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15年以上の開発を経て実戦配備が決定した最新鋭ステルス戦闘機「F-35」、その苦難の歴史まとめ

By Forsvarsdepartementet

2016年8月2日、アメリカ空軍は空軍仕様のステルス戦闘機「F-35A」が初期運用能力(IOC)を獲得し、実践への配備が可能になったことを発表しました。2001年にシステム開発実証の段階に入って本格的な開発が進められてきたF35の経緯は困難の連続で、システムがバグだらけで使い物にならないと揶揄されたこともありましたが、ここに来てやっと実用の段階に入ることになりました。2016年9月には日本の航空自衛隊への引き渡しも開始され、翌2017年には配備されるとも見られていますが、その開発の道のりは過去に類を見ないほど険しいもので、それに呼応して開発費用が青天井に上昇してきました。

Air Force Declares F-35A Ready For Combat
http://www.defensenews.com/story/breaking-news/2016/08/02/f35-ioc-air-force-operational-acc-combat/87948142/

How the F-35 Nearly Doubled In Price (And Why You Didn’t Know) | TIME.com
http://nation.time.com/2012/07/09/f-35-nearly-doubles-in-cost-but-you-dont-know-thanks-to-its-rubber-baseline/

空自導入の次期戦闘機F35 来月にも引き渡しへ | NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160803/k10010619921000.html

◆F-35はどんな戦闘機
「F-35 ライトニング II」は、アメリカの軍需・航空宇宙産業大手のロッキード・マーティンが中心となって開発してきた戦闘機です。この機種にはさまざまな特徴がありますが、その最たるものといえるのが、1つの機体から3つの派生型が作られるところにあります。今回IOCを獲得した「F-35A」はF-35シリーズの基本型で、通常通りに滑走路を使って離着陸するタイプ(CTOL)となっています。この機体はアメリカ空軍が運用する事を基本にしており、日本の航空自衛隊が導入するのもこのタイプ。後述する2タイプを含めた3種の中で最も機体重量が軽量ですが、兵装および燃料を満載にした際の重量はおよそ35トンにも達します。ジェットエンジン1基のみで飛ぶ単発機としては非常に重い機体といえ、後述のように運動性能に大きな影響を与えていると言われています。


基本型であるF-35Aをベースに、エンジンの推力を真下に向ける機構を追加することで短距離離陸垂直着陸機(STOVL機)としての性能を持たせたのが「F-35B」で、アメリカ海兵隊で用いられています。極めて短い滑走路があれば離着陸が可能という性能を備える一方で、複雑なノズル機構や、機体前部に追加された離着陸用のリフトファン、そしてそれを駆動するためのシャフトなどで重量がかさみ、運動性能や航続距離、さらに兵装搭載量も20%程度低下しています。なお、今回はF-35AのIOC獲得がニュースになりましたが、実はこのF-35Bは2015年7月にIOCを獲得しています。


そして3つめのタイプが、アメリカ海軍での運用を主に開発される「F-35C」です。空母に離着陸する艦載機に求められる性能を高めるため、主翼・垂直尾翼・水平尾翼の大型化や揚力装置(フラッペロン)の強化、機体構造および着陸装置の強化、カタパルト発進バーの装着、着艦時にワイヤーを引っかけるアレスティングフックの強化、主翼の折りたたみ機構の追加などが行われており、F-35Bと同等の重量に増加しています。にもかかわらず、翼の大型化や装備の簡略化などにより燃料容量が増加しているため、標準型のF-35Aよりも航続距離が長くなっているのも特長の一つです。


このように、3種類の用途を可能にするF-35シリーズは、1つの機体をもとに戦闘機、戦闘攻撃機、対地攻撃機の3種の機体を実現する統合打撃戦闘機計画(Joint Strike Fighter:JSF計画)に基づいて開発が進められてきました。

◆多発する問題と高騰する機体価格
F-35はそれまでの軍用機に比べ、幅広く高度な任務を果たすべく開発されてきた機体です。さらに、地上・海上の部隊と連携して作戦を遂行する高度な電子戦能力を実現するために極めて複雑なシステムが搭載されるに至っており、これが開発に大きな影響を与えることになりました。

・重い機体
F-35で指摘されている大きな問題の1つが「単体としての機動能力の低さ」と言われています。言うまでもなく戦闘機には高い機動能力が求められるわけですが、複雑さを増したF-35の機体仕様はそのまま重量に反映されることとなり、エンジンが1基だけの単発機としては重量級ともいえる35トンに達しています(兵器・燃料最大搭載時)。これは、同じ単発機であるF-16の約20トンと比べても非常に重いと言わざるを得ない数値です。

また、重量が40トンにも及ぶF-15の場合はエンジンを2基搭載する双発機であるため、単発機のF-35で同等の速度と運動性能を実現するためには、搭載される「F-135エンジン」にはおのずから極めて高い推力性能が求められることになります。しかし、1つのエンジンで高い推力を実現すれば、エンジン部品には高いストレスがかかることとなります。そのためもあってか、F-35の開発段階ではエンジンにまつわるトラブルが発生してきました。

コラム:最新鋭ステルス戦闘機「F35」の宿命的欠陥 | ロイター
http://jp.reuters.com/article/column-f-idJPKBN0FL07I20140716

2014年6月には離陸準備中のF-35Aが滑走路上でエンジンから出火する事故を起こしており、調査の結果エンジン内部の部品に欠陥があることが判明したため、約4か月にわたって全機が飛行停止に追い込まれるという事態に陥っていたこともありました。また、これまでにF-35は少なくとも13回の一時飛行停止措置を受けています。

F-35のエンジン火災事故、エンジンブレードは事故が起きる3週間前からマイクロクラックが発生 - BusinessNewsline
http://business.newsln.jp/news/201409050315120000.html


この時に用いられていたF-35Aに搭載されるエンジンはプラット&ホイットニー製のエンジンで、その後の調査ではエンジン内部にある「エンジンブレード」と呼ばれる部品にストレスがかかることでマイクロクラック(極小亀裂)が発生し、破断した部品がエンジンの燃料系統を破壊することで出火に至ったことが判明しています。出火直後の滑走路には、エンジン内部の部品が落ちていたことも確認されています。

Engine pieces found on runway after F-35 fire - sources | Reuters
http://www.reuters.com/article/lockheed-fighter-engine-idUSL2N0P818G20140627

さらに、増加した重量は戦闘機としての運動性能にも相当な悪影響を与えています。重い機体と単発エンジンによる推力の不足から、F-35は「曲がれず、上昇できず、動けない」という三重苦を指摘する専門家が出てくるほどで、事実、F-16戦闘機を仮想敵機にした模擬戦闘では、F-35は基本設計が30年以上も古いF-16の追跡を振り切ることができなかったという興味深い結果も明らかになっています。

F35 の空中戦能力は F16 に劣る? その真相とは? - ミリブロNews
http://news.militaryblog.jp/e676273.html

ただし、この結果によってF-35の性能そのものを低いと論ずるには無理があるのも事実。第5世代ジェット戦闘機に分類されるF-35は地上や海上の後方部隊と連携して作戦を実行することを念頭に置いており、その戦闘スタイルは「より早く相手を補足し、遠くから撃墜する」というものであると言われています。そのため、実際の戦闘シーンでは直接対決に持ち込まれる前に相手機を撃墜してしまうため、たとえ1対1のドッグファイト性能が低かったとしてもトータルの性能は高い、という見方も存在しています。アメリカ空軍のマーク・ウェルシュ参謀総長はCBSテレビの番組「60ミニッツ」でF-35の戦闘能力について、F35と遭遇した敵機は「戦闘中だということに気づくまもなく撃墜されるだろう」と述べています。

事実、2016年には「無敵」と呼ばれるF-15E戦闘機を相手にした模擬戦のドッグファイトで互角以上の性能を発揮したことも発表されています。

F-35Aが弱いは大間違い? F-15Eに完全勝利 最新鋭ステルス戦闘機、下馬評を一蹴 | 乗りものニュース
http://trafficnews.jp/post/54621/

・トラブルが多発した複雑なソフトウェア
最新鋭の戦闘機であるF-35は、高度な制御システムや後方部隊との連携など、「空飛ぶスーパーコンピューター」ともいえる極めて高いコンピューター制御技術を採用しています。そのため、機体を制御するプログラム「ブロック3i」のソースコードは800万行にも達しており、これに起因するトラブルも発生しました。

アメリカ軍が開発する戦闘機「F-35」の制御プログラムはバグだらけで改修に多くの費用と時間がかかる見込み - GIGAZINE


特に、開発中段階にあった「ブロック3i」は動作の安定性が非常に低く、4時間に1度システムをシャットダウンして再起動する必要があったほど。これが自分のPCやスマートフォンならば「なんだよもー、仕方ないなー」で済む話ですが、戦闘の現場に配備されるF-35や、ましてや敵機と戦闘中の機体にフリーズが発生したとなると、これはもう安定性うんぬんで片付けられる問題では済まなくなります。

現代戦闘機、宿敵は「フリーズ」? 4時間に1回、シャットダウン | 乗りものニュース
http://trafficnews.jp/post/51686/

F-35の開発には多くの国にまたがる複数の企業が参画しているため、ソフトウェアの開発にも困難が伴っていました。その後、プログラムの安定性問題は解決されており、事実、スクランブル発進性能も求められる先述のF-15Eとの模擬戦でもプログラムに起因する発進不能が発生していないことからも、すでに実践における問題は存在しないものとみられています。


パイロットが装着するヘルメットにも極めて高度な機能が盛り込まれており、こちらも開発が難航した模様。

Meet the most fascinating part of the F-35: The $400,000 helmet - The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/news/checkpoint/wp/2015/04/01/meet-the-most-fascinating-part-of-the-f-35-the-400000-helmet/


F-35で使われるヘルメットは、目の前にあるバイザー部分にさまざまな情報を表示することで、パイロットの負担を軽減することを目指しています。このヘルメットは、F-35の機体6か所に内蔵されたカメラが撮影した映像をヘルメット内部に投影する機能を持っており、パイロットが真下を向くと機体の真下の光景が映し出されるようになっています。しかし、実際に装着したパイロットが酔いを経験したり、そもそもヘルメットそのものの重量が重すぎるために設計の見直しが数度にわたって行われたという経緯も。ヘルメット1個あたりの価格は40万ドル(約4000万円)にも達しています。


また、F-35の開発段階では中国のスパイが機密情報を入手していたとも報じられています。これは、元NSA職員のエドワード・スノーデン氏が公開したNSA(国家安全保障局)の資料から明らかになったもの。

中国が「最新鋭ステルス戦闘機F35」の機密情報を“サイバースパイ”で盗み取り 豪紙報道(1/2ページ) - 産経ニュース
http://www.sankei.com/world/news/150119/wor1501190018-n1.html

それらの情報をもとに設計されたとも言われているのが、J-31(殲-31)と呼ばれるステルス戦闘機の検証機です。この機体は2機のエンジンを搭載するという違いはあるものの、機体の形状がF-35に酷似しているとのこと。


・高騰する開発費と機体価格
このようにトラブルが連発したF-35の開発には、多額の開発費が投入されてきました。その額は当初の予算を1670億ドル(約17兆円)も超過していると言われています。

なぜ米国はF35戦闘機に巨額を費やすのか? 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
http://www.afpbb.com/articles/-/3009733


普通であれば「見通しが甘かった」として計画の見直しや中止が強いられかねない事態なわけですが、将来の主力戦闘機として開発されてきたF-35に関しては、計画の中止は「ありえない」というのが現状です。仮にF-35計画を中止したとしても、新たに計画を策定して開発を行うためには長い時間と多額の予算が必要となるため、なんとかしてF-35を完成にこぎ着けなければならないという事情があるようで、F-35計画は「大きすぎてつぶせない」という見方も存在してきました。

このような開発費の高騰や、各国からの調達見送りなどの影響を受け、F-35の機体価格は日本政府が予算としていた1機当たり102億円の2倍近い190億円にも達しています。開発費の高騰をそのまま反映した価格を受け入れなければならないと言うのも不思議な話ですが、この背景にはアメリカの軍事援助プログラム「対外有償軍事援助(FMS)」の契約内容が存在しています。その規定により、アメリカ側が機材の価格や納期を変更しても、日本は違反を問うことができなくなっています。

機体価格そのものも高騰していますが、納入後の運用にも多大なるコストがかかるとみられています。アメリカ政府の中にはF-35の生涯コストは1兆5100億ドル(約153兆円)にも達すると見積もる見方も存在しており、導入後も長きにわたって税金から多額の予算がつぎ込まれることは必至です。

Government sees lifetime cost of F-35 fighter at $1.51 trillion - tribunedigital-chicagotribune
http://articles.chicagotribune.com/2012-04-02/news/sns-rt-us-lockheed-fighterbre8310wb-20120402_1_problems-or-cost-increases-technical-problems-or-cost-f-35

F-35Bに続いてF-35AがIOCを取得したことは、困難を極めてきたF-35の開発の中では非常に大きなマイルストーンをクリアしたと言うことができそう。とはいえ、まだまだ未解決の問題も残されているといわれており、所定の性能がフルに発揮されるまでにはまだまだ時間がかかることになりそうです。軍関係者の中にはF-35が最後の有人戦闘機になると見通しを語る人物もおり、今後はドローンなどのUAV(無人航空機)を活用する方向にシフトするとも言われています。過去に類を見ない「難産」を経て誕生したF-35がどのように成長するのかは、今後の運用実績に大きく左右されることになりそうです。

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in ソフトウェア,   ハードウェア,   乗り物, Posted by darkhorse_log

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