「俺の屍を越えてゆけ」を生んだ桝田省治はゲーム業界をどう見るのか
1999年のオリジナル版発売から12年の時を経て、ついに11月10日にリメイク版が発売となった「俺の屍を越えてゆけ」。今回はゲームデザイナーの桝田省治さんに、オリジナル版「俺屍」が生まれた背景や、今後のゲーム業界について思うことなど、普段は聞けない突っ込んだ話を聞いてきました。
俺の屍を越えてゆけ | プレイステーション オフィシャルサイト
http://pscom.jp/oreshika
SCE本社に到着。
トロの座っているロビーを抜けて、桝田さんのもとへ。
◆「俺の屍を越えてゆけ」誕生の背景
GIGAZINE(以下、G):
「俺の屍を越えてゆけ」が12年の時を超えてPSPでリメイクされました。12年前の発売当時からすると、「俺屍」はかなり斬新なゲームシステムを持ったタイトルだったと思います。企画段階で「こんなゲームで大丈夫か?」という反発などは、内部では起こらなかったのでしょうか?
桝田省治(以下、桝田):
あの頃は、日本中が景気がよくて企画も通りやすかったんじゃないですかね。今なら通らないと思いますよ(笑)
G:
今、ゲーム業界に限らず「確実に当たる企画以外通らない」と言われたりしますが、当時はこうした斬新な企画でも通りやすかった、と。
桝田:
ひとつには、こういうゲームの前例として「ダービースタリオン」があったからですね。ダービースタリオンは、馬が子どもを生んで、世代交代を繰り返して進んでいくでしょう。あれの主役を人間にして、RPGをやろう、と。そういうたとえをすると、イメージしやすいというのもあったかもしれません。
G:
実際に、桝田さんが企画を通す上でもそういった話をしたのですか?
桝田:
本当のことを言うと、「ダービースタリオン」ではなくて、もうちょっと別なゲームで、「栄冠は君に」というシリーズがモデルになっています。アートディンクという会社から1990年に発売されたPCゲームです。
プレイヤーは高校野球の監督になって甲子園を目指す、という内容で、選手が3年で交代していきます。選手が交代しても、チームの特色は伝統として残っていきます。「ウチの学校は機動力の野球だ」という感じである程度有名になると、機動力で有望な1年生が新たに入ってくるようになったりするわけです。日本中の高校がほとんど登録されているから、自分の地元の名もない学校から始めて、地区予選で戦って、10年かけてついに甲子園に出て、さらに甲子園優勝までそこから10年、みたいな遊び方ができるゲームでした。
G:
なるほど、確かに俺屍を連想させるようなゲームですね。
桝田:
それをRPGでやれないか、と考えたわけです。野球の試合の部分が、RPGの戦闘に置き換わるわけです。
◆卒論はトランプのオリジナルゲーム
G:
桝田省治さんご自身のことについてお聞きしたいと思います。桝田さんは武蔵野美術大学のご出身で、作家の村上龍さんと同じ基礎デザイン学科に在籍していたとのことですが、どのような事を学ぶ学科なのでしょうか。
桝田:
基礎デザイン学科で最も特徴的なのは、ほかの学科なら教育実習さえすれば教員免許がもらえるのですが、この学科だけそれがないということです。なぜかというと、実技がほとんどないから。
G:
絵を描いたりはしない、ということですか?
桝田:
描かないことはないんですが、実験として描いたり、技術の確認として「こういうやり方がある」という意味で描いたりするくらいです。商品とか製品をデザインするためには、技術者と話をしたり、市場調査をやる人と話したりしてデザインを進めていきます。だけど、現在はデザインというものが専門化していて、技術者たちだけでは話が進まなくなってしまっているわけです。そこで、マーケティングの人から「こういうデータがある」という情報をもらって、それをどうデザインに反映していくか。あるいは技術開発の人から「こういう制約がある」という点をデザインにどう落とし込むか、そういう話が、大きなメーカーになるほど難しくなります。そこで、心理学とか統計学とか論理学とか、記号論、文体論、そういうデザインに近いところにある分野を片っ端から学ぶ、というのが基礎デザイン学科です。言ってしまえば、デザイナーとほかの分野との通訳を育てるわけです。
G:
なるほど、プロデューサーにとっては役に立ちそうですね。
桝田:
大きな会社に入ってそういう立場になったり、大学の先生になったりする人が多い学科ですね。だから、村上龍さんも、美大出身なのに絵をあまり描かないですよね。脚本家の内館牧子さんも先輩らしいです。デザイン分野じゃないところで有名になる方が多い印象がありますね。優秀であればほかの分野でも応用が利くから。
G:
美大時代の経験で、今でも役に立っていることはありますか?
桝田:
当時、あそこにはコンピューターがありました。30年前です。Windowsなんてなくて、PC-8800以前の世代です。CGどころか、「わーい、線が引けた!」みたいなレベルです(笑)。でも、将来的にはこういうものが使えるだろう、デザインをコンピューターにどう活かせるだろうか、ということをやり始めている人がいました。
G:
なるほど、コンピューターゲームを作る下地になっているわけですね。
桝田:
あとは、記号論とか論理学は役に立っていますね。
G:
記号論というと、どんなものでしょうか。
桝田:
分かりやすく言うと、ある概念を説明するのに、普通に言葉で説明したら1時間くらいかかって、それでもうまく伝達できないようなものを、別のイメージに置き換えたり意味を抽出したりして伝える、みたいなことですね。CMでよく使われる手法で、新しい洗剤の宣伝をする時に、研究所で受ける説明だと半日説明を聞かされても一般人にはチンプンカンプンです。そこで、丸に顔が描いてある小さいキャラクターが出てきて、繊維にこびりついた汚れをはぎ取るイメージを描く。そういう風に置き換えるのが記号論のやり方です。あるいは、白地に赤いものを描いて、四角くしてみたり、色をちょっと変えたりして、どこまでが日の丸に見えるのか、とか。高速道路に出す標識を、いろいろな条件下に置いたとき、最も認識されやすい標識はどんなものか、とか。そういう考え方の中で、学生各自が好きなテーマを選んで研究するわけです。
G:
卒論、もしくは卒業制作などはありましたか?
桝田:
建築のほかでは唯一卒論という形での提出がOKだった学科です。僕は、トランプの新しいゲームを提出しました。卒業する頃には、もう目に見えるものには興味がなくて、システムのデザインをしようと思ったんですが、当時はまだコンピューターの機能も十分じゃなかったし、システムのデザインって言ってもなかなか分かってもらえませんでした。そこで、分かりやすくて、お金もかからず研究できるというところで、トランプを使おう、と。トランプの属性を分析して、まだ使われていない属性を抜き出して、うまく組み合わせることで、今までのトランプゲームにはなかった新しい面白さがあるルールを作る、というものです。
G:
ちなみに、どんなゲームでしたか?
桝田:
いくつか作りましたが、一番気に入っていたのは、カードの価値が次々に変わっていくゲームですね。カードの数字が持ち点になっていて、カードの捨て方によって、ダイヤが2倍、ハートが3倍、というようにマークで得点の倍率が変わります。最終的に手札の得点が最も高かった人が勝ち。卒論の講評会では「これがデザインか?」と疑問を呈されましたけど(笑)。
◆10年を越えて売れ続けるゲームを作るために
G:
俺屍はリメイク以前もダウンロード販売でかなりの人気を誇っていましたが、10年以上も人気でありつづけるゲームと、瞬間的なヒットを飛ばすゲームの違いというのはどこにあるのでしょうか。
桝田:
まず、どこを狙っているか、ということです。12年前に何を考えていたか、ということで言うと、当時のゲーム市場というのは、すごく大雑把に言って「子どもの市場」でした。子どもと言っても、小学生から高校生までいますが、ようするに10代以下です。しかし、どう考えてもこれから子どもの数は減っていくし、ゲームにこれだけはまっている人たちが大人になったとしても、ゲーム自体をやめてしまうわけがないと考えました。当時も30代の人が少年ジャンプを読んでいましたから。月曜日になると30歳くらいの人でも「ドラゴンボール」を読むために少年ジャンプを買っていたという光景が、12年前からあったわけです。それを見ると、今ゲームで遊んでいる小中学生が、10年後に大人になって、会社に通勤するようになっても、ゲームはやめないだろう、と。ということは、今後ゲームの市場は、大人を相手にしても成り立つだろう、と考えました。
20年前の僕はさくまあきらさんや広井王子さんたちと、「桃太郎伝説」や「天外魔境」といったメジャータイトルを手がけていました。しかし、そっちに行くのはしんどいな、とも思っていました。動くお金も大きいし、制約も多いし。メジャータイトルのお手伝いをするだけでも生活には困らなかったけれど、この業界に入ったからには、自分が作りたいものを作りたいな、という想いがあったわけです。それならあまり手がつけられていない市場の先駆者になろう、と。
G:
それで大人向けというか、大人でも楽しめるゲームの市場に。
桝田:
もっと言うと、子どもを切っちゃってる部分もあります。少なくとも、中学生か高校生にならないと、このゲームは面白くないと思うよ、という。
G:
そういった狙いが当時からあったということですね。
桝田:
それで、当時PCエンジンの「リンダキューブ」は、エッチなシーンなんてないけど、18歳以上推奨になっています。あとは、ビジュアルを最先端にしない、ということも当時考えていました。なぜかというと、その時点で最先端の絵柄は、時間が経つと陳腐化してしまうんです。だから、その時点ですでに「ちょっと古いかな?」という感じの絵柄を使っています。
G:
確かに、今回GIGAZINEでも何度か俺屍の記事を掲載しましたが、Twitterでは「俺屍の女キャラって、今見てもけっこうかわいいよね」という反応がありました。
桝田:
イラストレーターの選定基準は、マンガやアニメ好きな人が見てもイヤじゃない、一般人が見ても受け入れてもらえる、そこの接点の人を探しました。当時の最先端って、もっと目が大きかったり、その後すぐにエヴァが来るわけだから、もっと手足が細かったり、アゴがとがってたり、そういうものでした。でもそれも、10年も経たないうちにマネをする人たちがたくさん出てきて、陳腐化してしまうわけです。なので、そういうところではなるべく奇を衒わないように。
G:
そういう意味で、俺屍は、最初から長く売れるようなタイトルとして考えていたのですか?
桝田:
それは逆で、「ドカンと売れっこない」と思っていたわけです。だったら、選択肢としては長く売れる方向を志向するしかない。その当時は大人の市場なんてなかったから。それに、大人に情報を届けるのは難しいんですよ。ゲーム雑誌を卒業してますから。そうするとやっぱり、口コミとかを頼りにするわけで、いわゆる「ジワ売れ」を狙うしかないんです。そういう人たちを狙うために、大人が5時間も6時間もプレイするわけがないから、30分で区切れるようにしたり、いろいろ意識してます。
G:
先日、CEDEC 2011で海外のゲーム開発者が行った講演でも「日本のゲームは長すぎる、ユーザーの生活時間をもっと考慮すべきだ」という趣旨の発言がありました。俺屍では、そうした部分への配慮が12年前からあったということですね。
桝田:
俺屍は、最初から「あなたの時間はどのくらいくれますか?」と聞きますから。お忙しいあなたにはダイジェスト版の20時間で終わるモード、逆にどっぷりモードで100時間遊ぶこともできます、という具合に、プレイヤーの時間はものすごく意識しています。
G:
なかなかそういうゲームはほかにないと思いますが。
桝田:
当時も、いろいろ言われました。「クリエイターとして、一番適正だと考えるバランスの一発勝負をなぜ避けるのか。プライドはないのか」とか。でも僕としては、それは知ったことじゃないですよ。いろいろなお客さんがいるんだし、いろいろな人にプレイして欲しいのに、そんなプライドはいらないですよ。
G:
あらゆる意味で、客層の変化に対応できるゲームを作っている、と。
桝田:
音楽もそうです。樹原涼子さんの音楽、特に主題歌の「花」なんて、10年経っても全然古くならない。歌詞も当たり前のことを言っているだけです。コードの進行も、ところどころ凝っているけれど、基本的にはすごくシンプル。
G:
「花」もそのように注文を出していたのですか?
桝田:
いや、あれは樹原さんのコンサートで初演の時に聴いて、「これこれ、まさに今書いている企画書にぴったり!」ってことで使わせてもらいました。樹原さんのところと我が家では、いろいろなところが2年違いで起こっていて、例えば結婚したのは樹原さんが2年早いし、子どもたちも2歳~4歳違い。樹原さんの曲って、わりと生活に根ざしたところがあるから、曲が出来た当初に聴いても分からなかったのが、我が家に子どもができたときに聴くと「あぁ……そうだよねぇ」って感じるわけ(笑)
ただし、これは樹原さんのところとウチだけの話じゃなくて、結婚して、子どもを持ってっていう家庭なら、皆同じだと思います。普遍的なことですから。普遍性っていうのは、絵もそうだし、音楽もそうだし、声優もそう。そこはすごく意識してます。
G:
逆に言うと、長く売れるタイトルというのは、そこまで意識して作る必要がある、ということでしょうか。
桝田:
そうですね。そう思います。流行には全然左右されていないし。
G:
俺屍が1999年発売で、同時期に発売されたRPGで言うと、2000年にファイナルファンタジーIXがあります。俺屍は、当時のRPGの主流といろいろな意味で違ったタイトルでしたが、あえて主流から外れようという意識はありましたか?
桝田:
主流のRPGとケンカしても勝てないですから。勝てない、というのは、同じ予算と同じ環境があれば勝てるかもしれないけれど、現実にはそんな環境はないので。絵で勝負せずに、システム、あるいは独自の部分で勝負しないと、勝てないどころか存在することもできない。だけど、この小さな市場にスポットを当てれば、この予算で出来る、というやり方です。
◆リメイク版に込めた想いと続編での挑戦
G:
「ジワ売れ」という話もありましたが、実際初週の売り上げはどうでしたか?
桝田:
2万本あるかないかだったと思います。
G:
それが、12年間売れ続けて、現在40万本ですか。
桝田:
ダウンロード版を含めると、今年の初めでそのくらいで、今はもっと行っていると思います。ダウンロード版はその内の10万本くらい。ここ3ヶ月くらいで1万ダウンロードくらいありました。
G:
今回のリメイクで、「ここは変えよう」と特に思っていた部分などはありますか?
桝田:
12年間で、何十万人というお客さんにプレイしてもらって、その不満点というのをいろいろな形で集めていました。ここの操作性が悪いとか、ここの敵が強すぎるとか、逆にここがぬるいとか。そういうものを本当に12年分貯めていたので、そういうものをひとつひとつ検証して、限られた制作期間と予算の中で、反映できるものは全部反映していく、というのが基本方針です。
G:
変えるというよりは、ブラッシュアップという感じですか。
桝田:
そうですね。もうひとつ大きいのは、続編でやりたいアイデアの一部を入れて、どういう反応があるか見たいと思っています。
G:
リメイク版に登場した新要素が、続編にも登場する可能性がある、ということですか。
桝田:
ええ。いくつかプランがあって、その中でどれを大きく取り入れるか、ゲームの柱にするか、というところが未定なんです。
例えば、剣を一族で継承していって、引き継がれるたびに強くなる要素。あるいは交神するたびに神様が強くなる要素。そういう俺屍の世界にあるいろいろなものを、プレイヤーの干渉によって変更できる部分を、続編ではもっともっと拡大できるんじゃないか、というのをテストケースのひとつとして考えています。リメイク版ではその中で、武器の継承と神様の成長を組み込んでいます。
もうひとつは、「結魂(けっこん)」という、他人のプレイしているデータを自分のデータの中に持ち込んでくる形。これはある意味では俺屍と違う世界です。そもそも俺屍は、自分で気に入った世界を作り上げて箱庭的に遊ぶゲームです。そこに他人のデータを持ってくるということに関して、どういう反応が出るのか、見てみたいと思います。
特に「結魂」は、システムとして作るのは難しくないけれど、これが面白いかどうかというのは、実装してみて、自分で触ってみるまで僕にも分かりませんでした。
実際、開発の途中段階で、開発機を四台並べて自分たちのデータで「結魂」をやってみた時、俺屍とは明らかに違う感じなんですが、なんだか妙にワクワクしたんです。僕と同じ年のプログラマーが育てた一族を見ます。そうすると、彼がどんな方針でプレイしていたか分かるんです。これは火の技が高めの神様と交神して、この一族はきっとこういう戦闘スタイルで成り立っているんだな、っていう。しかもその戦略を、自分の一族に取り込んで使うことができるわけです。それ自体も面白いし、この一族と組み合わせて出来る子どもってどんなだろうってワクワクしました。
これは、今までの俺屍と明らかに異質な面白さで、初めは気持ちが悪かった。でも、気持ち悪いものとすごく面白いものって、実は近くにあって、例えるなら、ホラー映画で笑う感じと一緒です。これはもしかしたら、柱になるくらい可能性のあるものじゃないか、と。ただ、やはり俺屍と違う面白さになっているなという感じがあり、同時に確かに面白がっている自分もあり、これがどれくらい一般性を持っているのか、まだ僕の中で分かっていないところでもあります。
これが一般性を持っているものであれば、もっといろいろな部分で、アイテムやキャラクター、敵、店のメニュー、それらを交換できるシステムっていうのも可能性があります。そういう意味で、この「結魂」っていうものを、皆がどう面白がってくれるか、興味があります。
もうひとつは、奥義や術の「併せ」の爆発力を上げています。ただ、戦術的にはすごく難しいものになっています。当たればたしかに威力はすごいんですが、それを準備するのがすごく難しい。奥義を併せるためには、4人のパーティの内、少なくとも2人を同じ職業にしなくてはいけない。さらに、その片方は子どもで、もう片方は寿命が近いという、ある意味危うい組み合わせになります。この2人に奥義の併せを撃たせるためには、残りの2人はサポートに回らなくちゃいけない。この組み合わせを常に維持するというのは、相当考えなくちゃできません。
こうした作業は、すごくストイックなものです。計画を立てて、いつ交神して、生まれる子どもはこういう職業にして、これくらいの守備力をこの時までに持っておかなくてはいけないとか、そういうことを面白いと思える人が、俺屍ユーザーの何割くらいいるのか。これで「奥義の併せって面白いよね」と大半の人が思ってくれるなら、もっといけるな、と。
G:
それだけに、考えて作ったキャラクターが、集中砲火を受けて死んでしまった時の悔しさはひとしおですね。リメイク版で初めて俺屍をプレイする人にとっては、少し難しく感じられるかも知れませんが、初心者への救済措置はあるのでしょうか。
桝田:
基本的には「家が途絶える」ということは、まずないです。例えば、人数が少なくなった時に、健康度ゼロで本拠地に戻って来た場合の死亡判定、あるいは双子が生まれやすくなる判定、そういった部分はかなり調整されています。一族が1人になってしまうことはあっても、一族が誰もいなくなってしまいましたという状況はまず起こらないようになっています。
G:
なるほど、理想の一族を作ろうと思ったらすごく考えてやり込む必要があるけれど、初心者が分からないまま進めても、一族が途絶えてしまうようなことにはならない、ということですか。
桝田:
そういう意味でも、大人向けのゲームなんです。追い込まれた状況を楽しめるっていうのは、かなり大人じゃなきゃできないことですから。子どもだと、「ちぇっ」て言ってリセットしちゃいます。「1人になっちゃったどうしよう、でもここから再興できたらカッコいいよな」って、そういう風に考えられる余裕があるのが大人で、そういうのもまた楽しいんです。
◆ソーシャルゲームについて
G:
桝田さんにとって「面白いゲーム」というのはどんなものなのでしょうか。
桝田:
何が面白いかっていうのは、人によって違いますよね。求めているものが違うからだと思います。単純に15分程度の時間潰しにゲームをする人もいます。小説を読むのは嫌だけど、決まった時間にアニメを見るのも面倒くさいからゲームをやるという人もいます。あるいは、お酒を飲めないからストレス解消のためにやるという人もいます。
ゲームだけじゃなく、ほかのメディアでも同じで、バラエティ番組が好きな人もいれば、韓国のドラマが好きな人もいる。全部機能が違って、受け取る人も違う。そういう中で、大きなニーズの部分を捉えているゲームは、必然的に売れるゲームになりますよね。
G:
例えば、現在ソーシャルゲームが流行っている反面、アイテム課金などのシステムが収奪的過ぎるという批判があったりもします。こうした流れの中で、桝田さんの作るゲームというのは、あくまでコンシューマ向けですか?
桝田:
コンシューマ向けに限るということはないです。ただ、僕も中高生の子どもを持つ親として、この課金の仕方は、子どもに対してやっちゃダメでしょ、と思うところはあります。もちろん、ゲームをタダでやらせてもらって、それが面白かったら、作った人たちに後で払うとか、週や月で払うという形自体はかまわないと思います。しかし、射幸心を煽って、ボタンひとつでお金を払わせるシステムについてはどうかと思います。
G:
そのあたりはもうルールの問題、ということでしょうか。
桝田:
ええ。あれはかなり危険ですよね。
◆チームを率いる秘訣は「話を全部聴く」
G:
ゲームを作る時、一番難しいと感じるところはどんなところですか?
桝田:
僕の場合、ゲームを作るにあたって、立場として2つのパターンがあります。ひとつは、自分が企画を立ち上げて、自分の作りたいものを作る場合。もうひとつは、プロデューサー的な立場で、他人の作品に関わる場合。この2つは難しいところが違いますね。
やっぱり他人の作品に関わる場合は、わりとドライです。やろうとしていることに対してはドライじゃないんですが、方法論についてはドライです。自分のやりたいものに対しては、そこが甘くなります。大体自分で企画したものに関しては「もうちょっと売れるつもりだったのになぁ」っていうものが多くて。逆にプロデュースする側だと「予想より売れたね!」ってことが多かったりして。どちらも難しいところですね。
G:
ゲームの制作というのは、チームで行うものですが、桝田さん自身がチームを率いていく中で、特に気をつけていることはありますか?
桝田:
「話は全部聴く」ということです。どんなに若い人の話も全部聴いて、最後は自分ひとりで決めます。本当に、入ったばかりのアルバイトの子の話も、ちゃんと真剣に聴きます。それこそ、開発チームのナンバー2にいる人が僕に意見するのと、ほぼ同列に聴きます。もっと言ってしまえば、お客さんの話も真剣に聴きます。だから、結果的にユーザーさんの意見もかなり取り入れていますよ。
G:
ユーザーは数が多くいろいろな属性の人がいるので、内容も四方八方に散らばってなかなか捉え難いものだと思うのですが。
桝田:
原因を自分なりに考えて、スタッフに戻して、「なんで彼はこういう風に思ったんだろう?」という話をします。いくつか原因はあって、そこを分析するわけですが、大体答えは出ません。面白いか面白くないかってことについては、一長一短あって、そうそう答えは出ません。でもそういう時は誰かが決めなくちゃいけなくて、それは最終的に失敗するかも知れないけれど、私が決めます。
◆ゲーム業界の未来
G:
桝田さんから見て、これまで発売されたゲームの中で「これはすごい」と思ったゲームはどんなものですか?
桝田:
僕は、基本的にゲームをしないんですよ。これはすごいって言っても、これまでクリアしたゲーム自体20本くらいしかないんです(笑)。
G:
そんなに少ないのですか。逆に、その20本はどうしてプレイしようと思ったのですか?
桝田:
まず、知り合いが作ったゲームは、「どうだった?」って聞かれた時のためにプレイします。自分が作ったゲームだって、発売前は何度もやるけれど、発売後はまずやりません。ユーザーさんが作った動画とかを見てて、「このダメージ出るはずないんだけどな」って場合に検証しますけど、そうでもない限りは。大体、僕が知らないことは起きないですから。
あとは、知り合いに「これは面白いぞ」と言われて、たまたま暇だった時。「ときめきメモリアル」はそうやって始めました。PCエンジンの時です。電話がかかってきて「これは売り切れるから今から秋葉原に買いに行け」って。初期出荷2万本くらいしかなくて、すぐ売り切れるから買いに行けと、某編集部から電話が来て、そこまで言うならやってみようと思って。
G:
これからのゲーム業界について、どうなっていくと思いますか?
桝田:
僕は、ゲーム業界って枠組みがどんどん曖昧になっていくんじゃないかと思っています。今ゲームを作っている人たちは、ゲームそのものを作っていますが、ユーザーインタフェースという点では、ゲーム業界のノウハウってかなり高いんです。おばあさんが係員を呼んじゃうような銀行のATMとかの操作と比べて、特に子どもをメインターゲットにしているゲームの操作はすごく分かりやすいですよね。
でも、そういうノウハウを貯めているのって、きっと個人なんだろうな。あれが、何らかの形で「こういう形で作れば子どもでも間違えない」というように、それこそ僕が大学でやっていたような、デザインの設計ができれば、けっこう汎用性が高いと思います。
あとは学習ソフトです。ウチの子どもたちが地理に強いのは「桃太郎電鉄」をやりこんでいるからです。特産品とか全部覚えていて、宮崎はピーマンとか、すぐ出てきます。
あれはかなりエンターテイメント性に寄っていますけれど、地理に限らず、例えば選挙制度なんかも面白いと思います。選挙が今の形になるまでの試行錯誤って、面白いんですよ。その仕組みをちゃんと教えるソフトができれば、「内閣の不信任は、衆議院の何割の賛成が必要か」みたいな部分も簡単に覚えられると思います。
あるいは、高校で習う対数。あれは商売をする人の間で、単位を間違えずに大雑把に計算して、大損をしないために使われたりしました。その発展過程を見ていくと面白いんですよ。数学の授業で「対数とは」って教えられると「実生活で必要ないじゃん」って思ったりしますが、ゲームの中で実際に使ってみたら面白さが分かるんじゃないかと。ゲームの中の仮想通貨で「1億だましとられた!」とか。でも対数で計算していれば、そんなひどいだまされ方はしないとか。仮想通貨であろうとも、金が絡めばみんな必死になりますよ(笑)。
G:
ゲーム業界としては、そういうところに伸びしろがあって、そこでもお金が稼げるだろうということですか。
桝田:
お金が稼げるというよりも、需要があるだろうということで、お金を払う価値がある。儲けようと思ってもなかなか儲けられないもので、それを必要としている人がいるところに、必要なものを作ってあげることで、これだけのお金を払ってくれる、という考え方ですね。
G:
最後に、これからゲームを作りたいと考えている人たちに、アドバイスをいただけますか?
桝田:
うーん、正直、僕はゲームを作りたいと考えている人の気持ちが分からないんですよ。こんなに面倒くさいのに、なんのためにゲームを作りたいんだろう、と。
僕のところにも「ゲームを作りたいんです」というメールや手紙が来ます。でもその多くは、「それはライトノベルの賞に応募しようよ」っていうものです。そこで言われているのは、世界観の提示であり、キャラクターが活躍する物語であり、いきなりゲームでそれをやろうとしても予算がつかないです。それよりも、ライトノベルで出して、大ヒットすれば皆喜ぶわけです。そういう意味で、「それはゲームじゃないだろう」と思うことが多いですね。
恐らくは、ゲームをやって漫画を読んで育ったので、ゲームや漫画が親しみやすい表現手段なんでしょうね。例えば「ゲームですごく自分が癒された、だから自分もゲームで他人を癒したい」という人も、それなら美味しいパンを作るのでもいいんじゃないかと。ゲームじゃなくてもいいんです。それは本当にゲームじゃなきゃいけないのか、それをもう一度考えたほうがいいと思います。
世の中にはすごくいろいろな仕事があって、ルーチンワークに見えても実際にはとてもクリエイティブな仕事というのもたくさんあります。そういう仕事を知った上で、もう一度自分が本当は何をしたいのか、まずは考えてみるべきです。
G:
ありがとうございました。
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