翻訳の間違いから多くの人々の心を掴むことになった20世紀の「火星の運河」論争とは?
By NASA's Marshall Space Flight Center
2020年代に火星に人を送り込む計画が発表され、宇宙船で火星のまわりに「磁場シールド」を作り出してヒトが住める環境を作ることが検討される現代において、「火星には火星人がいる」という考え方は完全に否定されたものといえます。しかし、1900年代前半の宇宙科学では「火星には運河が存在している」と信じられ、それを作る火星人の存在や「火星人の地球侵攻」を危惧する考え方が広まっていました。そしてその起源は、たった一文字の「誤訳」によるものでした。
A Mistranslated Word Led To Some Of The Best Fake News Of The 20th Century | FiveThirtyEight
https://fivethirtyeight.com/features/a-mistranslated-word-led-to-some-of-the-best-fake-news-of-the-20th-century/
火星を巡る人々の関心は1900年代前半から高まりを始めました。以下のグラフは、ニューヨーク・タイムズ紙の記事に「Mars」に関する単語が登場した回数を示したもので、1910年代から40年代にかけて大きなブームを迎えており、その後も大小いくつもの高まりを見せて推移してきました。
1800年代から1900年代初頭にかけて研究を行ってきたイタリアの天文学者、ジョヴァンニ・スキアパレッリは1877年、ミラノ天文台の口径22cm屈折望遠鏡で火星を観察し、その表面に線状の模様を発見しました。スキアパレッリは観察した火星の模様をスケッチに残しており、オレンジ色の大地に人工的な直線が描かれている様子を残しています。しかもそのうちのいくつかは、等間隔を保って平行に配置されています。
その後も複数回に分けて同様の研究結果を発表したスキアパレッリはこの模様をイタリア語の「canali」という単語を用いて表現。canaliは「筋」などを意味しているのですが、この単語がアメリカに持ち込まれた際には「運河」を意味する「canal」と翻訳されたことから、「火星には運河が存在している」という考え方が一気に広まったといいます。この説には、後にローウェル天文台を建設する天文学者のパーシヴァル・ローウェルも賛同し、「運河は灌漑用施設である」という説を発表しています。
現在の科学では完全に否定されていますが、ローウェルは運河の存在に一切の疑いを抱いておらず、さらにはその運河を建設した「火星人」の存在を主張していました。さらにその考えは、当時の一般向け科学界に存在していた「間違ってるはずがないだろう」というおおらかな雰囲気にも助けられ、多くの人々の関心を集めるに至ります。
1900年代から20年代にかけてのニューヨーク・タイムズ紙には、このような火星人論を語った記事が多く掲載されていたとのこと。1904年には、当時社会現象にまでなったといわれているH・G・ウェルズの小説「宇宙戦争」になぞらえて、地球人と火星人に間における戦争と、それにまつわるロマンスが掲載されていたそうです。
Mary Proctor Writes About Mars, Planet of Romance - It Will Be in Opposition to the Earth Early Next Month and Astronomers Are Preparing for Their Observations -- Changes of Color of the Mare Erythraeum and Other Changes -- The Old Question - Is Mars Inhabited? - View Article - NYTimes.com
ローウェルが1916年に死去した際の訃報記事においては、「550カ所の運河を発見」し、彼の唱えた説は疑う余地がないと寄稿しています。
(PDF)PROF. LOWELL DIES - MARTIAN THEORY HIS - Astronomer Who Declared the Planet Inhabited Succumbs at Flagstaff Observatory. - View Article - NYTimes.com
とはいえ、当時も火星人説を巡っては激しい議論が交わされていたことも事実です。特に、ニューヨーク・タイムズ紙のサイエンスライターを務めていたヴァルデマー・ケンプフェルト氏とロバート・ピール氏の間では、火星に建造物を作る可能性についてのやりとりが行われていたそうです。ケンプフェルト氏はさまざまな理論を基に「火星には運河を作ることが可能」と主張していましたが、ピール氏はこれを「馬鹿げている」とまで批判するという激しいせめぎ合いが行われていたとのこと。
その後、火星の研究が進むにつれて火星人の存在は否定されるに至っているのは誰もが知るところ。しかしこの一連の「火星人騒動」からは、ほんの1語の翻訳から大きなムーブメントが興り、人々が大きく惹きつけられて活発な議論が行われたという事実の興味深さをくみ取ることができます。そして、かつては人々が信じていた「真実」が、時代や科学の進歩とともに変遷するという事実を物語っていると言えそうです。
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