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ユーゴスラビアで絶大な人気を誇るイタリア漫画「アラン・フォード」とは?


1945年から社会主義体制が確立し、1991年から始まった内戦によって解体されたユーゴスラビア連邦人民共和国では、「アラン・フォード」というイタリアのコミックがカルト的な人気を誇っていました。世界的には売れなかったものの、ユーゴスラビア内では独自文化すら形成されていたというアラン・フォードについて、現代文化について解説するThe Calvert Journalが解説しています。

The name’s Ford, Alan Ford: how an Italian comic book spy became a Yugoslav hero — The Calvert Journal
https://www.calvertjournal.com/articles/show/12465/alan-ford-comic-books-yugoslavia

アラン・フォードは、「アラビアのロレンス」で知られるピーター・オトゥールがモデルの主人公、アラン・フォードがニューヨーク市の秘密結社のメンバーとして活動するという筋書きですが、フォードは女の子に声をかけてもずっと赤面しているほどシャイで何をやっても失敗ばかり。他の秘密結社のメンバーも、年中シャーロックホームズの格好をしている巨大な鼻が特徴的なボブ・ロック、脅迫で生計を立てており、ネアンデルタール人の時代から生きていると主張している半身不髄の老人ナンバーワンなど個性豊か。こうしたキャラクターたちが風刺やブラックユーモアが織り交ぜられたドタバタ劇を繰り広げるというのが、アラン・フォードの主な内容です。

アラン・フォードはイタリアでほどほどの成功を収めた後、フランス・クロアチア・デンマーク・ブラジルなどで国外展開が始まりましたが、ブラジル版に至っては売上不調で3冊しか出ないという鳴かず飛ばずの状況が続きます。しかし、1972年に販売が始まったしたユーゴスラビア版は、2005年の時点においても「最も売れているコミック」に数えられるほどの売れ行きで、ユーゴスラビア連邦人民共和国の崩壊を経ても多大な人気を誇り続けました。


アラン・フォードがユーゴスラビアで成功した理由の1つとしてThe Calvert Journalが挙げているのが、そのシニカルなユーモアセンス。作中の「死んだ英雄よりも生きている臆病者の方がいい」「参加することよりも勝つことが常に重要だ」といった台詞や不条理なギャグは、ユーゴスラビアの社会主義政権が掲げた理想的な未来と、灰色でどんよりとした現実の二重性のメタファーとして、当時から今日に至るまで受けが良いとのこと。

また、ユーゴスラビア版の翻訳を担当したNenad Brixy氏の天性の才も売れ行きに大きく寄与したと考えられています。原語であるイタリア語とユーゴスラビア語の間には大きな隔たりがあったものの、Brixy氏は原語版の曖昧なニュアンスを巧みにつかんだだけでなく、翻訳によってわからなくなってしまうギャグは置き換えて訳すなど、翻訳に工夫を凝らしました。Brixy氏が訳したユーゴスラビア版のキャラクターは高尚な単語と低俗な単語を織り交ぜた話し方で、その演劇的ともいえる奇妙な話法が人気の一端となったとされています。


アラン・フォードはユーゴスラビアのコミック文化に大きな影響を与えており、「アラン・フォードに影響を受けた」と語る漫画家も多数輩出しています。風刺的な作風で知られるAleksandar Zograf氏もその1人です。Zograf氏は幼少期に読んだアラン・フォードについて、「他のコミックとは異なり、ユーモアがかなり暗いという点が特徴でした。通常では秘密組織のメンバーは魅力的かつ英雄的な人物として描かれますが、アラン・フォードではまぬけで、陰うつで、役立たずの人物として描かれていました」と語ります。Zograf氏はアラン・フォードのキャラクターが活躍するという内容の作品を子どもの頃に描き続けたほど熱中していたそうで、「アラン・フォードのファンだった友達はいましたか?」という質問に対して「ファンじゃなかった人を知りませんよ」と返しています。

アラン・フォードに限らず風刺的な作品はユーゴスラビアにおいて受けが良く、「On the Buses」「Yes Minister(イエス・プライム・ミニスター)」「Only Fools and Horses」などのイギリス製コメディドラマなども人気を博しましたが、アラン・フォードは一線級であり続けました。アラン・フォードは現代でもユーゴスラビア諸国のニューススタンドで販売されているそうで、The Calvert Journalのジョナサン・バスフィールド氏は、2021年の元日にクロアチア人の友人から受けた新年一発目の挨拶が「Brexit(ブレグジット)?それはアラン・フォードみたいなものですね!」という内容だったというエピソードを紹介しています。

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in マンガ, Posted by darkhorse_log

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