SFが実現できる「頭で思い浮かべるだけで目的地に行ける自律走行車いす」の実物走行&知られざる舞台裏を見に金沢工業大学へ行ってきました
「頭で考えるだけで動くロボット」と聞くと思わずSFの世界に登場する装置を想像してしまいますが、実はすでにそんな技術が実用化に近いところまで開発されています。石川県の金沢工業大学では脳波を使って操作が可能な車いすの開発が進められており、しかも担当するのは現役の学生だとのこと。2015年2月上旬には報道陣向けに発表会が開催され、実際にデモ走行が行われるということだったので、一体どのような車いすが作られているのか見てみることにしました。
目的地を思い浮かべるだけで車いすが自律的に走行。中沢研究室が脳波を用いた車いすロボット制御システムを開発 | ニュース | 金沢工業大学
http://www.kanazawa-it.ac.jp/kitnews/2015/20150210_nakazawa.html
金沢工業大学
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こちらの車両が、金沢工業大学の学生によって開発された「脳波を用いた車いすロボット制御システム」を搭載したロボット車いす。一般的な電動車いすに、各種センサーなどを取り付けた特別仕様の車体となっています。
後ろから見るとこんな感じ。背もたれ部分には黒いパイプが延長され、最上部には周辺検知用のセンサーが取り付けられています。
この車いすを開発したのは、金沢工業大学 工学部 情報工学科 中沢実研究室に在籍している二名の学生。左からソフトウェアを担当した鷹箸(たかのはし)孝典さん(大学院修士2年)、そして車体などハードウェア周りを開発した阿部 拓真さん(大学院修士1年)です。
そして研究室を指導している中沢実教授。発表記者会見ではまず、技術の概要が説明されました。
当日は多くの報道陣が詰めかけるという状況に。多くのカメラが見守る中、鷹箸さんによるデモ走行がスタートです。
実際に走行している様子をまとめたムービーは以下のような感じ。乗っている鷹箸さんはまったく車体に手を触れておらず、行きたい場所を思い浮かべるだけで車いすが目的地に向かって走行するという驚きの光景が繰り広げられていました。
金沢工業大学の「脳波を用いた車いすロボット」が実際に走行している様子 - YouTube
今回は、大学の施設内に設けたテストコースを走行。
目的地にはあらかじめ「2」や「3」といった番号が割り当てられてあり、この番号を頭の中に思い浮かべるだけで、車いすロボットが目的地を目指して走り出します。対象となるフロアにはBLE(Bluetooth Low Energy)を搭載したビーコン端末が設置され、フロアの地図データや位置情報が自動的に提供されるようになっています。
脳波を測定するヘッドセットを装着し……
頭の中で番号をイメージすると、目的地へ向けて走行をスタート!
ゆっくりとした速度で目的地へと向かう車いす。走行中は車体の上下に設置されたセンサーが周囲の状況や障害物を確認し、目的地まで安全に誘導されるようになっています。ここには阿部さんが開発を進める車両自律走行システムの技術も取り入れられているとのこと。
数分かけて車いすは目的の「2番」のドアに到着。この間、ハンドルや音声での操作は一切行われておらず、車いすが目的地に向かってひとりでに走行する不思議な光景を目の当たりにしました。
実に驚きの走行を見せた車いすですが、時には思いがけない場所へ向かってしまうというハプニングも。頭で思い浮かべたものとは異なる数字を認識し、まさに「思い通りに行かない」という一幕だったわけですが、これは脳波測定の精度を人工知能技術を用いて、さらに向上させることで解消が可能とのことでした。
むしろ精度の問題は現時点では大きな問題ではなく、何よりもこのような未来を感じさせるシステムが学生の手によって開発されているというところに驚きを感じてしまう研究成果となっていました。
別の機会に撮影された研究室によるムービーでは、各種センサーから得られた情報を解析している様子が画面に表示されています。走行中に人などの障害物が目の前に現れた際には安全のために車いすは停止し、そして障害物がなくなった際に再び走り出す様子が収められています。なお、このムービーは1.3~1.4倍速で再生されているため、実際のスピードはこれより少しだけ遅めです。
中沢研究室 脳波を用いた車いすロボット制御システム - YouTube
◆「脳波コントロール車いす」フォトレビュー
発表会が終わり、改めて車体をじっくりと見せてもらうことにしました。
利用者が座るシートの上にはボードが置かれ、システムの頭脳となるPCが設置されています。このPCが脳波を解析したり、各センサーから送られてくる周囲の状況などを総合的に処理することで、指示どおり安全に目的地まで搭乗者を運んでくれるようになっているというわけです。
開発を行った鷹箸さんに脳波測定用のヘッドセットを装着してもらいました。脳波の測定にはEmotiv社製のEEG(脳波)測定センサーが用いられており、専用の解析ツールとそこから得られた脳波データを使って深層学習(Deep Learning)を用いることで開発が進められたとのこと。
ヘッドセットには片方7個・左右合計14個のセンサーが搭載されており、収集した脳信号をワイヤレスでPCに送信するようになっています。
車体上部に搭載されたレーザー測定計(LRF:Laser Range Finder)は、車両の現在位置を確認するために使用。装置から発するレーザーで周囲の状況を感知し、あらかじめ作成された地図データと照らし合わせることで、車いすの現在位置を正確に認識する仕組みになっているとのこと。
また、足を置くフットサポートの下にも別のLRFを搭載。こちらは危険回避用に使用されているもので、車両前方1.5メートル四方に障害物があることを検出すると車いすは回避行動を取ります。さらに50センチ以内に障害物が近づいた場合には車両を停止させて衝突などの危険を防ぐようになっています。
ベースとなる電動車いすは、ヤマハ製のJWアクティブを使用。左右の車輪に組み込まれたモーターが直接タイヤを駆動する構造となっています。
車いすをコントロールするためのインターフェイスには、ヤマハが教育機関・研究機関向けに提供している「アカデミックパック」を使用。
コントローラーにはジョイスティックが備わっていますが、実際の操作には全く使いません。PCからの操作信号をUSBケーブルからコントローラーに直接入力することで、車いすの動きをコントロールできるようなシステムが構築されています。
◆開発を行った学生さん二人にインタビュー
発表会が終わったところで、開発を進めたお二人から話しを聞くことができました。
鷹箸さんと阿部さんが所属している中沢研究室は、その研究対象に「人とロボットによるユビキタス的共生空間の構築のため、センサーネットワーク技術・画像処理技術・ロボット技術などにまたがる学際的な領域」を標榜。今回の車いすの研究は、まさにそのような社会を作る上で欠かせない技術の土台となるものといえます。
そんな研究を二人で行うことになった経緯について、ソフトウェア面の開発を担当した鷹箸さんは「大学3年の終わりに所属したい研究室の希望を出して、中沢研究室に所属することが決まりました。僕はハードウェアが専門ではないので、その分野に強い阿部くんに声をかけて二人で一緒にやることになりました」と語っています。
また、脳波を使ったインターフェースの開発については、以前に研究室に在籍していたメキシコ人研修生の研究を引き継ぐ形で携わるようになったとのこと。研究に関心を寄せていた鷹箸さんに「引き継がないか?」という打診があり行われることになったのですが、そこからおよそ1年という期間で実際に動作するシステムが構築されたというから驚きです。
一方の阿部さんは車体のハードウェアを担当。ものを作ることに関心があったという阿部さんと、制御システムを構築することに長けた鷹箸さんが車体設計のアイディアを持ち寄ることで、1年がかりの開発プロジェクトが進められてきたとのことでした。
中沢研究室では、車いす以外にもさまざまな次世代のテクノロジーを支える研究が行われています。例えばこちらの装置は、センサーが測定した周囲の気温などのデータを3G通信網を経由してアップロードするためのもの。いわゆるIoT(モノのインターネット)の代表的な装置の1つと言えるものです。
体温や心拍数などの生体データや、モーションセンサーで体の動きをモニタリングし、体の状態を正確に把握するためのデバイスなども開発されています。これらの技術は、今後のユビキタス社会の根底を支えるものになります。
また、ロボット技術の研究も進められています。この装置は周囲の環境を把握したうえで自律走行を可能にするロボット技術を開発するためのもの。
走行系には、プログラミング実装可能な「掃除をしないルンバ」であるiRobot Createが用いられており、進路上の障害物を検知しながら目的地まで自動で走行する技術の研究が行われていました。
今回の車いすの開発で最も苦労したところを聞いたところ、「全てがゼロからのスタートと言えるので、本当に全てが大変だった」と振り返る鷹箸さん。特に、実際にセンサーを装着して脳波データをとる作業には高い集中力と忍耐力が求められたとのことで、何回も「もうやりたくない」と思ったこともあったとのことでした。
そんな苦労もチームワークで乗り切ったというお二人。今後の夢を伺うと「技術を通じて人々の暮らしを便利にして行きたい」という言葉が返ってきました。
◆「実学」の金沢工業大学
お二人が在籍する金沢工業大学は「自ら考え行動する技術者の育成」を教育理念に掲げており、イノベーション力を身に付けた人材の育成に最も力を注いでいる、とのこと。特に、チームで問題発見と解決に取り組む「プロジェクトデザイン」が教育カリキュラムの中心に置かれており、世界標準の工学教育を推進するCDIOに日本で始めて加盟していることからも、その先進的な風土が現れているといえそう。
CDIOは「Conceive(考えだす)」「Design(設計する)」「Implement(行動する)」「Operate(操作・運営する)」をキーワードに質の高い技術者教育の実現を目指しているもの。そんな大学の気風は、キャンパスのあちこちで触れることができます。例えば24時間いつでも利用できる「自習室」には多くの学生が集まり、自由な議論の場が作られていたり……
「イノベーション&デザインスタジオ」と呼ばれるスペースでは、ホワイトボードを使ったプレゼンテーションの場が提供されていたりします。
イノベーション&デザインスタジオの中心にはステージが設置され、規模の大きなプレゼンテーションを行うことも可能。発表を聞く参加者からリアルタイムで投票を受け付ける電子投票システムも導入されていました。
また、キャンパスには地域や企業と共同でイノベーションを創出するための施設「アントレプレナーズラボ」が設置されており、金沢工業大学では企業や他団体と共同でソフトウェアを開発するハッカソンを開催して数々の実績を挙げているとのこと。
そんな実績から、2015年3月19日(木)から22(日)にかけてはMicrosoftと共同で新たなハッカソンを開催することが決定しています。
金沢工業大学 教育研究プロジェクト(連携推進室) | 金沢工業大学
http://www.kanazawa-it.ac.jp/prj/
(PDFファイル)KIT Hackathon vol.2
さらにアントレプレナーズラボの建物内には、国内初導入となるアメリカ・プリズム社製の巨大ディスプレイを備えた「イノベーションホール」を開設しており、活動成果の発表やプレゼンの実施に活用できるようになっています。
至れり尽くせりの設備ですが、このようにして生みだされたアイデアをすぐに具体化するための設備も整えられています。金沢工業大学の特色とも言える「夢考房」では多くの工作機械を完備。
工具類やパーツショップも充実
もちろん実際に学生が機械を使ってものづくりを行うことも可能。施設内には専門知識を持つエンジニアが常駐しているとのことで、いろいろなアドバイスをもらうこともできるようになっています。いろいろ見回っている間にも金属加工機や3Dプリンターを使って機械を作っている学生の姿を見かけたのですが、まさにものづくりを行うには理想的な環境が整備されているわけです。
夢考房プロジェクトの活動拠点となっている建物「夢考房41」にも潜入。
内部には関心をそそられる面白いものがゴロゴロと置かれていました。こちらの車両は全日本 学生フォーミュラ大会に参加したレーシングカー(の骨格)。
カバーがかけられているのは、「本田宗一郎杯Hondaエコマイレッジチャレンジ2014」で燃費2074km/リットルを記録し、学生クラスで4連覇を果たしたという車両です。
有名な鳥人間コンテストのために作成された機体の一部も置かれていました。機体の骨格は軽量・高剛性のカーボンファイバー素材で作られています。
実際に飛行した機体も展示されていました。スペースの都合で、翼の一部は取り外されている状態。
そしてなんと、ロボットコンテストで世界一となったマシンも夢考房プロジェクトから誕生したもの。夢考房41にはそんな数々の機械が保管されていました。
世界大会の出場前には、安倍首相から激励を受けていたことも。一般的には「優勝しました」と結果を報告することが多い中、事前に訪れて激励を受けるというのはそれだけ期待度の高さを示していたと言えるのかも。
金沢工業大学がロボコン世界一 | KIT金沢工業大学
http://www.kitnet.jp/ss/robocon/index.html
さらに、2015年3月からは学生も自由に使えるという金属3Dプリンターが稼働開始する予定で、夢考房41では「学生さんたちの柔軟な発想でどんどん活用してほしい」とのこと。高機能3Dプリンターはまだまだ高嶺の花なので、これを自由に使ってものづくりを行えるというのはじつに恵まれた環境といえます。夢考房の公式Facebookページでも、「楽しみです!」や「いいなぁ」といったコメントが多く寄せられているのがわかります。
このように、金沢工業大学にはものづくりに必要なあらゆるものが整えられており、技術者の育成には理想的な環境が整えられていると言えそう。特に現場の技術者にとって重要な「プロジェクトマネジメント」の概念を徹底的に身に付けさせるという方針が、即戦力としての人材育成に重要な役割を果たしているようです。
聞くところによると、この大学を志す受験生が保護者と一緒に施設を見学した場合には、学生本人はもちろん保護者のほうがすっかり学校を気に入ってしまうこともよくあるとのこと。アカデミックな教育はもちろんのこと、より実践的で社会に役立つものづくりが盛んに行われている校風がそう思わせるのかもしれないと感じさせられました。
金沢工業大学
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