取材

知られざる日本のアーケードゲームを支えた組み込みエンジニアたちの技術の歴史、そして今必要なこととは?


日本のアーケードゲームの市場は各国と比較しても大きいことで知られていますが、株式会社タイトーの技術顧問である三部幸治氏が、アーケードゲームの組み込みエンジニアの育成に必要なことを語りました。

アーケードゲームの技術の変遷と「組み込みエンジニア」の育成

株式会社タイトーAM事業本部技術顧問の三部と申します。今日はアーケードゲームの技術者を育てるにはこういったことが必要だよねといったお話をさせていただきます。


私の自己紹介です。私は1979年にタイト―に入って33年くらいこの業界でいろんな活動をさせていただいております。


今日の主な内容です。アーケードゲーム技術の変遷ということで、主にアーケードビデオゲームの技術がどんな風に変わってきたのかというのを紹介します。次に、アーケードゲーム組み込み技術者の育成では、技術者育成に必要なこと、技術者に必要な考え方などをお話させていただきます。

今日の講演では「組み込み技術者(エンジニア)」という言葉が出てきますが、ここではハードウェアとソフトウェアの両方の技術に精通しているエンジニアという定義です。


最初にタイト―のご紹介です。タイトーは1953年に設立された、国内でオリジナルのビデオゲームを初めて出した会社です。


タイト―の事業で一番大きいのがゲームセンターの運営ですね。


これは私どもが開発したゲーム機の一部です。


では、ゲーム市場について見て行きたいと思います。2007年のデータなんですが、当時で5兆円くらいのマーケットがありました。ここで、特徴的なことがあるんですが、日本だけアーケード市場が異常に大きいんです。かつてはアメリカにも非常に大きなアーケード市場があったんですが。


日本のゲーム市場がどんな風に変化してきているのか。この資料における市場とはお客さんがゲーム機に投入したお金の合計です。家庭用についてはソフトの総販売額です。家庭用は約3000億円、アーケードにはそれ以上の市場があるということです。


アーケードゲームを開発する上で必要な役割にどんなものがあるのか?アーケードに特有なのが、ここにメカニック、ハードウェアがあることです。基本的にアーケードゲームはゲームごとにハードウェア、メカニックを設計します。ここにいろんな可能性があると思っています。


様々なものがアーケードゲームから派生しています。ご覧の通り、根っこのところにはアーケードゲームがあったということです。30年前から変わらないのはグラフィックとCPUとサウンドという要素。これはアーケードゲームに必ず必要な技術ですね。


ここから70~80年代のアーケードゲームの技術をご紹介します。

インベーダーゲームを作ったのが西角友宏さんです。当時はハードウェアからソフトウェアまで1人の人間が作っていました。では、どんな風に作っていったのか?


インベーダーゲームの開発の資料ですね。インベーダーのグラフィックを鉛筆で塗り潰していますが、縦横8ビットありまして、これを人間が目で読んでデータに落とすということになります。


当時のプログラムです。アセンブラでソフトを作っていました。8080というCPUです。インベーダーは8KBのプログラムで作られていたので、こういうリストが100枚くらいありました。手書きで作ってロムに焼いてから始まるというのが当時の開発でした。


これがインベーダーの基板です。ひとつがA4判くらいの大きさ、3枚で構成されています。当時、ものすごい数のコピー基板が出ました。


基板の詳細です。表示用のメモリは8キロバイトです。


サウンドはアナログとデジタルの中間的な存在で作っています。調整用のボリュームもあります。


これがCPU(8080)ですね。当時インベーダーは1MHzで動いていました。


これらを西川さんが一人で作りました。要は、新しいものを生み出すには何でもやってしまう覚悟が必要だということですね。これが無いからできないんじゃ何も始まりません。


あと、ビデオゲームを開発するためには色々なツールが必要になるんです。当時、周りでゲーム開発していた人は自分なりのツール開発環境を作りながらやっていました。


これは当時の開発の環境ですね。粗末なデバッカ―ですが、プログラムを実行してCPUの中身は見える。ゲームとデバックの画面は一緒です。プログラムを作って一時保存しておくのはデジタルカセットでした。アニメーターというのは、絵を作るためのツールです。恐らくこれがゲーム用の絵を作る最初のツールなんじゃないでしょうか。


ここからはちょっと専門的になりますが、この辺が組み込みエンジニアの真髄になります。

初めてCPUが組み込まれて大ヒットしたのがインベーダー。それより前はTTLというロジックICの組み合わせで動いてました。その後、80年代にファミコンにも使われたスプライトという技術が開発されて、2000年になるとポリゴンの技術が入ってきました。


ここで、ビデオ信号の基本をおさらいします。ブラウン管の上に画を出しますので、電子ビームを横に操作して、操作してるところに点を乗せていきます。操作して明るくなるのがラスターです。それを左→右と繰りしていきます。これが表示の基本です。

横の表示時間は53μ秒です。縦方向が終わるのが15.3ミリ秒ですね。黒いところは帰線が戻る時間です。


ビデオゲームの場合、自分で同期信号を作ります。水平カウンター、垂直カウンターという構成で信号を作っていきます。ここが、大事なポイントです。


TTL時代の回路ブロックです。これはドライブゲームなんですが、ハンドルを回すと右に行ったり左に行ったりして、敵に接触しないように操作するというものです。当時は16P~20PぐらいのTTAを大体200個使ってこういうものを実現しています。


インベーダーの回路です。先ほどと比べるとだいぶシンプルになっています。ゲームの画面を表示する時はビデオ表示カウンターのデータに従って、画像を出しています。その隙間を縫ってCPUがデータを書き込みます。加えて、水平、垂直の時に書き込みます。


これが、80年代にたくさん作られたスプライト方式の回路ブロックです。属性テーブルがあり、ここでは16個表示する形です。このひとつのブロックにスプライトを表示する水平位置、垂直位置、絵の番号が入っています。ビデオ表示カウンターが進んできて、その横1ラインに表示すべきデータがあるかを常にチェックしています。その水平ラインのところに書き込むデータがあると思ったら、水平1ライン分のメモリにデータを書きむということを繰り返します。


これが現在も主流のポリゴンですね。ポリゴンの場合、形を変えるために、色々な計算をしないといけない。DSPが使われています。共有RAMを介してメインとデータを共有しながらポリゴンの状態を計算して書き込むやり方です。


ポリゴンの小歴史ですが、90年当時はタイト―を含め業務用メーカーが独自にポリゴンのハードウェアを作っていました。94年にプレイステーションが出てきて、設計が複雑になり、我々はコンテンツを作るのに集中するほうがいいのではないかという結論になりました。94年くらいからは私どもも含めて、ナムコさんにしてもセガさんにしても独自のハードウェアは姿を消していきました。


前置きが長くなりましたが、ここからが今日の本題です。技術者研修ということでお話します。

当時の技術者の教育状況は以下のようなものでした。


これは私どもだけではなく同業他社さんも同じような状況だったようです。


それで、教科書はどうしようかと探したんですけど、なかったんです。


しょうがないんで自分達で教科書を作ることになりました。250ページあって、これをマスターすれば当時のハードウェアが作れるようになります。


その元になったハードウェアがこれです。


その大まかなブロックです。先ほど申し上げたスプライトはOBJECTという表現になっていて、背景はSCREENとなっています。左にビデオ表示カウンターがあります。


これはビデオ表示の基本信号を書いたものです。


教科書の中には回路図がたくさん載っていたですが、その一部です。


ソフトウェアについても書いています。ここは手書きですね。


それで、研修をやろうということになりました。これは教科書を見ながら、ピンポンゲームを作ってみるというものです。


このような環境でソフトウェアを作るという研修でした。


実際やってみると、基本的なことに対する理解不足があること等が分かりました。


研修を受けた技術者が作ったゲームです。


当時はビデオゲーム全盛(赤丸部分)だったので、たくさん作りました。その他(青い部分)というのは、クレーンであったり、メダルゲームですね。この時代のビデオゲームのハードを先ほどの研修を受けた人間が作りました。


通信カラオケも作りました。


ここからはちょっと話が変わって2000年以降の話をします。


クレーン機


メダル機。メカと電気の組み合わせが重要になってきています。


これは開発風景なんですが、TVゲームとは違って色々なモーターを動かしたり、ランプを点けたり消したり、そういうのがたくさん入ってきます。


結果的に、2000年以降、ワンチップマイコンが組み込みエンジニアにとって重要な要素になってきています。


ワンチップマイコンではアナログ入力を入れることもできますし、もちろんスイッチ入力もできます。ネットにも接続できる。


ただしTVゲームと決定的に違うことは、メカがあったりアナログ入力があったりするので、ノイズと常に隣り合わせだということです。例えばモーターが回れば何かしらのノイズが出てきます。こういう外乱と戦いながらワンチップマイコンと周辺のハードウェアを作っていくことが非常に重要なポイントです。


現在の社内研修はこういったかたちでやっております。


作ったワンチップマイコンは、ルネサスさんのマイコンを使っております。


これは先輩のエンジニアが作ったお手本ですね。


この時間でお伝えしたかったことは、出版するかどうかは別にして、教科書を作ろうということ。これは非常に大切です。

次に、簡単でも全行程を経験してもらおうということ。そうすると、将来自分がやるべきことを意識できます。

そして、学ぶ習慣を身につけること。

あと、今日はあまりお話しませんでしたが、英語が読めれば世界が広がるということ。今は、インターネットの時代ですし、英語を「読む」習慣を身につけてほしいと思います。先輩は自分の時間に余裕を作るためにも、教科書を作り、後輩を育てることが大事なのではないかと感じています。


以下は今後、アーケードゲームに必要になるだろうという技術をピックアップしたものです。3については、今のワンチップマイコンはたくさんのデータを扱えるようになってきていますので、人間に代わって色々なことができる時代になってきています。


例えば、これは昨年のCEDECで賞をいただいたんですが、パンチングマシンにカメラが仕込まれてまして、足で蹴飛ばしたり、走り込んで殴ったりという危険プレイを検知すると、点数が表示されない仕組みになっています。これは中で、危険プレイの画像を学習したものを統計処理しています。


以上です。

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in 取材,   ゲーム, Posted by logc_nt