インタビュー

「銃夢」の作者・木城ゆきと氏にインタビュー、「アリータ:バトル・エンジェル」映画化の経緯から「銃夢」の奇想天外なストーリーの秘訣まで聞いてきました


2019年2月22日(金)から映画「アリータ:バトル・エンジェル」が公開されます。その「アリータ:バトル・エンジェル」の原作となったのが木城ゆきとさんのSF漫画作品「銃夢(ガンム)」。映画の公開を目前に控え、漫画家の木城ゆきとさんに直接お話を伺う機会があったので、10年以上も前から話題になりつつも実現しなかった映画化の経緯から、野生児のように野山を駆け巡っていた幼少期、そして作品の奇想天外なストーリーの秘訣までとことん聞いてきました。

映画『アリータ:バトル・エンジェル』公式サイト 2019年2月22日(金)全国ロードショー
http://www.foxmovies-jp.com/alitabattleangel/

GIGAZINE(以下、G):
ジェームズ・キャメロンが「銃夢」の映画化権を獲得しているというのはかなり前から周知の事実でしたが、「銃夢」を映画化するという話はどういう経緯で来たんですか?

木城ゆきと(以下、木城) :
以前から、ある海外のプロデューサーから非公式に映画化の打診を受けたりはしていて、「銃夢」の連載が終わったころにはたくさんそういう話がくるようになりました。「そのうちジェームズ・キャメロンとかからオファーが来るかも」なんて冗談交じりに話していたら、本当に20世紀FOXから非公式に「キャメロンが興味を持っている」って話があって、これは大変なことになったぞって。なにしろ、当時集英社でも前例がまったくありませんでしたから。きちんとマネジメントをしてくれる代理人契約を電通さんと結んで、ちゃんとした体制でこっちも向かわないといけないという風になりました。


木城:
最終的に、元から交渉をしていた別のプロデューサーとキャメロン監督の競合になりました。すると、そのプロデューサーが危機感を持ったらしく、「キャメロンは『ダーク・エンジェル』という銃夢をパクったドラマを作ろうとしているぞ」とリークしてきたんです。それで「どうなんですか」とキャメロン監督に質問を出したら、キャメロン監督自身が作った文章と直筆のサインが書かれたFAXが送られてきて「そんなことはありません。私は『銃夢』をリスペクトしています」と書かれていた。「そういうことならキャメロンさんを信じましょう」ということになって、本格的な契約交渉に入りました。タフな交渉だったので2年ぐらいは色々ともめたんですが、最終的に2000年の暮れごろに僕が契約書にサインして、契約が成立しました。


木城:
キャメロン監督は来日して話をした時に「ちゃんと自分がシナリオを書いて自分が監督をしたい」「『アリータ』は3D映画で上映する」と語っていました。当時は「アバター」の前ですから「3D映画……?」と夢物語のように聞こえましたね。そのころキャメロン監督はもう1本映画の企画を抱えていて、「アリータ」の方を作ることが決まったら2003年の暮れごろまでには連絡するという約束でしたが、実際には連絡が来なかったので「もう1つの方に決まったんだな」と。そのもう1本の映画というのが「アバター」でした。

キャメロン監督は「アバター」を見事に大ヒットさせましたが、それからずっと音沙汰がない状態が続きました。なので、キャメロン監督が探査艇でマリアナ海溝の潜水時間記録を更新したというニュースを見たときは「潜ってる場合じゃないだろ!映画を作れよ!」って(笑)


木城:
2016年になってプロデューサーのジョン・ランドーが来日して、「『アリータ』を作ることになりました。監督はロバート・ロドリゲスが担当します」と。その時にいろいろなコンセプトアートのスライドショーを見せてもらったり、キャメロン監督の書いた脚本をロドリゲス監督がリライトしたものの日本語訳を読ませてもらったりしました。それが自分が原作を書いたとは思えないほど面白かった(笑)。これなら信頼できると感じたので、僕から映画に注文をすることは一切ありませんでした。

G:
木城さんのブログ「新・きまぐれゆきと帳」の2017年1月24日(火)のエントリー「アメリカ行ってきました!!」に「僕は映画の脚本の日本語訳をすでに読んだのですが、ものすごく面白い…さまざまな人間のあらゆる感情が描かれ劇的に展開する…傑作です」とありましたが、今回の映画化の脚本で特に原作者として「ここは非常に脚本の作り方として参考になった」という点は何ですか。

木城:
僕は既に試写とプレミアムツアーなどで4回本編を観ているんですが、作り手として感じたのはシーンの繋ぎ、つまり構成がとても上手いということ。リズムがあって、「なにっ、ここでこれを持ってくるか!」というような感じで。すべてのシーンが名シーンなんですよ。これだけ無駄なシーンがなくて名シーンだけでできているような、構成がすばらしい映画はなかなかないです。


木城:
ところどころ、「俺のマンガに似てるシーンがあるな」というデジャブを覚えるようなところがあるんですが(笑)、完全に監督が自分のものとして消化して自分の世界観で描いているので、とってつけたような違和感がまったくないんですよね。ファンが観れば「あっこれは原作にあったシーンだな」という発見があるけど、知らない人が観ても違和感がない。原作のファンをないがしろにしてはいけないけど、知らない人が観ても面白い映画になっていると感激しました。


G:
「構成」という言葉はよくブログの中でも書かれていますが、マンガを描くにあたっての「構成」はどのように捉えていますか?

木城:
マンガではコマが最小単位です。最小のマンガは1コママンガで、もう少し大きくなると4コママンガになって、コマが何ページにもわたって連なってストーリーマンガになる。よく「起承転結」や「守破離」と言いますが、僕も駆け出しの頃はそれが分かりませんでした。理屈では分かるんですが、理屈じゃないんですよ。体で分かってないと。

僕が参考にしたのはミュージックビデオです。特にマイケル・ジャクソンの「スリラー」。あれは見事な短編映画ですよね。それで「流れ」といのはこういうことか、というのが分かってきました。「起承転結」といっても、4つに分かれている必要はないんです。「起、承、承、承……転結」でもいいですし、「転」で終わっちゃってもいい。構成にものすごく悩んで、苦労したので、プロになる頃には一家言を持つようにはなりました。


木城:
キャメロン監督の「ターミネーター2」とかも大好きなんですが、最初のシーンからどういうマジックがはたらいて映画に引き込まれるのか解明したくて、何回も繰り返し観たりしました。20年経って、こうして「アリータ」を観て分かったのは、キャメロン監督の構成はとてもベーシックで奇をてらったことはしないということ。よくいきなりバトルシーンから入って観客を引きこんでから、落ち着いたころに回想で「なぜそうなったか」を描写することがありますが、キャメロン監督はそういうことをしないんです。キャメロン監督のやりかたは、最初はセリフのないシーンから始まって、順を追って導入していくんですが、これがすごく丁寧なんです。ひとつひとつのシーンに詩情、感情に訴えかけるものがあるんです。そしてキャラクターの立ち位置が分かったころにはもうその世界にのめり込んでいるという感じ。「アリータ」にもそれがあるんですね。


G:
なるほど。話はちょっと「アリータ」から離れて、木城さんについて気になったことを伺いたいと思います。木城さんは「ゆきとクロニクル」にはかなり細かく自身の人生が記されていているのですが、新聞奨学生をしていたが学校に行かなくなっていったという1985年の話のあと、1986年から1988年が空行になっています。このころには一体何があったんですか?

木城:
「同人活動」をしていた……といえば聞こえはいいですが、なにしろ田舎だったので、コミケなんかに出られるような距離ではなかったですから、ただただ「同人誌的なもの」を描いていました。いわゆる二次創作ではなく、完全なオリジナルです。プロになる前に自分のやりたいアーティスティックな方向性を、言い換えれば商業的に適さないものを消化しておこうと、いろんなコンセプトの短編をたくさん描いていました。ほとんど成果としては残っていないですが。あとはずっとバイトしてました(笑)

G:
同じく「ゆきとクロニクル」の1972年の項目「怪獣画の時代~陰影画法の発見」に

あと特徴的だったのは、ウルトラマンなどのヒーローはぜんぜん描かなかったこと。描くのはあくまで爬虫類的な特徴を持った怪獣ばかりであった。
単に爬虫類/両生類好きが反映しただけだと思うが、もしかすると人間社会的秩序を代表するウルトラマンより、自然的混沌を代表する怪獣によりシンパシーを感じていたのかもしれない。
実際、自分は人間よりカエルに近いと当時考えていた。この話は別の機会にしよう。

とありますが、「人間よりカエルに近い」というのは……?

木城:
当時住んでいた千葉県柏市は、今でこそ住宅街がありますが当時は家もまばらで、同い年の子どももいないようなところでした。遊びといえば藪に突っ込んでみたり、水たまりに飛び込んでみたりで、今から思えばまるで野生児でした。たまたま周りの生き物よりも体が大きくて強いからという理由で、子ども特有の残虐さでもって、虫とかを捕まえてはちぎって殺していましたね。もし自分より体が大きい動物に出会ったら自然界の掟に従って自分も殺されるだろう、というような理が支配する人間社会とは別の世界で生きてました。


木城:
小学校に入っていろんな人間社会の決まり事を教え込まれてからは、僕は内気な子どもだったのでそれをよく守りはしたものの、理解はしていなかった。まるで「怖いからおとなしくしている動物」みたいで、本質的な自分は別のところにあるようでした。道徳の時間でも、教科書に書いてあること自体は理解できるものの、どういう意味か先生に尋ねられてもうまく答えられない。

そんな子どもだったので「人間社会」みたいなものにはなじめなくて。子どものころからマンガを描いていましたが、人間が出てこない怪獣の星が舞台のマンガを描いたりしていました。成長してからは松本零士や「コブラ」の寺沢武一の影響を受けたりしましたが、それでもなかなか人間は描けなくて。高校生になって「さすがに人間を描けないと漫画家になれないだろ」と安彦良和の絵を真似したりして人間を描けるようなってからも、舞台設定はずっと宇宙の彼方だったりして(笑)。「銃夢」の舞台は、はるか未来ではありますが地球なので、僕としてはやっと地球に着陸できたぞという感じです(笑)

G:
「ゆきとクロニクル」の1977~1978年「スターウォーズがやってきた!」には

当時スターウォーズを知った時の感激、これを言葉にするならば、
「子供のような題材をバカにせずに大真面目に作る大人がアメリカにはいるんだ!」
という感じか。
この感激は程なくして、「僕も映画を作りたい!」という素朴な夢へと変わっていく。

とあります。今回の映画には一切関与しなかったとのことですが、もし映画づくりに携われるのであれば、どんなふうに関わりたいと思いますか。

木城
マンガ家になると決めた時点で映画監督になるという夢や他の趣味はみんな捨ててしまったので、いまさら自分がたくさんの人を集めて映画を作りたいという気持ちはありませんが、昔諦めた夢が別の形で実現するのはすごい奇縁というか、夢が本当に叶ったという感じがしました。

本当に偶然なんですが、子どものころ20世紀FOXの「スター・ウォーズ」を観て「うわー、これが映画かー!」とすごく憧れたんです。「アリータ」の冒頭であの「スター・ウォーズ」と同じ20世紀FOXのロゴが出たので、感動が再現されました。

G:
20年前から3DCGを導入していたとのことですが、3DCGを導入しようとしたきっかけは何でしょうか?

木城:
実は中学生のころから3DCGのワイヤーフレームがすごく好きで、3DCGを集めた作品集を買ってきて観たりしていました。コンピューターも3DCGがやりたくて買いましたが、最初は簡単なものしかできず、「俺がやりたいのはそうじゃねえ!」と思ったり。今使っている3DCG作成ソフトも当時200万円ぐらいしたので、「いつか金持ちになったら」と思っていました。当時はちゃんと製本された説明書もなく、紙の束みたいなのがごそっと入ってるだけだったんですよ。


木城:
1997年ごろにようやく価格も落ち着いてきて、ちゃんとした説明書も付くようになって、やっと使えるようになりました。それで集英社から「銃夢」の豪華本が出たとき、表紙制作用に導入しました。当時としてはフォトリアルのやれるところまでやったんですが、フォトリアリティはマンガとは非常に相性が悪くて……今は「輪郭だけ抽出できればいい」という感じで使っています。今やっている技法は1997年~2000年ぐらいに習得した技法ですね。

G:
実際に3DCGを使ってマンガを作っている立場から、今作のような3D映画を観るとどうですか。

木城:
もう次元が違いますね。自宅でPCを使っていても、PCが止まっちゃって、昨日できたことができなくなっちゃう有様で。今度、映画の技術スタッフに会うことがあったら「そういうことってないんですか?」と聞いてみたいですね。あのレベルの人たちならプログラムを自分で書いてその場で解決してしまいそうですが。

G:
作画では、アナログとデジタルを取り入れた複雑な工程があるようですが、なぜそういう手法になったんでしょうか。

木城:
すべてデジタルで完結させるのが一番スマートだと思うんですけど、液晶タブレットを導入したのがつい最近なので、今のところアナログのほうが速いんですよ。アナログでやったほうが速いところはアナログでやって、デジタルでやった方が速いところはデジタルでやるという折衷案になっているという感じです。ちょっとアナログとデジタルを行ったり来たりしすぎだとは思いますが。

「下描きを一生懸命描いたのに、ちょっと位置がずれてて、今から描き直すのは大変すぎる!」ということがしょっちゅうあったのと、物体を3DCGで作る時には、レイアウトを決めるラフがあったほうがやりやすいので、ちょっと時間はかかりますが、今のようなやり方になりました。

G:
ネームの作成にはどのくらい時間をかけていますか。

木城:
これはものすごく時間をかけていて、最短でも1週間ぐらいです。あまり自慢できたことではないですが、1カ月ぐらいかかることもありました。

G:
読者からすると、「なぜこんなストーリーを思いつくんだろう」という時があります。

木城:
最近は間違いだと指摘されているので不適切な例えかもしれませんが、左脳が論理的な思考を、右脳が抽象的な思考を司っているという話があるじゃないですか。僕はまず最初に、登場させたいキャラクターやどこまでストーリーを進めたいかといった左脳的な思考から入ります。でも、そういったお話の組み立てははっきり言って誰でもできることなので、それだけでマンガを描くとちょっと勘の鋭い人ならすぐ先が読めるようなものになってしまいます。決まりきった方程式のようなものですから。


木城:
そこで、うまくいかなくなったときに「カキーン!」と右脳的思考に切り替えて、いろいろなイメージを連想するようにしてたくさん思い浮かべる。その中からかっこいいシーンがぶわっと浮かべば「これだ!」とそのイメージをクライマックスに持っていくようにします。そして、話を多少ねじ曲げてでもクライマックスへ持って行きます。

右脳だけで考えても辻褄が合わなくなったりするので、また左脳に切り替えるということを何回も何回も繰り返しています。最初に編集と打ち合わせをするときは、神の視点から見下ろすようにしてキャラクターを駒のように動かしますが、ネームを描くときはキャラクターの目の高さまで視点を落とします。そうしてキャラクターの目から見てみると、キャラクターの感情の動きなどが見えてきて、また話が動き始めたりもします。


G:
なるほど、そうやって先が読めない展開が生み出されていたんですね。では最後に、原作者の立場から見て、「アリータ:バトル・エンジェル」の「『銃夢』らしさ」はどんなところにあると思いますか?

木城:
最初からメタリックならボディを見せつけるような映画は意外と珍しいんじゃないかと思います。昔からサイボーグものの映画はありますが、多くの場合最初は人間と変わらない見た目で、けがをした拍子にメカが見えたりする。はじめからメカがむき出しのものはなかなかなかったんじゃないかと。


木城:
あと、クズ鉄町は良かったですね。あの明るい感じはさすがロドリゲス監督のテイストがよく出ていて楽しそうなので、「俺も住んでみたいなあ」なんて思いました。


G:
なるほど。本日はいろいろなお話をありがとうございました。


原作者の木城ゆきとさんも大絶賛の「アリータ:バトル・エンジェル」は2019年2月22日(金)から上映開始です。原作を知っている人でもそうでない人でも存分に楽しめる作品に仕上がっているとのお墨付きなので、気になる人は是非映画館に足を運んでみてください。

映画『アリータ:バトル・エンジェル』本予告【天使降臨】編 2月22日(金)劇場公開 - YouTube

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in インタビュー,   映画, Posted by log1l_ks

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