死傷者が多数出てもなおエベレストに登り続ける「シェルパ」というビジネスの実態
By Anton Jankovoy
2014年に発生した雪崩事故により、ネパールのエベレストでは16名のシェルパと呼ばれる高地専門のガイドが亡くなるという悲劇が起こりました。常に「死」がつきまとう危険なエベレスト登頂とシェルパという仕事ですが、雪崩事故後も多くの人々が以前と同じくエベレストに挑み続けているといいます。その理由はいったいどこにあるのでしょうか。
Everest: is it right to go back to the top? | World news | The Guardian
http://www.theguardian.com/world/2015/apr/12/mount-everest-sherpa-disaster-one-year-on
エベレストをはじめとする高い山に登頂するためには、通常の登山とは異なる特殊な対策が必要とされます。気圧が薄く、酸素が少ない状況になると普通の人は十分なパフォーマンスを発揮することができないため、そのような状況に体を慣らす高地順応と呼ばれる特殊な訓練を行い、血中の赤血球を増やして必要な酸素を体中に送り届けるためのトレーニングを行います。それでも8000メートルを超えるレベルになると、もはや人間の体は順応することが不可能であり、その場所にいるだけで徐々に死へと近づくデス・ゾーンと呼ばれているため、可能な限り短い時間で一気に山頂アタックをかけて安全なベースキャンプまで戻ってくる必要があります。
そんなエベレストの登頂をサポートしてくれる現地人の専門スタッフがシェルパであり、経験豊かな彼らのサポートなしには登頂を成功させることができません。本来の「シェルパ」が意味するものはネパールの高地に住む少数民族の1つであり、その中でもさらに高い経験と豊富な知識を持つ者だけが、いわるゆシェルパの業務を行うことを許されます。世界各地にはシェルパの手配を含むエベレスト登山をサポートする業者が存在しており、イギリスに拠点を置くJagged Globeもそんなサービスを提供する業者の1つとなっています。
By Pawel K
サポート業者の活躍や技術の発達もあり、かつては困難を極めて多数の死者を出してきたエベレスト登頂も、以前より難易度が下がってきていると言われています。Jagged Globeの代表を務めるDavid Hamilton氏も「あまり簡単にこの言葉を使いたくはありませんが、エベレスト登頂は以前よりも楽になってきています」と一定のレベルでハードルが下がってきたことを明らかにしています。
コーディネーターを手配するために必要な予算は、ネパールの現地業者だとおよそ1万2000ポンド(約200万円)から、Jagged Globeのような欧米のオペレーターの場合だと高くて4万3000ポンド(約750万円)、そして自分専門のチームを結成するような場合になると7万ポンド(約1200万円)オーバーとも言われており、エベレスト登頂を夢見てやってくる人々は、もはや昔のような「探検家」や「冒険野郎」ばかりではなく、普通の企業に勤める山好きがお金を貯めて山に入るケースが非常に多くなってきたと語っています。
難易度は下がったとはいえ、それでもエベレストは文字どおり世界最高峰の山であることに違いはありません。遭難や崩落などの事故は後を断つ気配がなく、合計16名のシェルパが犠牲になった2014年の大規模雪崩事故は、近年で最大の悲劇になっており、登頂を目指すことは依然として極めて危険な冒険であることは間違いありません。
By david schweitzer
しかし、ここで注目すべきポイントは、この事故に巻き込まれた16名の犠牲者が全て現地人のシェルパだったという事実です。お金を払って山に登る「雇用主」がアタックを行うにあたり、現地人のシェルパはベースキャンプと高地のキャンプを数十回と往復して酸素や食糧などの必要な物資を運搬しており、おのずから事故に巻き込まれてしまう可能性は高くなってしまいます。
専門の業者によるサポートサービスが1990年代に始まって以来、「数多くのアタックが行われたことで経験や知識が蓄積されてきた」とハミルトン氏は語ります。自身もこれまでに7回の登頂に成功しているというHamilton氏は「トップクラスのオペレーターは、登頂成功の方程式を確立しているほか、気候予測の精度の向上や装備類のレベルが上がったこと、酸素供給システムが改良されたことなどにより、平均的な体力を持つ人が登頂に成功する可能性はかつてないほど高くなったといえます。しかしそれでも、登頂を成功させるためには多くのマンパワーが必要とされる状況に変わりはありません」と語っています。
そしてその「マンパワー」として投入されるのが現地人のシェルパの人たちです。ネパールは世界でも非常に貧しい国の1つであり、政府は十分に機能しているとはいえない状況。そんな中、シェルパが山に登る理由は、1921年のジョージ・マロリーの一行による調査登山が行われたころから変わらず、「お金のため」となっています。
エベレスト登頂を目指す登山客の目的はさまざまです。「挑戦」「冒険」「夢」などの理由で人々は山頂を目指しますが、シェルパにとっては「仕事」であり、貧しくて仕事の機会を得ることが難しいネパールにおいて、シェルパの仕事は高い収入を得る数少ない手段の1つ。欧米のオペレーターに雇われるシェルパの場合、わずか2か月間のシーズンだけで、ネパールの平均年収の10倍にもなる5000ポンド(約90万円)という多くのお金を得ることができるのです。
By Cristóbal Hurtado
当時34歳だったPasang Karma Sherpa氏も、そんなシェルパの一人でした。Pasang Karma氏はJagged Globeに所属するシェルパでしたが、2014年の雪崩事故に巻き込まれ、妻と3人の子どもを残してこの世を去りました。Jagged Globeでは、現地が春を迎えたころにスタッフが集まり、妻のKandi Sherpaさんと子どものために金銭援助を行っています。Jagged Globeの幹部であるSimon Lowe氏は「Kandi Sherpaさんには、子どもの教育費用はJagged Globeが援助すると伝えています。ここネパールでは教育がとても重要なのです」と語っています。執筆家のCarole Cadwalladr氏がKandi Sherpaさんにインタビューを行ったところ、Kandi Sherpaさんが涙ながらに語った「夫は、子どもの教育のことをとても気にしていました」という言葉に胸を打たれたと言います。Kandi SherpaさんはJagged Globeからの援助金と、政府からの補償金を受け取っていますが、銀行のある都市カトマンズまでは車と徒歩で1日以上かかるため、まだ確認できていないということです。
Cadwalladr氏はインタビューの翌日、エベレストに向かうベースキャンプで登頂に備える一行に取材を行いました。5名のメンバーはそれぞれ経歴や住む地域もバラバラで、それぞれが3万9500ポンド(約700万円)という費用を支払ってエベレストにやってきた人たちです。挑戦することになった理由も「冒険のため」や「そこに山があるから。僕はそういうタイプの人間だ」といったもの、そして、難病の嚢胞性線維症を患った男性がエベレストに挑むことで、「病気のことを世界に知ってもらうため」など人それぞれにさまざまな思惑を胸に秘めてやってきています。そして、「インターネット界の最高峰」ともある意味では呼べるGoogleもエベレストに挑戦した一人。Googleはストリートビューカメラをエベレストに持ち込むことで、世界中の山々をGoogleストリートビューに収める取り組みを進めています。
この状況について、ネパールの現地でコミュニティの開発に携わるNPO「dZi foundation」で働くBen Ayers氏は「エベレストは、人間の『欲望の寺院』です。人々は自分の考えや夢をエベレストに押しつけます。ここには、私たちが住む個人主義・資本主義社会が投影されています。人々は、『最も大きいもの』であるエベレストに魅了されるのです。エベレストは、山の世界の『Google』なのです」と語り、山が人々の欲望の受け皿になっている状況に異論を唱えています。
By Mun Mun
貧しいネパールにとって、エベレストをはじめとする登山は重要な産業の1つといっても過言ではありません。しかし、大規模な雪崩事故が起こって以来、ネパールではシェルパに対する厚い保護を求める声が挙がっており、特に現地系のオペレーターに所属して、低い待遇を受けているシェルパを中心にストライキが発生し、ネパール政府が山を閉鎖するという騒動が起こった経緯もあります。その後、政府による一定の譲歩があったものの、危険な仕事に対する保護はこれからも絶えることはないといえそうな状況。
ネパールのシェルパは自分の生活を守るために、外国からやってくる人々のさまざまな思惑を文字どおり「背負って」山に登っている状況が浮き彫りになっています。そして、そんなシェルパが稼いだお金のおかげで、子どもたちは良い学校に通うことができています。そしてそんな子どもたちは、より広い世界のさまざまなことや仕事に触れる機会が増えることで、シェルパの危険な仕事をやりたがらないという状況が生まれつつあるとのことです。
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