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2000万本以上を売り上げた伝説のパズルゲーム「レミングス」開発秘話を当時のゲームデザイナーが語る

by CARL SPENCER

入り口から降ってくる大勢のレミングたちにさまざまな指令を与えてゴールへと導くアクションパズルゲーム「レミングス」でゲームデザインを担当したマイク・デイリー氏が、「The Complete History of Lemmings」と題して当時の思い出を公開しています。

The Lemmings Story - Part1
http://www.javalemmings.com/DMA/Lem_1.htm


レミングスはDMA Designというゲーム会社によって開発され、1991年にAmiga用ゲームソフトとしてPsygnosisから発売されました。「レミングス」は売上げ本数2000万本以上の大ヒットを記録し、さまざまなゲーム機やPCなど、多くのプラットフォームにも移植されています。


DMA Designは「レミングス」を開発する前は、AmigaやAtari ST向けに「メナス」「ブラッドマネー」というシューティングゲームをリリースしていました。DMA Designは「ブラッドマネー」に続く新しいタイトルとして、「ブラッドマネー」に出てくるWalkerという敵キャラを主人公に据え置いたゲームを作ろうとしていました。

しかし、デイリー氏が歩く人間の小さなドット絵アニメーションを製作したところ、開発スタッフの1人であるラッセル・ケイ氏が「これをゲームにするべきだ」と発言したことから、レミングスの開発が始まります。また、この人間が爆発するアニメーションも作成して見せたところ、スタッフにはめちゃくちゃウケました。特に、スタッフの1人であるブライアン・ワトソンさんは椅子から転げ落ちたほど爆笑したそうです。そこで、このアニメーションに、集団自殺するという迷信で知られるネズミ「レミング」を結び付けて「レミングス」というゲームタイトルが生まれました。


やがて、宇宙ではなく地球を舞台にして、「クライマー」「フローター」「ブロッカー」などのスキルを用意したパズルゲームというように企画が固まりました。16色しか使わないという制限の中で、バリエーションに富んださまざまなステージを、数人で手分けしながら作成していたそうです。そして、できあがったステージは各自スタッフで自らプレイし、ゲームの難易度を調整しました。デイリー氏は主に難度の高いステージを作成し、開発スタッフのゲイリー・ティモンズは5歳以下の子でも遊べるような簡単なステージを作成していたとのこと。


ある時、デイリー氏は数字の5をテーマにしたステージを作ろうと考え、「すべてのスキルが55匹分そろった状態で、5分55秒で55%のレミングを救う」というステージを作りました。しかし、デイリー氏自身がテストプレイを行った結果、どうやってもクリアできなかったため、レミングの数を増やして「すべてのスキルが66匹分そろった状態で、6分で66%のレミングを救う」という6をテーマにしたステージに変更し、ステージには「666」という数字を模した地形を設置しました。


しかし、キリスト教圏では、666は悪魔を象徴する「獣の数字」として知られています。DMA Designには「悪魔を賛美しているのか」という苦情が多く寄せられました。そのため、レミングスのSuper Nintendo Entertainment System(SNES)版やMac版では、666のステージは別のものに置き換えられてしまいました。デイリー氏は、なんとなく作ったステージがここまで大きな反響を呼ぶとは思っていなかったそうです。

デイリー氏は、ステージのビジュアルデザイン以外にも、音楽や音響効果がこのゲームを語る上では外せないと語ります。特に、レミングスの声は音楽担当のスコット・ジョンソン氏のお母さんが担当しているとのことで、デイリー氏は「レミングスの声を含めた効果音がなければ、このゲームは成立しなかっただろう」と述懐しています。

また、オリジナルのレミングスでは、2人プレイヤーモードも作られていて、開発スタッフはモデムケーブルでPCを接続して遊んでいたとのこと。Amigaにはマウスを2台接続することができたため、マルチプレイヤーモードを実装する際には、分割画面になるよう工夫をしたそうです。ただし、実際にはAmigaで同時に2つのマウスを制御できないということが判明し、Amiga版では残念ながら削除されてしまったとデイリー氏は語ります。なお、その後に出たAtari ST版では2人プレイヤーモードが採用されたとのこと。


レミングスはその後アーケード版も発売され、当時としてはかなり珍しいトラックボール搭載型筐体も登場しました。また、2人プレイヤーモードもアーケード版には実装されていました。しかし、デイリー氏はアーケード版レミングスの2人プレイヤーモードを遊んだことがあるという人を、インターネットが普及した今もなお見たことがないそうです。


「初代レミングスに関わったと主張する人は大勢いますが、実際はせいぜい10人ちょっとです」とデイリー氏は語っています。Amiga版のレミングスをクリアした後に見ることができるエンディング画面には、デイリー氏を含む開発スタッフの集合写真がレミングと共に表示されます。


なお、デイリー氏をはじめDMA Designが「レミングス」の後に開発したタイトルが、自由度の高さと暴力的で過激な描写が人気の「グランド・セフト・オート」です。DMA Designはのちにロックスター・ゲームスに買収され「ロックスター・ノース」と名を改めつつ、最新作「グランド・セフト・オートV」に至るまで開発に携わっています。

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in ゲーム, Posted by log1i_yk