サイエンス

糖尿病治療に光を差す「人工すい臓」開発の歴史とは?


体内でインスリンを生成できない糖尿病患者にとって、注射によるインスリンの投与や定期的な血糖値の測定は生存のために必要不可欠とされてきました。しかし、近年では血糖値測定やインスリン投与を自動的に行う人工すい臓が実用化されており、糖尿病患者のライフスタイルに変化が訪れています。そんな人工すい臓の歴史について人工すい臓開発プロジェクトの中心人物であるボリス・コヴァチェフ氏が解説しています。

A Smart Artificial Pancreas Could Conquer Diabetes - IEEE Spectrum
https://spectrum.ieee.org/artificial-pancreas-could-conquer-diabetes

糖尿病を患っていない人は、血糖値の変動に応じてすい臓でインスリンを分泌して血糖値を適切な範囲に保っています。しかし、糖尿病患者の場合、すい臓でインスリンを生成できなかったり生成量が少なかったりするため、人為的な手段でインスリンを補う必要があります。


コヴァチェフ氏によると、糖尿病患者にインスリンが投与されたのは1922年とのことで、その後数十年間は「注射」がインスリン投与の主要な方法でした。また、当時は血糖値を測定する手段がなかったため、糖尿病患者は尿に含まれる糖分を検知することによって「血糖値が危険なレベルに達しているか否か」を知ることしかできませんでした。

1970年代には携帯できる大きさの血糖値検査キットが開発され、1980年代には広く利用されるようになりました。加えて1970年代には「Biostator」と呼ばれる冷蔵庫サイズの人工すい臓が開発され、血糖値に応じたインスリンの投与が可能となりました。しかし、Biostatorはサイズが大きすぎることやインスリンを静脈に注入するという投与方法から、病院内でしか使えないという問題がありました。


インスリン投与方法に関する研究は活発に行われ、1970年代後半にはセグウェイの開発者として知られるディーン・ケーメン氏によって比較的小型な輸液ポンプ「AutoSyringe」が開発されました。加えて1999年には医療機器メーカーのMedtronicによって皮膚に埋め込むタイプの血糖値測定機器が開発され、「定期的に指先から血液を採取して血糖値を測定する」という操作が不要になりました。その後も血糖値のリアルタイム測定機器の開発は進み、その精度は年々向上しています。

コヴァチェフ氏によると、糖尿病治療の究極的な目標は「健康なすい臓の再現」とのこと。しかし、以下のような要因によって人工すい臓の開発を困難なものとされていました。

・血糖値は食事・運動・体調などの要因によって複雑に変動する
・インスリンを外部から投与した場合、血糖値が低下するまでに40分~60分の時間が必要である
・インスリンが及ぼす効果は人によって異なり、同一人物でもインスリンを投与するタイミングによって効果が異なる
・最先端の血糖値測定機でも、数時間にわたって測定値がずれることがある
・活発に運動する若者から一日中座っている高齢者まで、幅広い生活スタイルの人々に対応する必要がある

これらの問題を解決するためにインスリンの効果を正確に予測するアルゴリズムや、血糖値を下げるインスリンに加えて血糖値を上昇させるホルモンであるグルカゴンを使用する方法が開発されました。これらの開発は主に動物実験で効果を評価しながら進められていましたが、2007年にはコヴァチェフ氏が率いる研究チームによって「300人の1型糖尿病患者を対象にした治験」と同様の実験効果が得られるコンピューターシミュレーションが開発され、研究スピードが飛躍的に高速化しました。

上記のコンピューターシミュレーションによる研究高速化も手伝って、2000年代後半にはノートPCを用いて計算を行う「血糖値を1日を通して測定し続け、適切な量のインスリンを投与する人工すい臓」が開発されました。さらに2011年にはAndroidスマートフォンで計算を行い、ウェブベースのリモート管理が可能な小型人工すい臓が開発され、2016年には最初の商用小型人工すい臓システム「MiniMed 670G」が開発されました。このMiniMed 670Gは1日を通してインスリンの投与量を調整可能で、高い血糖値コントロール能力があることが臨床試験で確認されています。


コヴァチェフ氏によると、記事作成時点では「体内に人工すい臓を埋め込むことで、血流に直接インスリンを供給するシステム」の開発が進んでいるとのことです。

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in サイエンス, Posted by log1o_hf

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