記憶障害で数分前の出来事も忘れてしまう母のために「電子ペーパーのメッセージボード」を用意した話
新たな記憶を蓄積することができず、ほんの数分前の出来事も忘れてしまう前向性健忘を患っている母親のために、「電子ペーパーのメッセージボード」を用意した体験談について、ソフトウェアデザイナーのヤン・ミスコフスキー氏がブログに記しています。
MomBoard: E-ink display for a parent with amnesia
https://jan.miksovsky.com/posts/2024/11-12-momboard
ミスコフスキー氏の母親は2022年6月、長い手術の副作用によって前向性健忘に陥ってしまい、新たな長期記憶が形成できなくなってしまったとのこと。母親はごくたまに特定の記憶を覚えていることがあるものの、ほとんどの場合は何かを見たり聞いたりしても、数分後にはそれを思い出せなくなってしまうそうです。症状としては認知症に似ていますが、進行性である認知症とは違って母親の状態は安定していて、一方で回復する見込みもないとミスコフスキー氏は語っています。
アパートで一人暮らしをしている母親は新しい記憶を蓄積できないため、成長した子どもたちがどこで暮らしているのか、無事に過ごしているのかがわからず、常に軽度の不安にさいなまれながら生活しています。最近の記憶がないため、たとえ前日に会っていたり電話をしていたりしても「最近子どもたちから連絡がない」と感じてしまい、頻繁に電話をかけたりメールを送ったりしてしまうとのこと。
ミスコフスキー氏を含め、子どもたちはできるだけ母親の連絡に答えるようにしていましたが、5分後にはすべて忘れて母親はまた不安になってしまいます。母親は新たに物事を覚えることができないため、紙のメモを残してもそれを見返すことができませんでした。また、もともとテキストメッセージを読み返す習慣がなかったため、一度メッセージを読んだらそれもすぐに忘れてしまいました。
そこでミスコフスキー氏は、「母親のアパートに常時接続デバイスを設置し、そこに自分や兄弟が書いたメモを表示するようにすれば、母親が生活の中でデバイスを目にしてメッセージを読み、安心できるのではないか」と考えたとのこと。
ミスコフスキー氏は、以下のような条件を満たすディスプレイの構築に取り組みました。
1:何カ月も機能し続ける
2:ミスコフスキー氏らが簡単に短いメッセージを投稿し、新たなメッセージと入れ替えるまで表示され続ける
3:メガネなしでも読めるほど文字が大きい
4:起動や読み取りの操作を必要とせず、何か操作してもうっかり消したりしない
5:ネットワーク障害に対する回復力がある
6:夜に暗い部屋で光らない
7:ハードウェアの改造を必要としない
8:起動したら直接メッセージが表示される
9:サブスクリプションや独自のアプリストアに依存しない
10:リーズナブルな価格
11:家の中で場違いにならない
上記の条件を念頭に置いた上で電子ペーパーを探したところ、ミスコフスキー氏は「BOOX Note Air2」にたどり着きました。ミスコフスキー氏が購入した時点での価格は500ドル(約7万5000円)とやや高めでしたが、その他の多くの商業用ディスプレイよりは安価であり、数m離れたところからでも文字が読みやすく、ウェブブラウザも備えている点が条件に合っていたとのこと。
実際にBOOX Note Air2を手に入れたミスコフスキー氏は、デバイスがウェブブラウザを自動的に起動し、事前に指定したページを表示させられることを確認しました。そしてミスコフスキー氏は、「母親へのオンラインメッセージボードとして機能するシンプルなウェブサイト」の構築を始めました。
ミスコフスキー氏が開発したウェブサイトは、「メッセージを表示するボードページ」と「子どもたちがメッセージを投稿して保存する作成ページ」から構成されています。さらにボードページは、1時間ごとに作成ページを再読み込みしてソフトウェアの変更を検出する「アウターフレーム」と、5分ごとにウェブサービスへメッセージデータを要求して画面にメッセージを表示する「内部ページ」に分けられているとのこと。
作成ページは以下のように、ミスコフスキー氏らがメッセージを投稿し、保存できる簡単な入力フォームが表示されます。これはスマートフォンの画面上でも機能するため、子どもたちは外出先でもメッセージを書くことが可能であり、ウェブアプリとしてホーム画面に設定すればワンタップで素早くアクセスすることもできます。
電子インクの焼き付きを防ぐためにメッセージの表示場所はランダムで、テキストフォントには手書きの雰囲気を出すためにArchitect’s Daughterを使用しています。また、異なる長さのメッセージでフォントサイズを自動的に最大化するために、ミスコフスキー氏は「まずは透明なままテキストをできるだけ大きく表示し、それからすべてのテキストが一定範囲に収まるまで少しずつフォントサイズを小さくしていき、適切なサイズになったらテキストに色を着ける」という機能をJavaScript関数で書いたとのこと。
数週間かけてソフトウェアを完成させ、長期間にわたりBOOX Note Air2が機能することを確認したミスコフスキー氏は、2022年11月に母親のアパートに電子メッセージボードを設置しました。最初はバスルームのカウンターに置こうと思っていたものの、母親の希望によって寝室の窓辺に設置されることになりました。
以下が、実際に母親のアパートに設置されている電子メッセージボードです。金属製のおしゃれなスタンドに立てかけられており、インテリアの一部として部屋に溶け込んでいるのがわかります。
電子メッセージボードは子どもたちが母親にメッセージを送る方法として非常によく機能し、母親は前向性健忘だったにもかかわらず、ディスプレイの存在やその目的を思い出せるようになったとのこと。設置から約2年が経過しても電子メッセージボードは機能し続けており、母親は子どもたちから最新メッセージを受け取るのを楽しみにしているとミスコフスキー氏は語りました。
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