「この世界は人間が見ている夢なのではないか?」という説
「自分が見ている世界は、実は水槽に浮かんだ脳が見ている夢なのではないか」との説は、ちまたでよくいわれる思考実験のひとつです。このような考えを元に、実存主義やエントロピーの概念を解説したビデオを、科学系YouTubeチャンネルのKurzgesagtが公開しました。
You're a Dream of the Universe (According to Science) - YouTube
人類が知っている限り、人々は現実に存在し、140億年前に誕生した宇宙の中で、地球人として日々生活を送っています。
しかし、これらはすべて「あなたがそう思っているだけ」かもしれません。こうした考えは突拍子もないものに聞こえますが、科学理論が生み出した避けられない結果であると言えます。この考えを理解するには、重要な3つの概念を理解する必要があります。
一つ目は「時間の矢」です。人間は、自然と過去と未来を区別することができます。例えば、水の入ったグラスに赤いインクを一滴入れるとインクがグラスの隅々まで行き渡りますが、その逆はありません。インクが自然に凝縮されてひとつの塊に戻る姿を見た人はいないはずです。
このように考えると、時間は常にインクの広がる方向に流れているように見えます。しかし、顕微鏡をのぞいてみると、インクの分子同士がランダムに衝突する様子が見えるだけで、前進も後退もありません。ここでの動作はすべて、逆方向に変化する可能性があります。それにもかかわらず、人間は物事を一方向に進める時間の矢があると認識してしまいます。
この時間の矢は、実際には確率の問題です。先の例で言うと、インクの分子はあらゆる場所へ広がる可能性があります。そして、宝くじに当たる確率は宝くじを買えば買うほど高まるように、インク分子がグラス全体に広がる確率は、一カ所に集中する確率よりもはるかに高くなります。
すなわち、インクが一カ所に凝縮されるかどうかは物理法則によって禁止されているわけではなく、ただ非常に確率が低いというだけなのです。インクはひとかたまりになるだけでなく、クラゲのような形や、人間の脳のような形になる可能性も十分考えられます。以上が1つ目の概念です。
2つ目は宇宙の概念です。140億年前に誕生した宇宙は無数の星や物質を生み出しましたが、言い換えれば宇宙は大量のインクが入ったグラスのようなものです。あらゆる現象がグラスの中のように発生する可能性がありますが、少し違うのは、宇宙はダークエネルギーのせいで加速・膨張しているように見えるという点です。
宇宙に膨大な数の星がありますが、その数は長い時間をかけて徐々に減っていきます。約100兆年後には最後まで残った星が消滅し、その後何億年、何兆年と、ダークエネルギーで満たされた暗黒の空間になると考えられています。
ダークエネルギーが支配する宇宙の「周囲」には、宇宙の地平線(事象の地平面)が形成されるという考え方があります。この線の先には光さえも到達できないとされているものですが、この線を元に簡単に考えると、宇宙は線に囲まれた幅約360億光年の球だと捉えることができます。
この球はブラックホールを裏返したようなものですが、すべてのブラックホールは微量の粒子を放出する(ホーキング放射)ことがわかっているので、この球も同様に粒子を放出すると考えられます。
この説に基づけば、この宇宙は粒子で満たされた閉じた球であり、温度を持つ粒子は球の中でランダムな動きをすると考えられます。これらを言い換えれば、宇宙空間を水、ホーキング放射による粒子をインクと考えれば、この宇宙は「水とインクで満たされたグラス」と捉えることができ、その中ではあらゆる現象が発生する可能性があります。以上が2つ目の概念です。
「永遠」というのは、無限に続く世界を言葉にしたものであり、無限に続く世界では、常識では考えられない出来事さえ起こる可能性があります。変動する粒子は何度も衝突を繰り返し、可能な限りあらゆる粒子の組み合わせを作り出します。
これは、サルにタイプライターをたたかせるようなものです。サルはほとんどの場合意味不明な文字列を打ち出しますが、十分な時間があれば、サルは「ハムレット」の第一幕を描くことさえできるはずです(無限の猿定理)。宇宙に戻って考えてみると、粒子がランダムに動くことで、現在「星」として知られるものを生み出す可能性も考えられます。
こう考えてみると、宇宙はビッグバンによって生まれたものではなく、粒子のランダムな変動によって偶然発生したものだと考えられます。そして、それは水に落としたインクのように、グラス全体に溶け出すまでのほんの一瞬の時間に存在しているものだという可能性もあります。
人間が存在する宇宙は、たまたま人間がいて、地球があり、太陽の周りを回っているものですが、もしかしたら恐竜がカタツムリに乗っていたり、ブルーベリーでできた星があったりするかもしれません。そうした世界に住んでいる物理学者にとっては、その世界が常識であるため、自分が住む世界が奇妙なものだと認識することはありません。
こうした変動が宇宙で起こる確率はとても低いと考えられますが、こうした現象が起きる確率が宇宙よりは高いと考えられているのが、人間の脳です。
人間は考えることができます。自分や、周りの存在を知ることができます。しかし、結局のところ人間の脳は感覚からの信号を解釈し、自分の世界を想像しているにすぎません。言い換えれば、この世界が現実だと思っているのは自分の脳だけである可能性があります。そして、その脳は、何もない空間にぽつんと浮遊するものだとも考えられます。
例えば宇宙に何兆、何京もの人々が粒子の変動によって生まれる確率と、自分一人の脳だけが生まれる確率を比較すれば、圧倒的に後者の方が高いといえます。つまり、自分がただの脳である確率は、自分が本物の人間であるよりも、圧倒的に、比べものにならないほど高いものなのです。
ただ、この説には穴があります。散々夢のような話をしてきましたが、これは既存の宇宙に対する理解が及ばない中で構築した仮説であり、実際に浮遊する脳があるのかどうか、誰も証明することはできません。Kurzgesagtは「物理学で何が考えられるのかという思考実験に過ぎません」と締めくくりました。
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