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「FPSの生みの親」ジョン・カーマック氏が語るスティーブ・ジョブズの思い出とは?

by QuakeCon

スティーブ・ジョブズ氏は危機に陥ったAppleを立て直したカリスマ的なリーダーとして崇拝される一方、「企業のトップとしては多くの問題があった」とも指摘されています。そんなジョブズ氏と共にエンジニアとして長年仕事をしてきたジョン・カーマック氏が、ジョブズ氏との思い出をFacebookに投稿しています。

John Carmack: My Steve Jobs Stories
https://m.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2146412825593223&id=100006735798590

カーマック氏が共同設立者となったid Softwareという会社は1993年にDoomというPC用ゲームを発売し、カーマック氏はDoomの開発に主任プログラマーとして携わりました。カーマック氏はDoomを始めとする多くのゲーム開発に関わり、「FPSゲームの生みの親」として知られている人物です。

幼いころからコンピューターに関心があった10代の時のカーマック氏は、当時のAppleコンピューターファンと同じくジョブズ氏とスティーブ・ウォズニアック氏に大きな憧れを抱いていたとのことで、Appleへの憧れから14歳の時にApple IIを盗むために学校に侵入して逮捕されるという事件を起こすほどでした。また、コンピューターショーでAppleを離れたジョブズ氏が設立した「NeXT」の商用コンピューターを見た時は、「まるで未来を見ているような」気分になったと語っています。

id SoftwareはWolfensteinCommander Keenといったゲームタイトルで成功を収めており、その収益ですぐさまNeXTのコンピューターを会社に導入したそうです。カーマック氏はNeXTのコンピューターを愛しており、Doomの起動プロセス中に「Developed on NeXT computers」という言葉を表示させたいと思うほどだったと述べています。やがてDoomに広告としての価値を見いだしたジョブズ氏はカーマック氏に接触し、Doomの起動画面にNeXTのロゴを表示させるための契約交渉をスタートしましたが、カーマック氏は「ジョブズ氏はゲームそのものについては高く評価していない」と感じ、交渉成立には数年を要したとのこと。

by Ben Stanfield

危機に陥ったAppleがNeXTを買収した時には、「NeXTの長所を生かしてAppleが復活するかもしれない」という可能性を感じ、カーマック氏は非常に興奮したと述べています。カーマック氏はAppleに働きかけて、OpenGLを3DグラフィックスAPIとして採用させることに成功しましたが、その過程で多くの激論をジョブズ氏と交わしたとのこと。ジョブズ氏はカーマック氏の提案に対しあらゆる代案を出し、カーマック氏の主張を取り下げようとしてきたそうですが、「ジョブズ氏の提案は実用的ではあったものの、本当にいい提案ではなかった」とカーマック氏は語っています。

また、ジョブズ氏は明らかに間違っている内容であっても自信満々に語ってくるため、間違いを知っているカーマック氏は何度かイライラさせられることがあったとのこと。ジョブズ氏は一度決心するとその目標に向かって突き進み、指示を下して会社を買収し、基調講演を予定し、あっという間に決心を現実にしていったとカーマック氏は述べました。OpenGLの採用はAppleにとっても大きな選択だったとカーマック氏は述べており、OpenGLの採用がモバイル端末におけるGPUの搭載につながったそうです。

やがてカーマック氏はジョブズ氏と共に基調講演を行うようになりましたが、ジョブズ氏の講演はいつも予定の時間を守ることができず、多くの人が対処に追われていたとのこと。カーマック氏はこの時間を守らないという行為も「計算されたパフォーマンス」だと考えており、ジョブズ氏は講演に対して非常に熱心だったとしていますが、カーマック氏自身はジョブズ氏と共に講演を行うことが好きではなかったと語りました。

ジョブズ氏はカーマック氏と共に講演したいあまり、基調講演と同じ日に予定されていた結婚式を延期するよう、カーマック氏の婚約者も交えた場で説得してきたこともあったそうです。非常に魅力的な笑顔を浮かべてジョブズ氏は結婚式の延期を頼んできましたが、カーマック氏が決して結婚式を延期するつもりはないと拒絶すると、途端にその笑みを冷たい無表情に変えて説得を諦めたとのこと。

by Official GDC

日本での基調講演を行う時、カーマック氏がDoom3のデモ資料を用意していると、ジョブズ氏の周辺にいるマネージャーたちから「ジョブズ氏は流血映像を好まないので、内容を変えろ」と主張され、非常に迷惑したと述べています。カーマック氏によれば、確かにDoom3には流血シーンが存在するものの、デモンストレーションにおいて重要なのはそこではありませんでした。

結局カーマック氏はジョブズ氏を含む講演関係者の前でデモンストレーションについて説明し、ジョブズ氏が「私はジョンのことを信頼している」と述べたため、カーマック氏は内容を変えることなく講演を行うことができたとしています。

カーマック氏がモバイル端末上で動作するDoom RPGを製作していた時、何度かジョブズ氏とやり取りをしていたこともカーマック氏は述べています。当時、AppleはiPhoneの開発に着手しており、カーマック氏は熱心にiPhoneへの期待を語っていた模様。カーマック氏が直接プロジェクトに携わることはありませんでしたが、iPhoneがGPUと巨大なカラーディスプレイを搭載していると発表会で知った時、カーマック氏は非常に興奮したとのこと。

ところが、iPhoneについての基調講演でジョブズ氏は、搭載されたGPUや巨大なカラーディスプレイについてはほとんど触れず、ウェブアプリ周辺の内容について話しました。カーマック氏は「ジョブズ氏の説明は、iPhoneが持つ真の価値について触れていない」と考え、最前列で講演を聴きながら大きな不満を募らせていたと述べています。

by Mike Burke

初代iPhoneについての基調講演後、カーマック氏は一般の人々が解散した後に残り、他の関係者たちと共にジョブズ氏とiPhoneについて話し合いました。カーマック氏はジョブズ氏の講演についての不満を伝え、搭載したOSについての問題点を述べたところ、ジョブズ氏に「ジョン、君は非常に賢いようだ。新しいOSでも書いたらどうだ?」と返され、カーマック氏は「Fuck you, Steve」と思ったと語りました。

以上のエピソードからもわかるように、ジョブズ氏は「素晴らしいヒーロー」であると時と「クソな上司」である時の落差が非常に大きかったとカーマック氏は述べており、やがてカーマック氏はジョブズ氏のもとから離れていったとのこと。カーマック氏が最後に携わったiOSアプリは、RageというゲームのiOS版でした。

そして、Rageの打ち上げ後にジョブズ氏からカーマック氏にかかってきた電話が、ジョブズ氏とカーマック氏の最後のやり取りとなりました。ジョブズ氏の健康状態が悪化しているという知らせはカーマック氏のところにも届いていたのですが、カーマック氏は何度か励ましのメールを送ろうとしたものの、うまい文面が思いつかず断念したとのことで、「今ではメールを送らなかったことを後悔しています」とカーマック氏は述べました。

カーマック氏は、ジョブズ氏の死後に語られている多くのネガティブなエピソードについて、「確かにその通りだったと思う」と打ち明けています。その一方で、自分自身の存在やキャリアは間違いなくジョブズ氏の導きによるものであり、ジョブズ氏は自分の人生に大きな影響をもたらしたと語っています。

by Jeff Foust

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in メモ, Posted by log1h_ik