海でたった1人で75時間も漂流したとき、どうすれば生き残ることができるのか?
by Jakob Owens
「助けが来ないなか、海に取り残され漂流する」という空想に恐怖を抱く人も多いはずで、これをテーマに製作された2003年の映画「オープン・ウォーター」は1300万円という低予算で製作されたものの最終的に全世界で60億円もの興行収入を上げています。そんな恐怖映画さながらの状況に追い込まれた時に、何をすれば生存確率が上がるのかということが、ケーススタディーによって示されました。
How to Survive 75 Hours Alone in the Ocean | Outside Online
https://www.outsideonline.com/2275116/how-survive-75-hours-alone-ocean
2006年2月、フィジーのマナ島付近でスキューバダイビングをしていたロバート・ヒューイットさんは数百メートルも沖に流されました。ヒューイットさんはダイビングのインストラクターとして20年間活躍しており、経験の浅さ故に流されたわけではないのですが、海面に浮上した時には既にボートは遠くにあり戻ることができなかったそうです。そしてその後75時間、ヒューイットさんは海を漂い続けました。
ポーツマス大学の生理学者であるヘザー・マッセー氏は4日間にわたって海を漂流したにも関わらず一命を取り留めたヒューイットさんの身に何が起こったのか、そして救助後の変化について調査しました。
漂流中のヒューイットさんの身を襲った最大の課題は「水温の低さ」です。このときの水温は16~17度でしたが、生理学モデルによると、水温が15度の場合の生存時間の中央値は4.8時間~7.7時間だといわれています。にも関わらず、ヒューイットさんは75時間も生き残ることができたのです。
温度の低い水の中にいると、人の体には大きく分けて4段階の反応が起こります。1つが「低温ショック反応」と呼ばれるもので、息切れや過呼吸・高血圧などが起こり心仕事量が増加します。備えがないと、低温ショック反応が起こった時に水を飲んで溺れてしまったり、不整脈を起こしかねないとのこと。しかし、ヒューイットさんは過去に1000回以上もダイビングをしていたこと、そして厚さ5mmの特注ウエットスーツを着ていたことから、ショックが起きても大ごとには発展しなかったようです。
by Anastasia Taioglou
低温ショック反応は30秒ほどでピークを迎え、数分すると弱まってくるのですが、次は筋肉の冷却反応が起こります。筋肉は温度が1度下がると最大筋力が3%減少すると言われています。これはすなわち、泳ぐ能力が著しく低下するということ。ヒューイットさんも泳ぐ能力が落ち、意識を失うこともあったそうですが、BC(浮力調整装置)を身につけていたために水面から顔を出し続けることができたとのこと。
そして筋肉の温度が低下すると、体は深刻な冷却状態になります。体が極度に冷却されると身体・精神に影響を及ぼし、最終的には意識がなくなり死を迎えます。しかし、救助後、毛布にくるまれ温かい飲み物を受け取った段階ではあったものの、ヒューイットさんの体温は35.7度もありました。これは「極度に体温が低い」状態とは言えません。これには、ヒューイットさんの体格が大きく関わってきたとみられています。
ヒューイットさんは身長180cm、体重99kgの筋肉質な男性であり、同時に脂肪も多かった様子。体脂肪が1%増えると1時間ごとの体温低下も0.1度違うと言われており、大柄なヒューイットさんは低温に対する「断熱材」を持っていたと言えます。また、熱を失うことを避けるため、意識的に膝を抱えた胎児の体勢を取っていたことも生存時間を延ばすのに役立ったとみられています。
by Kelly Sikkema
そして、救助してもらえることになったとしても、気は抜けません。水から救い出された時の圧の変化や、「救助されたのだ」という考えに神経系が強く反応することから、救助時に衰弱することも少なくないのです。ヒューイットさんが救助される時も頭への血流を維持すべく体勢を水平に保つこと、そして「命のために戦い続けること」への応援がレスキュー隊員によって続けられたといいます。
もちろん低温症だけでなく、水中にいることによる脱水症状も大きな危険となります。水中に長らくいると、例え脱水症状の時でもウエットスーツや水による圧力で排尿作用が促進されてしまいます。そのため、ヒューイットさんのような状況に追い込まれた時は、1日目には水を飲まず、体が水分を蓄えるようにホルモンを変化させることが重要です。そして、2日目以降は1日500mlほどの水分に抑えます。ヒューイットさんはウエットスーツのジャケットに雨水をためて飲んだそうですが、それでも1日500mlには届かなかったそうです。
また、救助されたとき、ヒューイットさんの皮膚は海ジラミ(寄生虫)で覆われており、かなりのダメージを受けていたとのこと。そして3日間の漂流は精神にも大きな影響を与え、3日目にはヒューイットさんは自殺というアイデアと戦ったといいます。
脂肪を身につけておくこと、胎児のポーズを取る事、水分を取らないことなどは学べる点ですが、ヒューイットさんが主張する最も大切なことは「1人でダイビングしないこと」。できるだけグループでダイビングを行い、「1人で流されてしまう」という状態を避けるのが重要であるとのことです。
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