過去の記憶も呼び起こす「歴史のにおい」を保存している女性
By Peter Reed
古い図書館に置かれた書物や、実家の棚に置かれているマンガのコレクション、少しかび臭さが漂う納屋など、人は鼻で感じる「におい」をきっかけにさまざまな記憶や感情を思い出すことがあります。そんな「におい」を記録して保存するという研究が行われています。
Meet the Woman Who Is Preserving the Smell of History | Atlas Obscura
http://www.atlasobscura.com/articles/meet-the-woman-who-is-preserving-the-smell-of-history
ロンドン大学で博士号の取得に向けて研究を続けているセシリア・ベンビブレさんは、世界中の「におい」を記録する研究を行っています。においは「他のものよりも人間的な方法で自分を歴史につながらせてくれる」と語るベンビブレさんは、化学と「電子の鼻」と使って100年以上の歴史を持つイギリスの伝統的な館を記録しようとしています。
ベンビブレさんが選ぶのは、文化的に意義があり、かつ、においが強い場所とのこと。最も最近に彼女が取り組んでいるのが、600年以上の歴史を持つノール・ハウスと、およそ400年前に立てられたセント・ポール大聖堂です。ノール・ハウスは、その歴史の中でずっと同じ一家が暮らしてきた建物であり、セントポール大聖堂には古びた家具が置かれ、内部の図書館には数多くの書物が所蔵されて限られた人しか入れられてこなかったという、においを調べるにはうってつけの場所となっています。
ベンビブレさんは、ノール・ハウスに保存されていた「1800年代の飾りのつけられた革の手袋」「1750年に書かれたポプリの配合レシピ」「家具を磨くためのワックス」「『ベネチアン・アンバサダー』と名付けられた部屋」「古い書物」、そして「家族がコレクションしてきたレコード」などのアイテムをチョイス。手袋を選んだのは「たぶん匂うと思ったから」だとのこと。
においを計測する方法としてベンビブレさんが選んだのが、対象物をバッグの中に入れて物質を採取する「ヘッドスペース分析」と呼ばれる手法と、開放された空間の物質を採取する「受動拡散(passive diffusion)」と呼ばれる2つの手法。
ヘッドスペース分析は、においを計測する対象物を密封されたバッグの中に収納し、一緒ににおいの元となる揮発性有機化合物(VOC)を吸着させるための炭素繊維物質を入れておきます。しかるべき時間の後、炭素繊維物質を取りだし、ベンビブレさんが「ビッグノーズ」と呼ぶガスクロマトグラフィー装置と質量分析装置を使って、においの成分を解析します。
また、空間に漂う(受動拡散する)物質を採取する方法は、以下のように細い炭素の棒を立てておいておくというもので、物質を吸着させた後に分析を行って、においの成分を解析する方法となっています。
これらの手法を用いてベンビブレさんは古い屋敷と大聖堂の「におい」を科学的に分析。すると、数々の驚くべき内容がわかってきたとのこと。例えば、古い書物のにおいのもとになっているのは酢酸の成分で、これはお酢のにおいの主成分となっているもの。また、アーモンドのような心地よいにおいのもとになるフルフラールや、アーモンドやシナモンのような香りを出すベンズアルデヒド、バニラの香りを放つバニリンや、草の切り口のようなにおいがするヘキサノールなどの成分が含まれていたことが明らかになったそうです。
さらに、これらの物質は書物を形づくっている材料の細胞が崩壊する際に放出されるもの。つまり、これらのにおいは「本が死んでいくにおいでもあります」とベンビブレさんは語っています。
このように、ベンビブレさんは「におい」を科学的に記録して後世に残す取り組みを行っていますが、さらに重要な観点が残されていると言います。それは、人間がそのにおいを感じることで抱く「感情」とのこと。良い匂いと感じたり、嫌な臭いと思ったりと、においは人間の感情と強く結びついており、さらには感情と強く結びつく「記憶」とも切っても切れない関係を持つと言われています。このような、感情と記憶を呼び起こす「におい」ついても記録することができれば、さらに人間の心に訴えかけて、歴史的な価値が高い記録として受け継がれることになるのかもしれません。
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