「多数決」以上に民意を反映できる選挙方法とはどのようなものなのか?
By Angela Radulescu
最も多くの得票数を得た1名が選出される「多数決方式」は、一般的な選挙方法として日本に限らず世界中で採用されています。しかし、3名以上の候補者がいる場合には、たとえ半数以上の人が反対したとしても当選する人が現れるのが避けられないため、必ずしも民意を反映できないと古くから指摘され、よりよい投票方式が模索されています。
Voting in Organizations, Clubs, Meetings, and Families
http://democracychronicles.com/voting-in-organizations-clubs-meetings-and-families/
◆多数決の問題点
日本の国政選挙や地方選挙など多くの選挙では「多数決」による投票制が採用されています。一般的な多数決では、投票者は最も好ましいと思う人(当選させたい人)ただ1名に投票し、最も多くの投票を獲得した人が当選するという単純かつ明快なルールですが、さまざまな問題が指摘されています。
最良の人物1名にだけ投票できる多数決方式では、投票者の微妙な意思は反映されにくいという問題があります。例えば、ほとんど差のない2名の候補者のどちらか一方を切り捨てる必要があったり、逆に、どうしてもこの候補者だけには当選してほしくないという場合でも、その意思は他の候補者に投じるという形で間接的にしか反映されないということです。
また、自分の支持者が当選の見込みがない弱小候補である場合、その支持者は弱小候補に投票して「死に票」になるくらいなら、支持はしていないが「マシ」な候補者に投票するという戦術的な投票行動(戦略投票)を取ることができます。しかし、これは純粋な「民意の反映」とは言えないかもしれません。
さらにどうしても当選させたくない候補者(C)がいる場合、それ以外の候補者(A・B)の支持者が一致団結してBに投票することでCを落とそうとするあまり、本来、最も票を勝ち取れるはずだった支持者の多いAではなくBが当選することがあり得ます(チキンのジレンマ)。これらは、すべて、多数決では1名だけを選び、他の候補をすべて切り捨てざるを得ないことが根本的な原因と考えられます。
◆多数決の改良
ただ1名の「絶対的正義」しか選べないため「情報量」が少ない多数決の問題点を解消するためにさまざまな投票の仕組みが考えられています。
・approval voting
一つの手法は「approval voting」と呼ばれる方法。これは、各候補者に当選OKの○か、当選NGの×の二択を選べるというもの。甲乙つけがたい候補者のどちらも支持したり、どうしても当選させたくない人だけに×をつけたりと、投票に濃淡をつけることができます。ただし、○や×をつけた候補者間での優劣はつけられないため、依然として正確な意思を反映させることができないのは単純な多数決と同様です。
・複数投票制
1度の多数決では、得票率が拮抗する場合、半数以上の人が当選を望んでいないにもかかわらず当選する人が出てくることが避けられません。このような不都合を回避するべく「過半数の支持」を当選要件とするために「複数回の投票」を行うことが提案され、実際に世界中の選挙に採用されています。
複数投票制では最初の投票で50%以上の得票率を獲得する候補者が現れなかった場合、得票率の低い候補者を排除した状態での投票を繰り返し、最終的に50%以上の得票率を獲得する候補者が現れるまで投票が続けられます。最終的に決選投票になった場合でも「過半数の支持」によって当選者が決定するため、民意が反映されやすいと言えますが、当選者が決定するまでに何度も投票を繰り返さなければいけないという運営上の大きな問題を抱えています。
◆ボルダ得点
候補者間の相対的・絶対的な優劣をつけない投票方式では民意をうまく反映できないのであれば、候補者にランク付けができれば良いというわけで、候補者全員に順位をつけて、その順位に応じて得点を与えるボルダ得点制が有力な手段となります。しかし、ボルダ得点制のもとでは戦略投票は避けられません。例えば、当選させたい人を1位に順位付けするのはもちろんですが、最大のライバルと目される候補者を最下位にすることでポイントを抑えるという投票行動が容易に想定できます。
◆コンドルセ方式
ボルダ得点方式と同様に、候補者の順位をつけた投票方法として候補者の優劣を順位で決める投票(選好投票)があり得ます。
選好投票制として、候補者の優劣を順位で決めた上で、各候補者を1対1で対決させたときにすべて勝つ候補者(コンドルセ勝者)を当選者とし、コンドルセ勝者が現れない場合でもより多くの候補に相対的に勝った候補者を当選とするコンドルセ方式が古くから提案されています。しかし、コンドルセ方式ではまるでじゃんけんのように集団としての選考順序に循環が現れ得るという「投票の逆理」の問題があることが18世紀のフランス人数学者ニコラ・ド・コンドルセによって指摘されており、万能ではありません。
・Sequential Pairwise Voting
そのため、コンドルセ方式の問題点を解決する手段として、勝ち抜き戦方式での選好順位を決める「Sequential Pairwise Voting(SPV)」が考案されていますが、対戦順序によって勝ち抜く候補者が変わり得るという新たな問題が生じます。SPVの問題点は、以下のムービーで分かりやすく解説されています。
Math for Liberal Studies: Sequential Pairwise Voting - YouTube
A・B・C・Dという4人の候補者についてコンドルセ方式で投票がされたところ、5パターンの順位ができ、もっとも多かったのは「B>C>D>A」の選好順で14票が入れられました。つまり、多数決であれば14票を集めたBがトップで当選していたという事例です。
この選挙はSPV方式なので、投票に基づいて「1対1」の勝ち抜き戦が行われます。勝ち抜き戦は下のようなトーナメント(アジェンダDACB)で行われるようです。
1回戦はD対A。5パターンのうち、DとAの相対的な勝ち負けは右の表の通りで、28対15でDが勝利。
1回戦を勝ち抜いたDとCの対戦は13対30でCの勝利。
2回戦を勝ち抜いたCとBの最終決戦は20対23でBの勝利。
この場合は多数決と同じくBが当選する結果に。
対戦順を変えて下のようなトーナメント(アジェンダBADC)だとどうでしょうか?
1回戦はB対A。28対15でBが勝利。
しかし、2回戦ではDがBに勝利を収めています。
そして最終決戦はCが勝利。
というわけで、Cが当選を果たしました。このようにSPVでは対戦順によって当選者が変わる可能性があるため、恣意的に対戦順を操作することで当選者を変えることができるという問題があります。
・コンドルセIRV
コンドルセ方式による投票で過半数の支持を集める候補者がなかった場合、「第1位」の順位に支持してくれた数(トップ票)が最も少ない候補者の得票を残りの候補者の順位に応じて配分し、再びトップ票が50%を超える候補者が現れるまで候補者の除外を続けて最終的に勝者を決定するinstant-runoff voting(コンドルセIRV)という方式が考案されています。コンドルセIRVは複数投票制と違って投票が1度で済み開票作業にコストがかかるわけではないため、オーストラリアの国政選挙で採用されています。
・シュルツ方式
シュルツ方式は、コンドルセ方式に「複数の候補者に同じ順位をつけてもOK」「優劣を競わせたい(当選させたい)候補者にだけ順位をつければOK」というルールを加えた上で、「道の強さ」という候補者相互間の優劣関係を算出して最も良い者を当選者とします。シュルツの方式では当選者が選出されない場合があるというコンドルセ方式の致命的な欠点を補っていて計算によって当選者が決定されるという明確性を持つものの、算出過程が複雑であるため当選者の決定プロセスが理解されにくいという問題点は残ります。
ここに挙げられた投票方法はすべて当選者1人だけを選出する場合において多数決に取って代わるものとして提案されている手法のごく一部であり、複数人の当選者を選ぶ大選挙区制や、政党(ある集団)の得票率に応じて当選者が選出される比例代表制など、別の枠組みでより民主的な選挙を実現する方法もあります。とはいえ、アローの不可能性定理が唱えるように「完璧に公平な選挙制度はない」のも事実です。しかし、より民主的でより社会の最大幸福が実現できるような選挙制度は不可欠であり、今後も永遠に見つからない答えを探して研究は続けられていくと考えられます。
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