サイエンス

「乳がんや脳腫瘍を検出するAI」を公開した人物は本職ではなくアマチュアのプログラマー、高性能グラボを自腹で数十枚購入


2018年、「coolwulf」と名乗るプログラマーが、アップロードされたX線画像から約90%の精度で乳がんを検出するウェブサイトを無料で公開しました。中国のオンライン開発者フォーラム「V2EX」では開発者に対してさまざまな質問が寄せられましたが、coolwulfは個人的な質問には答えないまま沈黙を続けました。そして2022年、coolwulfはAIで脳腫瘍の正確な位置を検出する「NeuralRad」というプラットフォームを公開。再び表舞台に姿を見せたcoolwulfに対し、中国のニュースサイト・今日頭条がインタビューしています。

这名“业余”程序员,曾用50张1080Ti对抗癌症-今日头条
https://www.toutiao.com/article/7094940100450107935/?wid=1653278073761

This "amateur" programmer fought cancer with 50 Nvidia Geforce 1080Ti
https://howardchen.substack.com/p/this-amateur-programmer-fought-cancer

coolwulfというハンドルネームで活動するプログラマーの正体は、アメリカ中西部に住むHao Jiang氏です。Jiang氏は南京大学の物理学科とミシガン大学の原子核工学部放射線科学科で学位と博士号を取得した人物であり、学問としてプログラミングを専攻にしていたわけではありません。Jiang氏は自らのことを「私の主なキャリアは医療用画像ですが、余暇にはオープンソースプロジェクトに携わる『アマチュアの』プログラマーです」と述べています。


Jiang氏は幼い頃からプログラミングに興味を持っており、開発プラットフォームのGitHubが登場する前からSourceForge.netや自身のウェブサイトでサイドプロジェクトを投稿していたとのこと。2001年頃にはMozilla Foundationのオープンソースプロジェクトに参加しており、HMTLレンダリングエンジンのGeckoを使用するK-Meleonというウェブブラウザや、Firefoxの前身であるウェブブラウザの「Phoenix」にコードを提供したこともあったほか、2009年には北米の留学生向けに低価格でホテルを予約することを助けるウェブサイトも立ちあげたそうです。

プログラマーとしてさまざまなプロジェクトに携わってきたJiang氏でしたが、職業としてプログラマーを選ぶことはなく、ミシガン大学で医療用画像について学んだ後はブルカーシーメンスで医療用画像撮影装置の研究開発を指揮しました。さらにその後、テキサス大学サウスウェストメディカルセンターの終身教授であるLu Weiguo博士と共に、放射線治療をターゲットとした2つのソフトウェア会社を設立して、がん放射線治療やAI開発に取り組んでいます。

写真の右側に写っているキャップをかぶった男性がJiang氏。


このまま科学起業家としての道を歩み続けるかに思われたJiang氏でしたが、34歳の時に南京大学の同級生が乳がんを患い、まだ4歳の子どもを残して亡くなってしまうという出来事に直面したとのこと。病気によって家族が壊されてしまうこと、乳がんの検出が遅れて治療が間に合わなくなる事例が多いことを知ったJiang氏は、当時まだ一般的でなかった「AIでX線画像から乳がんを検出する」というアイデアに取り組み始めました。

腫瘍を正確に検出するAIを開発することは困難でしたが、Jiang氏はフロリダ大学のウェブサイトから大量のX線画像データセットをダウンロードし、専用のプログラムを書いてすべての情報を使用可能な形式に変換したとのこと。また、バルセロナ大学にも非公開リソースである乳がんデータセットを利用する許可を得るために連絡を取るなど、精力的に訓練データを集めると共に関連する研究文献を読みあさったそうです。

また、AIシステムを構築するにあたって必要なのはデータとコードだけではなく、高いコンピューティング性能を持つハードウェアが必要です。そこでJiang氏は自分のポケットマネーで50枚のNvidia GTX 1080 Tiを購入して、ローカルで高性能なマシンを作りました。当時は仮想通貨マイニングが盛り上がりを見せていたため、50枚ものグラフィックスカードを購入するのは容易ではありませんでしたが、多くの友人にオンラインサイトを頻繁にチェックするよう頼んで、どうにか50枚入手することができたとのこと。

Jiang氏が50枚のグラフィックスカードで構築したマシンがこれ。


そして2018年、Jiang氏は3カ月も仕事を休んで無料のAI乳がん検出ウェブサイトを完成させました。このウェブサイトでは、患者のプライバシー保護のためにデータが保存されない仕組みになっているため、実際に何人が利用したのかはわからないとのことですが、Jiang氏のもとには中国をメインとして多くの患者から感謝のメールが届きました。

特に医療資源が限られた遠隔地に住む人にとって、腫瘍をAIが検出してくれるこのウェブサイトは役立つものでした。記事作成時点では、AIを用いてがんを検出するシステムが多数開発されていますが、2018年の時点ではJiang氏のウェブサイトは先進的なものであり、業界からも大きな注目を集めました。復旦大学医学部附属病院など中国内外の多くの医療機関がメールで感謝の意を表し、財政的・技術的支援を申し出たとのこと。

Jiang氏はポケットマネーを持ち出してまで作ったウェブサイトを収益化しなかった理由について、「がん患者さんやその家族は大変な思いをしており、そうした人々の力になりたいと誰もが思っていると思います。たまたま私にはその力があったのです」とだけ述べています。


AI乳がん検出ウェブサイトをリリースしたJiang氏でしたが、2021年には同僚のいとこが脳腫瘍を患って全脳照射療法(WBRT)という治療を受けたものの、数カ月後に腫瘍が再発して死を待つのみになってしまうという出来事が発生しました。脳全体に放射線を照射するWBRTはがん細胞だけでなく正常な脳細胞にも損傷を与えるもので、一種の「無差別攻撃」だといえます。そのため、脳の重要な構造に対する放射線量の許容度を考慮すると、1生に1回しか使うことができない治療法だそうです。

一方、特定の部位へピンポイントに放射線を照射する定位放射線照射療法(SRS)は、脳の正常な部位に損傷を与えないで腫瘍を治療できるため、1人の患者に複数回施すことが可能です。しかし、SRSを行うには事前に腫瘍の部位を正確に特定しておかなくてはならず、1人の患者を救うのにより長い時間がかかってしまうというデメリットがあります。そのため、一般的には脳内に5つ以上の病変がある患者に対しては、脳全体に放射線を照射するWBRTを行うのが通例となっています。

そこでJiang氏は、AIを使って脳腫瘍の部位を正確に特定して医師の負担を減らし、より多くの患者がSRSを受けられるようにするというプロジェクトに取り組み始めました。この問題は乳がん検出よりはるかに困難であり、もはや1人の力だけでは開発できなかったため、Jiang氏はテキサス大学ウェスタンメディカルセンターやスタンフォード大学に協力を求めました。

大勢が協力したプロジェクトにより、研究チームは「脳腫瘍の輪郭やラベルを適切に描くモデル」「誤検出を迅速に低減させるモデル」「複数の病変を適切な治療コースに分類するモデル」の開発に成功。アメリカ医学物理学会の2022年春季臨床会議やアメリカ医学物理会の年次総会などで発表され、記事作成時点では業界で広く認知されています。


Jiang氏は今回のインタビューで、今回の成果を上げられたのは決して自分1人だけの功績ではなく、共にがんと戦う多くの協力者がいたからだと繰り返し強調しました。

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in ソフトウェア,   サイエンス, Posted by log1h_ik

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