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帝国主義の広まりが医学のあり方をどのように変えたのか?


新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は、健康問題が労働力や経済に影響を及ぼすという事実を浮き彫りにしました。「健康問題が政治経済的な問題に直結する」という意識は近代の帝国主義時代に発達したそうで、アメリカの政治・社会・文学誌であるBoston Reviewが、帝国主義の時代が医学のあり方を変えたと解説しています。

How Early Modern Empire Changed Medicine | Boston Review
https://bostonreview.net/science-nature/zachary-dorner-how-early-modern-empire-changed-medicine

ヨーロッパでは長い間、古代インドやギリシャ以来の古典的な四体液説が、病気を説明する理論として使われてきました。四体液説は「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」の4種類を人間の基本体液とし、基本体液のバランスが崩れることで健康が悪化するという考えであり、四体液説に基づいて体のバランスを整えることで、健康を保つことができると考えられてきました。

大量の労働力を必要とした帝国主義国家は17世紀から18世紀にかけて、アフリカ大陸から1200万人以上ともいわれるアフリカ人を奴隷として連行するため、大きな船で大西洋を横断しました。特にイギリスやフランス、スペインなどは大規模な海軍を編成して遠征を行い、他国と戦争したり海外の領土を植民地にしたりしました。

こうした動きの中で問題となったのが、船員や海外の植民地に入植した人々を襲った病気です。病気は人々の階級や肌の色にかかわらず猛威を振るい、18世紀の戦争においては敵と交戦して死ぬよりも病気にかかって死ぬ兵士のほうが多かったとのこと。


病気のまん延は単に人命が失われるというだけでなく、政治や社会的な問題も引き起こしました。たとえば17世紀末に勃発した大同盟戦争において、カリブ海に遠征したイギリス海軍に広まった病気は軍の医療サービスを飽和させました。ロンドン医科大学から提供された薬を使ったにもかかわらず多くの船員たちが死亡し、1693年には予定していたマルティニーク島への攻撃を断念した他、1695年には数隻の船が人員不足で沈没したそうです。

軍事作戦が病気のせいで失敗するという結果を受けて、海軍は四体液説を重視した従来の医療体制を見直すことを余儀なくされます。そもそも四体液説は個人の気質や体質、環境を重視するため、大量の病人を一気に治療するという観点からすると不効率なものでした。そこで海軍は、人の体質に応じた複雑で個別化された医学ではなく、体液のバランスではなく病気を治すことに焦点を当てた、より広い人々に適応できる医学を求めました。

こうした状況下で生まれたのが、「病気はそれ自体が特定の性質を有しており、外部から体を攻撃するもの」という発想でした。病気が体の外からやってくるという概念の誕生により、特定の疾患を治療する医薬品の開発と普及が進み、18世紀のヨーロッパで広まったそうです。この発想は確かに合理的であり、多くの命を救うことにつながりましたが、それぞれの患者を「代替可能なもの」として見る動きも強まったとBoston Reviewは指摘しています。


誰にでも適用できる薬を用いて病気を治療するという考えは、特定の疾患を治療する費用対効果の高い方法であり、プランテーションや船内で流行した病気を治療する上で有効でした。病気の高い罹患率や死亡率は軍事遠征や作物の収穫量に打撃を与えるため、帝国国家の支出に占める医薬品購入の割合は大きくなっていったとのこと。

18世紀半ばのロンドンでは薬剤師や化学者らがパートナーシップを結び、医薬品を大量生産して海外の医療需要に対応するようになり、医薬品は主要な貿易品として扱われるようになりました。奴隷を使ったプランテーションや船による遠征にとって医薬品が欠かせないものとなったため、ヨーロッパのライバルに商業的な勝利を収める上で、いかに自国で医薬品を生産するかが重要だったとBoston Reviewは述べています。


植民地で労働する黒人の奴隷であろうとヨーロッパの貴族であろうと、同一の医薬品で治療されるという状況は、一見すると人種的な差別を薄れさせるように思えます。しかし、実際のところ「特定の医薬品が普遍的に有効である」という概念は、奴隷社会全体における人種的なイデオロギーを強化するために使われたそうです。

奴隷階級の人々は劣悪な環境で強制的に労働させられていたため、その健康状態は支配者階級である白人の人々と比較して劣っていました。ところが、両者の健康状態の格差は奴隷労働が原因だと考えられたわけではなく、「黒人は人種的に病気になりやすいから」という人種的な要素が原因だと考えられていたとのこと。

現代では、医学分野における人種的なイデオロギーはかなり薄まっているものの、依然として医療システムに人種的なバイアスが組み込まれていることが、たびたび問題となっています。また、ヘルスケアの提供を労働や生産性と結びつける動きは、資本主義社会において今後も持続する可能性が高いとBoston Reviewは述べています。

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in メモ, Posted by log1h_ik

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