。一か月くらいで作ったから。その最初の一週間はだいたい3時間睡眠。次の週は2時間睡眠。その次は1時間睡眠って。

氷川:
寝てないってこと(笑)

河森:
最後の一週間は、一週間で3時間ていう。

氷川:
それは何歳の時?

河森:
あの時は22歳ですよね。

氷川:
若いからできたと。

河森:
ほんとにもうどうなるかっていうか、そうじゃないと終わんないからって感じでした。

氷川:
一番苦労されたコンテってどこですか?

河森:
絵コンテの段階は歌に合わせてセットを組んでいくんです。しかも5、6枚って感じ。

氷川:
あれちょっとスポッティングに近い部分ですね。

河森:
スポッティングやってました。実際に歌に合わせてどこまでどのカットやってってのをちゃんと書いたのもあれが初めてだったかな。

氷川:
スポッティングっていうのも、ちゃんとその時はどうやればいいんだって見分け方がわかって……

河森:
全然知らない(笑)

氷川:
歌番組がこういう風なカット割りになってるからきっとできるだろうみたいなことですか?

河森:
そういうことですね。でもそのオープニングみたいな形で歌と合わせるのがあっても、結局セリフが入るんで全然ロジックが違うんですよ。当時ミュージカル的って言われたんですけどミュージカルともロジックが違って。ミュージカルだったら自分の思ってることを歌うとか、シチュエーション関係なく歌うとか。そのシチュエーションの中で歌うって戦略があって歌ってるっていうところに合わせてドラマも進行していくってのがある。見本がない。見本がないことになると燃えるんでおもしろかったですけどね。

◆アニメにおける音楽の役割


氷川:
さきほどちらっとおっしゃってたような、音楽というものの役割っていうのは必ずしも説明的なものじゃないってことですか。

河森:
そうですね。戦闘シーンに勇壮な音楽をかけたら、金かけて作ってるハリウッドには敵わないんです。だったら最もそぐわないアイドルソングにしようみたいな(笑) それまでの戦闘シーンであれば、オープニングみたいに主題歌かかってたってこともあったわけですけど。それはBGMとしてかかってるんであって。BGMではなくてドラマの中でかかってるものが、しかもそれがドラマを動かす核になるみたいな。そういう構造そのものは恐らくそんなになかっただろうと。自分が知る限りはなかったな、みたいな感じですよ。

氷川:
あれは作家的に総力戦っぽい感じでね。全員入って。

河森:
大変でしたよ。仕上げも間に合わないから毎週自分らも塗ってたし。動画がうまく終えなかったときは。特に美樹本の絵は難しいんですよ、あの当時のは。今もマンガ描いてますけど、あのマンガの絵よりも難しいですからね。だからどうするかって言うと、うまく直ってないと、あのセルですよ。昔はこう、絵の具塗ってセルを描いてたんですけども、上からマジックで直す(笑) 「ここの目が違う」とか。いまだったらPhotoshopとか使えるからいくらでも出来ちゃう。いくらでも出来ると弱点がある。1カットずっとやりつづける人になっちゃうから。

氷川:
こだわり過ぎてる(笑)

河森:
何人か知ってるんで、そういう人。

氷川:
でもやっぱりそれが独特で勢いを生んでる感じ。

河森:
その時はマジックで描いてもそんなにバレないことがわかったんで、今度は絵の具でやってみようって、こう絵の具で描いてみたらなんかいけそうだなと。それで最終回とか絵の具でバンバン塗って描いて。

氷川:
ちょっとした汚れとかは。

河森:
いつも加藤さんが絵を描いてるのを見てるから理屈上これでいけるはずみたいな。

氷川:
要するに特殊効果もやっちゃったと。ほんとは特効の人がやるのに。

河森:
あの当時若かったんで仕事の業務をよくわかってなかったんですね。テリトリー侵害だらけでしたよ(笑) いまだったら許してもらえないかもしれないけども。テリトリー侵害する前に「します」と言ってからしてくださいみたいな。

氷川:
27話って庵野さんも参加してるじゃないですか。庵野さんに取材してると、あれで河森さんがセルを直してるのをみて「ああ、演出はやれることをやるのが仕事なんだ」と思ったそうです。だからテレビの監督とかそういったものも募集してやられてるんですよね。全部セルで直せるとこもセルで直したり。

河森:
あの当時、やっぱりね。いろんな資料とか持ち込んできて、それで核爆発の資料があったのでそれをある日見てもらってカメラ飛ばしてねとか。

氷川:
ああ、あの有名な実験のエピソード、ネバダ砂漠の。

河森:
ああいうのとかほんとやってておもしろかったですよ。ぶっちゃけ良いか悪いかわからないんですけど、学生の学園祭ノリで作ってたところがあった。それでお金もらってていいんだろうかとか。その当時のスタジオでは給料4万5000円だったので。

氷川:
えっ、安いですね。

河森:
お金もらううちに入らない。

氷川:
月給ですか。

河森:
4万5千円、月給ですね。

氷川:
何をやっても4万5千。

河森:
おそらくね、普通の人の倍の時間は働いてたから。毎日18時間か20時間は働いてた。

◆監督として心がけていること


氷川:
でも明らかにあの27話ってなにかぶっちぎった感が、やっぱりあったんですよ、当時も。それを経てたから今度はほんとに監督ということになるんですね。

河森:
そうです。その時のアニメフレンドっていう実際の制作部隊のプロデューサーの方がすごい気に入ってくださって。それで例の27話がやれるんだったら監督やらない?って言われた。やるやる!じゃないですけど、やっていいならやりまーすみたいな。

氷川:
いきなり劇場版の。それはもうかなり早い時期に決まってたの?

河森:
そうですね、ちょっと制作が進んでからかな。

氷川:
進んでってのは?

河森:
あのー、ここからちょっと喋りにくいことが増えてくるんで(笑)なかなか進行がうまく行かなかった。なので、急遽入りました。

氷川:
あのクレジット上は石黒さんと共同監督っていうことですよね。劇場版の監督ってことになって、で、どんなことをしようと思われたの?

河森:
劇場版の監督になったときに思ったのが、「映画は難しいなあ」と。やっぱりテレビシリーズでいろんなおもしろい作品は多いし、テレビドラマもおもしろいのは多いんですけども、映画って最後までおもしろいの、少ないじゃないですか。出だしはおもしろいんですけど。

氷川:
ああ二時間丸々ということですか?

河森:
そう、特にアクション系とかになると。こう、最初はおもしろいんだけどドンドン後ろに行くに従って下がって腰砕けになっちゃうケースも多くて。やっぱ映画って作るだけで大変なんだなって最初思ったんですよ。当時は映画全般を何百本も見てたんで。そうするとすごい難しさがわかったから、テレビほど実験できないなと。でも散々テレビで実験してるから。実験精神とかクリエイティビティって意味ではテレビのほうがより実験的なんですけども。映画は今の自分の実力だったらならば、まとめるだけで精一杯だろうと。それで実際シナリオの構成とかに入ったらすごい難航したんですよね。後ろにいくほど大変になって。

実際これやってみてわかったのは、映画の長さを4パートくらいに分けると、だいたい倍々で難しくなってくるんですよ。1が2になって4になって8ぐらいになると。でも大体の場合っておそらく倍ぐらいの力しか最後にかけてないんじゃないだろうかと。8倍大変だと思わず、倍大変だとおもって作るから腰砕けになってるんだろうなってことが大体わかってきた。じゃあ後ろで8倍ぐらい大げさなことやろうってことでね。「愛・おぼえていますか」の曲をお願いしたり。そこまではわざとちょっと控えめに作って、最後に盛り上げようみたいな、そんなの考えてやってましたね。その意味では実験的なことを抑えて、でもなんとか形にして、やることを考えようって話ですよ。

氷川:
で、結構お話的にはテレビのやつのいいとこ取りじゃないですけど。

河森:
そうです、要素がすごく多いんで。基本軸はいっしょですけど設定を変えた。

氷川:
要素はいっぱいだから大変だったでしょう。

河森:
大変です。要素が少ない映画のほうが楽ですよ。アメリカ映画のね、車が暴走して追っかけてるだけで一本映画できちゃうみたいなね(笑)だいたいそんなもんなんですよね、映画の尺で出来るのって。

氷川:
たぶんそうなんですよ。日本のアニメはデコ盛りすぎるんです。

河森:
実際には、原作小説とかあってキャラクターが浸透しているからちょっとぐらい複雑なこともできるけど、そうじゃない場合のオリジナルっていうのは、じつはできることってすごく限られている。でもすでに要素の多い作品だから、その要素をどう盛り込むかってことを考えたときになるべく多層構造で入れていこうって思ったんですよ。それで、一つさっきから言っていた、例えばすごい激しい戦闘シーンで勇壮な音楽をかけるっていうのは情報が同じですよね。同じ質の情報なので足してしかならないと。だけども勇壮な戦闘シーンの悲しい音楽とか、明るいアイドルソングだと情報の質がまったく違うので、情報がこう立体的になってくるんですよ。そうやって映像で見せてることと、つけてる音楽と、言ってるセリフを微妙にずらしていくと三次元的な空間の広がりが出来てくるんじゃないだろうかって思って作ってたって感じです。

氷川:
それはもう「愛おぼ」で?

河森:
実験的にやったとこですよ。だから試してみて、ここはなんとかなったかなあと思っているんですよね。でも当時は画面でやっていることと言ってることが違うじゃねえかって言われることもあったりはしたんで。そこはそのやり方をドンドン磨いていかなきゃなあと思ったところですよ。

氷川:
いまおっしゃったことっていうのは監督として心がけていることですかね?

河森:
そうですそうです。それは空間表現もいっしょですよね。それまでは基本が二次元で地に足が着いていた。ガンダムとかはジャンプですよね。空中戦ではない。そうすると固定カメラで撮れるんで、考えることってそんなに多くはないんですよ。それに対して、空中になった途端に軌道が三次元になるんで、圧倒的に難しくなるんですよ。でも生物の進化を考えたときにすごくおもしろいのは、三次元適応してる生物ってわりと頭がいいのが多いんです。

氷川:
例えば?

河森:
例えば鳥ですよね。鳥って脳のサイズに比べてすごく頭がいいじゃないですか。カラスなんかすごく頭がいい。あれ、恐らく三次元適応のせいじゃないかなあと。海中で言えば、イルカとかクジラ。同じ哺乳類の中では圧倒的に知能が高くなりますね。あれも三次元適応しているからじゃないだろうかと。これはほとんど学説では言われてないですけど、自分なりの仮説としてそれがある。なのでこう、三次元空間に適応できると人間の場合とかサルの場合っていうのは、森林に住んでるので樹木の上下移動を考えます。上を見上げて、見下ろしてっていう。そういう感覚を基本的に持っていると、平面だけでやっているよりも扱う情報量が増えるので脳が進化しやすいんじゃないかなって仮説を作りました。その仮説といっしょで、ただ、二次元て人間的にはわかりやすいんですよね。伝わりやすい。

氷川:
ああ、確かに伝わりやすい。スクリーンは二次元だからね。

河森:
そうそうそう。あと善悪とか敵味方がはっきりしてる方が二元論でわかりやすいけども、そんなわけないってことがもうわかっちゃってる時代だから、それを作りたいわけじゃないんで。あえて難しいことやるしかないし、その場合には立体感覚を扱うしかないんじゃないかな。そのかわりすごい不安定になるんで、そこで飛び続けるってのはすごい。いろいろと手を使わないと。その代わり、いつ落ちるのかも知れないっていうスリルがおもしろい、臨場感があって。

氷川:
なるほど。なんとなく河森さんの作品に共通している、そういうバランス感覚っていうかね。ある意味バランスをあえて……スレスレ感っていうか。

河森:
旅客機とかってこう、落っこちないようにすごく安定したものを作る。でも戦闘機ってわざと安定性を悪くしてすぐにクルクル回っちゃうように作ってるんですよね。腕が良くないとか、いい間の機体みたいにコンピューター制御ができていないとすぐ落っこっちゃう。わざと落っこちやすくすることで、安定性を崩して早く動けるようにしている。そういう作りですよね。水戸黄門とかサザエさんを作るんであれば、安定したロジックで作ればいいし。自分たちが作るんであれば、わざと安定性を崩すようなアクロバット的なつくりにしてるし。これ、良い悪いじゃ全然ないんですよ。どっちを選ぶかっていう。これもディレクションですよね。どっちを選ぶかっていう、ただそれだけの問題ですよね。

氷川:
やっぱり監督としてもいろんなセクションにそういうことを望む感じですか?

河森:
そうですね。ほんと若いころは宮崎さんのコンテの悪影響で全部描かなくちゃいけないんじゃないだろうかとか、全部細かく指示しなきゃいけないんじゃないだろうかとか(笑)これも良い悪いじゃないんですよ。その場合ってのはそこは完成予想図になっちゃうんですよ。自分も工業製品、好きだから、工業製品の場合ってちゃんとした設計図を作って、一個一個パーツを正確に仕上げて。その、正確に仕上げることによって良い機能を持ってくると。空飛ぶ飛行機とか自動車でも変に歪んだりしたら壊れちゃうし、事故を起こしたりする。だから現実的な製品ってのはそういう風に作らなきゃいけないっていうのは正しいと思うし、それは日本人てすごく長けてると思うんですよね、日本のものづくりというのは。だけどもフィクションの場合ってのはそれで人が死ぬ訳じゃないから。もっと自由度があっていいと思うんです。あと、せっかく多人数でやる以上、いろんな人の個性があった方がおもしろいんじゃないかって思えてきたんですよ。

氷川:
いろいろ、もらって、足してって。

河森:
そうです。そういう風に思えたのはアルジュナとか作ってる頃に、ボルネオのジャングルとかアマゾンとかにも行ったんですけども、植物にしても生物にしてもすごい多様性がありますよね。で、誰かがコントロールしているわけじゃない。でも絶妙なバランスでものすごいいろんな多様性が生きてると。そういう風にものが作れないかなって思ってきたんです。

氷川:
せめぎ合いみたいな感じで。

河森:
せめぎ合って、なおかつ共生関係がある。その危ういバランスでできている。そこには一見、ディレクターは不在なんだけれども、でもある秩序がある美しさが見えてくる。そういう構造ができないかなってだんだん思い始めたんですよね。

氷川:
混沌が、かならず何かのバランスでと。

◆現場の力を信じるという作り方


氷川:
それである程度出てきたものをまた戻すと。いろんな方法でモンタージュを。

河森:
正直言ってモンタージュと音楽の入れ方。音をつけるタイミングだけでほとんどいじれちゃうんですよ。ほとんどそこで自分の作品になっちゃうんです。で、それはもうどんなドキュメンタリーを撮ろうとか、どんなに戦争の現場に行こうが切り取る人によって、個性によって切り取り方が変わってしまうと。それがわかったから余計なことしなくていいやってなりました。ただし、これはもう自分の中で監督として出してた場合で。原作者の部分としての遺伝情報とかコードはちゃんと作るっていう。自分の場合はほかの人の作品を監督したことがない。させてもらったことがない。ことごとく。これもあれ……なんですっけ。原作じゃなくてドキュメンタリーですよね。もうある種、その人の半生をもとにしてるっていう。

氷川:
じゃあ、そのドキュメンタリーの切り方がやっぱ河森流?

河森:
そうそうそう。銀河鉄道の夜を作れって言われたら、きっと宮沢賢治さんを担当されている方から絶対クレームがついて降ろされると思う(笑)いままでも十作品くらい原作もののオファーが来て僕との間で
「相当変わりますよ」
相手「どんだけ変えてもいいから」
「相当変わりますよ!」
相手「どんだけ変えてもいいから!」
「ほんっとうに変わりますよ!」
相手「どんだけ変えてもいいですからやってくれ」
……ってやりとりしてから描いたのを見せた時に「こんだけ変わると思わなかった……」って言われて(笑)相手が悪い(笑)ほんとに最後しか残りませんよって言ってるのにわかってくれないんですよ。

氷川:
そういう形で、モンタージュと音楽で河森さんの作品、と。

河森:
たとえば、さっきのジャングルとかがあるとしたならば、ジャングルみたいな作品ができあがったと。その時に、晴れた日に撮るのか、曇った日に撮るのか、昨日みたいに雨の日に撮るのか、どの方向から撮るのか、どのアングルからなのか。そのときに虫が鳴いてる時間に撮るのか、鳥が飛んでる時間を撮るのか。そんだけでも劇って出来ちゃうんですよ、極端な言い方すると。もちろん、もう少し細かくやるんですけども。極論すれば、そういう風にできちゃうわけだから、あとはみんな自由にやればいいじゃないかって。そのかわり、せめぎ合ってねって。

氷川:
いまでもあります?そういう感じ。マクロスFもそういう感じで?

河森:
そうですそうです。やってもらって。最初の企画だったりとかシナリオは丁寧にやりますけど、後は一旦野放しに。

氷川:
現場の力に任せると。

河森:
で、アフレコ・ダビング、そこだけは真剣にやる。あと編集ですよね。編集もまず演出の一つなんですよ。切ってもらって。その上で自分でもう一回いって。音楽の入れ方変えたりとか。極端な話、音楽、はめ変えちゃうんで。「違う曲!」とか言ってね。何か物足りないからエンディング変えちゃおうとか。そんな作り方ですよね。

氷川:
けっこう、お題とか出したりするんですか?

河森:
これもいろんなとこで言ってるんですけど、手描きのアニメーターの人ってまだすごい個性的な人が時代に残ってる。そういう人には、わりと自由に考えてもらってるケースも多いんですけど、CGのアニメーターの場合っていうのはどうしてもオペレーションする要素が強いんです。なかなか自由にやってくれない時期が多いんですよ。

氷川:
それはたぶんプログラマーとかも同じ種類。スペックがちゃんと決まってないと手が動かない。

河森:
ほんとに数人、すごい腕のいい人とか特別な人を除くと、それ以外の人の場合だとやれば出来るのに、やらないんですよ。

氷川:
やっちゃいけないんじゃないの。

河森:
やっちゃいけないっていう強迫観念があるとしか思えない。それでいろんなカットを発注してもなかなか思うように……自由にやっていいはずだから、指示出したくないのに、なんでこんな自由にやらないんだろうって、できない。あるときこう、メカの色とか好きに決めていいよってA案・B案・C案持ってきてって言ったら、たとえば青いメカだとすると青と、濃い青と、薄い青って(笑)それB案・C案って言わないだろ(笑)それA’だしA”だろと。BCちゃんと持って来いよって。何回か繰り返しているうちに、そこから変えていいんだと理解したわけですよ。

氷川:
なるほど。コミュニケーションがようやく取れたんだ。

河森:
僕や板野さんだったら「やっちゃいけない」って言われたらやりたくなっちゃうじゃないですか。みんなやるなって言われてやりたがった時代から、やってって言われてなんとかやる時代を経て、やってって言われてもやらない時代になっちゃった。すごいもったいないと同時に、これは大チャンスですよね。やれば何でも採用してもらえますから。そのときに、あんまりメカアクションやらないもんだから、しょうがないんでコンテを一度白紙にしたんですね。もうここまで全部絵を描かない。それで、かっこいい戦闘よろしくって(笑)

氷川:
ほんとマクロスFって仕事でコンテ読むとですね、ふいたの。第一話の艦隊戦のところで、「21世紀の爆発を見せてくれ」って書いてあるんですよ(笑)これはどういうことなんだろうって(笑)

河森:
自分の場合は原作者がいたらその人に怒られた。だけど自分で書いたシナリオって変えちゃうんで、原型をとどめなくなる。書くときはモードが変わってるから、別人格なんですよ。「誰がこれ書いたんだろう」って(笑)

氷川:
気が変わりますからね。

河森:
今回の講演会も、制作にすごくいいんですよね。東京からやってきて、都会を離れて違うとこの空気が吸えると。客観視出来るようになる。ディレクターの客観視ってすごく大事ですよ。オーケストラの指揮者とかがそうで、音楽やってて、演奏やってたらその周りの音しか聞こえない。自分の音だけ聞くのが精一杯になってくる。全部の音が聞けるポジションにいて、それに対してディレクションしていくのがすごい大事なので。中に入りながら距離を取らなきゃいけない。中にいながら距離を取るような練習が必要なのか、もしくは距離を元々取れる感覚をもってる人がなるべき仕事なのかなって思いますよね。別に自分の特性に対して無理する必要はないんで。さっきのジャングルの例えもそうですけど、川にいる魚が別に空を飛ぶ必要はないし、空を飛ぶ鳥が地面の中に潜る必要も巣ごもり作りくらいしかない。そんなわけで自分の特性を見つけるってすごい大事だと思います。

◆「イーハトーブ幻想~KENjIの春」を作ることになった経緯
氷川:
ちょっと話変わりますけど、宮沢賢治の作品ご覧になった方、どのくらいいらっしゃいますか?あ、いないですか。良い作品です、すごく。

河森:
是非見てください。

氷川:
これ、どういう経緯で田代さんとやることになったの?

河森:
もともと田代さんというとね、ヤマトの音響監督だったし。

氷川:
音響監督の草分け。

河森:
そうですね、旧ルパンもそうだし。気がついたときに自分が好きだなあって思っていた作品の音響監督はほとんど田代さんがやられていたわけで。そんな田代さんから急に呼び出された。なんの仕事かも言わないで。それで入ったときに聞いたのが、宮沢賢治さんの生誕100年記念。アニメドラマを作ると。監督やんないかって言われてね。その場で受けますって言った。

氷川:
その時にねこのキャラクター使うって……。

河森:
そうですね、そこだけです。ねこのキャラクターを使うってことと、宮沢賢治さんの一生を描いてほしいと。でも一生なんか出来っこないって話で。なので半生だけにさせてもらった。それが通ったんで引き受けたんですよね。

氷川:
まあ、すごくこの作品、映像表現的にいろんな試みをされてる。

河森:
そうですね。自分でやりたかったこと、いろいろあったんですけれど、まったくロボットもの以外のオファーが来ないから(笑)なかなか出来なかったんだけど。

氷川:
そういうぐずぐずしていたやつを。

河森:
そうそう。ちょうどいいやみたいな。あと原作ものだったらきっとまた危ないけれど、半生だったらなと。著名な方だし、作品も嫌いではないし。たまたま宮沢賢治さんが、作品作りじゃなくて学校の先生みたいなことをやっていた時期があって、そのときの教え方がすごくユニークだったって話を前に読んだことがあった。教育問題とかにすごい興味があったから。その理由っていうのがね、「なんで日本ってこんなに個性がつぶされるんだろう」ってとこから始まってて。ずっと興味持ってた。それでそのテーマでできるんだったらやりたいなって思ったんですよ。

氷川:
いまおっしゃられたことって作品化されてますよね。変わり者として親から勘当されてと。

河森:
当時は大正時代だからね、あの時代にしてはすごい西洋風の考え方。

氷川:
そうですよ。やってることは現代から見ればすごい正しいんですけど、当時の時代とずれてるみたいな。

河森:
そうそう。ちょうどその時期に速読を習ってたんです。宮沢賢治さんが本を読むときは、ものすごい速度で読んでたって記録が残ってる。速読をやってると文字が飛んでくる感じがあったんですね。宮沢さんの作品を読んでると出てくるんですよ。「文字が躍るように飛び出した」とかって。これってやっぱできてたんだなあと。それを訓練したわけでもなくできた人にすごい興味があった。都合三週間か一ヶ月くらい行ったのかな。花巻に通って。宮沢賢治さんが歩いた場所、大体レンタカー借りて回った。うろうろして。その後記念館に行くと本がいっぱいあるじゃないですか。たまたま速読を習ってたからね、50冊ぐらいばっと読んだ。一日。今はもう出来ないんですけども。理由は簡単で、シナリオで音読するから。台詞を読んで、タイミング取るから、もう速読できなくなっちゃって。それは残念なんだけど、そのときは丁度習った時期なんですごいおもしろかったですよ。で、何百冊か読んでいくと、その間に出てくることがすごくわかってくるし。

エスカフローネとかやってて、いろんなとこ取材しました。だんだん怪しい話になってきますけども、やっぱり怪しい能力を持ってる人っているんですよね、ほんとに。ひどい嘘つきとか、ひどいインチキも多いんですけど、まぎれもなく特殊な感覚を持ってる人はいるとしか思えない。そういう例はすごくあって、そういう中の一人なんだろうなあって。でも、本人もそれが幻覚かどうかはわからない。今で言う統合失調症なのか、それともほんとの力なのかわからない。だけども、色々読んでいくと、御影石っていうその、花崗岩ですよね。花崗岩のそばに行くときに幻覚を見ているケースがすごく多いってわかってくるんですよ。これ研究家の中では言われてないんですけど。で、花崗岩っていうのがいろんな棺で使われたりとか、いろんなところで使われたみたい。石英とかあって。それが一種の半導体構造を出してるんじゃないかみたいな仮説がある。そういうのと比較してくとすごくおもしろいんですよ。

氷川:
石が記憶するって話出てきますからね。

河森:
だって実際シリコンじゃないですか。それを考えていくと、すごい興味深かったので、やっててすごい楽しかったです。

氷川:
あと、すごいこの作品はCGが多用されてる。当時的にすごい。

河森:
そうですね。その何年かまえにマクロスプラスを作ってるときにアメリカに取材に行きました。いろんなスタジオを見学したときに、コロッサスっていう手書きアニメとデジタルアニメの特撮で、ライトスタッフっていうパイロットの映画撮ったスタジオ。それが全部いっしょになったスタジオなんですよ。

氷川:
オンリーワン?

河森:
オンリーワンで。サンフランシスコの郊外の湾岸にある巨大倉庫を借りて、プレハブが何台も建ってて。それがデジタル棟、実写棟、アニメ棟みたいになってる。すごいおもしろいスタジオ。そこに見学に行ったら、これがライトスタッフを撮った時のモーションコントロールカメラ、でももう使ってないとか(笑)なんでもう使ってないのって言ったら「いや、もうCGだから」って言われて。当時、日本では1分一億って言われた時代ですから。しかも、高いのに使い物にならない。その時代にアメリカはどんどん変わってるなと。しかも、手描きのアニメのところにもピントとか、いろんなところでデジタル化していた。「なんでこんなにデジタル化してしてるんですか?」って言ったら「安いからだ」と言われて。それ聞いた時にショックだったんですよ。良い悪いだったならば、伝統芸を守ることが出来るのだけれども、安いと言われた場合、量産作品みたいなアニメーションだったら絶対そっちに行くと。だから、良いとか悪いとか好きとか嫌いとか言ってられないっていうことがわかった。

当時のプロデューサーとこのままじゃまずいってことで、マクロスプラスやマクロス7で実験的にCGを入れようと。当時マクロスプラスの場合は、まだ「1分1億」の日本です。そんなにCGのカット数出来ないから、すごい難しいカットだけはちゃんと頼んで、あとはPCで作った。PCで作ったものをフィルムには出来ないんで、全部プリントアウト。プリントアウトしたものを撮影するっていう。それで5分間ぐらいやってるんですけど、ほんとにやったのは1分かかってないんですよ。30秒ぐらいしかまともなCG作ってなくて。

氷川:
オープニングの、こう、カメラもつ……。

河森:
ええと、カメラが引くところと、1カット、イサムが来て飛んでったりする……あとミサイルか。そのぐらいしか使ってない。それ以外のとこはもうプリントアウト(笑)

氷川:
「KENjI」の方は割と本格的。今に繋がるようなパーツの変化とか。

河森:
それでやっていて、当時のメカもので使うってことだったならば誰でも考えつくからと。わざと自然描写やろうって思ったんだよ。ハードルあげて難しいことに挑戦しておけば後が楽だからってことで自然描写と、あとそれから幻想シーンの描写で使うとき。幻想シーンだから異質でかまわないんですよね。

氷川:
なるほど。異物感が取れないっていう。

河森:
異物をどうやって取ろうかっていう点で難しいと言われた時代だから。じゃあ異物感を使えばいいじゃないかと。そうすれば何年も耐えれる。そこのシーンは異物感があっていいんで。大丈夫だろうと。その頃も、周り中からやるなやるなって言われて。いろんなスタジオの人から「頭おかしいんじゃないか」とかそんな。50分のうち15分間がデジタル撮影なんですけどね。そんなにデジタルで、テレビでできるわけないだろうみたいな。

氷川:
挑戦だったんですね。96年てことは、ちょうどPCが安くなり始めてる。97年とかなると他にも出てくるんで。パイオニアっぽいですよ。

河森:
ほんと良い作品なんで、まだ買えますから。是非よろしくお願いします(笑)

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◆「創聖のアクエリオン」について、「合体」をテーマにした理由
氷川:
そうとう濃い話をしました。後はアクエリオン。話題にしてないの。これもマクロスとは系統が違う。

河森:
その当時はアルジュナが終わって地球防衛家族が終わって。

氷川:
地球防衛家族も良い作品でしたよ。途中で終わっちゃったけど。

河森:
そうそう。アルジュナもそうですよね。そのあと、マクロスゼロがスタートして半分ぐらい進んでた時期に、そろそろ何か新しいものをやろうかってことで。

氷川:
河森さん的には「合体」ってことがミソですかこれ?

河森:
バルキリーをやって以来、ずっとほんとの意味でオリジナリティのあるデザインはできていないんで。あとはもう、みんなバリエーションだなとか思いながら。一応、機構はちゃんと考えるけれども。ちょっと難しいことにチャレンジしようと。ほんとは全然違うものを作れるなら良かったんだけど、なかなかそれが思いつかない。今までも三台合体ってゲッターロボとかあるんですけど。中学の頃にペーパーモデルでゲッターロボ作ろうと思ったら作れなかったっていうね。

氷川:
いやいや無理です(笑)

河森:
じゃあ、ちゃんと作れるならば、まったく新しくはないけどちょっとは新しいものはできるなあと。ロボットものもすごい沢山の作品があって、一時期、下火になり出したときっていうのが、あまりにもいろんな作品が多すぎて、やることもなかなかないんじゃないかって時期だったので。実際、合体ってことを考えながら今までの合体作品を思い出すと、やっぱり合体して強くなる。力を合わせてとか、仲良くなって合体して強くなるってコンセプトがほとんどだったんだけれども。合体ってなんだろうかってコンセプトで作られた作品はないんだってことに気づいたんですね。

氷川:
合体そのものをテーマにするっていう。突き詰めていく。

河森:
現実のこと考えたらね、仲の良い三人が集まったからほんとに良い仕事ができるかっていうと、そんな甘くはないし、喧嘩しながら良いのが作れることはある。それと、さっき言った音楽と絵と台詞とかが全部同じ質だったら足し算にしかならない。全然違う異質の要素を組み合わせて上手くはまると、科学変化が起きたり、かけ算になったり。そういうところがおもしろいんで。それ自体をテーマにする作品がない以上、オリジナリティと呼んでいいんじゃないかと。これは監督としての自分じゃなくて、原作者としての自分として。作品にオリジナリティがないとタイトルをつけてはいけないと思ってるんで。それ以外、パロディになっちゃうんであればパート2、パート3でやればいいと。

氷川:
アクエリオンですごく特徴的なのは、全部のばらけたCGが完成した後に、今度は完全変形合体しながら、オモチャとほとんど同じCGモデルがあって、そういうのがすごく新しかったですね。

河森:
実際に飛行機を飛ばすのもすごく難しいんですけども。それでもCGとかやられてる方はわかると思いますが、人間の動きってすごく難しいんですね。やっぱりいつも見てる動きだからか、ちょっと変でもばれちゃうと。まだロボットだと若干許されるんだけど、それでも人間型ってすごく難しいので。なのでマクロスゼロではまず飛行機をなんとかしようと。ちょっと時間のあるビデオ作品ていうことでチャレンジして、すごく難しいことをやって、技術を上げておいて、量産化の目処が立ったのでチャレンジしたんですね。あそこまで出来るんであれば、ロボット戦闘もある程度はできるだろうと。

ただし他の会社でもいろんなCG作品が増え始めてるときで、カット数が増えすぎて質が下がってるケースがすごく多かったんですよ。そんなに無理しちゃまずいから、ギリギリうまくいくカット数は何カットだってことで、一話あたり60カットと。動いて戦闘するなら60カット。350カットのうちの60カットしか戦闘には使えないと。それ以外はスライドしてごまかすとか。60カット制限を守る限りクオリティは守れるみたいな。

氷川:
60カットってだいたい三分間ぐらい。

河森:
昔の作画の時代だったら、100何カットも使ってるんですけどもね、一話あたり。それを考えると戦闘はね、全部で400カットのうちの250カットみたいなことをやってた時期から考えるとすっごく制約されるんだけども、その制約があるんだったらそれを上手く使って、戦闘しない回を作れば一本120カットで出来る。フロンティアもそうなんですね。60カット制限の中で、ちょっと動かしてますけど、実際には。それでもやってるわけで。そうしないとやっぱりクオリティが保てなかったんですよね。

氷川:
やっぱそれは監督的にメリハリを付けるってことと、クオリティってのは今までの経験よりも高くしたいと。

河森:
それまでのロボット学者でもなんでも、あまりにもちゃんと計算して動かすあまり、デフォルメが弱かったんですよ。滑らかなだけでヌルい動きが多かったりとか。せっかくの日本のアニメの良さが出せないようなデジタルがすごく多かった。かといってワンカットごとに細かく指示を出して、どういう風に詰めてっていうのはやりたくないし。そういう昔の作り方はしたくなかった。

それで考えたのが……「シルク・ドゥ・ソレイユ」っていうサーカス団がすごい動きがおもしろい。生身の人間がこれだけできるんだからお前らがんばれよって(笑)見につれてくわけですよね、本物の。元々そのマクロスプラスをやるまえに、アメリカへ取材に行ってラスベガスでショウを見て、もう愕然として。サーカス、なめてかかったらこんなすごいことになってるんだって。すごく上手いんですよね。アクロバットな動き。動きそのものだったら上海雑技団とかすごい上手いとおもうんだけど、そこは音楽最低なんで(笑)人間がこんだけやるんだからロボットアクションはすごいオーバーにやっていいし。デフォルメしていいし、歪ませていいし、食い込んだっていいから、もうジャンジャンやってくれと。それで完成したのがアクエリオンですよね。すごいおもしろいのが、カットでバーンと殴ってて、それを回り込んで後ろから撮ったら胸が外れたりとかね。

氷川:
でかいパッチ置いたりとか。

河森:
それを散々やってくれたし。やった中でもすごく勘のいい人がいてどんどんエスカレートして。ほんとは25話かけていければいいなってレベルを13話ぐらいで達成して。そっからはどんどん伸ばせていったって感じで。

氷川:
アクエリオン、放送の後でもっかいブレイクしました。

河森:
そうですね。お蔭様で。

氷川:
記憶に残る作品に……。

河森:
放送した途端にね、「合体すると気持ちがいい」という度にみんな、なんかエロいとかってね(笑)

氷川:
その要素が全開でしたね(笑)

河森:
違いますよ、そういう連想をする人がエロいんであって(笑)その人の心の中にあるものが投影される(笑)

氷川:
リトマス試験紙ですよね(笑)作品は人の心を映す鏡であると言われてますから。

河森:
テーマ上では、能力が拡大することが肝心ですよね。一応言っときます(笑)狙ってないってわけじゃないんです、確かに(笑)

氷川:
これはほんとに非常に楽しい作品ですよ。ネタの宝庫みたいな。ここまで考えたんだ、みたいなことが多かった。

河森:
そういう意味ではロボットアニメ、こんなにありながらもまだやってないことがこんだけあったんだっていうのが、自分でやってて楽しかったですよ。あとはやっぱりアクエリオンのときのコンセプトは化学変化です。要するに。異質なものが化学変化を起こすことだったり。あとはくだらないこと。ものすごいくだらないことは一生懸命に描き、一番真剣なテーマは、とにかくくだらなく描こうという逆説をやってみようと。

一つの例とすれば、一回基地が襲われて、トーマっていう敵のやつが一万二千年前に渡した青臭い恥ずかしいラブレターを取り返しに行きたいという。その一万二千年前に渡したラブレターを取り返しに行きたいっていうのを一番ハードに描くわけですよね、映像表現として。音楽発注するときに、菅野さんと打ち合わせしてみて色々設定の説明をするわけですよ。あの一万二千年前の過去にこういうことがあって、今こういうコンセプトで、合体して化学変化を起こしたと。「それはわかったけど、何かないか」と言う。色々説明する、キャラクターはこうで、こういう関係で。「それはわかったけど何かないか」って言う(笑)何かって何だろう、菅野さんの何かだし、何か……で、一万二千年前に出した恥ずかしいラブレターを取り返しに行く回があるんだよって言ったら「それだ!!」(笑)

氷川:
菅野さん、この作品で取材したんですけど、すごい強調してましたよ。一万二千年前に書いて、引き出しの中に閉まっていたラブレターがおかんに見つかる(笑)その時ね、閃いたんですよって。

河森:
そのときの回のラブレターの内容、僕と大野木くんとで考えたフレーズがあったんですけど、そのページを渡したら、あれができてきたと。

氷川:
オープニングの主題歌ってその時のラブレターの、大野木さんがシナリオで書いたもので一万年と二千年前からおまえを愛してるっていう。男同士なんですけどね(笑)トーマの書いたラブレターを河森さんなりにアレンジして。

河森:
アレンジしてるからまんまじゃないんですよ。そうやって打ち合わせをしてから三日と経たずに連絡が来た。聴いた瞬間、あまりによく出来ていて(笑)

氷川:
菅野さんって降りてくるタイプですよね。

河森:
降りてこないとフーンって感じ。何日も。

◆アニメーション監督に求められるもの
氷川:
最後に、アニメーション監督に求められるものについてお願いします。資質っていうか才能みたいなものが必要になるのかってことだと思うんですけど。

河森:
実際、自分の場合はアニメーションに限って考えたことってあまりない。大体、監督ってことをよく考えたことも実はあまりなくて。自分の場合はデザイナー出身なのでデザイナーとして監督してるってとこがどっかにあるんですよね。

氷川:
作品全体のことをデザインしている。

河森:
デザインしていることと非常に近い要素を持っていたので、そんなに違和感がなかった。デザイナーの場合だと、監督と直接打ち合わせをすることがすごく多かったんですよ。

氷川:
そうですよね。プリプロの段階で入ってるから。コンセプトにぐっと入っていくと。

河森:
監督を見る経験が多かったんだよね。

氷川:
観察するみたいな感じですよ。この人なにやってんだろうって。

河森:
こんなにも違うのかと。そういうのってすごくおもしろかったし。こんだけ違うんだから、違っていてもいいじゃないかとかね。ただ気をつけてるのは、たとえば監督になること自体ってそんなに難しくない。監督することも、別に絵がうまくなくたって出来るし。最近はコンテが発表されることも多いし、絵が上手い人だって思われがちなんですけども。絵が上手くても駄目なときは駄目なんですよ。絵の上手さに騙されちゃいけないんで。絵コンテ読むのが何よりも難しいですね。漫画のネームよりももっと難しい。シナリオ読むよりも難しい。

氷川:
楽譜読むのに似てるって僕は思ってます。

河森:
近いですね。音楽と近い部分が。それは絵の上手い下手ではなく意図を読めるかっていうことと、一種の深層意識が読めるかみたいな部分に近づいてるし。すごい重要なのは自分、コンテ書くときに、習ったことないんですけれど、一個だけ石黒さんに言われたことでヒントになってるのは、「カットを割る時に多くのアニメーターは絵で割っちゃうけど、音で割った方が良いよ」ってことで。カット割りの時にラッシュ編集で絵だけつなぐ時に、音を入れるとつながったりするんですよ。それはわざとそうするケースもあるんですけど、絵がちゃんと繋がりすぎてると滑らかに繋がり過ぎて共感の間がなくなるので。ラッシュフィルムで完成しすぎると絵がだるくなったりする時があるんです。かといって、全然つながらないときはつながらないし。ほんとに絵コンテ読むっていうのはSEマークを入れて強調した音は書くけれども、環境の普通に入るノイズがあったりとか。音がどこに配置されてるのかを想定して読まないと、これはもう読めないんです。そういうのはすごいポイントになるんで。絵と音と台詞とフレームに映ってない部分。フレームに映ってなくても音では表現できるし、それを暗示する言葉でも表現できるし。画面のフレーム以外のことにも意識を配れるかなってこと。

それからスタッフ全体で言えば、スタッフ全体の中の誰がどこが上手くて、適材適所で配置できるかと。これはプロデューサーとか制作の人も要求されることだけれども。それをやり、なおかつちょっと苦手にもチャレンジしてもらうとか。意外と本人が苦手だと思ってることでも上手かったりもするんですよ。そういう部分とかを見つけていく。新人の声優発掘ってのもそうですよね。いま一番上手いってことよりも、今後伸びた時にちょうど上手くなるとか。あまりに整ってても、誰かといっしょになっちゃうから。それでも売れちゃってるからあんまり言えないですけど。女子ものとかで、声が似てるのはやっぱけしからんじゃないですか。苦手で。やっぱりなるべく声だしてる人は違ってて欲しいなと。


それはもう、ニューヨークでミュージカル行ったときに、もう30年近く前ですよね。二回目かな、キャッツを見て、あまりに良くて。ちょっと脱線しますけど、なぜ英語全然出来ない自分が、歌ってばっかだから大半のことはわかるとはいえ、いつもよりもよくわかったかというと、日本に帰ってきてから「しまった!劇団四季のキャッツ見てたんだ!」って(笑)今の四季はもっと上手いんですけど、当時はそんなもので、あまりにもニューヨークのものとは別物だったんですよ。それにショック受けて、その後ロサンゼルスでまた見たんだけど、メンバーが違ってた。みんな歌も上手いし、ダンスも上手、芝居もできる。それなのにつまんないんですよ。一つは、会場がちょっと広くて倍の人数が入るところだったこと、もう一つは声の質が似ているんですよ。もうそれだけで駄目ですよね。キャッツってのはいろんな猫たちがいて、いろんな自分の、猫の人生を語るっていうコンセプトだから、いろんな猫じゃなきゃいけないのに。多様性がなければいけない。ロサンゼルスは技術を求めるあまり、似た種類の声を集めちゃった。個性にならないから作品として成立しないんです。それを経験してからはすごい気をつけるようになったね、そこは。

氷川:
世界がそういう風にできてるもんね。ごちゃごちゃしたもんで。

河森:
一種カオスみたいなもんで出来てる。監督の場合だと、雑学的というか雑学に興味がある人のほうが向いてますよね。一本だけ作るならば別ですよ。一本だけならば好きなもの作れば良いんです。連続的に仕事をしようとした場合、話変わるんで。連続的に仕事するならば、取材行った方が良いですよね。二本ぐらいだったら持っているものを総動員した方がかえって人と違うものが出来ちゃうから。三本目四本目になると、それだけだと通用しなくなる。もうそれがパターン化しちゃうんで新鮮味がなくなりますよ。そこから先がプロとしての本番勝負じゃないですかね。自分の場合はちょうどその時に、スタジオぬえは給料が低かったんですけど、取材費は出してくれたんで、テレビシリーズが終わった分のご褒美でほぼ三週間アメリカを回れた。十都市ぐらい回って、それこそロケットの打上げからミュージカル、ラスベガスのショー。

氷川:
ほんと回れる限りで。

河森:
朝の6時か7時にホテルを出て行って、帰ってくるときには午前3時みたいな。それで三週間。飛行機の移動時間しか寝てなかったようなもんだよ。その後、中国の一人旅にまた三週間ぐらい行った。ほんとはなるべく、年に一ヶ月ぐらいは行きたいんです。いろんな取材であると同時に、一回そうやって異質な文化を体験して帰ってくると、今までと日本が全然違って見えるんですよ。

氷川:
それは経験しましたね。

河森:
日本だったり、自分たちが作ったものに対してすごい客観視が出来るようになる。それがすごい重要で、がーっと入り込む部分と引いて見る部分両方ってのをいつも持ってるといいですよね。その辺がポイントかな。

氷川:
なるべくそういったことをしろってことですかね。沢山の違ったものを。

河森:
あとはあれですよね、できそうな気がしたらやっちゃうってことです。やったもん勝ちですから。できるかなどうかなと思っているけど、できるんですよ。それで一回失敗してみる。失敗してみればすぐに結果がわかるので。ただ、失敗するときに、もし試せるんであれば他の人の作品を真似したんじゃなくて、自分で考えたロジックを試してみた方がいいですよね。そうするとロジックがはっきりするから、何が上手くいくかいかないか、ほんとにスピーディーにわかるんです。もちろん見落としはあるけれど、それでも一気に進化できますよ。

氷川:
ちなみに、四国には初めて来られたんですね。

河森:
そうなんですよ。四国だけは全然機会がなくて。

氷川:
結構意外でしたけど。日本列島全部縦断してるのかと思った。

河森:
いや四国来たら八十八箇所巡らなきゃいけないと思ってて(笑)今回まずいとこに来ちゃったなと(笑)でも、すごい来てよかったなって思うのは、昨日は高松に行って、瀬戸内のアートフェスティバル見てきたんですけど、とても時間が足りない。とても混んでて。東京とかの方だと島とかでも寂れちゃってるけど、こっちはものすごい文化的にも活気があるし、進んだ感覚を持ってる。古い民家を開放してアートにしちゃうとか。すごいおもしろいですよね。上手い人も下手な人もいてね(笑)試みとしておもしろいし。自分、島とか好きなんでそれだけでワクワクしますよ。今回も、ほんとはこのあと伸ばして延々と喋れるんですけど、せっかく来た以上は鳴門の渦を見に行かねばと(笑)すごい楽しみにしています。

氷川:
じゃあすごい刺激的で。

河森:
昨日は天気から、だんだん曇ってきて日が挿すところも見てる。今日は雨のおかげで晴れてるし。嬉しいですよね。晴れてるだけだとつまんないですよ。同じ場所に行くときも、違う天気を見ておきたいし。時間帯とか季節の違いもね。また是非来たいし巡りたいですよ。

氷川:
八十八箇所ね。

河森:
交通手段は歩きで巡れるかとか。

氷川:
これで終わりですか。はい、楽しい時間をありがとうございました。じゃあ皆さん、河森監督を拍手でお送りください。

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in 取材,   映画,   アニメ, Posted by darkhorse

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