サイエンス

「天才と狂人は紙一重」はウソなのか?クリエイティビティと気分障害の科学研究に警鐘が鳴らされる

by Svetlana Pochatun

ゴッホヴァージニア・ウルフなど、精神を病んでいた芸術家が数多く存在していることから、またメディアによってしばしば天才が狂人として描かれることから、2018年時点でもクリエイティビティと気分障害が関連すると広く信じられています。しかし、実際のところは、クリエイティビティと気分障害の関係について調査した研究は限られており、両者の間に関係があるのかは科学的にはっきりしていないところ。クリエイティビティと気分障害の関係についての研究がなぜ難しいのか、イエール大学エモーショナル・インテリジェンス・センターのChrista L. Taylor氏が解説しています。

Is there any evidence linking creativity and mood disorders? | Aeon Essays
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まず、これまでのクリエイティビティと気分障害の関係についての研究は、その多くが「両者の間に関係はあるのか?」ではなく「なぜ、あるいはどのようにして両者の間に関係があるのか」ということに焦点を当てています。「天才と狂人は紙一重」というように捉えがちですが、「そもそも両者の間に関係があるのか?」ということが満足に調べられていないのが現状。これには、クリエイティビティも気分障害も、客観的に測定するのが非常に難しいという根本的な問題が存在します。

たとえば、一般的にクリエイティビティという言葉は「オリジナル」「ユニーク」あるいは「有益」といった言葉で定義されるため、研究者は「クリエイティビブな人」を「ユニークで有益なものやアイデアを作れる人」とし、またクリエイティブなプロセスを「クリエイティブなものやアイデアが作られる精神的プロセス」としています。しかし、これらは直接的に測れるものではないため、研究者は指標となるものを作り出し、被験者のクリエイティビティを指標を使って測定することになります。

by Alice Achterhof

しかし、クリエイティビティは非常に複雑であり、客観的に測定するにも限界があります。詩を書くことに対してクリエイティブである人でも、科学分野において同様のことは言えません。このため「ある種の気分障害は特定のクリエイティビティと関連する」と言うことはできても、他の分野のクリエイティビティや、クリエイティビティ全般について評価することは慎重になる必要があります。

また、気分障害も特定が難しく、ダイレクトに測定できるものではありません。気分障害は抑うつや軽躁、躁のエピソードから判断されますが、抑うつのエピソードが大うつ病性障害だと診断される人もいれば、抑うつのエピソードが躁のエピソードと合わさって双極性障害だと診断される人もいます。

これまでに行われたクリエイティビティと気分障害に関する研究は、大きく分けて「クリエイティブな人あるいはクリエイティブでない人によって示された気分障害の症状の比較」「気分障害の人あるいは気分障害でない人によって示されたクリエイティビティの比較」「気分障害の症状がクリエイティビティと関連しているかどうかの調査」の3種類があります。しかし、「クリエイティブな人は気分障害になりやすい」ということと、「気分障害になれば、よりクリエイティブになる」という2つは似て非なるものです。これらの研究は、この点で間違った結果を導きだす可能性があるとのこと。

両者の関係を明確にするため、Taylor氏は、過去に行われた上記3カテゴリ研究についてそれぞれメタアナリシスを行いました。すると予想通り、「クリエイティブな人あるいはクリエイティブでない人によって示された気分障害の症状の比較」のメタアナリシスと「気分障害の人あるいは気分障害でない人によって示されたクリエイティビティの比較」のメタアナリシスでは異なった結果が示されました。前者では、クリエイティブな人々はそうでない人に比べてさまざまな気分障害の症状が明確にみられましたが、後者は各グループの差異はほとんどなかったとのこと。

もちろん、メタアナリシスは過去に行われた研究を元にするので方法論的な限界が存在します。メタアナリシスの材料となった研究にバイアスがかかっていれば、メタアナリシスの結果もバイアスの影響を受けます。

例えば、クリエイティビティと気分障害の関係についての研究の中には、クリエイティビティの指標として「クリエイティブな職業についているか」というものを使用したものもあります。この研究は、国勢調査や医療記録を調べ、「気分障害である人のうち、クリエイティブとされる職についたことがある人」の数を調査したもの。調査の結果、クリエイティブな職業についている人には双極性障害である人が多いということが示されましたが、アート関係など「クリエイティブな職業」についていることが個人のクリエイティビティと同義であるかには、疑問が残るところです。

by Jacqueline Day

また、歴史的にクリエイティブとされた人の伝記や歴史的記録物から気分障害や精神障害であったかを調査するという研究もあります。しかし、記録から精神障害の有無を調べるという方法は、歴史的背景に大きく影響されます。時代によっては気分屋であることや理性がないことが「天才」の印だとしてポジティブに捉えられていたため、才能を示す1つのパフォーマンスとしてそのような振る舞いが行われたり、伝記に記された可能性もあるとのこと。そのため、過去のアーティストが本当に気分障害だったのかを現代の私たちが文献から知ることはできません。さらに、センセーショナルな人生を送った人は、より多くの伝記が書かれ記録に残るので、バイアスがかかります。サックス奏者として成功したバド・シャンクの伝記プロジェクトは、数多くの伝記作家が「好色な部分が暴けない」として挫折したとして知られています。

そして、単純に、過去の人物を診断することが困難であるという問題もあります。ゴッホは一般的に双極性障害と言われていますが、一方で精神分裂病やてんかん・梅毒・メニエール病虚脱・鉛中毒だったと主張する研究者も。2017年にアムステルダムのゴッホ美術館で行われたイベントでは、ゴッホの苦しみの原因について医者や美術史家による合意が得られなかったといいます。

by Руслан Гамзалиев

また、クリエイティビティと気分障害の関係についての研究は、無作為抽出二重盲検法といった手法がとられないことがしばしばあります。研究で被験者とされる「クリエイティブな人」は成功しているライターやアーティストなどで、一方「クリエイティブではない人」には平均的な近隣住民が被験者として選ばれます。しかし、ここでのクリエイティブな人は、公衆の目にさらされることによる大きなストレスを抱いていることがあり、一方でクリエイティブでない人にそのようなストレスはありません。気分障害の大きな原因の1つとしてストレスが挙げられるため、「クリエイティブであるかどうか」ではなく、「ストレス」によって気分障害がもたらされている可能性があるわけです。

さらに、クリエイティブな人は気分障害を患った時に自分のクリエイティビティが影響されたかを思い出しやすいのに対し、一般の人々は思い出しにくいという想起バイアスも考えられます。

心理学的研究は多大な時間とリソースを要し、また完璧な研究は存在しません。しかし、このテーマに関して科学的手法を用いることがどれほど難しく、研究の結論がそれによって影響されるかは理解すべきところだとTaylor氏は語ります。

メタアナリシスによって、クリエイティブな人々が多くの気分障害の症状に苦しめられていることが示されましたが、これはクリエイティブな人々が健康を保つための十分なサポートを受け入れられていないことを意味します。「クリエイティブな人は病みやすいから」というステレオタイプは気分障害の人にとっても、クリエイティブな人にとっても危険であることを覚えておかなければなりません。「気分障害の治療によってクリエイティビティが失われる」と考えることによって、治療が受けられなくなる可能性すらあります。クリエイティビティと気分障害の関係性については細心の注意を払ってバイアスをかけずに調査を進める必要があるとTaylor氏は注意を呼びかけました。

by Alejandro Alvarez

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in サイエンス, Posted by logq_fa