インタビュー

映画『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』特撮/VFX監督の三池敏夫さんにインタビュー、難しい題材にいかに取り組んだのか?


2011年3月11日、マグニチュード9.0・最大震度7という東日本大震災の際の津波により、東京電力福島第一原子力発電所は全電源を喪失する事態に見舞われました。このとき、原発に内で未曾有の事態に奮闘した人々の姿を描いた映画が『Fukushima(フクシマ) 50(フィフティ)』です。本作では広大なオープンセットと、ミニチュア特撮をベースにしたCGを併用して原発が再現されたということで、特撮/VFX監督である三池敏夫さんに実際の絵コンテなども見せてもらいつつ、映画のこと、そして特撮の「今」の話をうかがってきました。

映画「Fukushima 50」公式サイト|大ヒット上映中!
https://www.fukushima50.jp/

◆映画『Fukushima 50』について
GIGAZINE(以下、G):
三池さんは本作にどのように参加することになったのですか?

三池敏夫さん(以下、三池):
KADOKAWA副社長の井上伸一郎さんから直接お話をいただきました。作品名も内容も知らない段階で「特撮を使う作品があるから、やってもらえませんか?」という電話があり引き受けたのですが、そのあとで映画の原作本が送られてきました。僕は、これまでエンターテインメント映画を中心にやってきましたから、「今回は責任重大だな」と感じました。それから、いろんな資料や書籍、NHKのドキュメンタリーなどを見て、一生懸命勉強しました。


G:
本作では、福島第一原発で奮闘した方々はもちろん、原発そのものも主役の1人であると思います。ニュースで何度も見た姿ではあるのですが、今回、まるで現地で撮影したのではないかというぐらいにそのままの福島第一原発の原子炉建屋が出てきます。オープンセットとCGを併用したとのことですが、どのあたりをCGで作られたのですか?

三池:
建屋は水素爆発で壁が吹っ飛んでいるので、事故前の原発の姿はどこにも残っていないわけです。それに、廃炉に向けた状況にあるので、いかなるシーンでも現地での撮影は不可能です。それで、建屋に関してはCGで作ることになりました。所員の人たちが動き回っているサービス建屋などの地上周りは、撮影のために作られた広大なオープンセットで再現しています。

G:
なるほど。

三池:
美術デザイナーは瀬下幸治さんで、オープンセットは諏訪湖のほとりにあるバルブ工場跡地に作られました。かなり広大な敷地だったので、そこで撮れる範囲の絵はそのまま撮っていますが、もっと引いて建屋が入る絵に関してはCGを足しているということです。

G:
たとえば、注水時に建屋の周りを自衛隊の人たちが動き回っているシーンがあったりしますが、背景の建屋が合成だったりすると?

三池:
そうです。建物の下の方はオープンセットで作った範囲で撮れていますが、それ以外、建屋の上の方まで入るカットはVFXで合成していますね。今時の映画はカメラ固定での撮影というのはほとんどなくて、必ずカメラが動いています。動く絵に対しての合成というのは、一昔前だったら技術的に難しかったのですが、今は違和感なくできるようになっています。

G:
なるほど。観客として、セットか合成かを見分けるのは難しそうですね。

三池:
僕らの役割としては「当時の現場にいるつもりでお客さんに見てもらう」というのがテーマなので、合成を感じさせないレベルにしなければいけないと考えてやっていました。

G:
今回、まずミニチュアを作って、それをベースにCG化を行ったとうかがいました。最終的に、CGになってからディテールアップすることも可能だと思いますが、ミニチュアの時点でどこまで作り込むものなのですか?

三池:
作品によって異なると思います。検討用であればそれほど細かい作り込みする必要はないんですが、今回のミニチュアに関しては、実際にミニチュアを撮影して使用するぐらいのつもりで、ディテールを作り込みました。最初からミニチュアを作らずにCGで映像を作ることもできるんですけれど、CGはできあがってくるまで最終的なクオリティがわからない。1回立体物を作ると「品質保証」といいますか、「これぐらいのクオリティのものを目指す」というみんなの共通認識ができるんです。

G:
おお、なるほど。

三池:
CG部にとっても、根拠になる立体物があればスキャンするだけでCGのベースが成立しますから。時間も予算も厳しい中では、少しでも手がかりがあった方が助かるということで賛同してもらいました。決して「ミニチュア対CG」みたいなことではなくて、お互いのいいとこ取りを狙うやり方です。大きさとしては50分の1スケールのものでしたが、ディテールはかなり細かくしました。無事な状態の時と、水素爆発で壊れた状態のものと両方です。

これが福島第一原発2号機建屋のミニチュアの写真。


G:
無事なときのものだけ作って、爆発後はCGで処理したというわけではないんですね。

三池:
爆発自体はCGですが、ミニチュアの建物は爆発前後の2種類作りました。先にミニチュアがあれば、少なくともそれだけの映像になるという安心感があります。CGは条件さえそろえば本当にリアルなものが作れますが、先ほども言ったように、最終的な仕上がりがなかなか見えてこない。ミニチュアは、完成した時点でそれが保証されている。監督にとっても、CGの担当者にとっても、安心保証になるんです。

G:
ミニチュアが完成した時点で、これをスキャンするのだからこのクオリティまでは安心できるということが見てわかると。

三池:
そういうことです。だから、建屋の表面は遠目には平坦に見えますが、近づくと表面の塗装の質感だったり、溝があったり、外階段がついていたりという部分も作り込んでいます。

G:
三池さんが「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」に合わせて日刊Webタウン情報クマモトに連載した日記の第3回で、「映画の撮影では通常カメラから見えない部分は作りません。ミニチュアも全面作る事はほぼなく、メインポジションの裏側は省略します」という話が出てきます。熊本城は主役なので、全方向作り込んだという話が続きますが、本作だと、映画ですがスキャン素材なので、熊本城と同じように全面を作り込んだのでしょうか。大変ではありませんでしたか?

三池:
今回も全方向の作り込みです。映画撮影では必要に応じて作るところは作るし、映らないところは作らないというのは普通のことです。今回はスキャン目的なので、全面作るということに関して大変ということはなかったですよ。

爆発後の建屋ミニチュア


むきだしになった鉄筋まで細かく再現されています


G:
ミニチュア製作自体は、何名ぐらいで行うものなのですか?

三池:
特撮デザイナーは稲付正人さんで、ミニチュア製作は、ゴジラやガメラなどの特撮映画で長年お世話になっているマーブリングファインアーツが担当しています。ミニチュアスタッフとしては、4人ぐらいでやっています。スキャン撮影班とCG部のスチール班で6人ぐらいかな。かなり小人数での作業でした。

G:
「ミニチュアをベースにCGを作っていく」というのは、もともと造型師として白組に入社したという山崎貴監督も同じような手法を使っているという話を目にしました。このやり方は、かなりオーソドックスなものなのでしょうか。

三池:
やはり、日本の映画はハリウッド映画ほど予算も時間も余裕がないですから、現物で確認した方が早いわけです。アメリカでも、検討用としてひな形は作っていると思いますから、日本だけの方法ではないと思います。ただ、日本映画だと、CGを作るにあたってアナログも活用した方が勝算がある、というところじゃないでしょうか。もちろん、そういう工程を踏まずにやっているCG作品はいっぱいあるだろうし、出来不出来はいろんな状況によって変わると思います。ミニチュアを作らないから悪いとは限らないし、ミニチュアを作ってもうまくいっていないケースもあるかもしれない(笑)

G:
確かに、そうですね(笑)

三池:
ただ、僕らはアナログからスタートしていますから、ミニチュアのいい部分を取り入れた方が全体としてメリットがあるだろうという方針でいつもやっています。それから素材撮りといって、煙や雪を合成用に特撮班で撮影しています。

G:
予算のお話が出ましたが、いまは、ミニチュアですべてやった方が予算は高くなってしまうとか……。

三池:
そうなんです。CGが映像業界に出始めた時代は「1カット何百万円」みたいな話で、高かったんですよ。それがどんどん技術が進歩して、今は特撮専門のスタッフを呼んでミニチュアを撮影する方がお金がかかり、CGの方が安くできちゃうというのが実情です。あと、アングルの自在性はCGの方があるので、編集段階でフレキシブルに対応できるという良さもあります。ただ、CGは完成しないとクオリティの保証が見えないという点では、僕らのようにミニチュアでなじんできた人間からすると、少しでもミニチュアの良さを入れた方が信頼感があります。

G:
いかにクオリティを上げていくかの部分で、製作チーム全体としてクオリティ保証につながる部分もあり……。

三池:
CG部も、ミニチュアがなければないで1から作れるはずなんだけれど、やっぱりあった方が助けにはなる。そういうお互いの良さを認め、いいとこ取りでやろうというところですよね。


G:
本作で、原発の諸々と並ぶ重要シーンが、冒頭の津波シーンです。製作には1年ほどかかっているとのことですが、どの工程で一番時間がかかっているのでしょうか。

三池:
まず、このプロジェクトは若松節朗監督やプロデューサー陣はかなり早い時点から動いていたのですが、僕ら技術スタッフが参加したのは2018年、おととしのことでした。その段階で、準備用の台本は完成していました。それで、検討稿の段階で、どういう映像が特撮・VFXで必要かということで絵コンテを作成しました。

三池さん作成の絵コンテと、台本。これは決定稿。


G:
はい。

三池:
文字でしかない台本上の絵作りを、具体的なビジュアルにしていくのが僕らの役割なので、最初に絵コンテを作るんです。それでどういうカットが必要なのかを若松監督に相談しながら具体的にしていくんですが、当然、予算と時間が絡んできますから、やりたいことを全部できるわけではありません。その中から、どこまで映像化するかを決めていきました。


G:
なるほど、その時点で絞り込むんですね。

三池:
津波のシーンは冒頭にあって、早い段階から「必要不可欠」と考えていました。VFXのメインは白組、先ほど名前の出た山崎貴監督も所属している歴史ある会社ですね。今回は三軒茶屋にある、『シン・ゴジラ』(2016)とかもやってもらったチームが担当でした。私が出すのは本当に絵そのものなんですが、白組で「動く絵コンテ」であるプリビズを作ってもらって、それが2018年の夏ごろ。カット割りが具体化したらCGチームも動き出すんですが、津波の部分はなかなかできあがってこなくて……若松組の撮影は2018年秋からで、2019年1月いっぱいでクランクアップだったんですが、撮影が終わっても津波の一連はなかなか具体的に見えてこなくて、1年後の2019年夏過ぎてようやく見えてきたという感じです。結局、音を入れるダビング作業のギリギリまでかかりましたね。

G:
おお……

三池:
水のシミュレーションって、たとえば海や川はCGで違和感なくリアルに描けるんですけれど、津波はいろんなものを押し流して、その押し流したもの同士がぶつかって水しぶきが飛んで、という複雑な表現にすごく手間がかかったんです。ハリウッド映画の中でスペクタクル映像として出てくるものに見劣りするクオリティではいけないし、かといって、僕らはニュース映像で本物の津波の映像を見ていますから、オーバーな嘘もつけない。そこにすごくこだわって、引きの絵でも、あまり細かいところだとお客さんには見えていないかもしれないけれど、車が流されたりするのもしっかりやってもらっています。その物理的なシミュレーションに1年かかった、という感じです。

G:
津波のニュース映像は当時、本当に衝撃的でした。絵コンテで描かれたものと、最終的に映像になったもので大きな違いはあるのですか?

三池:
そうですね。白組チームを信頼はしていましたが、最終的にどこまで持って行けるかは、できてみないとわからない部分でした。目標としてはハリウッド映画に負けないくらいのクオリティにしたい、という思いがありつつも、作業する人の技量や、与えられた時間でどこまでいけるか、ですから。本編の撮影が終わって、編集作業に入るでしょう?

G:
はい。

三池:
編集段階でも本当にプリビズのラフな絵からほとんど進展がないから、途中でみんなから「CGはどうなってるの?大丈夫なの?」みたいな雰囲気が出てくるわけですよ。僕はVFX側の責任者だから「良くなりますからもうちょっと時間ください、大丈夫ですから待っててください」みたいな感じで説明して。

G:
ほうほう。

三池:
そうしたら1カットだけ、結構早めにできてきた絵があったんです。その1カットを若松監督に見せたら「これすごいね」と言ってもらえて。「ちょっと尺(秒数)伸ばそう」って言われたくらい(笑)

G:
おお。

三池:
CGカットというのは、決まった秒数の中でデータを作っているから、伸ばすのはそれほど簡単じゃないんですよ。現場で撮影した映像だったら編集で切った前後があるから簡単に伸ばせるんだけれど。でも、そのくらい1カットがいいものだったから、若松監督に信頼してもらえて「時間があればあるほどいい絵になりますから」と説得できました。

G:
その、若松監督が納得した1カットというのはどの部分だったんですか?

三池:
最初に津波が建屋にぶつかる横から見たカットです。

G:
予告編にも出てくるものですね。確かに、監督が「もうちょっと伸ばそう」と言うのもわかる、迫力の映像でした。当然なのですが、津波のシーンの映像はニュース映像のコピーなどではなく、完全に新規で作られたものなのですよね。

映画『Fukushima 50』(フクシマフィフティ)予告編 - YouTube


三池:
はい。もう全部CGのシミュレーションですね。

G:
先ほど、津波の中で流される車がぶつかるのもシミュレーションしているという話がありましたが、車がこれぐらい巻き込まれているよというのも、絵コンテの時点で決めていたものですか?

三池:
そうですね。絵だけではわからないディテールはCG部との打ち合わせで口頭で説明しました。あと大事なのは、やっぱり「黒い波」であるという点ですね。泥を巻き込んだ、ものすごい厚みのある波なので、パシャパシャという感じではなく重々しい黒い波であるというのはちゃんと描きたいという風に言いました。


G:
若松監督はその1カットで納得されたわけですが、三池さんとしては完成したカットを見たときの感覚はいかがでしたか?

三池:
CGの映像って、少しずつクオリティを上げていくから、1週間おきにチェックしても劇的には変化しないわけです。だから、最初に出来上がった津波のカットを見て、「全部のカットがここまで行くんだったら、大丈夫だな」という安心感はありました。ただし、他の絵もそこまでクオリティが上がるかどうかはできてみないと分からないので、不安もありつつで「何とか時間ギリギリまで頑張ってお願いします」という感じでした。

G:
最終的には、期待通りになりましたか?

三池:
本当にもう、仕上げは白組とピクチャーエレメントの皆さんが良く頑張ってくれたと思います。津波や水素爆発以外のお客さんが気付かないような目立たないVFXカットもたくさん使っていますが、どれも上出来ですね。そして美術部・装飾部の力が、この映画のクオリティを上げていることは間違いありません。最初の撮影は2018年秋、諏訪の原子炉建屋のオープンセットで、津波が押し寄せた後のがれきが散乱したところからクランクインしたんですが、最初に現場に行ったとき息をのむほどの臨場感がありました。美術の瀬下さん、装飾の秋田谷宣博さんとはこれまで何本も一緒に仕事をしていますが、今回の仕事は一段と力が入ってました。

G:
なるほど。

三池:
そのあと、角川大映スタジオに入って中央制御室、そして2019年の年明けすぐに免震重要棟、所長室など、セットで組んだ部分の撮影をしましたが、とにかくどれも再現度がすごかったです。ドキュメンタリーかと思わせるリアルな舞台が用意されていました。そこに対して、僕らVFXパートは、CGでその場にないものを作らなければいけないんだけれど、美術に負けないクオリティで、少しでもリアルに、お客さんがその場にいたかのように追体験できるようにという目標でやらせてもらいました。

G:
はい。

三池:
ただ、津波に関しては、導入部ということもあって、実際に波が押し寄せた高さより、少しオーバーにしています。実話を元にはしているけれど、映画として膨らませた部分です。そこは、あくまで再現ですし、4日間にわたる話を2時間で見せるためにいろいろな省略やデフォルメは必要になってきます。

G:
なるほど。

三池:
すでに映画は3月6日(金)から公開されていて、いろいろな感想や意見が聞こえてきます。こういう作品はメッセージ性が強いからこそ、関心が高い人にはそれぞれの立場、それぞれの見識で、「実際とは違う」とか「ここが描けていない」とか、納得いかないところがあるのは当然だと思います。ただ、大事なことは、福島でこういう日本を脅かす大事故があって、そこに現地で生まれ育った人たちが命がけで立ち向かったということ。結果的には建屋が爆発し、放射性物質も外部に放出することになったので、とても成功とは言えないけれど、そういう人たちが格納容器爆発という最悪の事態を阻止したのは事実です。

G:
タイトルにもある、原発に残った50人の方々の奮闘を、と。

三池:
そうですね。原発にいた人たちの行動は、決してかっこいいヒーローイズムではない。でも「自分たちが逃げたら誰も対処できない」というのは分かってるわけで、やむにやまれぬ思いで残った人たちが命がけでなんとかしようとしたというのは本当です。それがこの映画の一番のテーマですよね。あと、こういう題材はみんな敬遠しがちですけれど、映画という形で残せればそれはそれで意義があることかなと。絶対に、すっきりする映画ではないです。それはあり得ないですよ、まだ解決していないんだし、そこに不快感を持つ人もいるだろうし、原発のイメージと福島を結びつけること自体についても快く思わない人がいっぱいいると思います。でも、長い目でみれば、映画化はやっぱり誰かがやるべき仕事なんじゃないかなと、そういう思いで、僕はスタッフの1人として関わらせてもらいました。

G:
ドキュメンタリーではないものの、「娯楽」というわけでもない題材なので、「気軽に見て欲しい」とは決して言えないですが、この題材に目を背け続けるわけにもいかないところですね。まさに1年かけて作られたという津波のシーンは、迫力をもって描かれているからこそ、人によっては見るのがつらいものになっています。

三池:
どこまで描くかは、準備期間に若松監督ともじっくり相談したところです。監督からは、実際に起きたことだし、あの津波がきっかけの1つとして大きな事故になるのだから、ちゃんと描いた方がいいというお話がありました。津波に人が飲み込まれるような映像は避けましたが、階段を上ろうとしている人に水が落ちてくるところは、あえて入れました。実際に建物内にいて命を失った人もいますから。僕らはニュースを通して、そこに人がいることはわかっているけれど、実際に彼らがどう動いたかということまではわかっていなかった。本当に真っ暗な中で、手探り状態でなんとかしようとしていたというのは、凄まじいことですよね。

G:
まず計器がダウンしているから現場でも数字を知る術がなかったとか、その数字の伝言ゲームがうまくいっていなかったとか、こうして振り返ると、あのときの報道はこうやって行われていたのかと。現場の奮闘は、報道にまでなかなか伝わってこなかった印象です。

三池:
地元福島で生まれ育った人が職員として多く働いていたわけですが、電源が失われたあとの手探りの対応、余震が止まらない中真っ暗な建屋への突入、1号機の爆発と、その場にいた人たちが直面した恐怖は想像を絶します。そしてベント作業の断腸の思い、自分の故郷に自分たちの手で放射性物質を撒かざるを得ないというのは、大変な決断だったと思いますよ。

G:
映画公開後、当時首相だった菅直人さんが、映画では省かれたやりとりについてブログで触れたりインタビューで答えたりしています。改めてこの機会に証言を引き出せたというのは、本作公開の功績ではないかと思います。

三池:
いろんな見方が話題になって事故を風化させないで欲しいという気持ちはあるのですが、一方で、「福島イコール原発」というイメージを改めて印象付ける作品になっているという点では、傷口に塩を塗られているように感じる地元の人もいるだろうと思っています。

G:
美しい桜は出てきても、すべてが丸く収まったハッピーエンドではないので、余計につらさを感じてしまうというのはあるかもしれません。

三池:
ラストの桜並木のシーンを一件落着のように受け取る方もいるようですが、桜は毎年春を迎えて咲くけれど、そこに住んでいた人たちはそれを見ることができないわけですよ。作中に出てくる富岡町にもまだ帰還困難区域がありますから、「今でも事故の影響は続いている」というのが現実なんです。

具体的な帰還困難区域は福島県公式サイトによると、2020年3月10日(火)時点で以下のような感じです

避難指示区域の状況 - ふくしま復興ステーション - 福島県ホームページ
https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/list271-840.html


G:
福島に春が来た、美しい絵ではあるんですが……。

三池:
でも人通りはないわけです。かつては夜ノ森公園は桜の名所として、毎年すごく人が集まっていたんです。映画で、桜並木に行く前に出てくる道路沿いの姿は、実際に2019年に撮影した富岡町の風景なんですよ。

G:
あれはCGではなく、現地なんですか?

三池:
ええ、まさに「今の様子」なんです。あそこに住んでいた皆さんは震災の直後に避難させられて、長らく戻れなかったからそのままなんですよ。建物が壊れた状態のまま、草とかがボーボー生えてて、解体すらできない状態。あれが今の福島の現実です。

G:
地震前の原発の空撮と同じように、CGだったりするのかと……。

三池:
この映画の撮影は、本当に天気に関して恵まれていました。1週間ほど続けて撮影した諏訪のオープンセットの天気も問題なかったし、自衛隊木更津駐屯地でも事前に撮影許可を取っていますから、「天気が悪いから、明日に」とは簡単にいかないわけです。そういう大事な日が、ことごとく晴れました。横田基地の米軍ヘリが飛ぶところもちゃんと晴れたし、桜についても、咲く時期はある程度読めるんですが、帰還困難区域だからスタッフの名簿を出して許可を申請して、狙ったその日に撮影できました。風が吹いているから桜も揺れているでしょう?合成では自然な揺れまで表現するのは難しいです。本当に、運が良かった。

G:
横田基地でのロケでは、実際に基地からヘリが飛び立っているところを撮影しているんですよね。

三池:
そうです。台本を渡してアメリカ本国に許可申請を行いました。米軍が協力してくれたというのは、やっぱり、こういう作品だから特別扱いというのがあると思います。もちろん、「だからこそ協力する」ところがある一方で「これでは協力は難しい」という場合もありました。僕はキャスティングに関してはノータッチですが、メッセージ性が強いからこそ出演を悩んだり敬遠した俳優さんもいただろうと思います。佐藤浩市さんも渡辺謙さんもよく出てくれたと思いますし、KADOKAWAさんもよくこういった難しい題材で作ったなと思います。

G:
2011年の東日本大震災から9年経過しての映画公開、「もう9年」だけれど「まだ9年」でもありますもんね。

三池:
ロケハンの時に富岡町周辺をいろいろと見せてもらいましたが、役場とか小学校とか、震災後そのままですから。学校だとランドセルがそのまま置かれている。あの日のまま、時間が止まっている。映画の中でも描かれていますが「とりあえず避難」と言われて従い、それっきり戻れなかった人がたくさんいる。そのタイミングで、人生を変えられてしまったんですね。

G:
確かに……。

三池:
僕らは門田隆将さんの原作をもとに作ったわけですが、当事者に取材調査した現実の重さといいますか、原発で電気が失われた時の所員の恐怖感ってすごかったと思いますよ。自分たちの真横にある原発がコントロールできない状態になっていて、メルトダウンが始まって圧力がどんどん上昇している、でも踏みとどまらなければいけない。4日間不眠不休でなんとかしようとしたけれど、その間に、まず1号機の水素爆発があって。あの衝撃、爆発音……あの絶望的な状況を見てなお、その後もずっと現場にいるわけじゃないですか。そして3号機も爆発。それでも逃げない、逃げられない。それはすさまじい義務感、使命感だと思います。あのニュース映像を見たときに「これはもはや収拾できないかも」と、誰もが震撼したと思うんです。それでも、なんとかしなきゃと思い原子炉の傍に踏みとどまった人がいる、それ自体がすごいことですよね。

G:
自衛隊のヘリから水をかけるところで、ヘリに人が乗っているのは当然分かるんですが、その下にある建物にあんなに多くの人が詰めていたとは、と思いました。言われてみれば当たり前なのですが、驚きです。

三池:
そうなんですよ。あと、サプチャン(サプレッションチェンバー)というチューブ状の冷却システムがあって、原子炉はコンクリートで囲われているんですが、サプチャンはコンクリートの中の原子炉容器のすぐ横なんです。だから、放射性物質の量は半端じゃなくて、そこに向けて突入する人たちの、生きた心地じゃない感じは大変なものだったと思います。もうすでに、いつ爆発するかも分からない状況ですから。

G:
映画では伝わりやすくするために、建屋内はぼんやり見えるようになっていますが、実際には真っ暗だったわけですし……。

三池:
本当に、懐中電灯がなければ全く何もわからないような通路で、しかも、放射能が放出されている原子炉の横に行って弁を開ける。

G:
見ている我々は、もうこの時点でメルトダウンしていたのだなと分かりつつ見るわけで……。

三池:
たくさんの問題を含んだ映画です。だから、いろんな意見は出ると思います。映画の是非はお客さんの判断にゆだねますが、日本中の人が少しでも福島や東北の復興に思いを寄せて、訪れる人が増えて欲しいというのが僕の願いです。福島県は、円谷英二監督という日本の特撮を育てた大監督の故郷でもあるんです。浜通りではなく、中通りの須賀川市なんですが、そこに「円谷英二ミュージアム」という施設が昨年オープンしました。そして今年は特撮アーカイブセンターが開設される予定です。これは、「特撮博物館」が切っ掛けになって庵野秀明さんや樋口真嗣さんと設立したNPO法人のATAC(アニメ特撮アーカイブ機構)の活動の1つです。それもあって僕も福島にはこの7~8年ずっとご縁がありました。福島の皆さんと話をする中で、原発事故がどれだけ「福島県」に対してのマイナスイメージになったかをすごく感じています。ですから本作を引き受けるときには、福島の知り合いのことを真っ先に思い浮かべました。

◆「特撮」の今について
G:
先ほど話にも出た「特撮博物館」の流れで、2013年に庵野秀明監督が「どうか特撮という技術を助けて下さい」とメッセージを発した「日本特撮に関する調査報告書」が発表されてから7年が経過しました。前線に立っている人間として、現状はどのように見えていますか?

三池:
「特撮博物館」は、2012年に東京都現代美術館から始めた企画展示です。これは、僕たちが子どものころから慣れ親しんでいたミニチュアや造形物を現場で撮影するアナログ手法の特撮が消滅の危機にあるというメッセージを込めたものでした。この展示のおかげでミニチュアを使った特撮が再評価され、多くの特撮映画上映会やイベントが増えました。しかし実際今はCGが映像製作の中心になっていて、ミニチュア特撮のほうが少数派です。その流れはもう変えられません。ただ、それは「ミニチュアを使って描くのか、CGを使って描くのか」という手段の違いであって、その場にない映像を作るという意味ではCGも特撮なんですよ。

G:
おお、なるほど。

三池:
CG技術は年々進歩しているし、これからさらにいい作品を作れる可能性は高まっているから、特撮やVFXの役割はこれからも必要になるだろうと思っています。ただ、「ミニチュアを使った特撮」という意味では難しいんですよね。製作サイドとしては、ミニチュアで特撮をやるのは予算的に合わないですし、CGの方が映像化できるジャンルの可能性は広がっているからです。僕らは特撮怪獣ブーム世代なので、ミニチュア特撮が少しでも長く残るようにという思いで特撮博物館をやって、これからも残せる限りは努力を惜しまないつもりです。

G:
そうなんですね。

三池:
今作られる映画もドラマも、CG班がいない作品はほぼないです。季節の入れ替えだったり、「バレ消し」っていいますけど、現場で見えちゃいけないものを消したりとか、いろんなことで重宝するので、基本的にはCGってどの作品にも使うんです。そういう意味では、いい時代になったといえます。「合成バック」という、グリーンとかブルーの背景で俳優さんを撮って、違う背景にするというのは今や普通のドラマでも当たり前のことです。でも、僕らが若いころにはそういう撮影自体をみんながなかなか理解してくれなくて、「なんで俺はこんなところで演技するんだ」みたいな感じで不機嫌になる俳優さんもいたんですから。今は「CGで後から入れます」でみんな納得してくれて、抵抗なく合成バックの撮影ができるわけです。

G:
隔世の感がありますね。

三池:
そういう意味では、特撮=VFXという役割がすごく社会権を得たといえます。CGによって可能性も広がったし、技術的にはもうどんどん進歩してる。ただ「ミニチュア特撮を昔の規模で」というのは、正直厳しいです。

G:
お金の問題、スケジュールの問題といろいろありますが、ミニチュア特撮で有利な部分というのは、ないでしょうか。

三池:
ミニチュアで撮ることでCGでは読めないクオリティ保証ができるといういいところはあるんですが、「もうちょっと、こっちからのアングルに修正できない?」というのは、CGと違って無理ですよね。一方でCGの弱点は最終的な質感を求めると、ある程度の仕上げ期間が必要になる点です。時間がない、お金がない中で「このスケジュールでやってくれ」となると、かなり悲惨な上がりになってしまいます。

G:
「できたところまでで……」と。

三池:
そういうことです。そうすると、ミニチュアである程度決め込んで撮った方がクオリティは上がるといえるんですが、予算規模からすると、CGでやった方が予算組みがしやすいんです。

G:
コンセプトとして「今回はミニチュア特撮を使う」という前提がないと難しい。

三池:
ハリウッドでも、たまに一コマづつ撮影するモデルアニメーションで映像を作る作品があります。たとえばティム・バートン監督の『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993)や『ティム・バートンのコープスブライド』(2005)だったり、あるいはライカ社の『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(2016)だったりですが、あれは撮影手法が前提としてあるんです。モデルアニメーションで絵を作るには人形が必要だし、背景はミニチュアセットになる。だから、そういうテイストを狙う作品が日本で作られれば出番はあるかもしれない。ああいう作品も、100%現場の絵というわけではなく、かなりCGデジタル処理をしていますけれどね。手作りのアナログ感を出しつつ、デジタルのいいとこ取りもしています。

G:
ああいう作品が国内で作られない理由というのは……

三池:
1から全部作らなきゃいけないから、時間とお金がかかるんです(苦笑)。日本の映画市場は、どうしても日本語圏で、日本国内がメインでしょう。たまに海外でも売れる作品は出てくるけれど、基本的には日本国内で回収しなきゃいけない。そうなると、どうしても予算規模が小さくなって、世界市場に打って出られないんです。

G:
なるほど。

三池:
それからイギリスの「ウォレスとグルミット」はクレイアニメーションで、形が違う人形を置き換えて、ものすごい手間をかけて作っていますね。ああいう作品が企画としてあればミニチュアの出番もあります。NHKでは、「プチプチ・アニメ」で若手作家が5分ぐらいのコマ撮り作品を作っています。ただ、なかなか1時間オーバーの映画でとなると……それだけの規模を覚悟してお金を投資してくれるところが、難しいです。

G:
技術としては、引き継がれてはいる。

三池:
好きな人、やりたい人は今でもいるんですけれど、活躍の場が少ないというのが日本の市場の限界じゃないでしょうか。

G:
人形アニメーション作家の真賀里文子さんから、1979年公開の『くるみ割り人形』以降は、立体アニメーション作品の機会がないという話をうかがったことがあります。2013年のことでしたが、あれから7年、取り巻く状況は厳しいままですか。

人形アニメーション作家・真賀里文子さんに日本の立体アニメの祖・持永只仁氏のことや制作技法についてインタビュー - GIGAZINE


三池:
そうですね。

G:
そうであるなら、どこかのタイミングで「これぞミニチュア特撮の集大成」みたいな作品が見てみたいですけれど……。

三池:
本当にそうですよ!ぜひKADOKAWAさん、お願いします。

G:
本日はいろいろなお話、ありがとうございました。

映画「Fukushima 50」は2020年3月6日(金)から劇場公開中です。

映画『Fukushima 50』特別映像 - YouTube


映画『Fukushima 50』特別映像② - YouTube

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