チェルノブイリの線虫は放射線の影響を受けていないことが明らかに
1986年4月、旧ソヴィエト連邦のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で発生した事故は史上最悪級の原子力事故といわれており、事故後も発電所の周囲約30km圏内は立入禁止区域として設定され、現在も厳しく管理されています。この立入禁止区域内に生息する線虫のゲノム解析を行った結果を、ニューヨーク大学の研究チームが発表しました。
Environmental radiation exposure at Chornobyl has not systematically affected the genomes or chemical mutagen tolerance phenotypes of local worms
https://www.pnas.org/doi/epub/10.1073/pnas.2314793121
Worms at Chernobyl Appear Mysteriously Unscathed by Radiation : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/worms-at-chernobyl-appear-mysteriously-unscathed-by-radiation
まず研究チームは、チェルノブイリの立入禁止区域内にあるさまざまな場所から線虫の採取を行いました。採取場所の放射線量をガイガーカウンターで測定したところ、年間2ミリシーベルトから4786ミリシーベルトまでの幅があったとのこと。研究チームは237の土壌から線虫を採取し、最終的に298の線虫の培養に成功しました。
次に、採集した線虫のゲノム解析を実施しました。チェルノブイリから採取した線虫(Oscheius tipulae)15匹と、世界の他の地域から採取した同種の線虫5匹のゲノムを詳細に解読。研究チームはロングリードとショートリードの両方のDNAシーケンシング技術を用いて、高品質なゲノム配列を得ることに成功しました。比較解析の結果、採取場所の放射線レベルと突然変異率の間に相関関係がなく、染色体の大規模な再配列も観察されませんでした。
最後に、DNAダメージに対する耐性実験を行いました。研究チームはDNAや遺伝子に変化を引き起こす変異原を3種類用いて、線虫の集団の成長速度を測定しました。この実験では、各系統で変異原への耐性に違いが見られましたが、その違いは採取場所の放射線レベルとは無関係でした。
以上の実験から、チェルノブイリの線虫は他の地域の線虫と比べて特別な耐性を持っているわけではないことが判明しました。研究チームは、この種の線虫はむしろもともと持っていた遺伝的な多様性によって、高い放射線環境下でも生存できているのではないかと論じています。
by Ian Bancroft
DNAダメージに対する感受性が異なる線虫系統の存在は、がん研究にとって重要な意味を持つ可能性があります。なぜ特定の個体が他よりもDNAダメージに耐性があるのか、あるいは感受性が高いのかを理解することで、人間のがんへの感受性の違いを理解する手がかりになるかもしれません。
研究チームは、この研究が単なる生態学的な観察を超えて、医療応用の可能性を持つことを強調しています。DNAの修復メカニズムの理解は、がん治療や放射線防護など、様々な医療分野での応用が期待されています。
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