インタビュー

あの「ノッポさん」にインタビュー、ミュージカル「グラスホッパー物語」や「できるかな」についていろいろと聞いてみた


1967年4月から1990年3月までNHK教育テレビで放送されていた教育番組「できるかな」で、23年にわたって一言も喋らず、パントマイムとダンスだけでさまざまなものを表現する「ノッポさん」を演じ続けた高見のっぽ氏。

2005年に「みんなのうた」で第一弾が公開された短編ミュージカル映画形式の「グラスホッパー物語」で新境地を切り開いたノッポさんに、最終回で初めて喋ったことが話題となった「できるかな」でのエピソードや「グラスホッパー物語」の最新作となる「グラスホッパーからの手紙~忘れないで」への思い入れ、尊敬する人物などについてインタビューしてみました。

詳細は以下から。
インタビューを行ったのは新宿にある「新宿村スタジオ」です。


案内図


壁面には謎のアートが


2009年10月10日(土)と11日(日)に池袋で行われたミュージカル「ありがとう!グラスホッパー」のポスター


ノッポさん(高見のっぽ氏)の登場です。


GIGAZINE(以下、Gと省略):
まず簡単に自己紹介をお願いします。もうみんな知ってると思いますが(笑)

ノッポさん:
高見のっぽ、ノッポと申します。肩書きはあってもあまり言うのは好きな方じゃないですから……

G:
次の質問なんですが、NHKの番組「できるかな」の方で終始しゃべらないかわりに軽快な身振り手振りでいろんなことを伝える「ノッポさん」という役を24年間演じ続けたということが、いろんな人の心に残っていると思いますが、どのような経緯でノッポさんを演じることになったのでしょうか?

ノッポさん:
ノッポさんになる前には、昔、とても有名な幼児番組ですけど、「魔法のじゅうたん」とか、それから「ブーフーウー」って、まあ(世代的に)ご存じないでしょうけど、NHK創成期の幼児番組でいろいろな役を演じたり、着ぐるみを着たりしていました。ああいうものは動きが大切だし面白くなければ使ってもらえないんですけど、そういうものをやっていて。

正直に言うと、「ブーフーウー」が終わるか終わらないかのところでは、失職寸前にまで陥ったんです。その時に、僕の動きを見て「これは面白いな」と思ったディレクターが「次の番組に工作番組があるんだけど、そのホスト役にどうだろう」っていうので。


この番組は、工作の手順を言葉でいろいろと教えるんじゃなくて、工作の楽しさというものを見ている人に伝えて感じてもらう、ちょっと違った工作番組だったんですよ。それで、「そのためには君がとても面白いと思うから」と誘われました。工作の手順でなく面白さを伝えるには、音楽に合わせて工作して踊ったり遊んだりする方がいいだろうっていうので、僕が使われた、という経緯です。

G:
なるほど。ちなみに番組の中では表現を全部身振り手振りとアナウンスでやっていましたが、喋らないことで何か大変だったことなどはありましたか?

ノッポさん:
当時は自分としては動く方が得意でしたから、変にセリフをしゃべったりしないほうが、むしろ楽だと思っていたんです。けれど、「できるかな」が終わってしゃべり始めたら、しゃべった方が楽なんですよ、ほんと。

例えばある一つの設定があって、ここに何か大事な知識が一つあるとしますよね。私がこれに関して「この知識は私にはありません」っていうのを最初に身振りで表すとするじゃないですか。セリフだと「わたしはそんなことは全く今まで知りませんでした」とはっきり断言してしまえばいいんですけど、なかなか身振りでは言えないですよね。「知らない」っていう、それくらいは伝えられるんですけど。

そうすると、この「知らない」という設定を忘れずに最後まで「私はそれを最初知らなかった」「でも少し知ってきた」「でも最初は知らなかった」という風に、どこかで身ぶりで言い足していかなくてはならないのですよ。

説明しておかないといけないことが増えていくわけでしょ?セリフだったら最初に一つ断言しておけば説明できるのが、どんどん増えていくんですよ。後から考えるとえらいことやってたな、と。セリフしゃべるようになってからは楽もいいところですよ。そのことに気がつきました。

G:
「グラスホッパー物語」や「できるかな」もですが、ノッポさんは軽快なタップダンスを常に交えて表現されているイメージがあるんですけど、あれはアドリブなのでしょうか?

ノッポさん:
タップを踊るのはアドリブですよ。もちろんお稽古はずっとその前からしてますけど、あそこで踊るものは、みんな即興です。

G:
そうだったんですか。即興でダンスを踊るのは難しいのではありませんか?

ノッポさん:
即興で踊るのは大変なんですよ。何十年やっても即興でタップを踏めないタップダンスの先生はたくさんいますから、本当に。むしろ踊れる方が少ないです。

G:
「即興でやれ」って言われてもどうつないでいいのか、困りますよね。

ノッポさん:
それはね、自分が多分ほかの人と違う勉強の仕方をしてきたからできるんだと思いますよ。だから案外、スタイルってみんな大事だと言いますけど、教えてもらったところから上へ行くっていうのは、自分で自己流のお稽古をしないと。

G:
即興でできるようになったというのは、やはり自分で独学で積み重ねていったものが大きいのでしょうか。

ノッポさん:
それはありますよ。タップダンスの稽古場へ行くと、基本練習用の踊りと称してワンフレーズ8小節で1つのステップ、次の8小節で次のステップというようなお稽古で音楽に合わせてそのままお客さんの前でやるような形なんです。私はそれが大嫌いでした(笑)

というのも、私が夢に描いていたのはフレッド・アステアとかビル・ロビンソンといったアメリカのものすごいタップダンサーで、タップダンスを習う前からその人たちが大好きだったのに、実際に覚えたいと思って稽古場へ行ったら、それとは似ても似つかぬものをやっていたものですから。

基本は本当に大事ですけど、普通の稽古場ではそこから上へ行かないんですよ。だから本当は基本をお稽古してから上へいかなければいけないのに、私は生意気にも「これは私の思い描いていたタップダンスとは違うから」という理由で、わざわざ京都まで住み込みで習いに行ったにもかかわらず、全然基本練習用の踊りをやらなかったんですよ。

この先生は今、日本のタップダンス協会の会長を勤めている吉田タケオという方なのですが、今でも「本当にどうしようもない弟子だったよ」って言われますよ。(笑)というのもみんなが練習している「タタタン タタチキ タタタン」という基本の踊りをやりたくないばかりに、私はその基本もまだできないのに、フレッド・アステアたちのステップを、一人でみんながお稽古してるところから離れて、鏡を見ながら「タカタン タン タッタン…」と口タップでやってたんですよ。

軽快なタップを実演してくれました。


G:
まったく違うステップを一人でレッスンしていたのですか?

ノッポさん:
はい。すると先生が見るに見かねて、あるとき「こっちへいらっしゃい」と私を呼びつけて、「あなたがやりたいことはわかるけど、あなたがそういう音が出せるようになるのは、基本をちゃんとやってからだ」と言われました。でも、先生に言われたにもかかわらず、まだやらんのですよ。面白くないから(笑)

そしたらね、「ああいう風に足が動くためにはこれだけのお稽古をしなければ」と言って、足をちゃんと細かく動かす、基本中の基本を教えてくれました。

ノッポさん:
この練習を朝5時ぐらいに起きたら8時くらいまで3時間ぶっ通しでやって、半年も続けていたら、足の細かさだけでは3~4年の人を上回るようになりました。でも、さっきの基本の踊り「タタタン タタチキ タタタン」はできないんですよ。やりたくないから(笑)

そうしていたら、先生がフレッド・アステアとビル・ロビンソンのレコードを2枚、居間から出してきて、先生がレコードを2小節聴いて「こういう風になっているね」 と実演してくれて、優れたタップダンサーが非常に巧妙に組み立てたリズムを私に全部足写ししてくれたんですよ。4曲くらい。そのころはビデオがないから、 どんな格好でそのリズムを出しているのか分からないのですけど、向こうの本物中の本物のリズムだけはきちんと写してくれたんですよ。

私はうれしくてしょうがなかったですね。ほかの人はみんな基本のステップを出ていないのに、私は歌いながら憧れていたステップを踏めるようになってきたから。先生も初めての経験で、私一人に教えてくれたんです。だからとても感謝していますね。

G:
習った期間はどれくらいなのですか?

ノッポさん:
先生とは1年くらいで別れましたが、その勉強の仕方は続けていて、今度は自分でジーン・ケリーのレコードを買ってきて、1ヶ月に1曲のペースで、半年かけて6曲を学びました。家のコンクリートの土間で練習していたらほじくれちゃって、兄貴が嘆いていましたね。

でも、この半年が終わった時には、自由に踊れるようになりました。だって音楽が鳴れば、ステップの組み合わせがいかに自由かってことを理解しましたから。もちろん、そこから工夫すればもっといいものになるんでしょうけど、例えばここで音楽がポンと鳴れば、足は勝手にリズムを刻むようになります。勝手に。確かに独学とはいえ、ス タイルはある意味で自分でこしらえたんだけど、1年や2年で10年20年30年の人は追い越しましたね。本当にそれは言えます。でも、基本の踊りは下手です(笑)

G:
その積み重ねがあってこそ、番組の中でもアドリブでタップダンスができたということですね。

ノッポさん:
そうですね。その場で聴けば自然にタップが出ますから、困りませんでした。

G:
曲も毎回違いますし、長さも違ったりすると思うのですが、それに合わせることは大変じゃありませんでしたか?

ノッポさん:
初めて聴く曲でも、そこで鳴らしてもらえればできますし、音楽は8小節や12小節の刻みですから、どこへいけば8小節の終わりが来るのかが分かれば、その前の6小節できれいにタップを踏んで、後の2小節はブレイクという形にすればよいので大丈夫でした。

G:
「できるかな」の番組の中で紹介されていた段ボールなどを使ったさまざまな工作は誰が考えていたのでしょうか?

ノッポさん:
これはもう本当の専門家たちが考えていました。名前を挙げるなら枝常弘(えだつねひろし)さんという方が造形の主任という形で最初から終わりまで手がけていて、その下に芸大の方や大学の助教授・教授になったような方といった造形の専門家が6人くらいいました。だからとてもぜいたくです。

G:
ではその人たちが毎日作り続けていたということなのでしょうか。

ノッポさん:
みんなが毎週5つか6つのアイディアを持ち寄るから、単純に計算して30ですよね。その内から1本撮るために必要な5つくらいをみんなで相談して「これとこれとこれを使おう」って出して。あとの25個はお蔵入りです。

次の週はまた違うテーマになりますから、お蔵入りしたアイディアは使わない。「できるかな」はあれだけ続きましたけど、世の中は移り変わるから、前の年に出したアイディアを次の年に持ってくると「勉強が足りない」って言われてしまいます。そのくらいちゃんとしてました。

G:
つまり本当に専門家たちが集まって作ったものの中でも上澄みだけを使っていたということですね。

ノッポさん:
そういうことです。もう本当にぜいたくな作りです。今そんなことはあまりやってないと思いますけど。そういう風にやってました。これは本当に皆さんに知っておいてもらいたいです。

G:
なるほど。私も子どものころ何気なく見ていたのですが、そんな苦労の元に作られていたとは知りませんでした。

ノッポさん:
そう。見る側は何気なくでしょうけど、それは作り手としては当たり前のことです。

G:
すごいですね。ちなみに大手インターネットポータルサイト「Yahoo!JAPAN」の調査で、「DVD化して欲しいNHKの番組」という項目で「できるかな」が1位に輝いたという調査結果があるのですが、1位になったということに対して何か思うところはありますか?

ノッポさん:
あんまりここで自分が威張ってもしょうがないですが、皆さんがそう言ってくださるのはすごくうれしいですね。確かに、時にはあまり良いできじゃないものもあったと、自分でも思う時もありましたし、やっぱりそれは作り手の演出家や、その時の条件もありますがね。でもそれをトータルして見たときに確かに作り手側としては、今は豊かだって言うけど、全然貧しいですよ、作り方が。

だって当時は一週間に1本、15分の番組を作るのに、みんなの持ち寄ってきたアイディアをまず打ち合わせして、台本書いて音楽を作って、その次にお稽古を2日間。私はあの15分に3日間かけていたわけです。

今は「5分前に来てください」とか簡単に言うでしょ。5分前に来て何やるの?と思いますよね。だから今は全然豊かじゃないです。あのころは貧しいけど豊かだったのですが、今は豊かというけど貧しいですね。

G:
「豊か」というのは金銭的な問題というよりは発想などの面でしょうか。

ノッポさん:
「モノを作る」ということが大事だというのを、忘れちゃっているんじゃないかと思いますけどね。

G:
20年間にわたって共演したゴン太くんについてですが、何かエピソードはありますか?

ノッポさん:
あれは本当に相棒でした。中に入っていた井村淳さんは私より1つか2つ年上ですが、お互いのやり方とかそういうものに関しては干渉しないんです。向こうは私が何をやりたいのかということはとてもよく考えてくれたけれど、「ノッポさんがそれをやりたいなら私はそれに合わせる」と口で言うのではなく、黙ってやってくれました。

「ここはこうしたいから君はこうしてくれ」と言うんじゃなくて、私がそうやれば向こうはちゃんと合わせるし、向こうがこれがやりたいんだな、と思えばこっちはそれをちゃんとすくい取るという形でしたね。

G:
それはやっぱり20年間の中で培われてきたものですか?

ノッポさん:
いえ、最初からですよ。

G:
最初からだったのですか。

ノッポさん:
向こうは人形演劇協会の会長か副会長にまでなった人形遣いの名手ですから。

それでね、番組の終わりに必ず追いかけっこというか、私とゴン太くんがけんかのまね事でいつも競争していましたが、追っかけ回す時に下手するとゴン太くんを「ガーンッ」ってやるでしょ。そうするといつも付き添いで来てるゴン太くんの中に入ってる井村さんの奥さんがだんな(井村さん)を心配して「そんなにひどくしないで」って言うんですよ。

この時ゴン太くんの中からね、「うるさい、だまれ」ってこう聞こえるのが、うれしいじゃないですか。二人で一所懸命やってるのが良いってこと、向こうも思ってるのがよくわかるでしょ。向こうは手加減するんですよ、ちゃんと上手に。私は案外本気になる方ですから、「ガーンッ」ってやるでしょ、それで横から「やめてよ」って声をかけられたのに、やられた側の中から「うるさい、だまれ」って。

G:
なるほど。でも、着ぐるみの中でずっと動き続けるってことは、やっぱりすごく暑かったりするんじゃないですか?

ノッポさん:
そう。意外に大変だと思うんですけど、あれはむしろ手もあまり動かないですから、かぶって立って、ある意味「間」で勝負する方です。だからその点では、お人形遣いの名手ですから、間はとても結構でしたよ。何しろ、私の邪魔をしないというのを、ちゃんと守る人ですから。だから良かったですね。


G:
「できるかな」の最終回で初めてしゃべったということが、当時話題になったのを私も覚えているのですが、その時のお気持ちというのは?

ノッポさん:
みんなはね、しゃべるのに反対したんですよ。しゃべらないで来たわけだから、最後も「さよなら」って黙ってやったらどうか、って。私はね、本当はもうあと何年間かは続けてやれるかなと思っていたんですが、いろいろな事情があって続けられないというので、ちょっと怒っていたんでしょうね。

「手が汚くなったらやめよう」というのは前から言っていたのですが、モニターに映る手がまだきれいで、それに動きとしてはそんなに衰えていない、という時 にいろんな事情で降板することになって。その時に「今までしゃべってこなかったけれど、私はこんなに良い声をしてるんだ」と、非常に浅はかで他愛ないんで すが、「最 後ぐらいは、今までしゃべらなかった人がどんなに良い声かを日本中の皆さんにお知らせしたい」って言ったら、みんなが「エエーッ」って。でも「うるさい」って言ったら、みんな「しょうがありませんね」って。

で、本番当日にマイクを胸に付けてもらった時に初めて「あれー、やっぱりそうだよな、全然しゃべってこないで損なこともないのに、最後の一回だけここにマイクを付けてのか」と思ったけど、でもほら、言い出した手前、今更引き下がるわけにもいかないから。

そして「来週から次の番組に移ります」と、ここまでは素直に言ったけれど、言った途端に、自分の良い声を聞かせるつもりで無理を言ったくせに、しゃべった瞬間に、「これを聞いたみんなはびっくりするだろうな」と思ったの。急にしゃべったから。

それでも「ごめんなさい」って言うわけにはいかないでしょう?だからその「ごめんなさい」の意味を含んだ「あっ、しゃべっちゃった」っていう言葉が何の考えもなしに出たんです。だから非常に、動機としては他愛ないですよ。「私はこんなに良い声なのに黙ってきたんだから、みんなに教えてびっくりさせてやりたい」という、それだけです。

G:
なるほど。あれは本当にびっくりしました(笑)

ではここから少し質問が変わるのですが、2005年に公開された「グラスホッパー物語」は自ら脚本や作詞、振り付けなども手がけた作品ということで、すでに第3弾までできているということですが、この作品に込められた気持ちやメッセージなどというのは、いったいどういったものなのでしょうか?

ノッポさん:
「みんなのうた」というのは大変な番組ですから、そこに歌い手として出られるなんていうのは夢にも思ってないわけですよ。でも、「動く人」としての私のことが10年以上前からとても好きで一緒に仕事したいなと思っていたという方が、たまたま「みんなのうた」でプロデューサーという仕事をしていて。

そこへ松本俊明さんという作曲家の方が一番始めのグラスホッパー物語の曲を持ってきたんです。その作曲家の方がロンドンへ留学中に地下鉄の中で迷子になったバッタを優しく救って公園に戻してあげた画学生だか女学生だかを見て、それがとっても気に入ったから曲を書いたんですって。

G:
「グラスホッパー物語」のエピソードのままなのですね。

ノッポさん:
そのままなんですよ。そういう話で曲が出来上がったんだけど「ノッポさん、これが何かにならないか」って。とっても良い曲だから私は聴いた途端に「面白い」って言ったら、登場するバッタの役をやってくれないか?と言われたので快諾して、歌詞を書きました。

G:
「グラスホッパー物語」の歌詞は子どもたちへのメッセージなのですか?

ノッポさん:
これは小さい人たちへのメッセージというのもあるけれど、私自身が、みんなが大好きで褒めてくれた「ノッポさん」のイメージを傷つけちゃいけないと思って、チャレンジをしてこなかった。

本当はもっと色んなことに挑戦できたかもしれないですが、何か理由を付けて断ってきて、40くらいになったときに「ノッポさんって何者?」と自分で思い始めて。そんなことを言うとみんなは怒るんですよ。「私たちがこんなに好きなノッポさんなのに、当人は『ノッポさんって何者?』と思っていたのか」って。

でも芸人としては、ほかにも何かできることあったんじゃないか?と思うでしょ。だから「失敗を恐れずに何でもやりなさい」っていう意味で「とべとべ」という歌詞をグラスホッパー物語に入れたんですよ。

以前スポーツ紙の取材を受けた時に、インタビューしてくれた40~50代の記者の人が毎朝あの曲をかけて「『とべとべ』って聴いてから私は仕事に行きます。毎朝聴くんです」って言ってくださいましたね。だから小さい人だけでなく、みんなに対してのメッセージです。私が、やり損なった人だから、それをそのまんま素直に。そうじゃなきゃ「とべとべ」なんて単純な言葉は書かないですよ。

10月7日に発売された「グラスホッパー物語」のサウンドトラック


G:
なるほど。ちなみに先ほど話の中で、子どもさんのことを「小さい人」と呼んでおられましたが、その理由というのは?

ノッポさん:
これはもう、皆さんに言うんですが、人間は、年齢とか背丈でもって、そういう物理的なところで大きいのと小さいの、経験や知識の多いのと少ないのとあるけれど、おおもとの賢さとか感受性とかそういうものは、もうすでに5歳の時点で立派なものだという意味です。

だからよく「大人」と「子ども」というけれど、「大きい人」と「小さい人」という風に分ければ私は「大きい人」というのはある程度年齢を重ねた人で、「小さい人」というのは年齢が少なくて背格好が小さい人、それだけの話だと思うんです。

今75歳ですけど、正直言うと「自分の栄光の時はいつだったか」なんて、年とってくると思いますよ。「おれには栄光の時があったんだろうか?」とか。そうするとね、ずっと無いんですよ。

G:
いやいや、決してそんなことはないと思いますよ。

ノッポさん:
「いやいや」と言いますけど、当人は無いんですよ。ずーっとそうやって遡っていくと5歳の時の私はキラキラ光ってるから、この5歳は、75歳の私から見て、もっとすごい人です。

だから、小さい人を見た時には「この人はおれよりすごいかもしれない」ってはっきり意識しますから。だから小さい人にはものすごく、自分の一番の最高の敬意と、自分の一番いいところで力の限り接します。だからあなたたちには案外礼儀正しくないかもしれないですよ(笑)

もしあなたが小さい人だったら、こんなリラックスした格好してないですよ。姿勢を正します。あなたが大きい人だからほら、なあなあでいいでしょ?おちびさんにはなあなあは通用しないから。そこに小さい人が座っていたら、本当に姿勢を正します。

G:
なるほど。

ノッポさん:
そういうことですよ。それで「小さい人」と言っています。

「子ども」ではなく「小さい人」として接するノッポさん


「大きい人」として接する場合のノッポさん


G:
続いての質問ですが、この「グラスホッパー物語」をはじめとして、作詞や脚本・振り付けなどを手がけるのに掛かった時間というのはどれくらいでしょうか?

ノッポさん:
歌を書くのはね、テーマをそれにうまくはめなきゃならないから大変ですよね。でももし自分が何かお芝居書いたりしてその中の歌を書くとするとですね、1日あれば何十編も書けます。さらさらさらさらっと書けます。私は易しい言葉で書きますから。台本は、一週間はまるごと、朝から晩まで考えに考えます。それで書き始めると、一晩で書けます。

G:
一晩で?

ノッポさん:
はい。ただしそれまでが大変です。もちろんその後はきちんと直しも入るでしょうけれど、もう死にものぐるいで考えて考えて考え抜いて、「よし、これでいいかな」というのがあれば、一晩で書けますし、もしそこにはめこむ歌が必要だとあれば、本当に今言ったように、さらさらさらっと書けます。

G:
すごいですねそれは…

ノッポさん:
こうやって吹くだけ吹いてるからね(笑)でも本当に早いですよ。例えば「俳句の時間」に出た時があるけれど、「椅子に落ちて腑に落ちたるかバッタの子」とか「雷鳴に跳ぶや一閃バッタの子」なんてうたを書いてテレビに出たら、アナウンサーが「大変だったでしょう」なんて言ったから「こんなものは1秒で書ける」って言いましたよ。

本当に1秒で書けますからねこんなものは。これはそんなに悪い句じゃないと思うけど。だからもしよくある連句の会なんてのに行ったら、何十句でもできますよ。これは別に威張って言うわけじゃないですよ。そりゃ良いのも悪いのもあるけど、このくらいの俳句だったら、たちどころにこしらえられます。

G:
パッとひらめくということでしょうか?

ノッポさん:
きっと、小さいときからやっぱりそういうものが中に入っているというとおかしいかもしれないけど、別に勉強で読んだってことじゃなくて、ものすごく小さいときから本が大好きでたくさん読みましたから、自然とね。

G:
小さいころから本を読んでらっしゃったというと、大体どれくらいでしょうか?あと本の種類は?

ノッポさん:
また私に自慢話させるの?(笑)正直に言いましょう。小学校の3年生のときには岩波文庫を読んでました。夏目漱石からバルザック、フローベル、もう何からすべて。中学1年生で坪内逍遙のシェイクスピアの戯曲全六十数巻を読んでいます。

G:
すごいですね。では例えば、漫画などは特に読まれなかったんでしょうか?

ノッポさん:
漫画なんかは、4コマ漫画の素晴らしいやつなんかはいいですけど、普通の漫画は読みません。

G:
4コマとは、例えばどういうものでしょうか?

ノッポさん:
4コマだと新聞なんかに掲載されているでしょう、1コマの漫画でもいいですけど、あれはやっぱりすごく賢い人が描いてると思います。1コマや4コマで、起承転結がきちんとしていてものすごく洒落ていたら、それは喜んで見ますね。

G:
尊敬する作曲家や脚本家、振り付け師の方などはいらっしゃいますか?

ノッポさん:
ダンスの神様っていうと、自分のアイドルとしては小さいときから、やっぱりアメリカ人ダンサーのフレッド・アステアですね。これがダンサーとして私の神様です。

作曲家は誰かって言ったらやっぱり、モーツァルトをはじめとしたクラシックの作曲家もいらっしゃるし、ジャズとかポップスのあたりなら、1920年代~30年代にアーヴィング・バーリンジョージ・ガーシュウィンといったものすごい方がいますよね。そういうのは本当に人として尊敬します。

音楽そのものに関しては、ある種の偉大なものとしてありますから大好きです。だからこういうお芝居をしているときも、作曲家や出てくる音楽といったものには一番の敬意を払ってやります。

G:
なるほど。そして10月30日に発売される第三弾の「グラスホッパーからの手紙~忘れないで」というDVDに関してなのですが、こちらに特に思い入れの強い部分というのがあれば、お教え願えますか?

ノッポさん:
第一弾の「グラスホッパー物語」は「とべとべ」、第二弾の「ハーイ!グラスホッパー」では「あいさつは大事」ということで、あいさつは人と人との間のコミュニケーションの最初だし、あいさつは「私はあなたに敵対するものではありませんよ」ということを伝える大事なものだというメッセージを込めました。

第三弾の「グラスホッパーからの手紙~忘れないで」は、今の人間の生き方を見ていると、ほら、リーマンショックで1年前に駄目になったにもかかわらず、またぞろ金融業界はそれを忘れて同じことをやろうとしてるって言ってますよね。自分の欲ボケでほかの人のことなんかあまり考えない人間が多くなりました。でもこの人たちだけじゃなくて、このまま行くと危ないと思ってるんですよ、人間が。

でもその人間に人間が文句言ったって聞いてくれないと思うんですよ。だから虫の口を借りて「いい加減にしたら」って。本当はもっときつく言いたいんですけど、でも今度はバッタのおじいさんの口を借りて「人間は一人じゃ生きられませんよ」「地球は人間だけのものじゃありませんよ」「みんな仲良くしなくちゃ駄目じゃないですか」ってことを言おうと思いました。一番厳しいメッセージですけど。

G:
確かに厳しい内容ですね、それは。

これが10月30日に発売されるDVD「グラスホッパーからの手紙~忘れないで」のパッケージ写真です。なお、グラスホッパーからの手紙~忘れないで~は「NHKみんなのうた」の10月・11月の歌として放送中。


ノッポさん:
もちろん小さい人が見ても喜んでもらえるものですが、今度はそれよりもちょっと大きい人に、見てもらいたいですよ。たぶんびっくりなさると思います。私はそんな言葉使いたくないんですが、よく言うでしょ、「子どもだまし」とか。これは「子どもだまし」じゃないですから。だから「大人だまし」でいいです(笑)

でもだますのは嫌いだから、とにかく、今度は作りはおちびさんよりも年をとった、若い人やその上の人を含めたみんなが見て「あれっ!」って思う作りにしてありますから、どうか観てください。

若いんだけど私に似てるタップダンサーが2人いるんです。1人は特に似てるんですよ。自分流に工夫していて、とても上手なんですよ。全部ダンサーだけでなく女優さん達もきちんといるし、本気ですから。手は抜かないです。

G:
ミュージカル「ありがとう!グラスホッパー」は今後全国3ヵ所で公演が行われるのですか?

ノッポさん:
今は3ヵ所ですね。今後また動きがあるのではないかと思います。(編集部注:東京公演は終了しました)

G:
ありがとうございました。

「ありがとう!グラスホッパー」の今後の公演に関する詳細は以下から。

ミュージカル【ありがとう!グラスホッパー】ノッポさんのちいさな音楽劇
http://www.grasshopper-musical.com/


また、東京公演の模様を収録したDVDも発売決定しています。詳しくは以下のポニーキャニオン公式サイトから。

ポニーキャニオン
http://visual.ponycanyon.co.jp/

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in 取材,   インタビュー, Posted by darkhorse_log

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