サイエンス

数世紀もの時間をかけて進化してきた「臨床試験」の歴史とは?


人間を対象にして病気の治療薬や予防薬の有効性・安全性をテストする臨床試験は、すでに広く知られている病気や、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)といった新たな病気を治療する上で非常に重要です。「対象者を複数のグループに分けて薬などの効果を比較検証する」という臨床試験のデザインは何世紀もかけて編み出されたものだそうで、南オーストラリア大学で生物統計学を研究するAdrian Esterman教授が、臨床試験の知られざる歴史について解説しています。

The fascinating history of clinical trials
https://theconversation.com/the-fascinating-history-of-clinical-trials-139666


◆1:11世紀の中国における「高麗人参」の試験
最も初期の臨床研究の1つが、およそ1000年前に中国で行われた実験です。1061年に北宋の科学者・宰相であった蘇頌が編集した「本草図経」という書物には、高麗人参の薬効について行われた臨床試験について記されています。

本草図経の記述によると、高麗人参の効果を調べるために2人の人物が選ばれ、片方には高麗人参を食べさせてもう片方には何も食べさせませんでした。その後、2人に1500m~2500mほど走ってもらったところ、高麗人参を食べなかった方は激しい息切れを起こしたものの、高麗人参を食べた方はスムーズに息をすることができたとのこと。

この事例は、治療が行われない対照群を用いて行われた実験に関する世界初の記録であり、現代の臨床研究でも治療を受けないか偽薬を与えられる対照群の存在は非常に重要なものとなっています。なお、高麗人参の薬効についての研究は現代でも行われており、2018年の研究では高麗人参が勃起不全(ED)の治療に有効なことが判明しています。

by Bart

◆2:18世紀のイギリスで行われた「ルバーブ」の試験
ルバーブは紀元前から下剤として使用されてきた植物であり、18世紀のイギリスではイギリス産やトルコ産など、世界のさまざまな場所で生産されたルバーブが流通していたとのこと。そこで、イギリスに住んでいたCaleb Parryという医師は、「イギリス産の安価なルバーブ」と「トルコ産の高価なルバーブ」の間で下剤としての効果に差があるのかどうかを調べる研究を行いました。

1786年にParryが実施した研究では、Parryが患者に与えるルバーブの種類を定期的に切り替え、種類ごとに効果がどれほど違うのかを測定したとのこと。その結果、Parryは「わざわざ高価なトルコ産のルバーブを使う利点はない」と結論付けました。なお、ルバーブには下剤としての作用を発揮するアントラキノン誘導体が豊富に含まれているため、実際に下剤として有効だそうです。


◆3:20世紀初頭の「脚気」の予防に関する無作為の比較試験
19世紀~20世紀初頭のアジアでは脚気の患者が多く、日本でも白米が流行した江戸で脚気の患者が多かったことから「江戸患い」と呼ばれていました。心機能の低下や神経障害を引き起こす脚気は死に至ることもある危険な病気であり、その治療や予防はアジアの医学界にとって大きな焦点だったとのこと。

1905年にクアラルンプールの精神病院で脚気が流行した際、この地方で外科医を務めていたウィリアム・フレッチャーが脚気の予防に関する実験を行いました。フレッチャーは各患者に番号を割り当てて病棟を分け、1方の病棟では玄米食を、もう1方の病棟では白米食を与えて経過を観察したとのこと。実験終了時、白米食を与えられた患者の15%が脚気で死亡し、玄米食を与えられた方の患者は誰も死ななかったことから、玄米食の有効性が確かめられました。

現代の倫理観で見ると問題点もあるフレッチャーの実験は、患者を無作為に選別して比較する最初期の臨床試験といえます。現代の臨床試験でも、患者を無作為に選別して比較することは臨床試験の精度を高める上で重要です。なお、記事作成時点では重度で慢性的なビタミンB1(チアミン)の欠乏が脚気の原因であることがわかっており、玄米食はビタミンB1を補って脚気に有効であることがわかっています。


◆4:結核二重盲検法によるランダム化比較試験
1948年、疫学者であり統計学者としても知られるオースティン・ブラッドフォード・ヒルが、結核の治療法を研究するために世界初のランダム化比較試験を実施したとのこと。ブラッドフォード・ヒルは乱数表を使用して患者を選別し、抗生物質のストレプトマイシンを使用して治療するか、ストレプトマイシンを使用せずに治療するかを決定しました。

また、ブラッドフォード・ヒルは治療を担当する医師にも「どの患者にストレプトマイシンを投与しているのか」を知らせず、患者に対しても臨床試験を行っていることを知らせませんでした。このように、試験を担当する医師も患者も治療の詳細について知らないようにする手法を「二重盲検法」と呼び、プラセボ効果による症状の改善や観察者バイアスを防ぐ意味合いがあります。

記事作成時点では、新たな治療薬をテストするために二重盲検法を用いたランダム化比較試験が一般化されていますが、それまでの道のりは非常に長いものだったとEsterman教授は述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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