サイエンス

無料で自分の遺伝子をチェックして健康上のリスクを調べる方法とは?


医学は長年にわたって多くの人間に共通する治療法を開発してきましたが、実際は体質の違いなどから同じ治療法であっても効果には個人差が生じます。そのため、近年では患者個人に最適化した治療であるプレシジョン・メディシンが注目を集めているとのことで、イギリスのケンブリッジ大学で遺伝子工学などについて研究するSouradip Mookerjee氏が「無料で自分の遺伝子をチェックして健康上のリスクを知る方法」について解説しています。

A new era of personalised medicine: or how I got myself sequenced for free! · Souradip Mookerjee
https://souradip.mookerj.ee/blog/free-sequencing

病気のなりやすさや症状には、その人の生活習慣や過去にかかった病気などが影響するほか、一部の遺伝子を持つ人が特定の病気になりやすいケースも存在します。特定の病気にかかりやすいことが事前にわかっていれば、「皮膚がんになりやすいので日焼け止めを入念に塗る」といった対策を取ることが可能です。


また、多くの薬剤は体内のタンパク質を標的にしていますが、もしタンパク質の設計図である遺伝子が通常の人と違う患者がいた場合、薬物が予想通り機能しない可能性があります。たとえば、鎮痛や下痢止めの作用を持つコデインは肝臓でモルヒネに分解される薬ですが、一部の人々はコデインを分解できないため、他の人と同様の効き目が得られないとのこと。

患者の個人の遺伝子データを治療や疾患予防に組み込むことで、遺伝子による影響を考慮した最適な医療を提供することができます。23andMeのような遺伝子検査企業に遺伝子解析を依頼すればもちろん有料ですが、Mookerjee氏は自分自身の遺伝子配列を無料で入手し、自分が持つリスクについて知る方法を見つけ出したと述べています。


Mookerjee氏は、人間とバナナでさえ遺伝子の50%が共通しており、実際に病気のかかりやすさなどに関係する遺伝子はごくわずかであると指摘。中でも注目に値するのが、白血球をはじめとする細胞の血液型を表す分子である「HLA(ヒト白血球抗原)」です。

HLAは人体のほとんどの細胞に発現する抗原であり、元から体内にある細胞とウイルス・細菌・がん細胞などを識別する役目を持っています。免疫機構において非常に重要な役割を果たすHLAは血液型と違って数万通りのタイプが存在し、ウイルスなどが感染すると細胞傷害性T細胞にウイルスを提示し、これを起点にしてさまざまな免疫細胞が有害な細胞を破壊するとのこと。

数万通りものHLAタイプが存在することにより、ウイルスが全ての人間の免疫システムをかいくぐることが困難になる一方、HLAタイプによっては特定のウイルスに感染しやすくなるケースがあります。また、HLAタイプは自己免疫疾患やサイトカイン放出症候群(サイトカインストーム)にも関わっており、一部のHLAタイプを持つ人は強直性脊椎炎ベーチェット病などの自己免疫疾患を発症しやすいことがわかっています。


個人間におけるHLAタイプの違いが問題となる事例として、臓器移植を行うドナーと患者のHLAタイプが違う場合、患者の体が移植された臓器を異物と判断して攻撃してしまうというケースが挙げられます。HLAタイプが完全に一致する人は少ないため、臓器移植の際には免疫抑制剤を使って臓器への攻撃を抑えています。

同様の問題が発生するケースには、白血病などを治療するための造血幹細胞移植があります。造血幹細胞移植のドナー選定においてはHLAタイプの適合性が重視されるため、骨髄バンクはドナー登録した人のHLAタイプを検査し、移植を待つ患者と適合するかどうかをチェックしているとのこと。

Mookerjee氏は、「骨髄バンクに登録してHLAタイプの検査を行ってもらい、後からそのデータを手に入れることができれば自身のHLAタイプを知ることができる」と考えました。EU一般データ保護規則(GDPR)の下では、企業や組織が管理する個人データのコピーを要求する権利が認められています。この権利が造血幹細胞レジストリにも当てはまることを発見したMookerjee氏は、GDPRに基づいて自身のデータのコピーを要求しました。

手続きに従って身元を証明する書類を送付すると、Mookerjee氏の下には骨髄バンクが検査したHLAタイプが届いたとのことで、民間の遺伝子検査企業を介さずに無料で遺伝子の情報を入手することに成功しました。また、HLAタイプ以外にも「血液型」「免疫不全状態の臓器移植や免疫抑制療法などの致死的リスクに関連するサイトメガロウイルスの感染履歴」「ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に耐性を持つCCR5の変異を持つかどうか」「キラー細胞免疫グロブリン様受容体(KIR)のタイプ」についての情報も送られてきたそうです。

入手したHLAタイプの解析を行った結果、Mookerjee氏は皮膚症状を中心とする自己免疫疾患の乾癬になりやすいHLA-C12対立遺伝子を持っていることや、HLA-B35とHLA-C04を複合して持っているためHIVに感染すると急速に後天性免疫不全症候群(AIDS)へ進行するリスクが高いことがわかったとのこと。今回のアイデアに基づけば、人々は遺伝子データが民間企業に利用される懸念にさらされることなく、自分の体について深く知ることができるとMookerjee氏は主張しました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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