サイエンス

人間の膣内環境を再現した「ヴァギナ・チップ」が開発される、膣内細菌叢や病気の研究に大きな進展


近年では、人間の体内に生息する細菌が健康状態に影響を及ぼしていることが注目されており、女性の「膣(ちつ)」に生息する細菌叢(そう)もさまざまな健康状態に関わっています。そこでハーバード大学・ヴィース研究所のチームが、膣内の細胞環境を再現した「Vagina Chip(ヴァギナ・チップ/膣チップ)」を開発したと報告しました。これにより、膣内細菌叢についての研究がさらに進展することが期待されています。

Vaginal microbiome-host interactions modeled in a human vagina-on-a-chip | Microbiome | Full Text
https://doi.org/10.1186/s40168-022-01400-1

A breakthrough in bacterial vaginosis treatment for women’s health
https://wyss.harvard.edu/news/a-breakthrough-in-bacterial-vaginosis-treatment-for-womens-health/

Scientists invent 1st 'vagina-on-a-chip' | Live Science
https://www.livescience.com/vagina-on-a-chip

人間の体内に生息する細菌に焦点を当てた研究としては、腸内細菌叢に注目したものが多くを占めていますが、腸と比較して無視されがちな膣内細菌叢も注目に値するものだとのこと。膣内細菌のバランスが崩れることで引き起こされる細菌性膣炎は、生殖に適した年齢の女性の30%近くを苦しめており、後天性免疫不全症候群(エイズ)を含む性感染症や早産のリスクを高めるそうで、治療費の総額は年間で48億ドル(約6300億円)とも推定されています。

細菌性膣炎は一般的に抗生物質で治療されていますが、再発することが多く、骨盤内感染症や不妊症などの合併症を引き起こす可能性もあるとのこと。膣内細菌叢を改善するための治療法の開発においてネックになっているのが、人間の膣内細菌叢は一般的なその他の動物とは大きくことなっているという点です。たとえば、ラクトバシラス属は人間の膣内細菌の70%以上を占めているものの、他の哺乳類の膣内細菌に占める割合は1%未満だそうです。

そこでヴィース研究所のチームは、Microsoft創業者のビル・ゲイツ氏と元妻のメリンダ・ゲイツ氏が設立したビル&メリンダ・ゲイツ財団の資金提供を受けて、膣内の細胞環境を再現した「ヴァギナ・チップ」を開発しました。

ヴァギナ・チップがどのようなデバイスになっているのかは、以下の動画を見るとわかります。

The Vagina Chip: A new preclinical model for research on vaginal epithelium–microbiome interactions - YouTube


女性の膣内細菌叢は、膣の健康状態や病気に深く関わっていますが、動物モデルとの細菌叢の違いという制限から治療法の研究が難しいという課題があります。論文の共著者であるAakanksha Gulati氏は、「私たちのチームのプロジェクトは、細菌性膣炎の新しい治療法の開発とテストを支援するために、人間のヴァギナ・チップを作成することでした」と述べています。


開発されたヴァギナ・チップは、大きさわずか1インチ(約2.54cm)ほどの小さなデバイスです。ヴィース研究所が開発したマイクロ流体臓器チッププラットフォームを使用し、ポリマーチップの上層に人間の膣上皮細胞を、透過膜を挟んで反対側に子宮繊維芽細胞を配置して、膣壁の構造を再現したとのこと。


5日間の培養期間を経て、ヴァギナ・チップは人間の膣組織に見られるものと同じ分化細胞からなる複数の層を形成しました。このヴァギナ・チップに女性ホルモンのエストロゲンを与えると、チップに含まれる細胞の遺伝子発現パターンが変化し、人間の体と同じように粘液の産生が引き起こされたと報告されています。


その後、健康な人間の膣内細菌叢に多く見られるラクトバシラス属の細菌をヴァギナ・チップに導入したところ、細菌のコロニーが形成され、乳酸の生産を開始したとのこと。乳酸は膣内の水素イオン指数(pH)を下げて酸性にすることで、病気を引き起こす可能性のある有害な細菌の繁殖を防ぐ役割を持っています。また、ラクトバシラス属の細菌を導入すると、組織内を循環する炎症性分子の数が減少することもわかりました。


一方、細菌性膣炎に関連するガルドネレラ・ヴァギナリスプレボテーラ・ビビア、アトポビウム・バギナエなどの細菌をヴァギナ・チップに導入すると、pHの上昇や膣上皮細胞の損傷、炎症誘発性サイトカインの増加といった問題を引き起こすことも確認されました。


論文の筆頭著者であるGautam Mahajan氏は、「膣内細菌叢は膣の健康と病気の制御に重要な役割を果たしており、出生前の胎児の健康にも大きな影響を及ぼします。私たちのヒトヴァギナ・チップは、宿主と微生物叢の相互作用を研究し、潜在的なプロバイオティクス治療の開発を加速させるための魅力的なソリューションを提供します」とコメントしています。

ヴィース研究所の創設ディレクターであるDon Ingber氏は、「女性のヘルスケアが全人類の健康にとって重要だという認識は高まっていますが、人間の女性の生理機能を研究するツールの作成は遅れています。この新しい前臨床モデルが、細菌性膣炎の新しい治療法の開発だけでなく、女性の生殖に関する健康についての新たな知見をもたらすことを期待しています」と述べました。

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in サイエンス,   動画, Posted by log1h_ik

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