サイエンス

厳しいビザ制限でアメリカンドリームを打ち砕かれた若き科学者5人の証言


アメリカのドナルド・トランプ大統領は、2017年にイスラム教徒が多数派を占める7カ国からの入国を禁止する措置を実施したほか、2020年6月にも就労ビザの新規発給を2020年末まで停止すると発表するなど、厳しい出入国政策を打ち出してきました。こうしたビザ制限や渡航制限により、大きな影響を受けた科学者らの証言を、学術誌Natureがまとめています。

The visa woes that shattered scientists’ American dreams
https://www.nature.com/articles/d41586-020-02746-y

◆1:Chenyang Li氏


Li氏は、ジョージア州アトランタにあるエモリー大学で理論化学を研究しているポスドク研究員です。2015年にジョージア大学で理論化学の博士号を取得して以来、特殊技能職ビザ(H-1B)を更新しながらアメリカで研究を続けていたLi氏は、2019年12月に北京で開かれた若手科学者向けのシンポジウムに出席すべく中国に一時帰国しました。

その後、12月31日にアメリカに戻るためのビザの面接を受けたLi氏は、そこで「研究中のコンピューターコードは有用か?」など、過去にアメリカと中国を何度も往復した時には経験したことがない質問を浴びせられたとのこと。さらに、2020年に入って新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が本格化すると、ビザの発給プロセスが完全に停止。それ以来、Li氏はアメリカに再入国できていないとのことです。


学問を教える仕事を目指しているというLi氏は目下、中国で生活を送りつつ、エモリー大学の研究者と連絡を取って論文の執筆などに取り組んでいます。しかし、COVID-19の影響で多くの大学が採用を見合わせており、Li氏の研究分野がややニッチであることも相まって、専門知識を生かせる仕事をアメリカで見つけられるかどうかは厳しい見通しとのこと。

Li氏は、アメリカにいる非アメリカ人の科学者に対し、「不安定な時期に母国に帰る前には、どうなるかをよく考えた方がいいでしょう」とアドバイスしました。

◆2:Umair Ahsan氏


Ahsan氏は、故郷のパキスタンで結婚式を挙げた1カ月後の2019年5月に、ニューヨーク州にあるコーネル大学で植物分子生物学のポスドクプログラムを開始しました。コーネル大学でトマトの収穫量を上げるプロジェクトに取り組んでいる間、Ahsan氏はポスドク研究員がよく受け取る交流訪問者ビザ(J-1)で生活していましたが、Ahsan氏の妻は家族ビザ(J-2)を取得することができなかったとのこと。

そこでAhsan氏は、2020年4月に期限が切れる自分のビザの更新に合わせて、妻のJ-2ビザを再申請するためにパキスタンに帰国しようとしましたが、折しもCOVID-19が猛威を振るっていたせいで、旅行のキャンセルを余儀なくされました。そんなAhsan氏に追い打ちをかけるように、トランプ政権がH-1BビザやJ-1ビザの発給停止を発表したのをきっかけに、Ahsan氏はアメリカを後にしてパキスタンに戻ることを決意しました。

コーネル大学でのプロジェクトを投げ出さなければならないのは、Ahsan氏にとっては心残りでしたが、COVID-19による混乱が激化する中、いつ新たなビザ制限が出るか分からなかったため、Ahsan氏は苦渋の決断をせざるを得なかったそうです。

こうしてパキスタンに戻ったAhsan氏は、混乱が収まってもアメリカで研究を続けず、オーストラリアでポスドク研究をする予定だとのこと。アメリカを目指す科学者に向けて、Ahsan氏は「アメリカのビザ事情は非常に流動的です。アメリカに渡ろうと考えている国際的な研究者には、他の国での予備の計画を立てておくことをお勧めします。また、あなたの配偶者やパートナーと一緒にアメリカに行く場合は、同じ大使館で2人そろって申請してください」と話しました。

◆3:Gloriia Novikova氏


Novikova氏は、ニューヨークのマウントサイナイ医科大学でアルツハイマー病の研究をしている博士課程の学生です。子どものころにモルドバ共和国からロシアに移住し、ロシアの大学に1年間通ったNovikova氏は、2013年に渡米してインディアナ州のパデュー大学に入学し、そこで化学工学を修めました。そして、2017年からはマウントサイナイ医科大学でアルツハイマー病の研究を開始しているとのこと。

学生ビザ(F-1)で8年間アメリカで暮らしているというNovikova氏は、「私が所属している研究機関では、学生であるとないとにかかわらず、多くの人がビザでアメリカに来ていたり、移民だったりしているので、私たちは不安な気持ちを共有しています。幸いなことに、留学生事務所は私たちの質問にもよく答えて、私たちのために戦っていると感じさせてくれます」と話しています。

それでも、ビザ制限や留学生の強制送還に関するニュースが毎日のように出る中で、Novikova氏は「問題が留学生事務所の手に余るほど複雑化するかもしれない」という不安が迫るのを肌で感じているそうです。そのため、Novikova氏はH-1Bビザでアメリカのハイテク企業で働く夫と、別の国への移住について話し合うようになりました。

こうした経験から、Novikova氏は「多くの人は、移民としてアメリカで成功するのに、どれだけの苦労、献身、犠牲が必要かを理解していません。異国に住み、異なる文化に身を置き、時には言葉の壁を抱えながら成功を収めるのは、とても難しいことです。それは、神経をすり減らすような、奇妙な生き方です」と訴えました。

また、今後のアメリカでの生活については「私はこの国を本当に愛しているので、近年は怖くて苦しい時期でした。私は自由だと感じていますが、もはや歓迎されているとは感じられません。今、私たちは『アメリカは最良の選択肢なのか?』を自問しています。その問いの答えは私には分かりません」と話しています。

◆4:Azan Virji氏


Virji氏はタンザニアの出身で、アメリカではハーバード大学医学部の2年生として医学を学んでいます。タンザニアも、近年厳しいビザ制限が設けられた国の1つですが、特筆すべきなのはタンザニア人は移民多様化ビザプログラム(グリーンカード抽選)に申し込めなくなってしまったという点です。

またVirji氏自身、H-1Bビザが停止されてしまっていてグリーンカードの申請ができないため、研修医になることができず、COVID-19に苦しむ人々のケアを手伝うこともできないということに歯がゆい思いをしているとのこと。こうした状況について、Virji氏は「国境を越え、国を1つにして戦わなければならないパンデミックが、世界をさらに分断させ、各国が自分たちのことだけを考えるようになったのを、私は目撃しました」と話しています

アメリカで医師を目指す外国人が直面する問題に対応するため、Virji氏は2020年3月に、移民の医学生を支援する団体F-1 DOCTORSを設立しました。Virji氏と共同でF-1 DOCTORSを立ち上げたBenjamin Andres Gallo Marin氏やGhazal Aghagoli氏も、それぞれニカラグアやイランをルーツに持つ医学生とのことです。

Virji氏は、アメリカで医学を学ぶことを目指している人に対して、「アメリカ人より大幅に優れている留学生でなければ、アメリカの大学の医学部に出願できないということはありません。とはいえ、医学部を設けているアメリカの大学141校のうち、留学生の申請を受け付けているのは49校で、その大半はカナダ国民しか受け入れていません。そこで私たちは、留学生を広く受け入れている31校の大学や、財政支援に関する情報などをまとめた文書を用意しています」とのメッセージを送っています。

◆5:Yixin Chen氏
中国人のChen氏は、ボストン大学で認知と意思決定を研究している博士課程の学生です。5年間有効なF-1ビザを持っているというChen氏ですが、アメリカ政府が7月に発表した、オンライン授業のみの留学生にはビザを発給しないという政策には強いショックを受けて、数日間は動けなかったとのこと。最終的に、上記の決定は撤回されましたが、Chen氏は「ビザ政策が取り下げられたとはいえ、そのダメージは大きかったと感じています」と話しました。

またChen氏は、「近年アメリカと中国との間に発生している摩擦は、たとえトランプ政権が終わったとしても続くことでしょう。また、COVID-19のパンデミックへのアメリカの対応も、留学生たちにアメリカへの信頼を考えさせることにつながりました。かねてから、終身雇用の教師職の席を確保するのは望み薄になりつつありましたが、アメリカの移民政策に多くの不確実性が伴うようになってからは、より困難なものとなっています」と述べて、アメリカは世界各国の若い高学歴の学生にとって魅力的な国ではなくなりつつあると指摘しています。


そんなアメリカでの将来について、Chen氏は「2018年にアメリカに来たばかりの頃、私は学問の世界にとどまってポスドクプログラムに進むものとばかり思っていました。しかし、今では私が知っている留学生は、将来のキャリアプランを考え直すようになっています。私自身も、アメリカでポスドクを目指すより、産業界を目指すか、いっそ中国で就職したいという気持ちが強くなってきています」と述べています。

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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