ネットサービス

音楽業界の救世主「Spotify」の次の一手「ポッドキャスト」に勝算はあるのか?

by NeONBRAND

音楽ストリーミングサービス「Spotify」の登場は、海賊版が横行していたデジタル音楽市場を大きく変革し、音楽業界が生み出す利益のほとんどをストリーミングサービスが担うまでになりました。そんなSpotifyが取った次の一手は「ポッドキャスト業界への進出」ということで、どのように収益化を図るのか、そもそもポッドキャストに勝算はあるのかについて、データを交えながらStratecheryが分析しています。

Spotify’s Podcast Aggregation Play – Stratechery by Ben Thompson
https://stratechery.com/2019/spotifys-podcast-aggregation-play/

Spotifyのダニエル・エクCEOはポッドキャスト関連企業の買収を明かしたニュースリリースの中で、「10年以上前に我々はSpotifyを設立し、消費者がそれまで手に入れることができなかったものを提供できるようになりました。『消費者がそれまで手に入れることができなかったもの』というのは、いつでもどこでも適正な価格で音楽を聴けるサービスです。Spotifyが普及する過程で、我々は海賊版が横行していた音楽業界の力を取り戻し、有料のストリーミングサービスを通じて世界の音楽が再び成長するための基盤を構築することに成功しました。我々は自分たちの成し遂げたことを誇りに思っていますが、2008年にコンシューマー向けにサービスをローンチした際には思いもよらなかったことも起きています。それは、音楽だけでなくオーディオ業界全体にとってSpotifyというサービスが未来への希望になり得るということです」と語り、Spotifyが音楽業界で大きな貢献を果たしたこと、そして今後は音楽だけでなくポッドキャストなどのデジタルオーディオについても積極的に取り組んでいく方針であることを明かしています。


このエクCEOの主張が本当に正しいものかどうかを、企業の戦略を分析するブログ・Stratecheryのベン・トンプソン氏が分析しています。

以下のデータは1973年から2017年までのアメリカの音楽業界全体の売上を記したもの。大まかに説明すると濃い青色がレコード、水色はカセット、オレンジ色はCD、紫色がダウンロード、緑色がストリーミングサービスによる売上を示しています。グラフを見れば一目瞭然であるように、Spotifyが登場した2000年後半あたりからストリーミングサービスの需要が徐々に高まっており、業界全体で見れば減少し続けてきた売上が2016年についに回復しています。その原動力となっているのは明らかにストリーミングサービスで、「今後数年間でCD最盛期の売上を上回る可能性もある」と、トンプソン氏はストリーミングサービスの今後に期待しています。


そんな中でSpotifyがとったのは、「既存の音楽レーベルと戦うのではなく、インターネットを前提としたまったく新しいビジネスモデルを作り上げるということ」であると、トンプソン氏は主張。海賊版の普及でデジタルメディアの複製と配布が無料であることが問題になったわけですが、そこでデジタルメディアを禁じるのではなく、逆にあふれかえるほど豊富に取り揃えたデジタルオーディオを「あらゆる楽曲にアクセスできるサービス」としたことにSpotifyの偉大さがあるとのこと。

そんなSpotifyの問題は、「Spotifyが音楽業界に与えた衝撃の大きさに反比例して、収益面でそれほど大きな成功を収められていない点」とトンプソン氏は指摘しています。Spotifyが発表した2018年第4四半期決算によると、収益は15億ユーロ(約1900億円)だったものの、その最大の要因は「株価の下落によりスウェーデンでの営業費用が17%も減少したこと」だそうです。営業費用が減少していなかったとしてもSpotifyは利益を上げることができたと主張していますが、長期的な見通しでいえば、2018年第3四半期同様にSpotifyの純利益が売上の27%に過ぎないというのは「厳しい数字」とトンプソン氏は指摘しています。

Spotifyの純利益を下げる主な要因は、他のハイテク企業のように研究開発やセールス&マーケティングへの固定投資がかさんでいるわけではなく、音楽レーベルへの最低限度の支払いが莫大な支出となっているのが問題であるとトンプソン氏は指摘しています。基本的にSpotifyは多くの収益を生み出しますが、固定で大きな支出が存在するということは、長期的に見ればSpotifyという企業の成長を妨げる大きな要因になりかねないとのこと。

しかし、「それは少なくともSpotifyが音楽企業である限りです」とトンプソン氏。つまり、エクCEOが音楽だけでなくポッドキャストのようなインターネットラジオにも目を向け始めた理由は、Spotifyをより大きな利益を出せる企業に成長させていくためであるとトンプソン氏は考えているわけです。

by sgcreative

Spotifyが音楽からオーディオ全体に目を向ける上で、記事作成時点で取り組んでいるのはポッドキャストについての取り組みです。「少なくともユーザー目線でいえば、それは自然な拡張です」とトンプソン氏は述べています。

インターネットラジオの一種であるポッドキャストの再生は、デジタルファイルをインターネット経由でダウンロードもしくはストリーミングし、デバイス上でデコードして再生するというもの。これは基本的に音楽データを再生することと変わりありません。音楽の場合はメロディーやハーモニー、ポッドキャストは言葉が流れるわけですが、技術的な観点からいえば「意味のない区別」であり、大きな障害はありません。


しかし、音楽とポッドキャストには異なる側面も存在します。例えば音楽は主に3つの巨大レーベルによって管理されていますが、ポッドキャストは個別のポッドキャスターが管理しています。音楽はライセンスされたサービスまたはダウンロードを通じてのみ合法的に再生することができるコンテンツですが、ポッドキャストはインターネット経由で誰でも自由に再生できるオープンなコンテンツです。また、2017年のデータによるとアメリカにおける音楽業界の売上が87億ドル(約9500億円)であったのに対して、ポッドキャストの売上はわずか約3億ドル(約330億円)で、その規模がかなり異なることがよくわかります。

Spotifyは「ユーザーから直接使用料を回収するサブスクリプション型のビジネスモデル」と「広告を掲載して広告主から掲載料を回収するビジネスモデル」の2つで成り立っています。Spotifyは2018年に5億4200万ユーロ(670億円)の広告収入をあげており、アメリカにおけるポッドキャスト市場の総売上を超える収入を記録しました。この数字はSpotifyユーザーの半数がサブスクリプションにより広告を視聴していないことを考えると、大きな数字といえそうです。

by Steve Halama

アメリカ人を対象にEdison Researchが行った調査によると、毎月7300万人が何かしらのポッドキャストを聞いており、毎週ポッドキャストを利用しているというユーザーの数は4800万人もいるそうです。さらに、平均的なユーザーは週に約7つのポッドキャストを聞いているとのこと。これらの数字からトンプソン氏は「ポッドキャストは3億ドル以上の価値がある市場のように思える」と述べています。

以下の2009年にまとめられたデータは、消費者が各メディアで消費する時間と、各メディアに投じられている広告費を割合で示したグラフ。TVや印刷物は消費者が過ごす時間の割合に対して、それ以上の広告費が投じられているとのこと。それに対してインターネットは消費者の過ごす時間に対し、投じられている広告費が少ない、つまりは「より広告費を投入する価値のあるメディア」であるとのこと。なお、2009年から約10年が経過して、インターネットへの興味関心と投じられる広告費との間のギャップは徐々に埋まりつつあります。


それではポッドキャスト市場での広告事業はというと、記事作成時点ではMidrollがポッドキャスト広告の最大手となっています。Midrollは広告主とポッドキャスト配信企業の間に位置し、広告収入の3分の1を得て、広告の配信や割引きコードの配布などを行っています。

2016年にMidrollはStitcherというポッドキャスト企業を買収しており、ポッドキャストを配信する側のプラットフォームも手にしています。しかし、Stitcherはポッドキャスト市場においてそれほど大きなシェアを獲得していなかったため、Midrollがポッドキャスト広告市場を拡大するために必要な基盤を得るには至っていないというのが現状です。


Midrollと同じように、ポッドキャスト市場でSpotifyのライバルになりそうなのが、Appleです。AppleはiOSのポッドキャストアプリという他の企業にない優位性を持ち合わせています。しかし、Appleはポッドキャスト市場には見向きもしていないというのが現状。つまり、ポッドキャスト市場で広告プラットフォームとして力を発揮しようとしているSpotifyにとって大きなライバルはいないといえます。

「Apple Podcasts」をApp Storeで


これらすべてがSpotifyがポッドキャストに関心を寄せている重要な要素であり、トンプソン氏はSpotifyが「特にApple Musicとサービスを差別化するための方法」および「固定費用を支払う必要のないコンテンツ」を必要としていると主張。そして、Spotifyが買収したポッドキャスト関連企業のGimlet Mediaは、その両方の条件に適合しているとのこと。買収されるまでにGimlet Mediaが配信してきたポッドキャストは記事作成時点では無料で視聴できますが、「将来的にはSpotify専用になることは明らか」とトンプソン氏。さらに、SpotifyはGimlet Mediaの保有するポッドキャストを手に入れるためだけに買収したのではなく、「今後増えるであろうポッドキャストをうまく管理していくためにもGimlet Mediaを買収したようだ」とトンプソン氏は考察しています。

基本的にSpotifyはポッドキャストが音楽よりも独占性が高いと見込んでおり、これが他のサービスとの差別化にとって大きな原動力となる可能性は十分にあります。また、ポッドキャストを好むユーザーがSpotifyというプラットフォーム上で増えれば、音楽の視聴を増すことなくサービス全体の利用者数および利用数を増やすことにもつながるため、企業全体の売上を伸ばしながら利益率を伸ばすことができるようになる可能性も十分にあります。

同時に、「Gimlet Mediaの買収は持続可能な戦略とは思えません」とトンプソン氏は記しており、ポッドキャスト企業を買収して独自のポッドキャストを増やしていくという手法はSpotifyにとって現実的な戦略ではないと指摘そこで重要になってくるのが、Gimlet Mediaと同時に買収が発表されたAnchorという企業の存在。このAnchorは、ポッドキャストを簡単に作成・配信するためのサービスを提供していた企業で、Spotifyがポッドキャストのアグリゲーターとなるための重要な要素の一つとなるわけです。

by Tyler Lastovich

Spotifyがポッドキャスト市場で存在感を高めていくために行った買収などは、理論的には多くの問題を解決することにつながるとのこと。トンプソン氏は、「ポッドキャスト業界全体で広告収入を増やすためには、大規模なユーザーベースを活用できる集中型のプレイヤーが必須となります。Spotifyはポッドキャスト業界ではAppleに遠くおよばない2番手という位置ですが、急速に成長しているプレイヤーでもあります。そして重要な点が、Spotifyは急成長中の広告事業を保有しているという点です。この広告事業は既にポッドキャスト市場全体よりも規模が大きく、そのままポッドキャストにまで拡張することができます」と語り、ポッドキャスト業界では2番手ながらも広告を用いてポッドキャストを収益化するための土台はしっかり揃っていると評価しています。

また、ポッドキャストのオープン性は「ユーザーを直接収益化することを困難にしている」とトンプソン氏は指摘していますが、同時にSpotifyは既に収益化のためのプラットフォームを確立しているため、「専用のポッドキャストがSpotifyユーザーから音楽以上に高い利益率をもたらす可能性も十分にある」と記しています。

Anchorはポッドキャストを作成する作り手をSpotifyと結び付ける役に立つものと見られており、Gimlet Mediaのような確立されたポッドキャストクリエイターに対して支払うよりもはるかに低いレートで大量のコンテンツを手にする役に立つとトンプソン氏は見積もっています。

トンプソン氏はSpotifyが決めた「ポッドキャスト業界への進出」は成功するとみており、成功となれば最終的にはポッドキャスト市場で最大のプレイヤーになる可能性もあるとしています。ただし、それはサプライヤーとコンシューマーを直接結び付ける新しいビジネスモデルが出現しなくなるということを意味するわけではないとしており、海賊版から音楽業界に力を取り戻したSpotifyのように、ポッドキャスト業界にもまったく新しいビジネスモデルが到来する可能性も十分にあり得るとしています。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
Spotifyのデータから見えてくる9つの驚くべきこと - GIGAZINE

SpotifyやApple Musicなど音楽ストリーミングの影響でヒット曲がどんどん短くなっている - GIGAZINE

Spotifyが10周年記念にオールタイムベストやこれまでの年間ベストを発表 - GIGAZINE

音楽産業の利益の4分の3が「ストリーミング」から生まれている - GIGAZINE

なぜ音楽聴き放題サービスのアーティストへの支払いはこんなにも少額なのか? - GIGAZINE

音楽ストリーミング「Spotify」はどうやって音楽業界に貢献しているのか? - GIGAZINE

in ネットサービス, Posted by logu_ii

You can read the machine translated English article here.