豚や羊の中で人間の臓器を作る「キメラ技術」とは?
体組織や臓器を移し替える移植手術は、ドナーが見つからなければ見つかるまで延々と待ち続けなければいけません。そんな移植待ち状態を解消する光となるかもしれない技術が、動物の体内で人間の臓器を作る「キメラ技術」です。
Human-Animal Chimera | MIT Technology Review
http://www.technologyreview.com/news/545106/human-animal-chimeras-are-gestating-on-us-research-farms/
◆人間と動物のキメラ
アメリカの研究センターのいくつかは人間の体の一部を豚や羊の体内で育て、最終的には人間に移植可能な心臓や肝臓などの臓器を作るという試みを行っています。動物の体内で臓器を育てるというこの試みは、ヒト細胞を動物の胚に注入する必要があるため、種の境界を脅かす行為といしてしばしば倫理的批判を受けます。2015年の9月、アメリカ国立衛生研究所は研究初期に立てた方針を転換させ、動物の胚とヒト細胞を組み合わせて作る体組織「人間と動物のキメラ」に関する研究への支援を、科学や社会への影響について詳しく調査が行われるまで打ち切ることを発表しました。アメリカ国立衛生研究所は声明の中で、「最終的に人間の脳細胞を使ったとすれば、動物の『認識状態』を変えてしまうこともできるかもしれないと懸念している」と述べています。
アメリカ国立衛生研究所のアナウンスを知った多くの科学者は、他の資金源を得るために活動を開始しています。人間と動物のキメラは、人間の幹細胞を動物の胚に注入することで作ることができます。その後、妊娠した動物の体内に人間の体組織が出来上がります。MIT Technology Reviewの調査によると、過去12カ月で「豚と人間」もしくは「羊と人間」のキメラが推定20体妊娠したようですが、現在のところ人間と動物のキメラに関する論文は公開されておらず、キメラが誕生したという知らせもありません。
By Joe deSousa
人間と動物のキメラに関する研究を行っているソーク研究所のJuan Carlos Izpisua Belmonte氏は、12体以上の豚が人間とのキメラを妊娠することに成功したと明かしています。また、ミネソタ大学は人間の細胞を含んだ豚の胎児(妊娠62日目)の写真を公開しており、この胎児は先天的に眼球異常を抱えていることが明かされました。
研究は最先端の融合技術に依存しており、これらは幹細胞生物学やゲノム編集技術のブレイクスルーになり得るそうです。ゲノム編集では科学者は豚や羊などの胚のDNAに簡単に手を加えることが可能ですが、それだけでは特定の組織のみを形成させることはできません。そこで、人間の幹細胞を注入することで、移植手術などに使える器官を動物の体内で育てようというのが人間と動物のキメラに関する研究の目的です。この研究に携わるミネソタ大学のDaniel Garry氏は「我々は心臓のない動物を作り出すことができます。また、骨格筋と血管のない豚を作ったこともあります」と述べています。なお、Garry氏は人間の心臓を豚の体内で育てる、という人間と動物のキメラに関する研究に対してアメリカ陸軍からなんと140万ドル(約1億6000万円)の助成金を得ることに成功しています。
By U.S. Army RDECOM
キメラ技術が人間の臓器移植の新たな供給源になる可能性から、Garry氏を含む多くの研究者がアメリカ国立衛生研究所の方針転換にもめげずに研究を進めています。2015年11月、Garry氏ら11名のキメラ技術研究者はアメリカ国立衛生研究所の「研究支援の打ち切り」という方針転換について「進歩への恐れ」「(キメラ技術に対して)否定的な影を投げかけるものだ」と批判する声明を出しています。
◆キメラ技術に対する懸念
しかし、もちろんキメラ技術に対する懸念が存在することも確かで、人間の細胞を取り入れることで高い知能や人間の体の一部を持ったキメラが生まれる可能性もあります。アメリカ国立衛生研究所は「知能の高いネズミが生まれ、『外に出たい』と言うことを我々は恐れています」とコメント。
それでも、動物が人間のような意識を持つことは恐らくないだろうと考えられています。それは、動物の脳が人間のものよりもはるかに小さいからです。その上で予防手段として研究者たちは動物と人間の完全なキメラを作り出すことはしていません。代わりに、動物の胚に人間の細胞を注入することでどのような影響が出てくるのかを調査している段階、とのこと。
By Kurt Bauschardt
◆キメラ技術の第一人者は日本人研究者
スタンフォード大学でキメラ技術に関する研究を進める中内啓光氏によると、これまでのところ人間の細胞が動物の体に与える影響は比較的小さくみえるそうで、「人間の細胞が影響を与える範囲は0.5%程度で、これにより思考する豚や2本足で立つ羊が生まれるようなことはないだろう。しかし、もしもこの影響の範囲が例えば40%ほどに広まるとすると、我々は何か手段を講じる必要がある」と語っています。
また、人間と動物のキメラは既に多くの科学的調査の中で広く使用されているそうで、その一例に「人間の免疫系を与えることでヒューマナイズドされたネズミ」などが存在するそうです。このようなキメラは、中絶や流産した胎児から摂取した肝臓や胸腺を、生まれたてのネズミに移植することで誕生します。
2010年、中内氏は日本で多能性幹細胞を用いてマウスの体内でラットのすい臓を作製することに成功しています。これについて「私が臓器の再生に取り組んだ目的は、あくまでも臨床応用にあります。同種間でしか臓器を再生できないのなら、ヒトの臓器はヒトを用いてしか再生できません。そんなことは倫理的に許されないでしょう。しかし、異種間で臓器を再生する可能性が示されれば、たとえばブタの体内でヒトの臓器を育てることも夢ではありません。それでも倫理的な問題は残るかもしれませんが、少なくともヒトの体内で育てるよりはずっと現実味があります」と中内氏は語っています。
しかし、キメラ技術に対する日本の調整が非常に遅かったため、中内氏は2013年にアメリカへ渡米します。これは、アメリカ法がキメラの生成に関する制限を設けていなかったためです。なお、スタンフォード大学は中内氏によるキメラ技術の研究のため、California Institute for Regenerative Medicine(CIRM)から600万ドル(約7億1000万円)もの助成金を受け取っています。また、CIRMはワシントンからの政治的干渉を防ぐための施策を10年前から行っていたため、アメリカ国立衛生研究所がキメラ技術に関するアナウンスを行ったあとも、中内氏の研究は一切影響を受けていません。
By Jun Seita
中内氏の研究では、動物の胚に注入する人間の幹細胞に、皮膚や血液をリプログラムして作るiPS細胞が使用されています。そして、研究チームが使用しているiPS細胞のほとんどは中内氏の血液から作成されたものだそうです。この理由について中内氏は「我々がボランティアから得た血液などからiPS細胞をつくり、これを動物に注入したとすると、特別な同意が必要となってきます。なので、私は自分の血液で作ったものを使用しているんです」ときまり悪そうに語っています。
中内氏によると、キメラ技術と聞くと、多くの人々が神話の中に登場する怪物を想像するそうですが、研究内容について詳しく説明すると多くの人が考え方を改めるそうです。この理由のひとつは、中内氏のiPS細胞を注入した胚が動物の体内で育てば、中で育ったキメラは完全な移植器官として適合する、という事実があるからだそうです。また、移植手術の順番待ちには何年もかかる可能性がありますが、キメラ技術を使えば移植用の器官を1年以内に作り出すことが可能とのこと。
なお、中内氏は「私の見解では、人間の細胞の影響は最低限しかなく、恐らく3~5%ほどでしょう。しかし、万が一脳に100%の影響を及ぼしたとしたら?万一、胎児がほとんど人間と同じように育っていたら?これらは我々が期待しているものとは違う結果ですが、誰も行っていないことなので、除外することはできません」とキメラ技術について語っています。
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