コロンブスの航海がそれまでの世界観を覆した本当の理由とは?
by Sunil Garg
コロンブスによる新大陸到達はヨーロッパ諸国に大きな影響を与えましたが、その理由の1つとして「コロンブスは『地球は平面だ』と信じる人々に『地球は丸いのだ』と説いた」というエピソードが有名です。しかし、コロンブスが航海をした当時、地球球体説は多くの知識人が知るところでした。では、コロンブスはどういった点で当時の世界観を覆したのかが、Mapping Ignoranceに記されています。
Columbus and the shape of the Earth, a “Holywood” story | History | Mapping Ignorance
http://mappingignorance.org/2017/01/16/columbus-shape-earth-holywood-story/
◆コロンブスと同時代の人々が「地球平面説」を信じていたというのはウソ
地球は丸いというコロンブスの主張に対して会談に参加していた知識人らが聖書の内容を引き合いに出して反論した……という内容は、1828年に発表されたワシントン・アーヴィングの「クリストファー・コロンブスの生涯と航海」によって広まりました。この本はロマン主義の色濃い伝記で、事実にさまざまな脚色が加えられていましたが、多くの人が伝記が学術的なものだと誤解したとのこと。
実際には、プラトンの「ティマイオス」、アリストテレスの「天体論」、プトレマイオスの「アルマゲスト」などがスコラ哲学者の注釈つきで11世紀から12世紀にかけてラテン語に翻訳されていたので、コロンブスが存在した当時、多くの教養人が地球球体説を信じていました。その例として、哲学者のトマス・アクィナスは神学書である「神学大全」の中で「船が陸地に近づいてきた時の山の見え方」や、「月食の際に見える地球の影が常に丸いこと」などを、地球球体説が合理的である理由として挙げています。
◆当時はコロンブスの主張の何が問題だったのか?
では、地球球体説が受け入れられていたとして、当時は何が問題になっていたのかというと、地球の大きさとアジア東岸の位置についてです。当時の天文学者には地球を現実のサイズとほぼ同じだと考えている人が多く存在しましたが、コロンブスはスペインから日本までの距離を過小評価して、実際は1万2000マイル(約1万9000キロメートル)あるところを3000マイル(約4800キロメートル)として考えていたのは有名な話。
このコロンブスの過小評価を学者たちは批判。また、航海の距離が長くなれば、必要な物資もその分増加することから、多くの政府はこの航海のサポートを拒否しました。当時の知識人たちは「スペインと日本の中間地点にはアメリカ大陸、もしくはアゾレス諸島群島のカナリア諸島のような土地がない」と考えており、船に載せられる物資の量に限りがあることからも、コロンブスの航海を自殺行為のようなものと考えました。
◆中世の人々に影響を与えたサクロボスコの「天球論」
では、当時の学者たちはなぜ「スペインと日本の間にアメリカのような大陸や小さな島はない」と信じていたのでしょうか。これには、中世後期において最も影響力を持った本の1冊である「天球論」を記したヨハネス・ド・サクロボスコの影響があります。天球論は「地球は丸い」という内容ではなく、「宇宙は丸い」という内容を示したもので、「宇宙は地球を中心としていて、最も外側には恒星天がある」というアリストテレスの天体論の考えを受け継ぐものでした。もちろん、この説の中では地球が球体であることも明確に論証されていました。
アリストテレスの物理学の中では、宇宙は地上の物質を構成する4元素と天上界に存在する第5元素という5つの要素で構成されると考えられていました。それぞれの元素は密度順に並んでおり、最も密度の高い土が宇宙の中心にあり、その次に水、水の上に空気、空気の上に火があり、火は月の軌道まで上るという形です。第5元素であるエーテルは火よりも軽く、天界を満たしている物質として考えられていました。この説の中で5つの元素の重さは等しく、それゆえに宇宙は地球よりもずっと大きいと考えられていました。密度の高い地球に比べ、空気や火、それよりもずっと軽いエーテルは体積が大きくなるはずだからです。月が地球からずっと離れた場所にあるのも、「地球(土)と同量の空気や火は膨大なサイズになるから」という理論で説明づけられていました。
by Toxicotravail
このとき、地球上には陸地である「土」と海である「水」が存在するわけですが、水は土よりも密度が小さいので、そのぶん体積が大きくなります。当時考えられていた水の重さについては諸説ありますが、例えば水が土の5分の1の重さしかないとしたら、地球には世界中にある土の5倍の体積の水が存在するわけです。それゆえに、サクロボスコが描いた宇宙の図では、小さな地球と、地球を覆う巨大な水の塊が描かれています。
しかし、サクロボスコが描く地球の図が正しいとしたら、地球の表面は水に沈んでしまうはず。にも関わらず、どうして人が生活できるような乾いた陸地が存在するのでしょうか。この問いに対し、修道士であったサクロボスコは「神が世界を作った時、球体である地球の一部を水の上に置いた」と答えを出します。これこそが、当時の知識人たちが信じていたヨーロッパやアジア、アフリカ大陸のあり方なのです。旧世界の大陸以外に乾いた大地は存在せず、もしポルトガルのリスボンから出発して西に船を進めれば、次第に地球の表面は水の中に深くに沈んでいき、航路の半分を過ぎたあたりからまた水面と地球地表の距離が近くなってくると考えられていました。
上記のような世界観から、コロンブスの時代の知識人は「スペインと日本の間にアメリカのような大陸は存在しない」と考え、コロンブスの計画を無謀だと指摘したのです。コロンブスの航海をきっかけにアメリカ大陸の存在が明らかになりましたが、この発見は単純に「新大陸があった」ということにとどまらず、これまで知識人が信じていたアリストテレスやプラトンの物理学や宇宙論を覆したという点が世界に大きな影響を及ぼしたわけです。
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