液体金属のイオンを噴射して推力を得る「電界放射式電気推進エンジン」を自作した猛者が登場
エンジンの一種であるイオンエンジン(イオンスラスタ)はプラズマ状のイオンを噴射することで推力を得るもので、人工衛星や宇宙探査機のエンジンに使われています。そんなイオンエンジンのうち、液体の金属イオンを加速して推力を得る電界放射式電気推進(FEEP)タイプのエンジンを、材料科学や機械加工を駆使してさまざまなガジェットを製作するYouTubeチャンネルのBreaking Tapsが自作しました。
Accelerating Gallium Ions to 0.056% light speed - YouTube
宇宙船を動かすには、何かしらのロケットエンジンが必要です。膨大なエネルギーが必要となる打ち上げ時には、液体または固体燃料を燃やして高温高圧のガスを噴射します。
一方、宇宙空間での姿勢制御に必要な推力は大幅に少ないため、金属イオンを推進剤とするイオンスラスタなども用いられています。いずれにせよ、何かしらの質量を推進方向の逆向きに放出するという仕組みは同じです。
今回Breaking Tapsは、自家製のFEEPスラスタを製作することにしました。原理的には非常な単純な装置だそうですが、実装するのはかなり困難であり、約2カ月にわたって3つの方式を試し、6~7個のプロトタイプを製造したとのこと。
基本的にFEEPスラスタでは、推進剤となる液体金属としてインジウムかガリウムが用いられます。
通常7000~1万ボルトの強力な電場での毛細管現象によってチップが形成され、その先端では電場によって金属がチップから引き離されて円すい形のコーン(テイラーコーン)が形成され、イオン化し始めた液体金属がコーンから引き離されます。真空中で放出されるイオンは20~40km/sもの速度に達するとのことで、これがFEEPスラスタの推進力となるわけです。
FEEPスラスタでは液体金属がエンジン機構の先端部に到達し、そこからイオンが放出されるようにする必要があります。液体金属を先端部に送る仕組みには大きく分けて「Capillary Emitter(毛細管エミッター)」「Externally Wetted Emitter(外部湿式エミッター)」「Porous Wmitter(多孔質エミッター)」の3種類があります。
まずBreaking Tapsは、ガラスで作られた多孔質エミッターアレイを使ってプロトタイプを製作しました。これは材料内の細孔が飽和すると、効率的に液体金属を先端まで吸い上げるという仕組みです。
実験で使った液体金属は、ガリウムとインジウムの混合物であるガリンスタンでした。この合金は室温で液体となるため、実験が容易になるというメリットがあります。
その一方で、ガリンスタンは表面に酸化物の被膜が形成されるため、ガラス製の多孔質エミッターでガリンスタンを浸透させるのはかなり難しかったとのこと。
最終的にどうにかテストするには十分なプロトタイプが完成したので、真空チャンバー内に置いて電圧を加えました。
電圧が上がると火花が発生し、やがて沈黙しました。最初のプロトタイプとしては有望でしたが、繰り返しても結果が改善されなかったことから、多孔質エミッターは最適なアプローチではないことが判明しました。
続いてBreaking Tapsは、毛細管エミッターのプロトタイプに取り組みました。まずはステンレス鋼を加工して、2つの部品が12μm(マイクロメートル)の隙間で分離される環状スロットを製作しました。推進剤のガリウムは基部に装塡(そうてん)され、毛細管現象によって上部に吸い上げられる仕組みです。
真空チャンバーに入れて実験。
なお、電磁干渉によってカメラのハードドライブ上の動画ファイルが破損してしまったため、最初の数回の実験映像は残っていないとのこと。
実験の結果、外部と内部の電極をつなぐブリッジセクションからガリウムが吹き出し、液滴によってショートしたり、アーク放電が発生したりする問題に悩まされました。
ブリッジの代わりに長いワイヤーで電極を接続してみる方式も試しましたが、これも失敗に終わりました。
そしてBreaking Tapsは、外部湿式エミッターを使用したFEEPスラスタを製作しました。これはスパイク状のアレイに直接ガリウムを塗布するというもので、これまでのタイプに比べて単純な仕組みといえます。
ガリウムがスパイクを覆った後にカバーをかぶせ、ネジで留めました。
しかし、実験してみたところ反応が安定せず、液滴が吹き出してショートする事態もたびたび起こりました。さまざまな調整を行ったものの改善されることはありませんでした。
続いてBreaking Tapsは、環状スロットではなく直線スロットを使用した毛細管エミッターのプロトタイプを製作。これは環状スロットに比べて、製造がはるかに簡単だというメリットがあります。
スロットの隙間はこんな感じ。
エミッター外部でアーク放電の発生を制御するための修正も施しましたが、やはり電極が近すぎるとアーク放電が発生する問題が生じました。
その後、Breaking Tapsはプロジェクト自体を放棄することを考えつつも、「単一の管」を利用した毛細管エミッターのプロトタイプを製作しました。
これはガラス製のマイクロピペットを応用したもの。
中にガリウムを充塡(じゅうてん)すると即座に先端まで吸い上げられます。先端部の幅はわずか1~2μmとのこと。
単一のガラス製毛細管エミッターを使うことの利点は、一部を除いて全体を絶縁できるという点であり、理論的にはアーク放電や偶発的なショートを防ぐことが可能です。
単一毛細管エミッターを実験した様子をクローズアップして分析すると、まずは表面にテイラーコーンが形成されてプラズマが発生した後に、制御されたイオンの代わりに液滴が放出されていることが判明。
これは、表面にある酸化皮膜が高い表面張力を持っているため、テイラーコーンの形成には高い電圧が必要になる一方で、テイラーコーン形成後に表面へ現れる新鮮なガリウムは酸化皮膜がないため、そのままだと過剰な電圧が加わってしまうことが原因でした。
そこでBreaking Tapsは、電圧を制御することでアーク放電を抑制する方法を考案し、タングステン製ワイヤーを毛細管エミッターに用いて再度実験を行いました。その結果、安定したFEEPスラスタに必要な安定したイオン放出を実現することに成功しました。
ガリウムを安定してタングステンワイヤーに付着させるには、ガリウムに埋め込んで加熱するのが有効だということも判明しました。
このFEEPスラスタがどれほどの推力を発生させているのかを測定したところ、およそ11.80μN(ニュートン)であるという結果になりました。
なお、今回のプロジェクトではさまざまなプロトタイプを製作しましたが、失敗した原因の多くは電圧調整を行っていなかったことに起因していると考えられるため、そこを改善すれば失敗したプロトタイプの中にも機能するものがあったかもしれないとBreaking Tapsは述べました。
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