メモ

売春宿を合法とした古代都市ポンペイでの売春婦はどのような役割を持っていたのか?


イタリアで1世紀頃に栄えた古代ローマの都市、ポンペイでは、売春宿を合法のサービスとして運営していました。古代都市における売春婦の役割についてを、アイオワ大学の歴史学教授であるサラ・E・ボンド氏および、ニューカッスル大学の古典学教授であるマーガレット・ジョンソン氏がまとめています。

The Brothels of Ancient Pompeii | History Today
https://www.historytoday.com/reviews/brothels-ancient-pompeii

The grim reality of the brothels of Pompeii
http://theconversation.com/the-grim-reality-of-the-brothels-of-pompeii-88853

1862年、考古学者たちによって、イタリアのナポリに位置するポンペイの広場と商業地域の間で、2階建ての売春宿の遺跡が発掘されました。「トム・ソーヤーの冒険」の著者であるマーク・トウェイン氏が1867年に発掘された売春宿の遺跡を訪れた際、「女性観光客は生々しい壁画のために、売春宿の遺跡を避けていた」と述べています。

売春宿の廊下には、売春宿に訪れたり働いたりする人々の様子を表す絵が描かれていました。売春宿は2006年に改修され、一般に開放されて以来、男女問わず何千人もの観光客が訪れています。


古代都市ポンペイにおいて、売春宿を利用していたのは主に男性でしたが、売春婦として働いていたのは女性だけでなく男性もいたようです。売春婦の男女は奴隷であり、性行為などのサービスを売り込む一方で、世間話や自慢話といった話術で顧客にサービスを提供することも期待されていました。また、性的暴行や殴打など、拷問のような仕打ちも受けていたと考えられています。

また、当時の売春宿は、宿屋、食堂、居酒屋としての役割も果たしていました。性行為が行われていた部屋は、ドアではなくカーテンのようなもので仕切られていたことが示唆されており、ベッドは石でできていました。


1世紀頃のポンペイでは、性的サービスは社会、特に結婚の成功に不可欠な要素であったとされています。例えば、エリート層における結婚は、主に後継者となる子どもを産むために手配されていたため、妻に性的な快楽を求める夫は少数派でした。むしろ、妻に対する敬意から、男性は妻に対して快楽のためだけの性行為を期待していませんでした。売春宿での性行為は、成人男性の評判と男らしさを維持するだけでなく、結婚制度の社会的および道徳的な維持にも利用されていました。

サラ・レビン・リチャードソン氏は、ポンペイにある売春宿の遺跡を取材し、周辺で起こった肉体的および感情的な体験を分析した本「The Brothel of Pompeii: Sex, Class, and Gender at the Margins of Roman Society」を出版しています。リチャードソン氏は著書の中で、売春宿の奴隷と人身売買の厳しい現実を読者に訴えかけています。

Amazon | The Brothel of Pompeii: Sex, Class, and Gender at the Margins of Roman Society | Sarah Levin-Richardson | History

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in Posted by log1m_mn

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