サイエンス

宇宙と地上に別れた双子の体の変化をNASAが調査した結果わかったことは?

by frank mckenna

アメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士であるスコット・ケリー氏は、2015年3月から1年間にわたって国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在するというミッションを行いました。スコット氏は一卵性双生児で、双子の兄弟であるマーク・E・ケリー氏もNASAの宇宙飛行士であったため、宇宙に滞在するスコット氏と地上のマーク氏という2人の体の変化を調べることで、宇宙環境が人体におよぼす影響を詳しく調べるという医学実験が行われることとなりました。この実験の結果、宇宙では免疫系に関連する遺伝子などの構成に変化が見られたそうです。

NASA’s Twins Study Results Published in Science | NASA
https://www.nasa.gov/feature/nasa-s-twins-study-results-published-in-science

Fun Facts and Shareables | NASA
https://www.nasa.gov/twins-study/fun-facts-and-shareables

The NASA Twins Study: A multidimensional analysis of a year-long human spaceflight | Science
https://science.sciencemag.org/content/364/6436/eaau8650

記事作成時点では、宇宙を旅する特権を得られるのは宇宙飛行士のみです。しかし、宇宙の無重力空間でしばらく時間を過ごすと、人間の体には生理学的あるいは分子的なさまざまな変化が起こります。そういった変化を詳細に観察するために注目されたのが、双子の宇宙飛行士であるケリー兄弟。宇宙で340日間を過ごすスコット氏と、地上で過ごすマーク氏の体の変化を調べることで、宇宙空間が人体におよぼす影響をつぶさに観察しようと考えたわけです。双子の観察にはアメリカ全土から10以上の研究チームが集められており、NASA主導のもと大規模な医学実験が執り行われました

NASAは「双子の調査結果は、単一の人体がいかにして宇宙という極端な環境に適応していったかについての興味深く、驚くべきデータをもたらしてくれました」と記しています。これまでにもISSで6か月過ごすことによって生じる体の変化については調査が進められてきたわけですが、ケリー兄弟を調査することは、「火星探査などの長期ミッションへの大きな足掛かりとなるだろう」とNASAは述べています。一卵性双生児は基本的にまったく同じ遺伝子を持っているため、2人の遺伝子を比較することで「環境がどのように人体に影響をおよぼすのか?」を知るための大きなヒントとなったとのこと。

今回の調査で明らかになった、無重力空間が人体におよぼす影響を示したインフォグラフィックスが以下の画像。

NASA's groundbreaking Twins Study has reached its conclusion. The fascinating results will continue to point researchers toward understanding changes a human body is likely to undergo as we move to long duration spaceflight missions from the Moon to Mars. https://t.co/TwKKzgPLvj pic.twitter.com/ji9unDgVn8

— Intl. Space Station (@Space_Station)


テロメア

by Karl-Ludwig Poggemann

DNAは生物における、遺伝情報の継承・発現を担う高分子生体物質です。この先端部分にはテロメアと呼ばれる特別な特徴が存在しており、これはDNAの分解・修復から染色体を保護する役割を担っています。テロメアの長さは年齢を重ねるにつれて短くなっていく傾向がありますが、ライフスタイルであったりストレス、環境によってもテロメアの短縮ペースが異なってくるそうです。

NASAの双子研究による最も顕著な発見の1つが、スコット氏が宇宙で活動を始めてから地上帰還後数日の間に、テロメアの長さが劇的に変化したこと。スコット氏のテロメアは長くなったそうですが、地上に帰還した後、ほとんどのテロメアの長さが元に戻ったそうです。

イムノーム

by Marlon Lara

人の免疫系全体を示すイムノームに関する研究では、ワクチン接種に関する調査が行われました。スコット氏は1年ごとに3度インフルエンザのワクチンを接種しました。1度目は地球で、2度目は宇宙、3度目は地球に戻ってから接種したそうです。今回の研究によると、スコット氏の体は宇宙へ行っていた際にも適切にワクチンに反応していたことが明らかになっています。つまり、宇宙での長期ミッションの中でワクチンの接種が必要になっても、免疫システムが宇宙でも適切に機能する可能性が高いことが明らかになっています。

遺伝子発現

by Gene Taylor

ISSでの約1年間のミッションへ赴く前に、スコット氏の遺伝子サンプルを採取することで、宇宙空間に長期滞在することで遺伝子発現にどのような変化が起きるかが調査されました。スコット氏が宇宙に滞在している間、遺伝子発現は特に顕著な変化が起きていたそうです。それに対して、地上のマーク氏も遺伝子発現に変化がみられたそうですが、スコット氏の変化と同じものは観察されなかった模様。ただし、スコット氏が経験した遺伝子発現の変化は宇宙での長期滞在により起きたものである可能性が高いとされながら、そのほとんど(約91.3%)は地球帰還後に通常の値にまで戻ったそうです。また、スコット氏の遺伝子にはDNA損傷も確認されており、これは放射線被ばくによるものと考えられています。

認知能力

by Alina Grubnyak

スコット氏の認知能力は、ほとんど例外なく宇宙空間でも変化しませんでした。これは宇宙飛行士が長期ミッションにおいても高いレベルの認知能力を維持できるということを示唆しているため、とても重要な発見になりうるとのこと。しかし、地上に戻ってから6か月後、認知能力の速度と正確さに顕著な減少がみられたとのこと。ただし、地上に戻ってからの変化は地球の重力に慣れるために設定された、忙しいスケジュールによるところが大きいのではと記されています。

生物学

by Kira auf der Heide

スコット氏の体を調べたところ、宇宙へ行っている間に体重は7%減少しました。これはおそらく宇宙でのミッション中に運動量が増加し、栄養もしっかり管理されているためだと考えられています。しかし、宇宙滞在中のスコット氏のカロリー消費量は研究者の当初の予想よりも約30%も少なかったそうです。体内では骨の形成・破壊サイクルが、宇宙滞在時の最初の6か月でより速いペースで起きたとのこと。ただし、スコット氏の運動量が減少したミッション後半の6か月では、骨の形成・破壊サイクルが遅くなったそうです。そのほか、スコット氏の血液および尿サンプルの化学的性質は、ミッション前よりもビタミンB-9が増加したそうですが、これは宇宙食の影響であると考えられています。

ヒトマイクロバイオーム

by hobvias sudoneighm

人間の体内には多様なバイオーム(生物群系)が存在しており、多様なヒトマイクロバイオームは人間の健康に関連します。スコット氏のヒトマイクロバイオームは、宇宙滞在前と滞在時で大きく異なることが判明。宇宙特有の環境要因も影響している可能性があるものの、ISSにいる間にスコット氏が摂取した食物(主にフリーズドライの食べ物)による可能性もあるとのこと。しかし、スコット氏が地上に戻ったあと、体内のヒトマイクロバイオームは宇宙滞在前と同じ状態に戻ったそうです。スコット氏の腸内細菌が正常値に戻ったことが大きな安心感を与えることとなったとNASAは記しています。

エピゲノム

by National Human Genome Research Institute

体内の多くの生化学反応に影響を与えるDNAメチル化が、宇宙空間での滞在によりどれくらい大きな影響をもたらすかを調査したところ、スコット氏の体内でエピゲノム的な変化が見つかったものの、地上のマーク氏よりも小さな変化しか観察されなかったそうです。また、スコット氏のDNAメチル化における変化は、地上に帰ってきたあとに基準値まで戻ったそうです。この変化はマーク氏を調査した際とは明らかに異なっていたため、「宇宙環境で最も反応する遺伝子」を特定するのに役立つとのこと。

メタボロミクス
メタボロミクス研究では、宇宙飛行時の炎症および酸化ストレスによって引き起こされる可能性があるアテローム性動脈硬化症の徴候を探しました。血液と尿のサンプリングおよび超音波を使用して頸動脈を画像化することで、宇宙でのミッション中および地上に戻ってきたあとのスコット氏で炎症および頸動脈プラークの徴候を発見したそうです。しかし、地上のマーク氏ではそういった徴候が見られなかったそうです。

プロテオミクス
プロテオミクス関連の研究では、体液の変化・眼の構造・尿中タンパク質などを調べることで、水分の変化に応じて体内のタンパク質輸送経路が変化し、宇宙飛行士の視力に問題が起こるかどうかに関する調査を行っています。調査の結果、アクアポリン2(AQP2)が宇宙のスコット氏と地上のマーク氏で変化しており、スコット氏の数値が上昇していることが明らかになっています。これが宇宙飛行士の視力問題を解き明かす重要なヒントになる可能性があるとのこと。

統合オミックス
統合オミックスに関する研究では、他の9つの研究チームから集められた生物医学的なデータを調べ、人体が宇宙飛行によりどのように変化するかを包括的に解き明かすための見解をまとめています。研究者は宇宙に滞在したスコット氏の体内で確認された炎症に関連する3つの徴候を見つけたのですが、興味深いことに、これらの徴候はマーク氏でも同様に上昇していたそうです。

なお、研究結果の詳細は科学誌のScienceで公表されています。

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in サイエンス, Posted by logu_ii

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