「イタリアの食卓から国民食のパスタを排除しよう」という運動が起こったことがある


スパゲッティやマカロニ、リングイーネヴェルミチェッリなど、小麦粉を練って作るパスタは、国民食といってもいいほどイタリア国民から愛される主食です。イタリア人は、1人あたりのパスタの年間消費量はおよそ26kgと、世界で最もパスタを愛する民族として知られていますが、そんなイタリア人がかつてパスタを捨てようとしたことがあったそうです。

When Italian Futurists Tried to Ban Pasta | Mental Floss
https://www.mentalfloss.com/article/635709/when-italian-futurists-tried-ban-pasta


事の発端は、詩人で批評家のフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティによる演説でした。マリネッティは、過去の芸術を徹底的に否定し、機械化された近代社会の早さをたたえる「未来派」という前衛芸術運動を立ち上げて推進していた1人です。


元々イタリアの右翼民兵組織「黒シャツ隊」の一員だったマリネッティは、ベニート・ムッソリーニ率いるファシスト党と接近。過去を否定し戦争や破壊を肯定する好戦的な未来派思想が、20世紀初頭に台頭してきたファシズムと結び付くのは必然だったといえます。

1930年11月15日にミラノで開かれた弁論会で、マリネッティは「パスタは栄養価が高いというのは思い込みだ」「パスタは重くて残忍な食べ物」「パスタは懐疑的で鈍く、食べた者を悲観的にさせるような、過去主義者の食べ物だ」という演説を行い、反パスタ運動を展開しました。


この演説の背景には、当時のイタリアではパスタの原材料となる小麦は輸入に頼らざるを得ず、ムッソリーニ政権が小麦よりも国内生産しやすい米を主食にきりかえようと画策したことがあります。実際に、ムッソリーニ政権は1920年代後半に「全国米委員会」を設立し、11月1日を「全国米の日」に設定していました。ムッソリーニ政権はパスタを完全に禁止することはありませんでしたが、マリネッティが演説を行う頃にはすでに「反パスタ思想」を国民に根付かせる準備を進めていました。

演説から約1カ月後の1930年12月28日、マリネッティ率いる未来派は「(PDFファイル)未来派料理のマニフェスト」を発表しました。この中で未来派はパスタを「イタリアの美食における不条理な宗教」と、パスタ愛好家を「有罪判決を受けた浮浪者のように鉄球と鎖に縛られ、考古学者のように遺跡を胃に運んでいる」と過激に表現しました。なお、未来派は「必要な栄養をすべて丸薬や粉末などで摂取できる完全栄養食品」が究極の解決策だと考えていたようです。


マリネッティの演説や未来派のマニフェストは、一部で議論を引き起こしました。マリネッティの元にはイタリア中部のラクイラ市の女性から抗議の手紙が届き、当時のナポリ市長は「楽園の天使たちはトマトソースでヴェルミチェッリしか食べない」と皮肉めいたコメントをしています。

さらに、海外でも「イタリア人がパスタを排除しようとしている」ということは衝撃的なニュースとして捉えられ、アメリカの新聞紙であるシカゴ・トリビューンは「ファシストの詩人が、健康問題でボロボロの田舎者に新しい理論を薦める」「イタリア、スパゲッティで失敗か?」という記事でこれを報じています。

また、アメリカ・ウィスコンシン州の地元紙であるキャピタル・タイムズは「マリネッティ氏、あなたは、マカロニやヴェルミチェッリなどのパスタを廃止して、イタリア人の食事を豆やキャベツ、肉、チューインガムなどの醜い不協和音に置き換えていろといっているんでしょうか?シニョール(旦那)、あなたの魂には詩がなく、味覚にはウィットがありません」と強く批判しています。


一方で、未来派以外のイタリア知識層からも反パスタ運動を受け入れる声も上がっていました。また、ナチス・ドイツの影響力が強大化し、エチオピアとの戦争やスペイン内戦で疲弊したイタリア国民にとっては、「何を食べるか」よりも「食べるものがあるか」という問題の方が重要になっていたとのこと。そのため、イタリア国内では、反パスタ運動は受け入れられており、実際にパスタの消費量も下がっていたそうです。

しかし、近代美術や前衛芸術を「退廃芸術」と称して排斥していたアドルフヒトラー率いるナチス・ドイツとファシスト党が接近したことから、未来派とファシスト党の仲は険悪化。前衛芸術を押し進める未来派はファシスト党と袂を分かちます。1940年代以降はマリネッティ率いる未来派もパスタの排除を訴えなくなったため、反パスタ運動は次第に縮小していき、忘れ去られていきました。

なお、マリネッティは1944年12月、ムッソリーニが処刑される数カ月前に心臓発作で亡くなりました。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
パスタ専門家は見た目と味だけで「高級パスタ」を当てることができるのか?という実験ムービー、いいパスタの選び方も公開中 - GIGAZINE

原材料が100%「豆」の「ゼンブヌードル」はパスタなのか何なのか実際に食べて確かめてみた - GIGAZINE

ケチャップの発祥はアメリカにあらず、ケチャップのトランスフォームの歴史はこんな感じ - GIGAZINE

カフェイン抜きコーヒーがナチス・ドイツで奨励されていた理由とは? - GIGAZINE

世界中で食べられる「パン」の歴史とは? - GIGAZINE

コーヒーはいかにしてオスマン帝国を崩壊に導いたのか? - GIGAZINE

in , Posted by log1i_yk

You can read the machine translated English article here.