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安価な医療ツールで多くの人が救われる「リバース・イノベーション」はなぜ医療で起こらないのか?

by sasint

先進国の技術や商品を新興国に移転するという従来の手法とは逆に、新興国で生まれた技術や商品を先進国に移転することを「リバース・イノベーション」と呼びます。安価なツールで多くの人を救うことができる医療分野のリバース・イノベーションが起こりにくい状況の背景には、高い壁が多くそびえている、とジャーナリストのTom Vanderbilt氏が述べています。

“Reverse Innovation” Could Save Lives. Why Aren’t We Embracing It? | The New Yorker
https://www.newyorker.com/science/elements/reverse-innovation-could-save-lives-why-isnt-western-medicine-embracing-it

発展途上国における妊産婦死亡の半数以上、そして世界の妊産婦死亡全体の3分の1は分娩後出血(PPH)を原因とします。分娩後出血は出産後の子宮弛緩などを理由に出血量がコントロールできなくなる症状で、子宮収縮薬の投与や子宮摘出といった方法で対処されますが、物資の不足する南スーダンではこのような方法が採れませんでした。そこで、南スーダンで働いていたバーク医師とその同僚たちは「子宮バルーン」というツールを採用しました。子宮バルーンは出血箇所を圧迫し、体が持つ血液の凝固反応を手助けする力を持つとのこと。

しかし、標準的な子宮バルーンは300ドル(約3万3000円)ほどする高価なものであったことから、バーク医師らは規制対象ではないものの安価なUterine Balloon Tamponade(子宮バルーン・タンポネード/UBT)というアイデアについて注目し始めました。UBTはバングラディッシュのSayeba Akhter医師によって2000年に発明されたもので、標準的なカテーテルとコンドームから作られます。バーク医師は、医療標準の子宮バルーンとDIYのUBTの中間にあるツールが作れないものか、と考えだしました。

そして開発されたのがコンドームがちゃんと膨らむようにバルブを追加し、1つのアイテムとしてパッケージ化した「E.S.M.-UBT」です。E.S.M.-UBTはパーツを取り替えることが容易なキット式であること、また文字が読めなくても絵で使い方が理解できるようにしたことが画期的で、ペルーからザンビアまで、数多くの国で使われるようになりました。E.S.M.-UBTによって、これらの国々でPPHを発症させた女性の生存率は97%にまで上昇したそうです。また、子宮摘出手術や輸血の数が減ることで、医療コストも減少したとのこと。バーク医師らは自分たちの開発した技術の特許を取らなかったので、誰でも自由にE.S.M.-UBTを利用できる点も称賛されています。


バーク医師のアイデアは、トップダウンであることが一般的な社会における、現場から始まったとボトムアップのアプローチです。このようなツールはもちろん理想的とは言えません。しかし一方で、十分なサプライチェーンや技術的なサポートのない環境に最新のテクノロジ-を導入することは的外れな行動になる可能性があるとバーク医師は指摘しています。

バーク医師が行っているのは、高価な技術が安価になるのを待つことでも、救済機関からの援助を持つことでもなく、「現場で実際に何が使われるのか」ということを観察し、「最善策を作り出す」ということです。呼吸を補助するCPAP機器はアメリカで標準的に使われていますが、新興国では高価すぎることから、新興国で働く多くの医師は「水を入れたコーラのボトルにチューブをつなぐ」というような、その場しのぎの解決策をとります。このような方法は新生児の生存率を上げる一方で、失明リスクを上昇させます。そこでバーク医師は問題解決のため、E.S.M.-UBTと同様のアプローチで「E.S.M.-cpap」を作り出しました。ハイテクではありませんが、E.S.M.-cpapは、約30ドル(約3300円)のコストしか必要としません。

このような、新興国で生まれた技術革新(イノベーション)を先進国に導入して世界に普及させることをリバース・イノベーションと呼びます。よく知られたリバース・イノベーションの1つには、経口補水療法(ORT)というものが存在します。ORTは1968年のバングラデシュにおいて、コレラに関連した脱水症状の治療法として注目されました。下痢治療として輸液に投与を行っていた先進国でもORTを導入すべきだという動きがあったのですが、このアプローチは医師による抵抗を受けることになりました。この理由の1つとして「輸液は多くの利益をもたらす」ということが挙げられています。

by stux

リバース・イノベーションは多くの人にとってパフォーマンスを向上させ、医療費を下げる有益な手段ですが、先進国で広めるには多くの課題が存在します。

課題の1つは文化的バイアス、つまり、「先進国から専門家を送っているような国から学ぶことから何を学べるというのだろう?」という考えが根付いていることにあります。また、アメリカのように競争の激しい市場が存在する状態で誰かが「安くていい方法」を提示すると、ほとんどの病院が懐疑的な目を向けるという問題があります。そして、もし「安くていい方法」が高い費用をかけてアメリカ食品医薬品局(FDA)の承認を得たとしても、安価なツールを扱う組織は「安価な解決策に興味がない医師に高価な製品を売りつけようとする製造業者」と戦わなければなりません。

もちろん、高いハードルがいくつも存在するにも関わらず、リバース・イノベーションを起こそうとしている人々は存在します。しかし、Netflixがレンタルビデオ市場を破壊したような「破壊的イノベーション」はヘルスケア市場ではほとんど起こっていないとのこと。

一方で、アメリカの裕福でない人々にリバース・イノベーションによる医療が採用されることは、低所得の国とアメリカの人々を同様に扱うことになるため、「新しい差別の形」だと指摘する声も。また、アラバマ大学バーミンガム校のMichael Saag教授は「サブサハラアフリカであってもアラバマ州の田舎であっても、妊婦がアクセスできるケアの状態は同じ」と説明しますが、ジョンズ・ホプキンス大学のNancy Kass教授は「アメリカの人々の多くは、たとえ他に方法がなくとも『標準医療より劣る』と認識したものを拒絶する」という点について述べています。

by truthseeker08

バーク医師の子宮バルーンは、アメリカやカナダの医療従事者たちの注目を浴び、記事作成時点ではFDAによる審査を受けている最中です。しかし、たとえFDAの承認が得られたとしても、上記のような理由から近いうちにアメリカで利用可能になるとは見られていないとのことです。

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in メモ, Posted by logq_fa

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