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東日本大震災で切断された海底ケーブルの修理に震災直後から従事した日本の海底ケーブル修理船の秘話


2011年3月11日に発生した東日本大震災ではマグニチュード9.0を記録した大地震の揺れに加え、沿岸部に押し寄せた大津波による被害、そして福島第一原子力発電所事故に伴う悪影響が広範囲に及びました。そんな東日本大震災では、世界中とのインターネット接続を支える海底ケーブルも多数切断されて日本は危機的状況に陥っていました。震災直後から海底ケーブルの修理に従事したKDDIケーブルシップの修理船・オーシャンリンクの活動秘話について、海外メディアのThe Vergeが報じています。

The invisible seafaring industry that keeps the internet afloat
https://www.theverge.com/c/24070570/internet-cables-undersea-deep-repair-ships


世界中の電子メールやSNS、銀行振込、動画配信サービスなどのインターネットトラフィックは、庭の水まきホースと同じくらい細い海底ケーブルによって伝えられています。地球の海底に張り巡らされている海底ケーブルの長さは約80万マイル(約128万km)に達し、およそ600もの異なるシステムを構成しているとのこと。

ケーブルの端は海岸近くに埋設されていますが、大陸や島を結ぶケーブルの大半は深い海底に横たわっているため、ほとんどの人々はその存在を意識していません。しかし、もしすべての海底ケーブルが切断されると金融システムや物流、事務、娯楽に至るまで現代文明のあらゆる機能が停止するため、その重要性は非常に高いといえます。幸いなことに、世界中に張り巡らされている海底ケーブルには冗長性があるため、接続が良好な国で一度にすべてのインターネット接続が失われることはほぼ起きません。

それでも、海底ケーブルの切断は世界中で年間約200回も発生しており、そのたびに海底ケーブルを迅速に復旧させなくてはなりません。海底ケーブル修理船は世界中に20数隻ほど存在しており、そのうちのひとつが、1991年に進水したオーシャンリンクです。


東日本大震災が発生する直前だった2011年3月11日の午後、オーシャンリンクは茨城県北部とアメリカのカリフォルニア州を結ぶ海底ケーブルの損傷に対処するため、日本の東海岸から20マイル(約32km)の太平洋沖で修理作業を行っていました。横浜港から出港して約2週間が経過したその日、修理作業はほとんど完了し、後は遠隔操縦無人潜水艇(ROV)の「Marcas」を使ってケーブルを海底に埋め直すだけという段階だったとのこと。

そんなとき、突如として立っているのがやっとなほどの揺れが船を襲い、テレビで確認したところ船から北東130マイル(約210km)の位置で巨大な地震があったことが判明。津波が来る危険性があるとして修理作業は中断され、津波が収まるまでオーシャンリンクは一時的に退避しました。津波が去った後、乗組員らはテレビのニュースで日本の被害状況を知りましたが、船の衛星電話は通じませんでした。


混乱の中でチーフエンジニアの平井光義氏は、神奈川県にいる家族について心配する傍らで、これから地震で損傷した海底ケーブルの修理作業に追われるだろうと考え始めたとのこと。大きな地震ではまとめて大量の海底ケーブルが破損することが多いため、場合によっては一気に大規模なインターネット障害が発生する可能性もあります。実際、11日の夜にはオーシャンリンクへケーブルの故障を知らせるメッセージが次々と届きました。

東日本大震災では電話線や携帯電話の基地局が破壊されたため、人々は電子メールやSkypeなどのオンラインサービスで連絡を取り合いました。そのため、「電話がダメになってもインターネットは大丈夫だった」という印象を抱いた人も多かったかもしれませんが、翌朝までに日本の太平洋横断ケーブル12本のうち7本が切断されたことが判明するなど、日本のインターネット接続はかなり危機的な状況にあったそうです。


震災から2日後にオーシャンリンクは横浜港へ戻り、海底ケーブルの修理に向けた準備を整えることになりました。当時、福島第一原子力発電所の事故によって日本近海は放射能汚染のリスクがあると判断され、周辺の海域から海底ケーブル修理船の派遣がされなかったため、オーシャンリンクは単独で作業せざるを得ない状況でした。乗組員らは放射線を計測するガイガーカウンターを入手し、その使い方を訓練したとのこと。

寄港から8日後に再び出港したオーシャンリンクは、福島第一原子力発電所から南に160マイル(約257km)離れた作業現場に向かいました。ここは原子力発電所から最も遠い断層のひとつでしたが、作業開始前に防護服を身につけた平井氏が放射線検査を行い、その後も定期的に平井氏が放射線のチェックをして安全を確認したそうです。

海底ケーブル修理の基本的なやり方は、1866年に大西洋横断電信ケーブルが敷設された時代からほとんど変わっていません。イギリスとアメリカを結んだ大西洋横断電信ケーブルは、当時最長だった黒海の海底ケーブルの5倍以上である3000kmに達し、敷設工事は何度も失敗に見舞われました。

最後となった5回目の敷設工事では、新たに大西洋を横断する海底ケーブルを敷設すると共に、過去の作業で沈んだケーブルを引き上げて船上で別のケーブルと接続し、合計2本のケーブルを敷設することに成功しました。沈んだ海底ケーブルを引き上げる方法は、海底を引きずるいかりにケーブルを引っかけて、そのまま引き上げるというアナログな方式が採用されていました。

オーシャンリンクをはじめとする現代の海底ケーブル修理船も、機器はハイテクになっているものの、基本的には19世紀と同じ方法で海底ケーブルを引き上げます。比較的浅い海域ではMarcasのような潜水艇が役立ちますが、海底の水深が数千mに達する厳しい環境では、海底を引きずるフックにケーブルを引っかけるシンプルな方法が最も安定するとのこと。東日本大震災でオーシャンリンクが修理した最も深い海底ケーブルは、なんと水深6200mだったそうです。


3月22日にオーシャンリンクが予定海域に到着すると、岩だらけの海底を引きずるのに適したフックを、水深3マイル(約4600m)を超える海底に6時間以上かけて降ろしました。そしてオーシャンリンクをゆっくりと前進させ、平井氏やその他の機関士がいかりのテンションメーターを注視して、海底ケーブルが引っかかるのを待ったとのこと。

そして翌日の朝6時に海底ケーブルが引っかかり、巻き取りを開始しました。最初の前進で海底ケーブルが引っかかったのは幸運でしたが、テンション(張力)の高さから「海底雪崩によるがれきの下敷きになっている可能性が高い」と平井氏が判断したため、ケーブルが切れないように毎分10フィート(約3m)と非常に低速度で巻き取りが行われました。そのため、ケーブルの巻き上げが完了したのは開始から19時間後でした。しかも、海底ケーブルはベテランの平井氏ですら見たことがないほど損傷しており、ともすると海底から船につながったケーブルが切れて大事故につながる恐れがあったため、作業は非常に慎重に行われました。

海底ケーブルの修理では、まずケーブルの一端を船に引き上げて目印のブイなどに固定して海底に戻し、その後もう一端を引き上げて切断箇所をきれいにして予備のケーブルと接続します。そしてブイに接続したもう一端を引き上げて予備のケーブルの反対側と接続することで、2本にちぎれたケーブルをつなげるというわけです。最終段階では船に海底から伸びた2本のケーブルがつながった状態となるため、特に風や波の影響を受けやすい状態になるとのこと。

オーシャンリンクは漁具の絡まりや度重なる放射線検査、嵐といった困難に見舞われながらも、最初の修理を1カ月で完了しました。その後も、海底の地滑りによってまとめて複数本が破損した海底ケーブルを新しい分岐ユニットを備えた新しいシステムに丸ごと置き換えるなどの難しい作業をこなし、8月にようやく横浜港へ期間しました。最後の作業は、3月11日に地震の影響で中断されていた海底ケーブルの補修だったそうです。陸に上がった平井氏は最後の日報を書き終え、横須賀に帰る電車内で他の乗客が携帯電話を使っているのを見て、自分たちの仕事は終わったのだと実感したと述べています。


東日本大震災に限らず何度もインターネット接続の危機を救ってきた海底ケーブル修理船ですが、その重要性の高さに比べると知名度は高くありません。大手テクノロジー企業は毎年のように新しい海底ケーブル敷設計画を発表しているものの、その保守に対する投資は不足しており、修理船の老朽化や後継者不足が問題になっています。

実際、2023年にはベトナムに接続した海底ケーブル5本すべてにトラブルが発生し、復旧作業の遅れからインターネット接続に長期的な悪影響が出る事態となりました。このケーブル破損は地震のような壊滅的な出来事によるものではなく、漁業や海運、技術的な問題による散発的な破損でしたが、近隣の修理船が別の補修作業で忙しかったため手が回らなかったとのこと。

The Vergeは、人々は海底ケーブルの敷設ばかりに目を向けており、メンテナンスについてはあまり考えていないと指摘。海底ケーブル修理船の建造やメンテナンスに対する投資が不足していることに加え、専門的な技術を持つ後継者の育成が大きな課題になっていると主張しています。「この産業の長期的な存続にとってより大きな脅威となっているのは、船と同様に人々が年老いていることです。ほとんどのことを仕事の中で学ぶ職業であるため、人材育成は船を建造するよりも時間がかかるのです」と、The Vergeは述べました。

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in ネットサービス,   乗り物, Posted by log1h_ik

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