世界初の個人に最適化された遺伝子編集治療で赤ちゃんが命の危機を乗り越える

奇病を患う生後9カ月半の男児が、世界初のパーソナライズされた遺伝子編集治療で命の危機を乗り越えたことが明らかになりました。
Patient-Specific In Vivo Gene Editing to Treat a Rare Genetic Disease | New England Journal of Medicine
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2504747

Personalized Gene Editing to Treat an Inborn Error of Metabolism | New England Journal of Medicine
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMe2505721
Baby Is Healed With World’s First Personalized Gene-Editing Treatment
https://www.nytimes.com/2025/05/15/health/gene-editing-personalized-rare-disorders.html
生後9カ月半の赤ん坊であるKJ・マルドゥーンさんは、130万人に1人しか罹らないまれな遺伝子疾患である「カルバミルリン酸合成酵素欠損症(CPS1欠損症)」でした。CPS1欠損症は、タンパク質代謝の副産物であるアンモニアを体内から排出できないために脳にアンモニアが蓄積し、最終的には脳損傷や死に至るという疾患です。CPS1欠損症の赤ん坊の約半数は生後1週間以内に亡くなってしまい、もし生き延びたとしても重度の知的障害と発達障害が残り、最終的に肝移植が必要になるとのこと。
KJさんは生後わずか1週間でCPS1欠損症であることが明らかになり、すぐに治療が始められました。当初、担当医は成長に必要なタンパク質を極端に制限した食事療法を指示し、血液中のアンモニアを除去する薬としてグリセロールフェニルブチレートも投与しました。それでもKJさんは脳損傷や死亡のリスクが高かったため、何かしらの病気や感染症になれば、アンモニア値が急上昇し、脳に不可逆的な損傷を引き起こす可能性があったそうです。
フィラデルフィア小児病院の医師は、KJさんに対してパーソナライズされた遺伝子編集治療を世界で初めて実施しました。具体的には、遺伝子変異を正確に修正するために特別に設計した点滴を行ったそうです。点滴後、2週間以内にKJさんは健康な赤ん坊と同量のタンパク質を摂取できるようになりました。しかし、1度目の点滴ではアンモニア除去に関するDNAの変異を修正することができなかったため、血液中のアンモニアを除去するための薬は飲み続ける必要がありました。2度目の点滴でKJさんはアンモニア除去のための薬の量を半分に減らすことができるようになり、その間にウイルス性疾患を患ったものの命の危機を乗り越えることに成功しています。
KJさんは3度の点滴を受けていますが、記事作成時点ではアンモニア除去のための薬の服用を完全に辞められるようになるかは不明です。それでも投薬量は大幅に減っており、ウイルス感染症にかかっても命の危機を乗り越えることに成功しており、発達状況も良好。ただし、将来的な肝移植を回避できるかどうかは不明だそうです。
KJさんに対するパーソナライズされた遺伝子編集治療を主導した研究チームは、2025年5月15日(木)にアメリカ細胞遺伝子治療学会の年次総会で研究成果を発表。同日には200年以上にわたる歴史を有し、世界でもっとも権威のある週刊総合医学雑誌のひとつであるThe New England Journal of Medicineでも論文を発表予定です。

アメリカ食品医薬品局(FDA)で遺伝子治療規制の監督官を務めていたピーター・マークス博士は、世界初のパーソナライズされた遺伝子編集治療について、「この治療法の影響はKJさんの治療だけに留まりません」と語りました。なお、マークス博士はトランプ政権になってからロバート・F・ケネディ・ジュニア保健福祉長官との意見の相違により、監督官の職を辞任しています。
アメリカでは3000万人以上が7000種類以上の希少遺伝子疾患のいずれかを抱えています。しかし、そのほとんどが極めてまれであるため、遺伝子治療の開発に何年も費やそうとする企業はありません。
KJさんが受けた治療は「連邦政府の資金提供を受けた数十年にわたる研究」をベースに開発されたものですが、企業が何年も高額な開発と試験を経ることなくパーソナライズされた治療法を開発するための新しい道を開くものでもあります。
KJさんの罹ったCPS1欠損症は、ヒトゲノム中に存在する約30億のDNA塩基対のうち、たったひとつが突然変異したことで引き起こされる遺伝子疾患です。これを修正するには、塩基編集と呼ばれる手法を用いてピンポイントで標的を絞る必要があります。
治療に用いられる薬剤には、細胞に遺伝子編集酵素の生成を指示する成分が入っており、肝臓へ送られる際に通る血液中で分解されることを防ぐために脂肪脂質分子で包まれています。他にも、CRISPRも含まれており、これはDNAに沿って移動して修正が必要なDNAを正確に見つけられるように改変されているそうです。

KJさんに使用された治療薬では、CRISPRがKJさんの遺伝子変異だけを見つけられるようカスタマイズされています。しかし、この手法を応用することでDNAの他の部位で起きた変異を修正することも可能です。パーソナライズされた遺伝子編集治療について、マークス博士は「治療費は少なくとも1桁は安くなる」と語りました。
パーソナライズされた遺伝子編集治療に付随する論説を執筆したマークス博士は、「この方法は私にとって最も変革をもたらす可能性のある技術のひとつです」と言及。最終的には鎌状赤血球症、嚢胞性線維症、ハンチントン病、筋ジストロフィーなどの、より一般的な遺伝子疾患にも使用される可能性があります。

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in サイエンス, Posted by logu_ii
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