伝説のタツノコヒーローたちが集う「Infini-T Force(インフィニティフォース)」について笹川ひろし&大河原邦男が語る【完全版】


2017年10月から、タツノコプロ55周年記念作品として「Infini-T Force(インフィニティフォース)」の放送が始まります。ガッチャマン、テッカマン、ポリマー、キャシャーンという往年の4大ヒーローが登場する作品だということで、タツノコプロ創立にも関わった笹川ひろしさんと、デザイン面に関わった大河原邦男さんが、作品を中心とした対談を行いました。

2017/11/01追記:
「Infini-T Force」放送も中盤に差し掛かってきたので、応援の意味を込めて、対談内容を笹川さん・大河原さん監修の完全版に更新しました。

TVアニメ「infini-T Force(インフィニティ フォース)」公式サイト
http://www.infini-tforce.com/

対談が行われたのはタツノコプロ。


入口には人気作品のキャラクターやメカが描かれたパネルが設置されていました。55年の間に、誰もが知るような作品がいくつも生み出されてきました。


司会:
「Infini-T Force」がタツノコプロ55周年記念作品と銘打たれているように、ちょうど2017年はタツノコプロ創立から55年という記念の年です。そこで、まずは笹川先生、大河原先生がタツノコプロさんでやってきたお仕事についてお伺いしたいと思います。

笹川ひろしさん(以下、笹川):
私はタツノコプロには創立時から関わっていました。国分寺市のかなり奥まった、当時雑木林だったようなところにスタジオを作って新人を募集し、だんだんと大勢の人が集まってくれて作り上げたという会社です。55周年と聞いて「えっ?もうそんなに経ってしまったのか?」という思いと、「よくここまで伸びたな」という感激があり、加えて、常々考えていることですが「今後はどうなっていくのかな」という思いもあります。本当に、55年ってあっという間なんですね。

僕らがアニメを始めたのは、手塚治虫先生の「鉄腕アトム」がテレビシリーズとして始まって、漫画家の人たちがちょっとどよめきだしたような時でした。私もそうですが、吉田竜夫さんも吉田さんの弟の九里一平さんも漫画家だったんです。私はお二人と知り合って、手塚先生の「鉄腕アトム」を見て「いよいよ日本の国産アニメができるんだ」というようなことを感激して話し合っていたのですが、そのうちに「僕たちもやりたいな」と単純に思うようになりました。漫画家にとって、自分の絵が動いて音楽がつくというのはやはり夢みたいなものであり、「僕たちにもできるだろうか」というところからスタートしているんです。

実は、手塚治虫さんは僕の先生で、僕は手塚先生の専属アシスタント第1号だといわれています。会津若松市から出てきて、手塚先生のアシスタントとして1年半近く寝起きを共にして、原稿に勤しみました。その後、独立して漫画家になって吉田竜夫さんと知り合うことになります。「鉄腕アトム」が始まった時、週1回放送というのはかなりきつくて、手塚先生ともどもスタッフは本当に大変でした。僕も「手伝ってくれ」と言われて、絵コンテを2作だけお手伝いしています。ただ、私は漫画家でしたからアニメのルールを知らないままに手伝っていましたので、おそらく、その後にどなたかが直されたのだろうと思います。

そんなことを吉田さんと話しているうちに「僕らもやろうか?」「やりますか」みたいな話になりました。ちょうど東映動画から「合作でテレビシリーズをやらないか」というお話がありました。「宇宙エース」という企画で、合作の話は流れてしまったけれど「しょうがない、うちだけでやろう」ということになりました。当時の竜の子プロダクションというのは漫画家の僕らと、吉田さんのアシスタントの人たち7~8名のことで、工房みたいになっていたから「これはすぐにアニメ制作に切り替えられるだろう」と思ってアシスタントの人たちに声をかけたら「いいえ、私たちはやりません」「あくまでも漫画家になりたくて吉田さんのアシスタントをしているのであって、アニメをやる気はありません」と、みんなに断られちゃいました(笑)

どうしようかと思って全国に募集をかけ、素人の方々に集まってもらって、私たちの経験をもとに養成しました。ひどい言い方ですけど、私たちも当時は拙く、危なかったです(笑) ああだこうだ言っているうちに人数が30名くらいになりまして、動画机を入れたり、場所を獲得したり……さんざんなひどい経験もして、本当に「文化祭」の域で、素人が怖さ知らずで始めたものだったんです。「本当に作れるのかな?」と思ったことも何度もあって心のどこかで「だめになってもまた漫画家になればいいか」みたいな考えがありましたが、それどころではないぐらいにどっぷり浸かっちゃって、もう抜け出せない、なんにもできない、お正月も休みがないような状態で作っていました。ところが、作ったはいいけれど、これが売れない。スポンサーの人に買ってもらわないと放送ができないというようなひどい状態でしたが、「やろう」というスポンサーの方が名乗りを上げて下さいまして、フジテレビでモノクロの「宇宙エース」を1年間放送しました。試写を見たときには本当に涙がボロボロ出ました。みんなで喜んで拍手を送りながら上映を見た思い出は今でも忘れられず、あの感激はいつまでも持っていたいと思いました。

宇宙エース 第1話「宇宙エース誕生」 - YouTube


笹川:
吉田竜夫さんが「アニメをやろう」といった裏には、やっぱり自分の絵を自分の作風でアニメにしようという決心があったと思うんです。手塚先生も虫プロで手塚アニメを作っていましたし、漫画家だったら誰でもそうでしょう。他の作者の作品をプロダクションとしてやらなければいけないというのは、あんまり愉快なことではなかっただろうと思います。そういうわけですので、吉田さんも自分の画風でやりたいというのが、独立したプロダクションを作る一番の信念だったと思うんですね。

吉田さんは3人兄弟で、兄貴が言ったことには弟さんは賛成するみたいな形でした。これは一人で頑張るより強いです。最初の「宇宙エース」は吉田さんの弟の九里一平さんが描いたキャラクターでしたが、次の「マッハGO GO GO」は吉田竜夫さんの絵で、吉田さんが絵を1枚1枚修正するという大変な思いをしながら作り上げていました。ところがこのとき僕は「アニメは好きだけれど、どうして吉田さんの絵を真似しなきゃいけないんだろう?」という変な感じを抱いていました。せっかく「やろう」と固い決心をしたのに、3年くらい「やめようかな」と悩まされました。

そんなあるとき、「僕はもう漫画家じゃないんだな」と思いました。僕の役目は映画監督であって、吉田さんのキャラクターを役者さんに見立てて、いかにうまく演技をつけて、作品として面白く見せればいいのかということではないのかと。それまでは「漫画にもう一回戻ろうかな」と思ったこともありましたが、そこで心がぱっと吹っ切れて大変楽になりました。ずいぶん遅かったですけれど(笑)、どんな人が設計したものでもやれる、「まんが映画」ではなく映画として成り立つはずだと気付いたんですね。

先ほど挙げた「マッハGO GO GO」の絵は、非常に難しかったです。吉田竜夫さんの絵が「重い」からです。たとえば「鉄腕アトム」だと、車でも形がくにゃくにゃっと潰れて、まるで線がシュッと走っているみたいな、マンガのデフォルメと省略ができます。ところがマッハ号はしっかりとデザインされていますから、潰れたりデフォルメにしたりする絵じゃないんです。絵なんだけれど、絵のようには見せない、みたいな感じでしょうか。キャラクターもそうですが、しっかりとした、いい「顔」があるんです。動画って何枚も描くでしょう? その1枚にでも崩れた絵が入ると変なアニメーションになるので、相当難しいんです。それを1年間ぐらいやると大人にも見てもらえるような、しっかりしたアニメになっていって「あ、やっぱりいける」「こういう絵もアニメとしてありえるんだ」ということがだんだんと分かっていきました。

それからタツノコでは「科学忍者隊ガッチャマン」や「新造人間キャシャーン」のように、ハード路線のアクションアニメを作っていったわけです。

科学忍者隊ガッチャマン 第1話 ガッチャマン対タートル・キング - YouTube


新造人間キャシャーン 第1話「不死身の挑戦者」 - YouTube


笹川:
それが受けるので、メカニック面では大河原さんのような方に専門でちゃんと描いてもらうとかして、ますますガッチリしたタツノコのハード路線が出来あがっていったということですね。一方にはギャグ路線もあり、「みなしごハッチ」みたいな心静まるものもありますけど、基本として、吉田さんが独立プロダクションを作って世に出たいと考えたのはアクションヒーローものだったんじゃないかなと思います。僕はどっちかっていうと手塚系で、またちょっと違うんです。そういうのが融合して「ヤッターマン」をはじめとするタイムボカンシリーズみたいなギャグでありハードでありメカもしっかりしてるみたいな路線もずっと続いてきたんだと思います。

昆虫物語みなしごハッチ 第1話「負けるなハッチ」 - YouTube


タイムボカンシリーズ ヤッターマン 第1話 ヤッターマン出動だコロン - YouTube


笹川:
そんなこんなで55年経って、タツノコはどう変わるだろうかと思っていた矢先に出たのがこの「Infini-T Force」です。私はタッチしていなくて、「やってるな」みたいな感じで製作の様子を見ていましたが、本当に大変そうでした。できあがったものを見せてもらいましたが、「とうとう時代は変わったんだな」とびっくりしました。アニメ制作にコンピューターが取り入れられて、部分的に変わってきてはいましたが、テレビシリーズでこれを作れたというのは相当インパクトがあるんじゃないかなと。タツノコも、次のステップにとうとうたどり着いたなという感じがします。協力を得つつ、テレビシリーズでこれだけの作品を作り上げられたということに、僕は本当に満足しています。

司会:
ありがとうございます。続いて大河原先生もいろんなお仕事をされてきたと思いますが、お伺いしてもよろしいですか?

大河原邦男さん(以下、大河原):
今、笹川さんから志を持ってアニメの制作会社を作り上げたいうお話がありましたが、私の場合は志なしで、たまたまこの業界に入りました(笑) アニメやマンガには一切興味がなく、結婚することが決まって4月11日に結婚式だというのに無職だったんです。どこに行こうかと求人を探していて、新聞で「竜の子プロダクション」というのを見つけて、4月2日に入社しました。そして11日から1週間は新婚旅行という、ちょっと変わったことをやりました。

司会:
おおらかな時代だったんですね。

大河原:
そうですね。私はタツノコの「美術課」に配属されました。昔は背景をポスターカラーで描いていましたが、ポスターカラーで風景画や背景を描くにはテクニックが必要で、普通は描けないんです。そこで、上司の中村光毅さんが、新入社員にはまずは3ヶ月そういう練習をさせていました。私も入社してまずは背景の練習をしていたんですが、10月から始まる新作、のちに「科学忍者隊ガッチャマン」という名前になった作品のデザインの仕事を与えられました。まずはタイトルロゴのデザインで「鳥が飛んでいるようなロゴにしてくれ」という要望を受けて作ったものを提出したら、それがすぐOKになって「なんだか面白い仕事だな」と思いました。私は大学にはグラフィックで入って、テキスタイルデザインというアニメとはあんまり関係のないセクションの勉強をしたこともあって、「メカデザインというのはどうすればいいんだ?」という状態でしたが、昔からメカは好きだったので、仕事への違和感というのはありませんでした。

参考になったのは、1971年に制作されて中村さんも参加した「決断」という作品で、設定が美術課の隣のバンクに積んであったんです。バンクは出入り自由だったので、設定画をいろいろと見ていたらかなり緻密に描き込まれていて「これを動かせるんだったら、このレベルのデザインをしなければまずい」と思いました。

決断 第1話「真珠湾奇襲」 - YouTube


大河原:
メカを緻密にデザインすると、アニメーターがえらい目に遭うんですよ。でも、鳥海永行さんはこのガッチャマンが初監督だったので、デザインをそのまま動かせとアニメーターに渡すことになりまして。私のような入社数カ月の新入社員が線の多いデザインをしたものだから、当時1階にいた私のところへ諸先輩方が2階から降りてきて「これを動かせというのか?」と嫌味を言われました(笑) 当時、社員は120~130名で、20代の方がほとんどだったと思います。なにしろ、やりたい人が入っていましたから。「今までやったことのないものを」「工夫にどうしてもチャレンジしたい」という人が多くて、「他よりもいいものを作ろう」という思いが強かったです。当時、タツノコ以外であれだけ緻密なメカを動かしているスタジオはなかったですよね。私は何も知らないで業界に入り、何も知らないままデザインをしていましたが、ちょうどいい具合にステップアップしていたなと思います。

司会:
すごい話ですね。そんな感じで業界に入られたんですね。

大河原:
そうです。ジグソーパズルが用意されていて、そこに私のピースがボンと入った形ですね。はじめはガッチャマンが終わったらまた背景に戻るという話だったんですけど、ガッチャマンは幸いにも2年間、105話続きました。その後の「破裏拳ポリマー」は2クールで終わって、次の「宇宙の騎士テッカマン」の準備にも入りました。このテッカマンまでは上司の中村光毅さんがメインでデザインを担当されていましたが、「ゴワッパー5 ゴーダム」では「これは全部1人でやってみろ」ということで、メインも含めて全部やりました。キャシャーンもクレジットはされていませんけれど、私の机の隣りにいた方が抜擢されて、その手伝いを結構やったので「全然絡んでない」というわけでもないです。

破裏拳ポリマー 第1話「怪盗むささび党」 - YouTube


宇宙の騎士テッカマン 第1話「太陽の勇者」 - YouTube


司会:
ちょうど今名前の挙がったガッチャマン、キャシャーン、テッカマン、ポリマーの4人が「Infini-T Force」には登場しますが、笹川さんと大河原さんが初めてお互いを意識して仕事をしたのもちょうどこの4本のあたりでしょうか。

大河原:
この頃はまだ私は新入社員ですから、印象としてはタイムボカンシリーズかなと思います。4月2日入社で、10月からガッチャマンが始まるというスケジュールでした。

司会:
今では考えられない感じですね。

大河原:
上司がすごく太っ腹だったんでしょう。美術課では美術大学を出た人たちが背景を描いていました。純粋芸術で油絵とか描いていて、生活のために来てる人も結構いたし、かなり個性的な人が多かったです。中村さんは課長として10何名を束ねなきゃならない立場で、ガッチャマンみたいなメカメカしい作品もすべてやるっていうのはまず不可能でした。大変なんですよ、背景をやってる人たちって。

司会:
それは、皆さんタッチが違うからということですか?

大河原:
いえ、性格のほうで(笑) 個性的な人が多くて、中には来なくなっちゃう人もいますし、仕事中寝ちゃうという人もいます。当時のタツノコ作品の美術はすべて中村さんがやっていましたから、それを束ねた上でというのは「それどころじゃない」という状態なんです。本数も増えていましたし、それで半ば「厄介払い」みたいな形で私にも回ってきたという感じです(笑)

笹川:
タツノコプロは広くはありませんが企画部、演出部、文芸部、美術部などが分かれていて、撮影まで全部あったんです。録音はなかったですけれど、編集までちゃんと補っていました。背景や小道具、ロボットが出てくるとそのデザイン、マッハ号みたいな車のデザインまで、全部美術部が請け負うんです。その長をやっていたのが中村光毅さんという非常に優秀な方で、「マッハGO GO GO」では車をデザインを担当なさっていました。とにかく美術の仕事は「中村さん、中村さん」と頼っていました。そこへ、メカを頼めば一発でOKになる大河原さんという優秀な方が入ってきて下さって、中村さんも大河原さんを重宝して頼られたのだと思います。先ほど大河原さんが「ジグソーパズルのピースがはまった」とおっしゃったけれど、本当に、偶然がなせる技です。大河原さんがいなかったら、中村さんは忙しすぎてどこかへ飛んでいっちゃっていたかもしれないです。タツノコプロとしても有意義で優秀な人に来てもらったものだと思います。

大河原:
給料は安かったですけどね!(笑)

笹川:
当時、吉田竜夫さんが「我が社はこういう態度で行こう」って言って、壁に「世界の子どもに夢を」って書いて貼ったんですよ。すると次の日に「我々にも夢を」って書いた人がいて、これはほんとにガクって来ました。たしかにそれはそうなんだけど(笑)。やっぱり会社としてちゃんと仕事をやれば、夢はやった人たちにも返ってると。そのころ僕は演出部の長で、説得役の身として役員の人たちと制作する人たちの間に入って、大変でした……。たしかに、給料は頼りなかったな(笑)

司会:
大河原さんがタツノコプロ10周年の時に入社されてから45年経ってこの「Infini-T Force」が生まれたことになります。笹川さん、大河原さんが命を吹き込んだキャラクターが復活することになりますが、作品についてはどんな印象を受けられましたか?

大河原:
私はこれらの作品にはどっぷりで、この業界に入って、いわばタマゴから生まれてすぐにこの作品を作ったようなものです。それを3DCGでやるというのは、最初は無謀だなと思っていました。それで、できあがった1話から3話を2度見せてもらって、これをテレビシリーズでやるというのはちょっと、とんでもないことだぞと感じました。いま、メカCGはみんないいものができていますが、人物をフルCGでということになるとすごく違和感がありますよね。その点で「Infini-T Force」のCGのクオリティに関しては何の問題もないと思いました。昔からアニメが好きな人も、今の子どもさんも楽しんで見られるだろうと。なので、どういうお話に持って行くかというところが一番の難関かな。ちょっと、格好いいやつが多すぎるので(笑)

司会:
ありがとうございます。アニメは10月から放送なので、ファンの皆様にも楽しみにいただければと思います。このあと、タツノコプロからはちょっとテーマが離れて、今年がアニメ100周年と言われる中で、お二人が今の100年から次の100年でアニメはどう変わると考えておられるか、あるいはどうなってほしいかということについて一言いただければと思います。

笹川:
手描きではなく機械で映像を作るということがますます盛んになると思います。そうするとどういう現象が起きてくるかというと、実写みたいだけど「ええ!これが絵なの!?」とびっくりするような重い作品と、人間の感性じゃない動きをする、たとえばギャグアニメとか極端な作品と、そういう二極に分かれるんじゃないかなと思っています。実写作品だと、役者さんに演じてもらいながらそれをなぞるモーションキャプチャーを取り入れて、でもその部分がCGだと分からないように作ったりしますが、やがては役者さんすら不要になるかもしれません。それがどんどん発展していくと……どういう世界になるんでしょうね。人間味がだんだん薄れて、冷たい、人間なんだけれど人間じゃないみたいな、そういうものになってしまうのではないかということがちょっと不安で、そうなって欲しくはないなと思います。やはり映像でも、内面のドラマというのか、そういうところから人間の温かい血やいろんなものを感じられればいいなと。そのうち、昔みたいに手で描いたものをトレスして色を塗って撮影してコマ撮りをして、そういうアニメがいいなということになるかもしれないね。一周回って、そっちのほうが価値が出たりして(笑)

司会:
それはありえるかもしれないですね。ありがとうございます。大河原さんはどうですか?

大河原:
想像もつきません。私が入社した1972年のガッチャマンのとき、腕につけた小さなモニターでテレビが見られるなんてできないだろうと思っていたし、ロボットの二足歩行もできないと思っていました。この仕事を45年やってきたのですが、それは「たった45年」です。たとえば携帯電話は初期は肩にかけるショルダーフォンでしたが、今のスマートフォンなんてPCを持っているのと同じです。これは想像がつかないぐらいの速度の進化で、「今後どうなる」というのは想像もつかないです。

ただ、だんだんとアニメーションを見てくれる、見てもらいたい対象が上がってるような気がしています。子どもが幼児期、心を育てる時期に見るアニメって、昔は各局地上波で全局、午後6時から7時までやっていましたが、今はそういう環境ではないので、共通の話題を子どもたちが持てるような作品の発信の仕方や、テレビに限らずそれを見る媒体、その存在価値が今問われていうのではないだろうかと思います。私がこの業界に入って一番気にしてきたことは「お子様に夢を持ってもらいたい」ということです。子どもの脳裏に夢の種をまくような、そういうメカの仕事を45年やってきましたから。ちなみに、スケジュールに関しては、決められたスケジュールは45年間、落としたことはありません。これだけは他のメカデザイナーに自慢できると思っています。

司会:
一度も落とさないというのはすごいですね。

大河原:
必ず1日前、2日前には仕上げています。その代わり、クオリティはわかんないんですよ(笑)

司会:
とんでもない、ありがとうございます。

GIGAZINE(以下、G):
もうちょっとだけ質問させていただければと思います。笹川さん、大河原さんの仰ったとおり、この「Infini-T Force」のような映像でテレビシリーズをやるなんて大変なことだと感じました。これも映像技術の進歩が影響していると思いますが、何か「これはすごい技術がやってきているな」と感じた作品やモノはありますか?

大河原:
私はアニメやマンガにはあまり興味がないですからそちら方面はないですが、最近だとこんな手乗りサイズのちっちゃなドローンを買って、「これでも映像が撮れるんだ」とびっくりしました。まるでハチを操縦しているような感じなんですが、今はそこまで来ちゃっているんだなと。

G:
ご自身で操縦されているんですか?

大河原:
家の中で飛ばすようなちっちゃいやつです。スマートフォンで操縦できて、ネットで気になったので手に入れました。そうしたら、ちゃんと動画が撮れるんですよ。もう、我々には想像のつかない世界に入ったようです。

笹川:
アニメのほうだと、今は個人の人がひとりでもアニメを作っていますね。

大河原:
そうですね。私は完全に商業アニメの人間なので、今までに自分がやってきた作品より売れるものが出てくるとライバル視して燃えるのですが、「君の名は。」は私が担当する作品とは異なる方向なので、今は穴場なのかもしれないと感じています。いまいいものを作れば、男の子たちが食いついてくるんじゃないだろうかと。「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」では安彦さんが映像を作っていて、私に送ってくるんですけどまだ見ていません。それよりも今は仕事が面白いんです。

G:
仕事というとどういったものですか?

大河原:
いま、私はアニメの仕事をほとんどやっていないんです。タツノコさんのタイムボカンと、サンライズさんでガンダムぐらいです。それ以外で、我々のアニメを見て育ってきたような男子女子がいま大人になって「一緒に仕事をしましょう」と声をかけてくれます。それがすごく面白い。まだ発表できないものが4本、5本ぐらいあるほかに、中国からのアプローチもすごく多いです。

G:
中国!

大河原:
中国政府がバックアップして日本の技術者とコラボしたりというのも多いし、中国のキッチン道具メーカーがマスコットキャラクターをデザインしてくれと言ってくることもあります。消防車みたいなキャラクターとか、警視庁のとか、もう仕事の7割ぐらいはアニメ以外です。でも、仕事は全然アニメと関係ないものでも、すべて面白がってやっています。台湾のチャリティ企画では、ヘルメットに私がキャラクターを描いて、それをチャリティオークションにかけるというものもありました。

G:
幅広いお仕事をされているんですね。

大河原:
もう私はご奉仕しなければならない年齢になっているので、ボランティア関係が結構多いです。それでも、新たなオファーがあるとワクワクします。本当にアニメが好きでこの業界に入った人はずっとアニメの仕事を追いかけるところなんですが、私の場合はキャラクターを作って世の中にばらまいていくということを一生やっていこうと思っているので、どんな会社でも声をかけてくれれば面白いものは全部やるぞというスタンスです。先ほど、昔のタツノコさんは給料が安かったと言いましたが、こうして45年やっているとどうにか暮らせるようになりましたので、ギャランティーではなく、キャラクターをばらまく方を中心にしようと、そんな心境です。昔は50歳、60歳でおじいさんだと思っていましたが、私は今年で70歳です。でも、こうして私より先輩の笹川さんも頑張っておられますから……。

笹川:
何を言っているんです、まだ大河原アニメも健在ですよ。何か作りましょう。

大河原:
年寄りが集まって1本作ったら、すごくいいものが出来るだろうなという感じはありますね。まだ、昔やっていた人たちが現役にもいっぱいいますよ。でも、プロデューサーが若いから、そういうところには仕事を持ってこないんですよね。引退はしていないんだけれど、仕事を頼みに来てくれないと聞きます。

笹川:
恐れ多くて行けないんじゃないですか? 大河原さんにお願いに行ったら、すごいギャラを要求されるんじゃないだろうかと思っていたり(笑)

大河原:
そう考えてるみたいですね。私はこの45年間言い値ですから。相手が払うと言った値段で仕事をやることにしております。それは大丈夫なんですけど(笑)

笹川:
大河原さんはすごい才能の持ち主ですから、やっぱりアニメでも活躍してほしいですね。

大河原:
仕事があれば、ぜひ!

笹川:
私は、大河原さんにはずっと助けられています。タイムボカンシリーズでは、タイトルが変わるたびにメカがみんな変わるでしょう。あれを決めるのは大変なんです。そんなときに、大河原さんは木型まで作ってくれて「ここがこうなって、こうなるんですよ」って言ってくれます。「こんなメカはどうかな」と提案しただけで、そこまでやってくれるから、相手方にも「なるほど、じゃあこれで行きましょう」と言っていただけるんです。そんな場面が何回もありました。「大河原」という名前だけで、もう安心度100%です。

G:
お二人が組んだ新しい作品、見られるならすごく楽しみですね。

大河原:
笹川さんがお元気なうちにやらなければいけませんね!

G:
本日はいろいろと楽しいお話をありがとうございました。


笹川さんや大河原さんが生みだした「科学忍者隊ガッチャマン」「宇宙の騎士テッカマン」「破裏拳ポリマー」「新造人間キャシャーン」に最大限のリスペクトを払いつつ、リデザインされた姿でヒーローたちが集うタツノコプロ55周年記念作品「Infini-T Force」。「アニメエキスポ2017」では世界最速プレミア上映が行われました。


鈴木清崇監督へのインタビューも行ったので、「Infini-T Force」を楽しむお供にしてください。

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