The strange fate of a person falling into a black hole (BBC Earth)
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誰でも1度は考えたことがあるであろう「ブラックホールに人間が落ちてしまうと一体どうなってしまうのか?」という疑問の回答は、「押しつぶされる」だとか「細切れになる」といったようなありがちな答えよりも現実離れしたものになっています。
ブラックホールに落ちた場合、人間は何と2つに分裂し、ひとつは即座に燃えて灰になり、もう一方は無傷のままブラックホールの中に落ちていくそうです。
◆そもそもブラックホールとは?
ブラックホールというのは、人間が解き明かした物理の法則が崩れる場所です。ブラックホールの中心部分は真っ黒な円になっており、これは事象の地平面(シュヴァルツシルト面)と呼ばれています。ここには非常に強力な重力場が形成されており、脱出するには光速よりも速い速度が必要となります。光すらも吸い込まれてしまうので、ブラックホールは真っ黒な天体になってしまい、直接観測することが難しいというわけです。つまり、よく見かける「ブラックホールの写真」風の画像というのは、写真ではなく物理学的観点から計算して作成されたブラックホールのモデル画像ということになります。
また、ブラックホールの事象の地平面は燃えており、量子効果により燃えさかる粒子の流れが宇宙に拡散していると考えられます。これはホーキング放射と呼ばれるブラックホールから発生する熱的な放射のことを示すのですが、十分な時間が経過すると、ブラックホールは全ての質量を放射し尽くして消えるそうです。
そしてブラックホールの奥深くには、特異点と呼ばれる無限に時空をねじ曲げる場所が存在します。ブラックホールの特異点は密度・重力が無限大に発散しており、物理の法則やあらゆるものが当てはまらない、まさに未知の場所となっており、ここで何が起きるのかは誰にも分かりません。
◆ブラックホールに吸い込まれるとどうなってしまうのか?
ブラックホールの概要をサラッとおさらいしたところで、次は実際にブラックホールに吸い込まれるとどうなってしまうのかをシミュレーション。
・ブラックホールに吸い込まれていく人間をブラックホールから十分に離れた位置から観測
まずは、ブラックホールに吸い込まれていく人間をブラックホールから十分に離れた位置から観測する場合、どのように見えるのかをシミュレーションします。
ブラックホールの外側の安全な位置からブラックホールに吸い込まれていく「まさる」という架空の人物を観測するとします。最初、まさるは宇宙に浮遊しているわけですが、そこから事象の地平面に向かって徐々に加速しながら近づいていきます。ブラックホールに近づくにつれ、まさるの体は伸びたり歪んだりして見えるようになり、これはまるで巨大な虫眼鏡越しにまさるを見ているかのようであるそうです。そしてまさるがさらに事象の地平面に近づいていくと、次は動きが徐々にスローになっていきます。
この時、宇宙空間での出来事なので空気がなく、声をあげることはできませんが、光を使って周囲に助けを求めることはできるかもしれません。しかし、ブラックホールに近づけば近づくほど外部からゆっくりと動いているように見えるようになるので、まさるが「助けて!」というメッセージを光で送っても、「た…………す…………け…………」といった具合に非常に長いメッセージになってしまう模様。
そしてついにまさるが事象の地平面に到着したとします。ここまで来ると、外から観察している側からはまさるがグニャグニャに歪んだ状態で一時停止ボタンを押したかのようにピタッと止まって見えるそうです。そして、ほとんど停止した状態のまさるが、事象の地平面から出るホーキング放射の熱で非常にゆっくりと灰になっていく姿が観測できる、とのこと。
・ブラックホールに吸い込まれていく人間側から見た世界
対して、自分自身がブラックホールに吸い込まれていく場合は周りの世界がどのように変化していくのでしょうか。
真っすぐブラックホールに向かって近づいていく場合、衝撃や揺れを感じることはなく、外部から見た際のように自分自身の体がグニャグニャに歪むこともなく、時間がスローになったり、ホーキング放射の熱で体が燃えたりといったこともないそうです。これはブラックホールに向けて自由落下しているからであり、落下していく本人が重力を感じることもないとのこと。
外部から見ると、事象の地平面には壁が存在するように見えるわけですが、実際には壁が存在するわけではないそうです。ブラックホールのサイズが小さい場合、事象の地平面にいる人間の頭と足にかかる重力が大きく異なってくるので、パスタの麺のように体が縦に伸ばされることになります。しかし、ブラックホールのサイズが太陽の何百万倍も大きな場合、頭と足元にかかる重力の差は無視できるくらいに小さなものになるので、十分に大きなサイズのブラックホールでは、通常の体を形成したまま特異点まで落ちていくことが可能です。
◆ブラックホール情報パラドックス
外部からブラックホールに吸い込まれていくまさるを観察した場合、確かに観察側には事象の地平面でまさるの体が燃え尽きるように見えます。これは幻覚ではなく、燃えカスを集めて弔うことすら可能です。量子力学的観点から見ると、外部からブラックホールに吸い込まれていく人間を観察すると、まさるを構成する全ての情報が事象の地平面の外側に止まることになるそうです。
一方、実際にブラックホールに吸い込まれる側は、アインシュタインの一般相対性理論に考えると事象の地平面で燃え尽きるわけではなく、楽々通過できます。つまり、もしもブラックホールに吸い込まれてしまう場合、一般相対性理論と量子力学の2つに従うならば、ブラックホールの中と外に同時に同じ人間が存在する必要がある、ということです。物理学者はこの現象を「ブラックホール情報パラドックス」と呼びます。
しかし、ブラックホール情報パラドックスの解明方法が1990年代に発見されます。発見したのはレナード・ジュースキントという学者で、「誰もブラックホールの中のもうひとりの自分」を見ることはできないので、パラドックスは生じないというもの。つまり、ブラックホールに入っていくまさるを外から観察している場合、観察側にとってはまさるが消滅するのがごく自然なことで、まさる本人にとっては消滅しないことがごく自然なことであり、外から観察している人はブラックホールの中を見られず、まさる側からはブラックホールの外を見ることはできないので、物理法則が破られることはない、ということだそうです。
また、ブラックホール情報パラドックスを解明するための思考実験が2012年夏にアフメッド・アルムヘイリ、ドナルド・マロルフ、ジョー・ポルチンスキー、ジェームズ・サリーという4人の物理学者により行われており、4人は事象の地平面にファイアウォールが存在するのでは、と仮定しています。
結局の所、現在もなおブラックホールに関しては大きな謎が残っており、ブラックホールに吸い込まれると何が起こるのかはまだ誰も知りません。
なお、解明の見込みがあるさまざまな科学的な謎をまとめた「Big Questions in Science」という本では、ブラックホールの向こう側に何があるかわからないというよりは、「ブラックホールの向こう側に何があるか調べる道具がまだ発明されていない」と記述してあります。